16.超長距離狙撃
バイロンを送り返したあと、俺は自分の部屋でレヴィアタンを触っていた。
魔剣であり、俺の忠犬でもあるレヴィアタン。
その「性格」が激しい分裏切りとかそういうのは心配してないが、その分何が出来るのか、を把握したいとは思った。
だからレヴィアタンに触れながら、何が出来るのかを聞いて、それを小さい規模で試したりした。
そんな時、部屋のドアがノックされた。
「入れ」
許可を出すと、メイドのゾーイが入ってきた。
何の用事だろうかと待ちながらレヴィアタンを触っていたが、いつまで経ってもゾーイが何も言わない。
それで不思議がって彼女を改めて見たが。
「どうした、顔色が悪いぞ」
ゾーイはまるで死人のような、血の気が引いた顔をしていた。
俺が聞くとびくっとして、そのままわなわなとへたり込んで、俺に土下座した。
「どうした一体」
さすがにこれはただ事じゃないと、俺は座っているのを立ち上がって、ゾーイの前に立った。
「こ、これ……」
ゾーイは震えた手で小さい革袋を両手で差し出してきた。
受け取って、袋を開く。
中には金が入っていた。
「何だこれは。結構な大金だな……五百リィーンって所か」
額を口にした直後、俺もそれに気づいた。
ゾーイは十三親王邸のメイド、よそで仕事してる子よりかは給料をもらっている。
とは言っても、五百リィーンを貯められるほどはもらえてない。
そもそも、彼女は少し前に、金がなくて娼館に売られそうになっていた。
こんな大金持っているはずがない。
「し、知らない人が持ってきました。ここ、これをご主人様に飲ませれば、の、報酬、です」
声が震えているし、内容も要領を得ない。
俺はゾーイが続いて差し出してきた小さな瓶を受け取って、蓋を取って匂いを嗅いだ。
「なんだこれは?」
「す、睡眠薬、って言ってました」
「……へえ?」
「ごめんなさい!」
声のトーンが低くなると、ゾーイはますます額を床に擦りつけての平謝りをした。
「これを俺の飲み物かなんかに混ぜて、気を失ったら引き渡せ、ってことか?」
「は、はい!」
「なるほど」
すっかり怯えきってるゾーイを眺めて、考えた。
多分またアルメリアの連中だな。
襲撃したが失敗したから、今度はメイドを買収して俺を拉致しようって魂胆か。
よほど俺の身柄が欲しいと見える。
が、それはそれとして。
俺はゾーイに向かって。
「顔をあげろ」
と言った。
「は、はい……」
「話は分かった。だが、なんでこれを俺に持ってきた」
「ご、ご主人様は裏切れません! 私を助けてくださいましたし、村のことも」
「ふむ」
「でも、やらないと殺すって脅されて、この薬とお金を押しつけられて。でもやっぱりご主人様を裏切るなんて出来なくて。えっと、えっと……」
まだパニックになったままなのか、ゾーイの言葉には「でも」が多くて、言いたいことを上手く言えないでいるようだ。
それでも、おおよその話はわかった。
「脅されたし大金を握らされたけど、それでも裏切れなくて、告発しに来た。ってことだな」
「はい!」
「分かった」
俺は身を翻し、さっきまで座っていた椅子に戻って、テーブルの上にある紙にさっとペンを走らせた。
再びゾーイの前に戻って来て、それを彼女に渡す。
「これは……?」
「褒美だ。連中はお前の裏切りを500リィーンで買おうとした。それでも裏切らなかったから、0をひとつ足してやる」
「0一つ……5000リィーン!?」
「ああ、俺のサインを入れといた。明日金庫番からもらうといい」
「そ、そんな! もらえません!」
「裏切らなかった褒美だ、もらっとけ」
裏切りの誘いに、大金の褒美。
立て続けの事に、ゾーイは頭がついてけなくて、放心したままだ。
「ありがとう……ございます……。ご主人様って、本当に器の大きい……」
