表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/211

156.必要火急

「む?」

「あら?」


 俺とアリーチェがほぼ同時にそれに気づいた。

 天幕の外に、けたたましいくらいの足音が聞こえてきた。

 それは鎧の擦れ合う音が混じった足音で、だれが聞いても急いでいると分かる足音だった。


「何かあったのでしょうか」

「ふむ」


 足音はこっちに向かって、近づいてきている。

 それで少し様子見をしていると、足音は天幕の真っ正面、入り口の所でとまった。


「ヘンリーでございます、陛下」

「うむ」

「お休みの所申し訳ございません、お耳に入れておきたいお話が」


 音と天幕越しの影で、跪くのが見えたのとほぼ同時にヘンリーの声が聞こえてきた。

 アリーチェは戸惑った様子で俺に目線を向けてきた。

 これまた急いでいる――いや、焦っているのがはっきりとわかる声だったからだ。


 俺はアリーチェに頷き、「入れ」といった。

 アリーチェは立ち上がり、無言のまま、入ってきたヘンリーと入れ替わりに外に出て行った。


 夜の、皇帝の寝室。

 俺の意識じゃ皇帝には個人の時間はないと思っているが、普通はそこまで思っていないと言うことも理解している。


 こんな夜遅くのプライベートな時間と場所に、ヘンリーのような男が慌ててやってきた。

 それはほぼ間違いなく政事か軍事であろうと、そう理解したアリーチェは何も言わず、入れ替わりにすっと出て行った。


 尻目にアリーチェが退出したのを確認した後、ヘンリーは険しい顔のまま俺に近づき、一通の封筒を差し出してきた。

 封筒は飾りっ気がなく、しかし作りがしっかりしてて厳重に封をした跡がみられる。


 密報。


 その言葉が俺の脳裏に浮かんだ。


「火急のご報告でございます」

「うむ」


 俺は受け取り、ヘンリーが封をきったであろう口から中の紙を取り出した。

 それを開いて、内容に目を通す。


「……陛下が?」


 眉根がくっつくくらいにきつく寄せられたのが自分でも分かった。

 その密報は帝都から届けられたもので、内容は上皇である父上が倒れた事を報告するものだった。


 俺は視線をあげて、ヘンリーをみた。

 ヘンリーは俺に勝るとも劣らないほどに眉をひそめていた。


 なるほど、と思った。

 これが届いて、居ても立ってもいられずに、急いで俺の所に駆け込んできたという訳か。


 ヘンリーが急いで来た理由は痛いほどよく分かった。

 かなり前になるが、父上が倒れたことがあった。

 俺がまだ少年くらいの頃で、法務親王大臣を拝命していた頃だ。

 あの時も父上が倒れて、そこそこの騒ぎになったことがある。


 あの時からかなり時がたった――というのは、そのまま父上が老いたという事でもある。


 高齢、いやもはや老齢と言っていい父上。

 今回倒れたのは前回以上に緊急な事態、と考えるのが普通だ。

 ヘンリーが慌てるのもよく分かる。


 俺は少し考えて、ヘンリーに聞いた。


「これはいつ届いたんだ?」

「つい先ほどです。私の所で留めておけるような内容ではございませんので、急ぎ報告にあがった次第です」

「そうか、分かった。倒れたとは言ってもこれでは仔細がわからん。この程度の文面であれば、まあ『最悪の事態』にはなっていないだろう」

「はい、それはおっしゃる通りかとおもいます」

「ならば当面は準備、余だけでも帰れる程度の準備を整えておけ」

「はっ!」


 ヘンリーは深々と頭を下げた。

 もしこれが帝都か、もう少し近場にいるのなら早馬を駆ってでも帰っていただろうし、瞬時に連絡が取れる手段があるならすぐにそうした。

 だが、残念ながらそのどっちもない。

 すぐには帰れないし、連絡も取れない。


 すぐに動けるように、続報を待つしかないのだ。


 それをヘンリーも分かっているようで、とりあえず俺に報告が出来て、まっとうな指示をもらえたことで少しだけホッとして、眉を開いた。


 そんなヘンリーに、俺は真顔で言った。


「一つだけ小言だ」

「え?」


 顔を上げたヘンリー、小言? って顔をしていた。


