150.暗殺
エトナとその部下の協力で兵士の死体を埋めた後、彼女に聞いた。
「父親に連絡はしなくていいのか?」
「はい! 大丈夫です。父は私が人質にでもなってなきゃ相手の脅しには屈しませんから」
「そうはいっても『捕まえた』と嘘をつかれれば迷いもする。親には安心をさせてやれ」
「あっ、そうですね。じゃあ――」
エトナは少し考えて、近くにいる部下の一人を呼んだ。
耳打ちして何かを言った後、部下は小さく頷き身を翻してパッと走って行った。
それを見送った後、エトナが戻ってきた。
「さて、俺はここで失礼する」
死体の処理で人が集まってきたから、俺はそれを意識して皇帝ではない口調で告げた。
「どこに行くんですか?」
「州都だ。噂がどうなっているのか耳で聞いておきたい」
自分の、という言葉を省略した。
「そ、それならご一緒――一緒に行く」
「一緒に?」
「うん、案内する。そういう噂があつまってる所知ってるから」
「ふむ」
俺は頷いて、考える。
潜入するだけなら自分一人の方が楽だが、現地の案内がいた方が楽だ。
「そうだな、頼めるか?」
「はい!」
皇帝の俺に頼られた事がよほど嬉しかったのが、エトナは満面の笑みで更に別の部下を呼びつけ、何かを言った。
それを待って、俺はエトナと一緒に村を立った。
☆
「こ、これってモンスター!?」
村を出た後、しばらく歩き続けたが、俺が馬車の中に入ろうとしない事に不思議がったエトナ。
そういえば紹介はしてなかったなと思い、ミュールに軽く呼びかけて、首だけ外に出すようにした。
モンスターであるミュールの顔をみて、それだけでエトナは盛大に驚き、のけぞりそうになった。
「ど、どういう事ですか?」
「飼うことになった。名前はミュールだ」
「か、飼うって……」
「ミュール、彼女は敵じゃない。攻撃はするなよ」
「みきっ!」
俺が言いつけると、ミュールはつぶらな瞳と愛くるしい鳴き声で応じた。
それを見たエトナはますます驚いた。
「すごく従順……」
「そうだな」
「陛下すごい……人間がモンスターをこんな自然に手懐けるなんて聞いた事が無い」
「うむ」
俺は小さく頷いた。
帝国は確かにモンスターを「制御」する事に成功した。
しかしそれはいわば洗脳に近い形でだ。
それとはまったく違って、ミュールの振る舞いとか雰囲気とかは、どちらかといえば「ペッド」の類だ。
エトナがそれを見て驚くのも無理はない。
そうこうしているうちに目的地が見えてきた。
ゴフェル州、州都イトスギ。
長らく帝国領だったが、西の辺境で最前線だったこともあって、街をぐるりと取り囲む外壁は高く、厳重さ、という意味では帝都にも匹敵する街だ。
そのイトスギが見える所まで来てから、馬車の中のミュールに声をかける。
「少しここで待っていろ」
「みきっ?」
「一晩くらいでもどる」
ミュールは意気消沈し、名残惜しそうな顔をした。
強めに撫でてやった。
その後馬車の御者台から飛び降りて、ベヒーモスに問いかける。
「馬車から意識をそらせるか?」
『造作もない』
「問題ない、一晩で戻る。ここは任せた」
『承知』
「あの……陛下? だれと話しているのですか?」
「バハムートだ」
「古の大賢者と同じ名前ですけど……それは一体……?」
エトナはそういい、まわりをきょろきょろ見回した。
リヴァイアサンとかベヒーモスとか、その辺りの事を説明すると長くなるから、俺は適当にごまかしつつ歩き出した。
エトナは後ろについてきた。
まだイトスギまで距離はあったから、今のうちに聞いておこうと思った。
「城門の警備は厳重なのか?」
「それなら大丈夫です。隊長が顔見知りですから、少しお小遣いを握らせておけば簡単に通れます」
「そうか」
俺は小さく頷き、納得した。
そのあたりはどこでも同じなんだなあ、と特になんとも思わなかった。
「そこで金を使うこともないだろう」
「え? じゃあどうするんですか?」
「別々で入ろう、中で合流すればいい?」
「別々なのはいいですけど、陛下、入る当てがあるんですか?」
「問題ない」
俺は頷き、今度は意識だけでジズに問いかけた。
バハムートに続いて「ジズはだれ?」って聞かれても困るからだ。
ジズはバハムート同様、二つ返事で応じた。
「先に行っている」
「え? それって――えええ!?」
背後から、地面からエトナの素っ頓狂な声が聞こえてきた。
ジズ、空を翔る魔鳥と呼ばれた存在。
そのジズの力を借りて、俺は大空に飛び上がって、一直線に城の方角めがけて飛んでいった。
「す、すごい!」
背後からのエトナの歓声があっという間に遠ざかり、聞こえなくなった。
「リヴァイアサン」
『うむ』
ただ飛んでいっても見つからない可能性は高い。
通常、空から敵が飛んでくる事はほとんどないから、守衛の兵士も空はろくに見ないものだ。