「それよりも、一つやって欲しい事がある」
「――っ! やります! なんでもします!」
「ん、これからこの薬を飲むから。俺が気を失ったら向こうの言うとおりに俺を連中に突き出せ」
「……えっ」
「突き出したらお前はすぐに逃げて身を隠せ、間違いなく、向こうはお前の口を封じようとするはずだ」
「…………」
ゾーイはポカーンとなったまま戻ってこない。
そんな彼女を眺めながら、俺はやるべき事を頭の中でシミュレートした。
☆
目が醒めると、真っ暗闇の中にいた。
俺は手足を縛られて、干し草のようなものの上に寝かされている。
どこかの小屋、匂いからして馬小屋かなんかみたいだ。
「おい、火が消えるぞ。薪を拾ってこい」
「分かったよ。そっちはちゃんとガキを見張ってろよ」
「なあ、預かった短剣でさっさとぶっさそうぜ。それで終わりなんだろ」
「それは最終手段だって言われただろバカが。おまえ、自分から『子供の一人も捕まえられませんでした』って認めるつもりか?」
小屋の外から、粗野な口調の声が聞こえてきた。
俺を捕まえた連中か。
俺は干し草の上で首を振った。
耳の奥がカサカサする、何回か振ると、何かがポトッと出てきた。
出てきたやつは豆粒大の何か、そいつは耳から出ると元のサイズに戻った。
魔剣、レヴィアタン。
それにふれて、リンクした指輪を変形させて手足を縛ってる縄を切った。
レヴィアタンに状況を聞く。
瞬間、頭の中を映像が駆け抜けていった。
屋敷でゾーイに言いつけをした。
つかまった時絶対に持って行けないから、サイズを変えられるレヴィアタンを豆粒くらいにして、耳の中に隠した。武器と違って指輪は外されないからそのままにした。
そしてゾーイが持ってきた薬を飲んだ、俺の意識はここで途切れた。
ここからレヴィアタンの記憶。
ゾーイが部屋を出て、しばらくして複数人の黒装束を着た男が入ってきた。
男達は俺の手足を縛った、ゾーイはこの時点でひっそりと姿を消した。
男達は俺を担いで屋敷を離れ、外で待っている馬車の荷台に俺を押し込んで馬車を走らせた。
都を出て、大分離れた所で、夜を明かすために小休止を取った。
俺が馬小屋だと思っていたのは、単に馬車の荷台の上で、布を被せられているだけだったようだ。
縄を解いて、レヴィアタンを握って、労う気持ちを伝える。
忠剣レヴィアタンはそれだけでものすごく喜び、犬だったら尻尾がはち切れるくらいの喜びようがダイレクトに心に流れ込んできた。
俺は立ち上がった、かぶさっている布をズバッと斬った。
「なにっ!」
「ガキが動いたぞ!」
「誰だ! 縄をちゃんと縛らなかったやつは!」
荷台の上に立って、周りをぐるりと見回す。
何もない草原、街道から少し外れた所。
10人もの黒装束の男がたき火を囲んで座っていた。
俺が動いたのに、緊張感はまるでない。
ガキが動いた――俺をただの子供だとしか思ってないが故の油断。
俺は荷台から、男達に飛びかかった。
そんな俺を見て、失笑する一番近い男。
一閃、男の喉が斬られ、血がものすごい勢いで噴き出した。
「なにぃ!」
「てめえ、このクソガキが!」
一人殺された事で男達の表情がようやく変わった、全員が剣を抜いて切っ先をこっちに向けた。
「まだ遅い」
敵対心がようやく出たが、危機感がまだ致命的に足りない。
とはいえ指摘してやるつもりもない、俺はレヴィアタンを振るい続け、レヴィアタンの剣術で連中を全員斬り倒した。
総勢十人。一分も掛からなかった。
「無駄足だったな」
俺は苦笑いした。
ゾーイの睡眠薬を飲んだのは、レヴィアタンから見たもの聞いたことを後で教えてもらえるって分かったのが大きい。
捕まって、眠っている最中、俺を捕まえる男達が話す真実をレヴィアタンに聞いとけと命じた。
