18.女騎士シャーリー
「ん、これで良し」
屋敷に戻って来た俺は、リビングで上半身をはだけさせて、自分で手当てをしていた。
メイドが手当てしてくれた布を外して、レヴィアタンとリンクした指輪で、傷口の周りを密着させるように鎧を作る。
金属のようで金属じゃない、そんな不思議な感触の素材でぴったり傷口の周りを押さえて止血した。
そうしてから、連れ帰ってきた少女に目を向けた。
少女は小さく縮こまっている。
まるで親に怒られた――いやそれ以上の何かに怯えている子供のようだ。
「とりあえず、名前を聞かせてくれ」
「あっ……し、失礼しました」
少女は慌てて、パッと土下座して、そのまま名乗った。
「シャ、シャーリー・グランズといいます」
「シャーリーか。その鎧は結構立派なこしらえだけど、自前なのか?」
「これは先祖代々受け継いできたものです……あの」
「ん、なんだ?」
「私の沙汰は……どのようなものに……」
「沙汰?」
「その、親王殿下を誤って傷つけてしまった罪の……」
両手両膝をついて、顔だけ上げるシャーリー。
ものすごく怯えている顔だ。
さっきも気にするなって言ったはずなんだがな。
「その罪は存在しないぞ」
「え? しかし帝国法では……」
「そうじゃない。誤って傷つけた罪なら存在しないって意味だ」
「それはどういう……?」
首をかしげるシャーリー。
「立てシャーリー」
「は、はい!」
「あの突きをもう一度俺にやって見ろ」
「えっ? でも……」
「騎士なら命令に従え」
「――っ! 失礼します」
立ち上がったシャーリーは長剣を抜き放ち、構えた。
表情が一変した、怯えている色はほとんど吹っ飛び、凜々しい顔をした。
そのまま、裂帛の気合のこもったかけ声とともに突きを放ってきた。
騎士選抜の時に勝るとも劣らない突きだ。
それを俺は止めた。
レヴィアタンが出した盾がとめた。
「これくらいっ……え?」
シャーリーはすぐに「違い」に気づいた。
選考の時は貫けた盾が、まったくびくともしないことに気づき、驚く。
「びくともしないだろう?」
「はい、押しても――引いてもっ!? こんなの……すごい」
剣の切っ先が盾にまるで吸い付いたかのように、押しても引いても動かず、その事にシャーリーは驚愕した。
「俺が本気で防ごうと思えばその攻撃は通らない。だからお前が『誤って』ってのはない。俺がそう仕向けたんだ」
「ど、どうして?」
シャーリーは更に戸惑った。
「騎士は命令に従うのが大前提だ。命令に忠実に従えないのはせいぜい奴隷に過ぎない。いろいろ目論見はあるが、あそこで俺の顔色をうかがって本気で掛かってこないのはそもそもいらない」
「は、はい!」
「奴隷が欲しいのなら奴隷の方法で集める。今回は騎士を選ぶ。そういうことだ」
「それで……自分の危険も顧みずに?」
「俺に傷をつけた後の人間の反応も知りたかったからな。二回目でも、俺の命令なら本気で来られた。合格だ」
「……は、はい」
こくりと頷くシャーリー。
目を丸くして、口をポカーンと開けて。
そのあと、感動したような目で俺を見つめた。
「と言うわけでお前は合格だ。一応確認だけするが、俺の騎士になるつもりで選考を受けたんだな?」
「は、はい!」
シャーリーは慌てて居住まいを正して、片膝をついて頭を下げた。
見よう見まねの礼法――いや、これは戯曲にあるやつだな。
貴族の正式な礼法は庶民には分からない、戯曲や芝居とかのために見栄えのするものの方が伝わっている。
シャーリーはそういう、芝居でやってる騎士の礼をした。
「シャーリー・グランズ。親王殿下に生涯変わらぬ忠誠を誓います」
これも正式な文言じゃないが、気持ちは伝わった。
何より。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
賢親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F+F 火 F
MP F 水 E+S
