02.魔剣の耐性
十三親王邸。
王宮に隣接して、外周をぐるっと取り囲んでいる親王達の邸宅の一つ。
そこで、俺は朝目覚めた。
この屋敷に移り住んでから早六年、六歳になった俺はようやく新しい人生とそのスタイルに慣れてきた。
朝起きて、ベッドを降りたらパジャマのままぼけーっと立つ。
すると部屋の外で待ち構えてたメイド達が入ってきて、俺の顔を洗ったり髪を梳いたり、パジャマから着替えさせてくれる。
誰が雇ったのか分からないが、メイド達は指揮を取っている一人を除いてほとんどが十代のうら若き少女。
そういう若い子に着替えさせられて、毎日裸を見られてドキドキする――のにも慣れてきた。
今日もぼうっとしながら、頭が動き出すまでの間着替えさせられる。
「はい、お召し替え終わりましたよ」
「今日もとっても男前でいらっしゃいます」
「ん」
軽く頷き、寝室を出る。
そこから大食堂に向かう。
「いやあ、ノア様はたいしたもんだね」
「そうなの?」
「そうさ。普通あれくらいになると恥ずかしいって言い出したり、それかあんた達みたいな若いのにイタズラをし出したりするもんだけど。それがなくていつも泰然としてらっしゃる。あれが王者の風格ってやつなのかね」
メイド達の雑談を背に、俺は大食堂に向かう。
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名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E+S
力 F 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F+F
運 F+F
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歩きながら、視界の隅っこにステータスを出す。
ステータスにある幾つかの疑問、転生してから六年、一つだけ分かったことがある。
それは、「+」の分は、俺の――十三親王ノア・アララートの部下次第で変わるということだ。
具体的にどういう計算なのかは分からないが、部下・配下が増えたり減ったりする度に「+」の後ろが変わる。
そしてこれは人には見えなくて、どうやら俺だけらしい。
今も屋敷のメイド数十人で、基礎能力に若干の上積みがある。
部下をもっと増やせば俺自身も強くなるんだが、親王――王子は王子で色々しがらみがある。
六歳の今じゃどうしようもない、もう数年待たないとな。
動けるようになったら――の事を色々考えていたら時間がたった。
その間俺は大食堂につき、別の若いメイドたちに給仕されて朝飯を食べた。
「ご主人様」
食べ終わるのとほぼ同時に、一人のメイドがやってきた。
俺の身の回りをするメイドじゃない、外面のいい、接客専門のメイドだ。
「皇太子殿下、および第四親王殿下がお見えになりました」
「え? 今どこに?」
「居間にお通ししております。皇太子様は『ゆっくり食べてから来て良い』と仰せです」
「案内しろ」
皇太子本人がそう言っても、遅れたら失礼だ。
俺はすっくと立ち上がって、メイドに案内してもらって居間に向かった。
居間に入ると、そこに二人の男がいた。
第二王子・兼皇太子のアルバート・アララート。
第四王子のヘンリー・アララート。
二人とも俺の実の兄だが、十三王子という順番からも分かる様に、上の二人はもう中年――皇太子に至っては耳の上に白髪が交じっている初老だ。
父親といっても通る二人の兄に、俺は正式な作法に則って一礼した。
「おはようございます、兄上」
「おう、来たか」
「かしこまらなくていい、座ってくれ」
「ありがとうございます」
俺はそう言って、下座に座った。
もちろん上座は皇太子アルバートだ。
実の兄弟とは言え、そこは皇太子。
政務の一部も任されている、半分皇帝のようなもの。
俺はこの六年間で身についた作法で、臣下の礼をとった。
「うーむ、しかしノアは礼儀正しくて賢いな」
皇太子・アルバートが感心したように言った。
「十一番目と十二番、それに十四と十五。ノアと歳が近い子達はまだまだ子供そのものだったぞ」
「ありがとうございます、兄上」
「その歳でその賢さは大したものだ、将来有望だ。いずれは名宰相になるな」
「そうなれるように頑張ります」
「なれるさ。なあヘンリーよ」
「ああ」
第四王子・ヘンリーは静かに頷いてから、俺の方を見た。
アルバートより少し年下だが、瞳は物静かで、そこだけ見れば年上のように見えることもある。
「ノアは分かっている。兄弟の中でも群を抜く賢さだ」
なにか深意ありそうな口ぶりだったが、突っ込まない方がいいと思った。
「それよりも兄上達、本日はどうしてこちらへ?」
「ああ、そうだったそうだった。ノアにプレゼントがあったんだ」
アルバートはそう言うなりパンパンと手を叩く。
すると部屋の外から使用人が一人、箱を持って入ってきた。
どういうわけか、青ざめた顔をして、ガタガタ震えている。
「開けろ」
人に命令する事に慣れきっている口調で、アルバートは使用人に命じた。
使用人は更に紙のようになった顔色で箱を開けた。
箱の中には、一振りの剣が入っていた。
「これは?」
「言っただろ? お前へのプレゼントだ」
「はあ……」
「まあ、持ってみろ」
真意が分からない。
ヘンリーの方を見たが、ヘンリーは静かに頷いた。
それに後押しされて、俺は大人用のサイズのその剣を手に取った。
若干重くて、鞘の先の方が地面にコツンと落ちた。
とは言えそれは通常の重さ。
六歳の子供が持てないだけで、重いとかそういう事ではないらしい。
が、ここで気付く。
俺が剣を持つと、さっきまで紙のようだった使用人の顔色が徐々に戻り始めていた。
どういう事なんだろう? と思っていると。
「ほう、さすがだな」
アルバートが心から感心したような声を出した。
「どういう事ですか?」
「その剣の名前はレヴィアタン」
「レヴィア……タン」
「別名水の魔剣とも呼ばれている。魔剣の中でも最上位に位置するらしくてな、最初に手懐けるまでに百二十人ほど死んでいる」
「えっ!?」
あまりにも驚いてしまい、思わず剣を手放しそうになった。
そうしなかったのは、「皇太子の下賜品」という意識が頭の片隅に残っていた為に、ぎりぎり握っていることが出来た。
「心配せずともいい」
俺の動揺を見抜いたのか、ヘンリーが優しい口調で言ってきた。
「持てぬ者は持った瞬間に呪い殺されている」
「その通り。ノアは水SSなのであろう? Sのヤツですら命を削って扱うような魔剣だが、水SSならどうなるのかと思ってな」
「はあ……」
そんな理由なのかよクソ皇太子――おっといかん。
こういう悪態を心のなかで思ってるといつか口に出してしまいそうだから止めておいた。
「おいノア、本当にそれ普通に持てるのか?」
「ええ、まあ。重いですが」
「へえ、さすがだな。いや、良いものを見せてもらったよ」
魔剣で水SSを褒められたが、ちょっと釈然としない感情が残ってしまったのだった。