151.即興の後始末
連載再開します、分量は十万字ほどです。
よろしくお願いします。
天幕の中で、俺はヘンリーと向き合っていた
ヘンリーは眉根をキツく寄せて、信じられないような顔で、俺との間に置かれている物をみつめていた。
執務机の上に置いたのは、俺が持ち帰ったエイラー・ヌーフの首。
首は急いで作らせた木の箱のなかに「とりあえず」入っている。
それだけで悲鳴を上げるようなヤワな神経でもないが、さらし首を机の上において気分がいいものでもないからだ。
「本物……でございますか?」
しばらくして、ヘンリーがおそるおそる、といった感じで聞いてきた。
「誰かよく知っている者に確認させるがいい。余もそれが知りたい」
「陛下も?」
「何しろ寝込みを襲って、それで成功してしまったのでな。面識もない。確信はあるが確証はない」
「……確認させます」
ヘンリーはそう言って、天幕の外から部下を呼んだ。
入ってきた部下は俺達にそれぞれ一礼したあとに、ヘンリーは彼に耳打ちした。
部下は驚いた表情をしたが、ヘンリーに念押しされて慌てて外にかけていった。
耳打ちだから内容は分からないが、まあ、「敵大将の首実見をする」なんて話のはずだから、その程度の驚きはむしろ軽い方だろう。
それからしばらく、ヘンリーは苦虫をかみつぶしたような顔のままだ。
何か言いたいことはあるようだが、何をいえばいいのか分からない、そんな顔をしている。
言えるようになるまで待とう、そうしているうちに二人の若い男が天幕に入ってきた。
二人とも若く、一般兵の格好をしている。
「は、はじめて――」
「――ラインっていいます!」
二人が同時に口を開いたもんだから、綺麗にかぶってしまった。
あえて聞くまでもなく、二人の若者は盛大に緊張している感じで、それでこうなったのが分かる。
初めての謁見でのやらかし――そういう光景を幾度なくみてきたであろうヘンリーは咎めるでもなく、ちょっと吹きだしただけですませた。
しかしすぐに「御前」だという事を思い出して、咳払いして慌てて取り繕った。
「楽にしろ。それよりもやってもらいたい事がある」
「は、はい!」
「なんでも言って下さい!」
二人はカチコチのまま、まるで棒でも飲んだかのように背筋をピンと伸ばして返事をした。そこはやはりはじめてだから、作法とかまるでなっていないが、俺はもとよりヘンリーもその事はきにしなかった。
まったく言及することなく、ヘンリーは話を続けた。
「そこに首がある。その正体を確認しろ」
「は、はい」
「首……」
ヘンリーがぐいっと首の方にあごをしゃくった。
二人の兵士はおそるおそる首に近づいた。
ヘンリーの命令で、首の主を確認するため木箱の蓋を開けて、同時にのぞきこむ。
「こ、これは!」
「エイラー様!?」
「……」
「……」
二人は盛大に驚いて、俺とヘンリーは互いをみて、軽いアイコンタクトを取った。
それからヘンリーは眉間をもんで、ため息をついた。
そして、二人に念押しの確認をする。
「間違いないか?」
「は、はい」
「間違いないです」
「そうか、ご苦労。下がって良し。この事は他言無用だ」
「「は、はい!」」
ヘンリーに気圧されて、二人はまた棒を飲んだように背筋をピンとさせた後、天幕からでていった。
再び二人っきりになった天幕の中で、ヘンリーはもう一度深いため息をついた。
「本物のようですな……」
「そうだな」
「なんと申し上げるべきか……さすが陛下、いつもの如くおすごいというべきだろうか」
「余も驚いている、まさか本当に成功するとはな、と。無論、力は使ったが、その力がなくとも成功しそうなほど警備が緩かったのだ」
「陛下はあのものを過大評価しておられた、ということですな」
「いうな、それでもう叱られている」
俺は微苦笑した。
暗殺に成功して、脱出した直後に愕然としているところに、バハムートに似たような事をいわれている。
俺としては過大評価などしているつもりは微塵もないんだが、ヘンリーもバハムートにもそう見えているらしい。
「では、改めて申し上げます」
「うむ?」
「このような事は今後金輪際ひかえて、いえ、やめていただきたい」
ヘンリーは一旦言いかけた言葉を止めて、あえて強い言葉に言い換えた。
「それは陛下――皇帝の身が冒してよい危険ではございません」
「ああ、肝に銘じよう」
ヘイリーのそれは当たり前の指摘で、当たり前の諫言だった。
だから俺は素直に受け入れた。
「即興でつい踊ってみた、反省はしている」
「本来ならその『即興』という考え方にも一言申し上げるべきなのでしょうが……」
ヘンリーはまたまたため息をついた。
「まずは即興でそれが出来たことが陛下のすごいところ、でしょうな」
ヘンリーはそういい、「そして」で話題を変えた。
「それほどにひどかった、ということなのでしょうな」
「そうだな。ヘンリーの事だ、殉葬の事も聞いているな?」
「はい」
ヘンリーははっきりと頷いた。
微かに笑みを浮かべていた。
「敵が自ら両腕をもいでくれたのです、兵を率いる者としては歓喜しましたな」
