20.飴と鞭
朝、起き出した俺はいつもの様にベッドから降りて、メイド隊に任せっきりで着替えて、朝飯のために大食堂に移動した。
食堂には既に数人のメイドが待ち構えていて、俺が姿を見せたのとほぼ同時に一斉に頭を下げた。
そのメイドの一人が引いた椅子に座ると、彼女達による給仕が始まった。
若いメイドがキッチンから料理を運んできて、それをメイドのゾーイが受け取って、俺の前に置く。
飲み物もだ。若いメイドが持ってきて、ゾーイが受け取って、俺のグラスにつぐ。
メイドの間にも上下関係がある。
ゾーイは長年俺に仕えてきたから、メイドの中でもそれなりの地位にいる。
俺は賢親王。
直接ご奉仕するにも、メイドの中である程度出世しないといけない――というのが、貴族の何となくの決まりだ。
食べ慣れた朝飯を口に運んでいると、ふと、若い――というよりまだ幼いメイドがそわそわしているのが気になった。
今の俺――十二歳になった俺よりも少し幼いくらいのメイドは、しきりに窓の外をきにしている。
「そこの――えっと名前はなんていうんだ?」
「ジジって言います」
俺の質問を、代わりにゾーイが答えた。
「なるほど。ジジ、窓がどうかしたのか?」
「あの……外の列がすごくて、その……」
「列?」
どういう事だ、と視線をゾーイに向ける。
「ご主人様がもうすぐ十二歳のお誕生日を迎えるじゃないですか、それで各地から贈り物を届けに来る方々が列を作っているので」
「なるほど。そういうのを見たことなかったのか?」
今度はジジに聞く。
「そ、それもそうですけど。列がもう三日目になるのに、全然途切れなくて」
「そんなもんだ。受け取ってはい終わりじゃすまない。受け取って、チェックして、記録する。それをしっかりやるから列が中々はけない。去年はたしか……」
またゾーイに視線を向ける。
こういう「家」の事は使用人に聞かなきゃわからない。
「一週間ほど続きました」
「はわ……す、すごい……。誕生日の、プレゼント? がそんなにいっぱい来るなんて……」
おそらくはどっかの農村の出身であるジジはますます目を丸くさせたが、ゾーイに少し叱られて、慌てて仕事に戻るのだった。
☆
朝飯のあと、俺は屋敷から外に出た。
プレゼントの列は裏門に回してて、そこで列を作らせているが、一週間も続く長い列、しかも完全に終わるまで続々とくるほどの大勢なものだから、正門の方から出ても賑やかなのがちらっと見える。
そんな、賢親王の地位の象徴のような場面をスルーして、馬車に乗って目的地に向かう。
都の東側にある兵務省、ここが俺の今の仕事場だ。
兵務省の敷地に入って、馬車から降りて、建物に入る。
「兄上は」
俺を出迎えた中年の役人に聞く。
「大臣室です。騎士様とお話をされております。殿下がお見えになったらすぐに来てほしいと言付かっております」
「わかった」
スタスタと進み、一直線に大臣室に向かった。
この建物で一番格式張った扉の前に立ち、ノックをする。
「ノアです」
「うむ、入れ」
左右の門番が観音開きの扉をあけるのを待ってから中に入った。
扉同様、格式張った部屋の中に二人の男がいた。
一人は部屋――いやこの兵務省の主。
ヘンリー・アララート兵務親王大臣。
アルメリアの一件以降、陛下から兵務省を任されたヘンリー兄上だ。
もう一人も見た顔だ。
いかつい顔をしたいかにも軍人な、兄上の騎士、ライス・ケーキ。
「遅かったなノア」
「すみません兄上」
「おはようございます、賢親王殿下」
「ん」
ライスには視線だけを送って、数歩進んで兄上に話しかけた。
「俺が来たらすぐ来いというのは、何か用事があるんですか兄上」