「ヘンリー、お前、これを受け取ってすぐに来たといったな」

「はい、急ぎ耳に入れた方がいいと思った次第で」


 やはりきょとんとしたままのヘンリー。

 俺はちらりと、しかしヘンリーにも分かる位に、視線を一度入り口のほうにむけた。

 アリーチェが退出した天幕の入り口だ。


「アリーチェも気づくほどだ、途中でお前の慌てっぷりを見た者もそこそこいるだろう」

「はい……あっ」


 ヘンリーははっとした。

 そして今度は「やってしまった」という顔をした。みるみると青ざめていく様子は、普段のヘンリーからは中々見られない、新鮮な反応だった。


 俺は封筒を持った手ごとあげて、更につづけた。


「そうだ、これは急報ではあるが、密報という形で届けられた。ただの急報であれば問題はないが、密報でそのようにあわてて来られると最後の最後で『密』の意味が薄れる」

「も、申し訳ございません!」


 ヘンリーは青ざめるのを通り越して、まるで紙のような顔色になって、俺に跪き頭を下げた。


「あまりの知らせだったので、つい――」

「よい」


 俺は手をかざして、ヘンリーの謝罪と弁明をとめた。


「上皇陛下――父上の容体のことだ。息子としても、また、帝国の大臣としても平静ではいられまいよ」

「はっ……」

「余も本気で責めているわけではない。小言だ。頭の片隅においておけばよい」

「御意……」


 もう一度頭を下げてから、ヘンリーはゆっくりと立ち上がった。


 そして、表情をまた切り替えて、俺を見つめてきた。


「どうした」

「やはり陛下はすごい。このような事にも動じずに、陛下としての振る舞いを十全に全うされておられる」

「……ヘンリー」

「はっ?」

「礼を言う」

「……え?」


 ヘンリーはきょとんとなった。

 今度はなんの事か、という顔をした。

 俺はそんなヘンリーを見つめ返しながら、真顔で続けた。


「皇帝に『私』はない、あるのは『公』だ。ヘンリーが代わりに慌ててくれたおかげで余は冷静でいられた。だから――」


 一旦言葉を切って、改めて、という感じで続ける。


「感謝している」

「そんな! ……もったいないお言葉でございます」


     ☆


 ヘンリーが天幕から出て行ったあと、俺は視界の隅にあるステータスを眺めていた。


――――――――――――

名前:ノア・アララート

帝国皇帝

性別:男

レベル:17+1+1/∞


HP C+A 火 E+S+S

MP D+B 水 C+SSS

力  C+SS 風 E+C

体力 D+B 地 E+C

知性 D+S 光 E+S

精神 E+A 闇 E+B

速さ E+A

器用 E+A

運  D+B

―――――――――――


 ステータスに変化はまったくなかった。


 そういう感想、あるいは意識か。

 それを持ったのは、前回父上が倒れたときは盛大にステータスが変わったという経験があるからだ。

 あの時は、+の後ろにあるものが全部最大になった。

 それは一時的な物とは言え、倒れた事さえも利用した父上が帝国の全権限を俺に預けた、という意味だと俺は解釈した。


 今回はそれがない。

 帝国の全権限が俺にはない。


 つまり、父上は健在ということだ。

 詳しい状況は相変わらず分からないが、少なくとも危機的な状況では決してない、と俺は判断した。


「……」


 だが、とも思った。

 あのヘンリーがあそこまで慌てた理由もわかる。

 父上はもうかなりの高齢だ。

 あれだけの高齢だと、今は大丈夫でも次の瞬間急変したとしてもなんら不思議はない。


 俺は元十三親王――十三番目の子だ。

 俺が生まれたときには、父上は既に初老の域にさしかかっている。

 あれから十数年がたった、今はもっとお年を召していらっしゃる。


 そこまで考えると――。


「陛下?」

「うん? ああ、アリーチェか」


 いつの間にか天幕の中にもどってきたアリーチェが、心配そうな表情で俺を見つめていた。


「お顔の色が優れないようですが……」

「ヘンリーの事は言えんな」


 俺は自嘲気味に笑った。


 ヘンリーにあんな事を言っておいてアリーチェに気づかれるような表情をしていた。

