168.小さな違和感
ジェシカの一件が片ついた後、俺は次々と政務を片付けていった。
ほとんどが日常的な物で、滞りなく処理して、必要に応じてドンとジジにそれぞれ振り分けた。
ドアが控えめにノックされた。
ドンがドアを開いて、廊下にいる者から追加の書類を受け取って、戻ってきた。
「第二宰相と第三宰相からです。こちらが概略を要約したもの、こちらが原文として目を通していただいた方がいいと判断したものです。こちらが――」
「原文とは珍しいな、もらおう」
「はっ」
ドンからそれを受け取った。
原文そのまま転送されてきたのはヘンリーの報告書だった。
政務を効率的に行うため、俺は少しだけ父上の時代からやり方を変えた。
まず各地から上がってきた報告書などを第二から第四宰相が目を通して、そこである程度の要点をまとめて、そっちの方を俺の所に上げてくる。
各地の報告書とはいっても、中には定例的なものもあるし、形式的な物もある。
もっといえば報告書なのに皇帝である俺にゴマをするためにむやみやたらに美辞麗句なお世辞で埋められていたりする物も少なくない。
そういうものは宰相達が要点をまとめて、俺のところに上げられてくるわけだ。
その中でごくごく稀に、宰相の権限や背負える責任を越えたものがあって、そういうものは報告書を要約せず、原文のまま転送されてくる。
今手の中にあるのがそういうもので、最前線のヘンリーから送られてきたものだ。
俺は報告書を開いて、最初から最後まで目を通した。
「……ふむ」
「どのような内容でございますか?」
「エイラーの残党を名乗る者達が偽物の神輿を担ぎ出したから、一挙に殲滅したという話だ」
「なるほど」
「捕虜は無し、か」
「さすが第四殿下でございますな」
「妙だな……」
俺は報告書をじっと見つめながら、行間に何か潜んでいないのかを読み取ろうとした。
「何がでございますか?」
行間には何もなかった、違和感しかなかった。
そこまで読んでから、顔を上げて不思議がっているドンに説明した。
「ヘンリーらしくないやり方だ」
「といいますと?」
「偽物の神輿を担ぎ出した。つまりエイラーの血筋を名乗る偽物を、ってわけだ」
「よくある話でございますが?」
「その通りだ、よくある話だからこそ、首魁の血筋は完全に刈り取ったと示すために、とらえたら公開処刑をするのが定番」
あの少年にかけた情けの事はあえて言わず、棚上げにもしつつ、更に続ける。
「そして偽物が出た場合、今度は捕まえて真贋を判別、証明出来るようにしなければならない」
「あっ……」
「ヘンリーはもちろんその辺りの事を心得ている。なのに一挙に殲滅した……不自然だ」
「なるほど……あっ」
「どうした」
「すごいです陛下」
ドンはそう言い、書類の中からフワワの箱をとりだした。
書類の中にいくつかフワワの箱があって、ドンはさっきそれの報告を言いかけたが俺が途中で止めていた。
その箱を俺に差しだした。
「ヘンリーからか」
「陛下にだけ極秘でご報告があったようです、さすが陛下」
「ヘンリーとも長い付き合いだからな」
俺はそういい、ヘンリーからのフワワの箱を開いた。
箱の中にある報告書を取り出して、目を通す。
「……なるほど」
「内容をお聞きしても?」
「ああ、ニールら決闘隊の暴走らしい」
俺はそういい、ドンに報告書を手渡した。
ヘンリーからの報告書には、偽物を殲滅したのはニール達だと書かれていた。
ニール・ノーブル。
今なお帝国最強の将軍と名高い、ダミアン・ノーブルの三男だ。
ダミアンは父上に忠誠を誓い、帝国に二心はないが、子煩悩な一面があり自分のコネをつかって子供達を出世させていた。
そのダミアンの子供の中で、ニールは唯一、父親からのコネや七光りの恩恵を受けていない。
それは何故かと調べてみたら、ダミアンは子供の中で唯一ニールの才能をみとめていて、ニールなら自分のコネがなくても出世できると思っていたようだ。
それを知って、俺はニールと会って実力を確かめてきて、そのまま取り立てた訳だ。
そのニールを今回の親征に帯同させていたのだが。
「なるほど、ジェリー・アイゼンに触発されたか」
「アイゼン将軍ですか?」
「どうやらあの花火をみて、自分達も何かやらなきゃって思ったらしい」