「その立場だとそうもなろう」
俺はそういい、小さく頷いた。
「人は宝」の俺とは違って、「敵軍の将」の立場なら喜ぶか罠を疑うかのどっちかだろう。
「一事が万事というのがこのような事をいうのだろうな。まあ、ひどいものだったよ」
だから「即興で踊った」と俺は締めくくった。
それを聞いたヘンリーはちょっとだけため息をついた。
「ならばもう何も申し上げません」
「助かる。さて、一つ頼まれてほしい」
「なんでしょう?」
ヘンリーは首をかしげて、訝しんだ。
「余は即興といった、つまりあの瞬間まで余もこうするつもりはなかった。ただあまりにも簡単そうにみえたので、つい、な」
「そうですな……」
ヘンリーは簡潔に相づちだけうって、俺を見つめ続けた。
それが前提、本題は? という顔をしている。
「前にヘンリーが『この力で暗殺できるのではないか』と聞いてきたとき、余はそれは出来ないといった。が、その時伏せていた理由がもうひとつある」
「それは?」
「……オスカーだ」
「……?」
ヘンリーは首をかしげた
何故オスカーがここで出てくる、って顔をした。
「帝都を立った後、残した者達からの報告によれば、オスカーは各所の予算を精査し、絞れるだけ絞ってこの親征のための予算を作っている」
「よいことではありませんか?」
「それ自体はな。だが、オスカーが今回なぜこうも協力的に変化した?」
「それは……」
ヘンリーはつぶやき、ハッとした顔で首の入った箱をみた。
「そうだ、こいつが『皇帝』を侮辱したからだ」
「陛下ではなく……『皇帝』を……」
「そうだ」
俺はヘンリーと見つめ合い、頷き合った。
「おそらくだが、オスカーはこいつを八つ裂きにしたいと思っているだろう。自分の手で、あるいは自分の命令で」
「なるほど……それを陛下が殺してしまった、と」
「そうだ。余が自ら手掛けたのだ。『皇帝』を侮辱するものを『皇帝』が成敗した。問題はないと言えばないが、あるといえばある」
「そうなります」
「そこで、だ」
「……はい」
ヘンリーは得心した。
ここから先が「一つ頼まれてほしい」の内容だと理解したからだ。
「通常、落城の前は兵らに○○日の略奪を許す、といった命令をだすようだな?」
「はっ。将には後日恩賞がありますので必要ありませんが、兵はそれのために戦っているようなものです」
「実情はそれほどあかるくないから詳細はまかせる、が、エイラー・ヌーフ一族の男はなるべく生け捕りにするように調節してほしい」
「……オスカーにやらせるのですな」
「そうだ。有力者まわりの捕虜の処遇、もともと内務の領分だ」
帝国は「戦士の国」。
常に戦争をしていて、そのため捕虜の処遇についてはかなり体系化されている。
一般の捕虜はともかく、首謀者の一族など、「価値の高い」戦利品は一度帝都に送られることになる。
そしてそれの処遇を決めるのが内務大臣だ。
通常は内務大臣が部下と諮って、それを皇帝に上奏して認可を受ける形だが、よほどの事が無い限りこれに異を唱えた皇帝はいままでいない。
そして、首謀者と血が繋がっている男は基本処刑される運命だ。
女は生かすことも多いが、男は生かしておけば、本人の意思に関係なく新しい反乱の旗印になったりされたりするから、基本は処刑だ。
「敗戦の中、もとより戦死かつかまっての処刑しかないからな」
「それをオスカーをなだめるのに最大限利用するというわけですな」
「そうだ」
「やはり陛下はすごい、そこまで考えていましたか」
「即興の後始末だ、褒められたものではない」
「いえ、そういうことであればお任せを」
「できるか?」
「いかようにも」
「わかった。任せる」
「……さすが陛下でございます」
「うん? 今度はどうした」
「親征中……現場にいるのにもかかわらず細かい口出しは一切なさらず、任せて下さる」
「実情は明るくないからといったが」
「それでも口を出したがるものでございます。そしてそれが非常に困るのです」
「……マイロ二世のことを知っているか?」
「はあ……帝国初期の三賢帝の一人、その二人目と数えられている方の事で?」
「ああ」
俺はそういい、頷いた。
最近特に読むようになった歴史からそれを引っ張り出した。
「マイロ二世は確かに賢帝であった、が、何から何まで自分でやらないと気が済まず、皇帝なのに村長レベルの決定事項にまで目を通し、口を出していた」
「たしか……夜明け前に起きて深夜まで働いてらっしゃった、と」
「そうだ。そしてそれがたたってわずか7年の在位期間で崩御した。むろんその積み重ねが三人目のレオ帝にバトンタッチされ、帝国の第一次黄金期に繋がったのだから賢帝なのはまちがいない。ただ……余はそこまで太く短くは望んでいない」
だから任せられることは任せる、と言外に告げた。
ヘンリーは「そうですか」と頷いて。
「歴史から学ばれる陛下はやはりすごいですな」
と、締めくくったのだった。
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