 猛省しなければなと思った。


「私になにか出来る事はありませんか?」

「余は今から急ぎで都に戻るが、だれにも知られたくない。数日はごまかしておいてくれ」

「わかりました」

「方法は任せるが……二日だ、二日間はお前以外のだれも知らないような状況を保っていてくれ」

「その……」

「うむ?」


 アリーチェを見た、彼女は少し驚き、そして言いよどんでいた。


「気になることがあるのなら遠慮無く聞け」

「はい、その。ヘンリー様には?」

「黙っておけ」

「……」


 アリーチェの表情が、驚きから困惑へと変わっていった。


「言わなくて大丈夫なのですか?」

「ああ」


 俺は小さく頷いた。

 黙っておけとは言ってみたものの、アリーチェが「ごまかし」をやろうとした時点で、どううまくごまかしてもヘンリーなら気づく。

 むしろ上手くやればやるほどヘンリーは気づくだろう。


 それは仕方ない事だし、余計な負担をかけてしまうからアリーチェには黙っておこうと思った。


「ヘンリー様にも黙っておくのですね」

「……敵を騙すにはまず味方からだ」


 アリーチェも「まず味方から」の方だが、当然今は言わない。


「頼んだぞ」

「分かりました」

「ごまかし方は任せる、なんでもいい」

「なんでもいい、ですか?」

「好みなら余が股を打って血尿をだしたことにしてもいい」


 俺はいたずらっぽい笑みを浮かべて、いった。

 アリーチェが少し緊張してるからほぐそうとおもっての言葉だ。


「そ、そんなことは」

「冗談だ、が、まるっきり冗談でもない」

「え?」

「とにかく方法はなんでもいい、余が二日間この天幕にこもっていることに出来ればそれでいい」

「はい……分かりました」

「今から二通の手紙を残していく。もし二日以内に露見した場合の指示と、二日保った場合の指示だ」

「はい」

「たのんだぞ」

「はい! ――え」


 アリーチェは何かに気づいた様子で、ぱっと後ろに振り向いた。

 俺はその間にさっと天幕をでた。


「……あっ」


 天幕越しにアリーチェの声が聞こえて来た。

 驚きと、納得が入り交じったような声だ。


 俺が気配で視線を逸らした事に気づいた反応だ。

 俺はそのまま陣地の中を進んで行った。

 気配で視線を逸らしつつ、だれにも見られないように歩く。

 そうやって軍馬がつながれている所にやってきた。


 いつでも乗れるように準備しておく、馬装している一頭の馬にまたがった。

 その馬にのって陣地をでた。

 しばらくはゆっくり歩かせたが、足音が届かないであろう程度の距離が離れてから、鐙を通して馬を走らせた。


「アポピス」

『――』


 心の中で、アポピスが言葉にならない返事をしてきた。


「疲労を誤魔化せるか? 一時的でいい」

『――』


 アポピスから「是」とする返答が返ってきた。


 アポピスは薬や毒を扱うことが出来る。

 薬や毒の中には、俺が要求した一時的に疲労や痛みを誤魔化せる代物がある。

 それをアポピスに要求した。


 直後、指輪が光って、目の前にゆっくりとしずくが落ちてきた。

 まるで綿かホコリのように、しかしまっすぐゆっくりと落ちてきた大粒のしずく。

 俺はそれを手に取って口の中に放り込んだ。

 瞬間、はっきりと目がさえていったのが実感できた。


 どんな濃茶を飲んだときよりもはっきりと目がさえていった。


 アポピスに俺自身と馬の疲労をごまかしてもらい、俺は、一直線にそして最高速に、帝都を目指して馬を疾走させるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

mrs2jpxf6cobktlae494r90i19p_rr_b4_fp_26qh.jpg
なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
いつの間に二通もの手紙を書いたんだ! 陛下すげーw
[一言] 今回もまた続きが気になる終わり方で早くも楽しみです!待ってます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