「なるほど、功を焦りましたか」
「焦った結果敵軍の殲滅だから、不幸中の幸いだな」
「そうですね。この場合味方を巻き込んで危険にさらすのがよくあるパターンですから、それを考えれば」
「……」
「いかがいたしますか?」
「表彰するしかないだろうな」
俺は微苦笑しながらいった。
「表彰されるのですか?」
「ニールを出したのはヘンリーだ、つまり独断ではない。頭の中にある帝国法を今引っ張りだしてみたが、やったことは敵軍の殲滅だからそれを裁ける法はない」
「法で決めていい事ではありませんからな」
「ニールの経験不足と、ヘンリーの注文が足りなかった。そういう話になる」
「そうですな」
「だから公式的にはニールを表彰する。兵の前で堂々と」
「……裏では?」
「ヘンリーに説教してもらう。それしかあるまい」
「ではそのようにいたします」
「まかせた」
ヘンリーの報告書に返事を書き込んで、ジジに手渡す。
ジジはそれを受け取って、必死に頭の中に今の光景をたたき込む、そんな表情をした。
そのまま政務を更に片付けていく。
要約された報告書を一掃した後、フワワの箱に取りかかる。
箱を開くと、中から大小様々な、不そろいのサイズの紙が入っていた。
それを取り出して、目を通す。
「……ふむ」
「それはどのようなものですか?」
「物価だ」
「物価?」
ドンは首をかしげた。
「最近やらせるようになった。あっちこっちの土地に人を放って物価を調べさせている」
「あっ……」
ジジが声をあげた。
ドンはジジの方をむいて、少し不機嫌な顔をした。
ジジの役割は俺から説明を受けて理解している。
その上で、「政務に反応=口だし」と感じて不機嫌になった。
「どうした。気にするな、話せ」
「あっ、はい。えっと……レイジ達ですか?」
「そうだ。ジジはあの辺と仲が良かったんだったな」
「はい! ご主人様に命を助けてもらって、っていつも言って感謝してました」
「そうか」
俺は頷いた。
レイジというのは、物価調べに出した者達の一人だ。
「レイジは確か……ギルバートの奴隷商から助け出した元奴隷だったな」
「はい!」
「ということは、陛下の下にいてかなり長い男ですね」
「そうだ。派手な才覚はないが、真面目なのと愚直なまでの忠誠心が特徴だ」
あの時助けた元奴隷はほとんどがそういうタイプだったと記憶の中からその者達の記憶を引っ張りだす。
「だからフワワの箱を与えて、あっちこっちの土地に放って物価の調査をさせている」
「すごいです陛下。才覚がない者達にも活躍の場を与えていたのですね」
「あれはあれで才覚の一種だ」
俺はフッと笑い、言いつけた品目の物価が書かれた様々なサイズの紙を取り出した。
品目と数字さえ分かればいい、あとはやりやすいようにやれ。
そう命令したのもあってか、よく見たら紙だけじゃなくてボロい布切れに書かれたものもあった。
それを一つずつ目を通す。
「ふむ……」
「それで何かが分かるのでしょうか?」
「色々あるが、大きな所だと反乱の兆候とかだな」
「反乱ですか?」
「指定した品目の中に麦と米がある。反乱は大勢の人間が動く。企てられたものなら食糧の買い占め、やむにやまれぬ場合だと不作や商人のつり上げ」
「なるほど……いわれてみれば連動してしかるべき事象ですね」
「……ふむ」
俺は送られてきた物価を記した物を見つめた。
そして、顔をあげてジジにいった。
「ジジ、覚えておけ」
「は、はい!?」
「これをする時は過去の数字との比較が重要になる。今後はそうするから、こういう数字の報告が来たときは、比較したい時のものがすぐに取り出せるようにちゃんと覚えておけ。重要な仕事だ」
「は、はい!」
俺に言われて、ジジは拳をぎゅっと握り締め、気合を入れ直した。
「陛下……もしかして気になる物が?」
「ああ」
さすがドンだと思った。
「今、過去の物がすぐに引っ張り出せて比較できたらなと思ったよ。さすがに余の記憶では曖昧なのでな」
「何が気になるのでございますか?」
「これだ」
俺はそう言い、紙切れの一枚をドンに突き出した
ドンはそれを受け取って、目を通す。
「これは……アルメリアの米の価格?」
ドンの言葉に、俺は小さく頷いた。