力 F+E 風 F
体力 F+F 地 F
知性 F+F 光 F
精神 F+F 闇 F
速さ F+F
器用 F+F
運 F+F
―――――――――――
配下を増やすと上がる俺の能力が上がった。
この能力上昇は礼法の正しい正しくないよりもよほど重要でわかりやすかった。
そういえば、個人ではシャーリーが一番上がったのかもしれないな。
「期待しているぞ、シャーリー」
「――っ、はい!」
シャーリーとの話が終わった後、それを待っていたかのように、接客のメイドが医者を連れて来た。
真ん丸と太ってて、丸い顔にネズミヒゲを生やした中年男。
知ってる顔。宮廷の医官、陛下の御殿医だ。
確か名前はグッド・クローイ。
本名はバッドだったが、医者でそれは不吉すぎるからって、陛下からグッドの名前を下賜された男だ。
それくらい、医療技術で陛下に信頼されている男だ。
「お前が来たか、大げさだな」
「はっ。早速傷口を拝見」
「ああ」
来たのなら拒む必要もない。
どうせ俺がやったのは応急処置の止血だけだ。
俺はレヴィアタンに命じて、肌着のように肌に密着している鎧を解除した。
瞬間、血がプシュッ、と吹き出す。
「――っ!」
「……しばしのご辛抱を」
シャーリーは息を飲んだが、グッドはさすがは医者、一目見て命に別状のないただの外傷を、眉一つ動かさずに見た。
「申し上げます。幸いにも骨と腱をはずれてますので、このまま縫えば大丈夫かと」
「そうか。やってくれ」
「では麻酔を――」
「いらん、まだ話の途中だからちゃちゃっとやってくれ」
「は、はあ……では」
泰然と座っている俺にグッドは頷き、縫合用の針と糸を取り出した。
血を拭いて綺麗にして、肌の表面を縫い合わせていく。
前の方を縫い終わったところで、グッドは顔を上げて俺をじっと見つめた。
「どうした、俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、こうした縫合で声はおろか、顔色一つ変えない方ははじめてでございましたので」
「そうか?」
「さすがでございます」
そういって、グッドは俺の後ろに回って、そこも縫いだした。
目の前からグッドが消えたから、それまでそいつの体に隠れていたシャーリーが、実は興味津々に縫合を見ているのが見えた。
「どうしたシャーリー」
「あっ、えっと……医者ってすごいなって」
「うん?」
「切り傷って、こうやって治すものなのかと。はじめて見ました」
「医者に掛かったことはないのか?」
「村に医者はいないので」
「なんだって?」
俺は眉をひそめた。
「村に医者がいない?」
「はい。あの……それが何か?」
「じゃあ怪我人とか、病気になった人が出たらどうするんだ?」
「オババ様に祈ってもらったり、病気の元を払ってもらったり」
「貧村にありがちですな」
グッドが後ろから口をはさんできた。
ため息交じりなのは、医者として苦々しく思っているという事だろう。
「グッドよ」
「はっ、なんでしょう」
「医者ってのはどうやってなる」
「そうですな、既に開業したりしている医者に弟子入りするのが一般的ですな」
「お前は弟子をとってるか?」
「ええ、何人か」
「シャーリー」
「は、はい!」
「初めての命令だ。お前の村から賢い子、努力が出来る子を連れてこい」
「えっと……?」
「グッド、何人か弟子を頼む」
「……承知いたしました」
一呼吸の間をあけて、グッドは俺の背後で静かにうなずいた。
「えっと……殿下? 一体どういう……」
シャーリーは未だに状況が飲み込めてないようで、おそるおそる俺に聞いてくる。
「学費と生活費は俺が出す。医者になって村の皆を診るつもりがあるやつを連れてこい」
「……っ、ありがとうございます!」
シャーリーは慌てて両膝をつき、土下座のように俺に頭を下げた。
騎士はこんな風にしないから、おいおい教えてやらんとな。
顔だけ上げたシャーリーは、ますます、尊敬する眼差しで俺をじっと見つめたのだった。