200.クレスとリオン
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クレスとリオン。
俺に仕えるようになって数十年、最初は軍に従事させていたのだが、俺が皇帝に即位してからはそれぞれ牧場に任じて、軍から切り離している。
二人とも軍才のある人間だ。
ウォーター・ミラーの私塾の中でも、この二人はとりわけ才能を、あふれんばかりの輝く才能を周りに見せつけていた。
俺に仕えた直後に軍でいくつもの戦功をあげて、それでどんどん出世していった。
その速さと軍功の大きさたるや、ヘンリーの家人かつ腹心で、今は鎮西将軍として西方の方面軍を任されているライス・ケーキをも凌ぐほどだ。
親王時代ならそれでも問題なかったが、問題は俺が即位したのは父上から譲位を受けた時だ。
父上がまだ存命で、隠然と力を保ったまま。
そこまで気にする必要も無かったかもしれないが、俺は一種の遠慮からクレスとリオンを軍からはずした。
軍の代わりに、武人として適切な牧場に任じた。
そこでも二人は才覚を発揮し、牧場の管理を完璧にこなした。
父上が崩御してからは軍に戻しても良かったが、二人が才覚と存在感を発揮しすぎたため、簡単にははずせなくなってしまって、いまにいたるわけだ。
「知っての通り、ここエンリル州は百年に一度の大地震に見舞われ、牧場のほとんどが倒壊、破損した」
「はい」
「モンスターが逃げ出したわけですね」
「そうだ。逃げ出したモンスターはやっかいな事に管理されてる時よりも手ごわくなっている。実際に俺が戦ってみたところ3割から5割増しだと思うべきだろう」
「まっ、結局のところ獣ですからね、連中は。野に放てばそうなるでしょうよ」
リオンは肩をすくめてそういった。
モンスターと長く相対してきたからこその実感がこもっている言葉を放った。
「やっかいな事にララクの部隊ではそれに対処し切れん。民間にギルド制を提案しているがいつ目処が立つかわからん状況だ」
「それでオイラたちですね」
「ああ、当面の対処と新人教育、部隊の再編。やるべき事は山積しているが、同時にこなせるのはお前達だけだと思った」
「お任せ下さい、閣下」
クレスは再びたちあがった。
まるで棒をのんだかの如く背筋をピーンとのばし、目線は俺を射抜くほどにまっすぐ向けてきた。
「このクレス・ドレイクにお任せを。綺麗にドブさらいをしてご覧に入れます」
といった。
「うむ」
「しかしすごいですね、民間にギルド、ですかい? よくそんなの思いつきましたね」
生真面目過ぎるクレスとは違い、リオンは座ったままで、かねてからの軽い調子を崩さなかった。
「震災だからだ」
「震災だから?」
リオンは盛大に首をかしげた。
立ったままのクレスもリオンほどではないが「どういう事だろう」という顔をしている。
「知っての通り帝国は戦士の国、至る所で出世の登竜門である騎士選抜に向かって日夜鍛錬に励むものたちがいる」
「そうですね」
「その者がなにか?」
「騎士選抜は狭き門だ、場合によっては武力に人生の全てをかけねばならん。お前達も知っているはずだ、一家が総出で才能のあるものをフォローし、その者の栄達にかけるというやり方が一般的であると」
「あー、そうですねえ」
リオンはそういい、頬を掻き苦笑いした。
「平時はそれでいい、が、武力しかない人間――極論膂力はあっても単純な力仕事が苦手な人間もいる、武力に傾けすぎるとそうなりやすい」
「あ……なんか分かってきましたよ。はいはい、そういう連中、こういう時邪魔ですね」
リオンはそういい、納得した様子で腕組みしながらうんうんと頷いた。
「邪魔とまではいわんが」
俺は苦笑いした。
リオンの言い回しが直球的過ぎてさすがに苦笑いを禁じ得なかった。
「いやでも、ほっといてもいいんじゃないんですか。みんなが大変な時期ですし。てめえらの面倒まで見てられんの一言ですみますわ」
「なまじ力をもっているのが問題でな」
「どういう事でしょうか、閣下」
「鍛錬によって力がついている。そして将来騎士を目指す者達だけあって、既に特権意識やそれなりのプライドを持つ者も少なくない」
「「……」」
「武力と、権力」
そこで一度言葉を切ってから、さらに続けた。
「場合によってはこのしばらくの間邪魔者扱いされるだろう。力はある癖に役に立たない穀潰しだと陰口を言われることもあるだろう。こんな時だ、鬱憤がたまってるものも少なくない」