しかし大した情報は無かった。
連中はアルメリア反乱軍の一派で、前に襲撃で失敗したから、今度は使用人を買収して俺をさらって、アルメリアに連れて帰る。
それ以上の情報を持っていなかったから始末した。
「さて、帰るか――ん?」
帝都はどっち方向だ? と街道の前と後ろを眺めていると、遠くから無数の灯火がこっちに向かってくるのが見えた。
しばらく待ってると、兵士の一隊が松明を持って近づいてきた。
その兵士と一緒に、ゾーイの姿があった。
そいつらが俺の前にやってくると。
「ご主人様!」
ゾーイがものすごく心配してたって感じの顔で俺を呼んだ。
「なんだこれは」
「はい! ご主人様が心配で、その、兵士の皆さんに頼んで」
「助けに来たって訳か」
ゾーイは大きく頷く。
「そうか、よくやった」
「でも……これって……」
ゾーイが俺を見て、周りに倒れてる黒装束の男達をみて、また俺がもっているレヴィアタンを見る。
「ご主人様がお一人で……?」
「ああ」
「すごい……」
ゾーイがつぶやき、兵士の一団がざわざわする。
まあ、助けはいらなかったが、人手があるのは助かる。
「お前ら、隊長は誰だ」
「はっ!」
一人の青年が前に進み出て、俺に片膝をついて頭を下げた。
「お初にお目にかかります、十三親王殿下」
「こいつらを運ぶのを任せる。何日か前にも襲われてる、それと共通点がないか調べさせろ」
「分かりました!」
兵士の隊長は俺の命令をうけて、部下たちに誘拐犯の死体を運ばせた。
その時、ガシャン、って金属音が聞こえた。
音の方をみる、死体の一つから、短剣が地面の石の上に落ちていた。
「――っ!」
それを見た瞬間、全身がぞわっとした。
殺意。
ものすごい殺意が、その短剣から感じられた。
「それに触るな」
拾おうとする兵士を制止して、短剣の前にたって、じっと見つめる。
これが……目を覚ました時男達が言ってた短剣のことか。
レヴィアタン越しだと、殺意とともに「呪い」のようなものを感じる。
ただの短剣じゃない、呪術も、それを込めた人間の思い――怨念がものすごく籠もっている。
「……もしかして」
レヴィアタンを抜き放ち、構えた。
「やれるか?」
聞くと、レヴィアタンは「はい」と伝えてきた。
「なら、やれ!」
命じられた瞬間大喜びするレヴィアタン。
その直後、立てた刀身から水柱が天に向かって迸った。
前に撃ったのに比べてかなり細い、六歳児の俺の腕程度の太さしかない。
それはしかし天に昇ったあと、途中で曲がって飛んでいった。
遠く、遠く。
地平の向こうよりも更に遠く、水柱が飛んでいく。
ゾーイも、兵士達も。
全員、何が起きたのか分からない顔をしていた。
☆
翌日、王宮の花園。
呼び出された俺を見た途端、陛下は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「すごいぞノア、よくやった!」
こっちが膝をついて一礼するよりも早く向かって来て、肩をつかんで喜びを露わにした。
「一体何が」
「反乱軍の首魁、ベイカーという男が、昨夜どこからともなく現われた水柱に眉間を撃ち抜かれたらしい。ノアだろう、それは」
「……はい」
驚き半分、ほっとした半分だ。
驚きなのは、やっぱり陛下の耳が早いこと。
ほっとしたのはもちろん、レヴィアタンの超長距離狙撃が成功した事。
あの短剣、ものすごい呪いと怨念が込められた短剣を目印に、怨念の主をレヴィアタンで狙撃した。
レヴィアタンはできると言った、だがほとんど辺境にあるアルメリアに届くのかがちょっと不安だった。
「首魁を失って反乱軍の指揮系統が壊滅している。ヘンリーは数日中にはカタがつくと言ってきた。よくやったぞノア!」
陛下は今までで一番、興奮した感じで俺の功績を褒め称えたのだった。