「お前の意見も聞いておきたいと思ってな。昨日陛下から勅命が降りた。ライスに第二軍を率いて、南方辺境の反乱を鎮圧してこいとの仰せだ」
「なるほど」
ライスを見た。
彼は兄上が十年くらい前に騎士選抜で選んだ騎士で、いわば兄上の直属の部下だ。
俺で言えばシャーリーみたいなやつだ。
個人の武勇もさることながら、軍を率いる才能に長けていて、兄上が従えている数人の騎士の中でも飛び抜けている出世頭だ。
今や帝国にいくつかある正規軍のうちの、第二軍を任される程だ。
「それで兄上、第二軍の派遣はもう決定事項なんですか?」
「ああ、陛下の勅命だ。南方の蛮族どもは優しい顔をするとつけあがる、正規の第二軍を派遣して、力の差を見せつけよとの事だ」
「なるほど」
俺は考えた。
そして兄上も、ライスも俺を見つめた。
俺は今、兄上と一緒に兵務省に詰めている。
兄上はアルメリア鎮圧の功績あってのことで、俺は魔剣レヴィアタンを完全に従えたという事をかっての起用だ。
まだ十二歳の少年だが、任命は陛下直々ということもあって、兄上はよく俺の意見を聞いてくれている。
俺は少し考えて、ライスに聞く。
「一つだけ教えろ。第二軍の実数は?」
「えっ……」
「どういう事だノア、実数というのは。そしてライス、お前は何を隠している」
兄上は眉をひそめて、ライスを軽く睨んだ。
ライスはそのまま土下座してしまい、兄上の顔がますます険しくなった。
「待って兄上、たいした事じゃないんだ。帝国の正規軍は、登録している兵数に応じて予算その他諸々が財務省から支給される」
「ああ」
「そこで、兵士じゃない雑用の人間や、駐屯している近くの村の商人や協力者を登録して、その分の予算を懐に入れるということがよくある」
「なんだって」
「申し訳ありません」
ライスはそのまま額を地面にこすりつけた。
証拠なんてなにもないが、それを突きつけたのが俺と言うこともあって、そして主の前と言うこともあって、ライスは事実上の白状をした。
「おまえ……」
「まって兄上。ライスも怯えるな。雑用の人間を頭数に数えるのは将軍の権限内だ。それを咎めるつもりはない」
「は、はあ……」
土下座したまま顔を上げるライス。
じゃあなんでそれを? って顔をしている。
「普段ならそれでいい。名目上の数も抑止力になる」
「……ふむ、確かにそうだ。例えば実数がそんなになくても、十万の大軍、と言った方がいい場合もあるな」
「そういうことです兄上」
「よく知っているな、さすがだノア」
俺はふっと微笑み返して、またライスに話しかける。
「だが、今回はダメだ。陛下の勅命はいわば、圧倒的に勝ってこいということ。ごまかしの数の軍を送り出すわけには行かない。だからどれくらいのごまかしがあるって聞いた。正直に答えろ」
「は、はは。約、二千人くらい」
「うん、その数をちゃんと補充しとけ」
「分かりました! この後すぐやります」
「ああ。兄上、ペンと紙を借りていい?」
「ああ」
頷く兄上、そのまま執務机の上にある紙とペンを渡してきた。
それを受け取って、紙にさらさらとペンを走らせてから、それをライスに渡す。
「こ、これは?」
「財務省にいけ、雑費扱いで更に二千人分の金を出させる。それをお前にやる」
「そ、そんな!」
「貰っとけ。その代わり」
そこで言葉をきって、部屋に入ってきてから初めてとなる、真顔でライスを睨んだ。
「ちゃんと数は揃えろ。そして負けは許さん、いいな」
「は、ははー」
ライスは俺のメモを受け取って、最後に兄上に一礼して、大臣室から出て行った。
部屋の中に残った俺と兄上。
「凄いぞノア。飴と鞭の使い分けが絶妙だ」
兄上は、感心した顔で俺を見つめたのだった。