「あー……そりゃまずいですね、プライドの高い連中が役立たずなんて言われたら」
得心顔のリオン、表情が強ばるクレス。
俺は頷き、続けた。
「そう、そういうものを放っておくと治安悪化の火種になる、力をもっているから火がつくとよりやっかいだ。だから少しでも役にたつところを作ってやろうと思ってな。まあ、ガス抜きだ」
「おー、なるほど」
「すごいです閣下! そこまでお考えでしたとは!」
話を最後まで聞いた二人は尊敬の眼差しをし、クレスが大声で俺を称えた。
「そのための民間ギルドだし、だからこそお前達を呼びつけた」
「オイラたちですかい?」
「我々は公職として牧場の維持や後進を育てるのが役目だったのでは?」
クレスとリオン、同時に不思議がった。
牧場がらみの話はわかるが、民間ギルドはどう関係してくるのか、というような顔をしている。
「お前達なら物語性を作れる」
俺はふっと笑った。
「騎士ではないが、モンスター討伐を通じて現皇帝に見初められ、成り上がった」
「え? おいらたちは別にモンスター討伐がきっかけじゃ――」
「閣下は『作れる』とおっしゃった」
ぴしゃり、という言葉がびったりくるほどの勢いでクレスがリオンの言葉を遮った。
「あ……そうか、そういうことにするってことか」
クレスにたしなめるように言われたリオン、一瞬で理解しハッとした顔で頷く。
「そうだ。お前達がここで腕を振るえば民間のモンスターギルドも登竜門だと思う人が出てくる、俺が今この土地にいるのだからな」
「すごいぜ、そこまで考えてオイラたちを呼んだのか」
「かしこまりました、では我々も想い出を語る時は少し改ざんいたします」
堅物だが、頭まで硬いわけではないクレス。
俺の意向に沿って自分がやるべき事の修正をした。
「それとあれだな、民間のギルドが立ち上がってきたら同じ現場でかち合うだろうから、それとなく匂わせてやりゃあいいな」
「はたらき次第では一人そのまま引き立てるというのも有効ではありそうですが、いかがでしょうか閣下」
「任せる、その辺りはお前達の領分だ」
笑いながら、二人に一任すると告げる。
方針がはっきり伝わると、クレスとリオンは一気に案を出し合った。
このあたりはさすがウォーター・ミラーの私塾に通っていたものらしく、頭の回転が速かった。
普段から生真面目な感じのクレスは言うに及ばず、ちゃらんぽらんな感じでふるまっているリオンも聡さをこれでもかと言わんばかりに見せている。
一通り案を出し合ったところで、俺が一つ指示を差込んだ。
「ただし、取り立てるのなら俸禄は通常の1.5倍くらい提示してやれ」
そう言ってから、ゾーイにも話した俸禄と横領の罪の話をした。
「公職にいる者には今まで以上に払う、それをもらってもまだ横領やら賄賂やらに手を出す者は厳罰する。これからはそうする」
「それはいいですけどね……」
「ん? なにか気になる事があるのかリオン」
「気になるっていうか、それだと国庫が厳しくなるんじゃないですかい?」
「短期的にはそうだろうな」
「なら――短期的に?」
更に何かを言おうとしたリオンだったが、俺の言葉に含みがあることに気づいた。
「今までの俸禄の1.5倍をだせば国庫の負担もその分増えるが、1.5倍払ったとしてもリッチにはなるが蓄財出来るほどでは無い」
「まあ、そりゃそうでしょうが」
だからなんだ、という顔をするリオン。
「その者たちに払った俸禄はどこしれず消えていくわけというわけではない。公人であっても米を食えば服も着る。蓄財できるほどでなければ、それらに払った俸禄は結果的に市中に流れる」
「はあ……」
リオンはやはりよく分からない、って顔をした。
さてどう説明するか、と思っていると。
「商いをする者達が潤う、と閣下はおっしゃっているのです」
「おー……」
クレスがいい、リオンが声を上げた。
「あー、あれだ。女郎屋に金が行けば酒屋もついでに儲かる、みたいなもんですかい?」
「理屈はおなじだ」
俺はふっと笑った。
「金の流れの起点に……本当の意味での起点などないのだろうが……金を流してかつ使うようにすれば下流全体が潤う」
「なるほど」
「使える金がある、使おうと思うようにする。為政者はこの二点さえどうにかすればいい」
「おー、すげえ」
「さすがでございます、閣下」
最後の総括に、クレスもリオンも感動気味の目で俺をみつめてくるのだった。