そこにリヴァイアサンで意識そらしをした。
ちなみに、意識そらしは極論だれもでいい。
リヴァイアサンでもバハムートでもベヒーモスでも、だれでも出来る。
理屈は「強大な気配を反対側につくる」というものでしかないから、圧倒的な存在感をもつリヴァイアサンたちならだれでも出来る芸当だ。
そうして悠々と城壁の上を飛び越えて、イトスギの城内に入る。
これも、いずれは使えなくなる手だと思った。
空から侵入してくる人間なんていないから意識はそっちに向けられず、意識そらしが有効に活用されるが、空からという可能性がわかり、更に交戦中であればもう使えなくなる。
使えるときに使い倒さねばな、と改めて思った。
着地した俺は、城門の方に向かう。
城門が見える所まで来てから、立ち止まってエトナを待った。
しばらくして、エトナが城門を簡単に抜けて中に入ってきたから、彼女に近づき声をかけた。
「エトナ」
「え? へ、へい――」
「人目がある」
「――あっ、えっと、はい。……どこにいるんですか?」
「近くにいる」
「近くって……はい、近くですよね、声がすぐ側……でも……どこ?」
エトナはまわりをきょろきょろした。
俺の姿が見つからずに慌てだして、不安げな様子だ。
州都イトスギは敵陣まっただ中、出来れば顔を見られたくないと俺は意識そらしを全力でやった。
もともとこれで潜入しようとしていたが、エトナと一緒にいると少し問題が出てくるか。
『じゃあ僕が協力したげる』
「ベヒーモス? 協力とは?」
「え? え? ええっ?」
状況が飲み込めないエトナをひとまず置いて、ベヒーモスの話を聞く。
『簡単だよ、リヴァイアサンにはまわりの意識そらしをしてもらいながら、僕で彼女の意識だけ引きつければいい』
「……なるほど」
俺は小さく頷いた。
意識そらしが出来るのなら、意識を集中させるのも容易に出来るということだ。
そして逸らすと引きつけるを一人が同時にするのは複雑だが、二人がそれぞれ手分けしてやればさほど難しい事ではなくなる。
「わかった、頼む」
『はーい』
少年のような無邪気な声が聞こえてきた直後に、エトナがぱっとこっちを向いた。
「いた」
「ずっといたぞ」
「え? でも……」
「俺の特技みたいなものだ、かくれんぼをすれば誰にも負けないだろうな」
「う、うん……それ、分かる。声聞こえるのに見つからないってすっごい特技だよ」
エトナはそういった。
「さて、いろいろ案内してもらおうか」
「あ、うん」
エトナは頷き、「どっちからがいいかな」とつぶやきつつ、歩きだそうとした。
「お嬢さま!」
そんなエトナに、一人の男が慌てた感じで走ってきた。
エトナに駆け寄った男は膝に手をつき、息を切らせていた。
「よかった、すぐに見つかって」
「どうしたの?」
「旦那様がすぐに戻ってこいとのことです」
「お父さんが? その話ならもう連絡行ってるでしょ」
「いえ、それとは別の話です」
「別の?」
「はい。とにかく一回は戻ってこい、とのことです」
「……どういうこと?」
眉をひそめるエトナ、こっちに視線を向けてきた。
俺は声を抑えて、目の前の男に聞こえないようにして、エトナに言った。
「そっちに行ってこい。後で迎えに行く」
「わ、わかった」
頷くエトナは、迎えに来た家の者について行った。
一人残された俺はどうしようかと考えた。
「エイラー・ヌーフの顔を拝んでおくか」
イトスギに潜入したらいくつかあるやりたい事の一つが、エイラー・ヌーフを実際にこの目でみると云うのがある。
エイラー・ヌーフといえば元皇族、このイトスギを占拠して自ら皇帝と名乗った男だ。
当然、警備は厳重を極めるはずだ。
エトナを連れていけない事は無いが、一人でいった方が楽だし確実なのは間違いない。
俺は歩き出して、イトスギの中心部に向かった。
イトスギの地図は頭の中にたたき込んでいる、エイラー・ヌーフが居るであろう庁舎の位置もわかる。
行き交う通行人の間を縫ってそこへ向かう。
「なるほど……大半が動かない野営地だとそうでもないが、民が無軌道に動き回る街中だと『見られない』のは厄介だな」
俺は微苦笑した。
今もリヴァイアサンで意識を逸らしたままでいる。
そのせいで、何回か通行人とぶつかりそうになった。
今の状況を分かりやすく言うと、俺に対して通行人が全員よそ見したまま歩いている状態だ。
そりゃぶつかる、という状況になっている。
野営地にいるときは、兵士の大半が立ち止まっていたからそうはならなかったが、全員がよそ見しながらそれぞれの歩き方をしてるとぶつかり易くて困る。
実際に使って、やっぱりヘンリーに言った「暗殺後の脱出」は不可能に近いと思った。
そんな事を思っているうちに、庁舎にたどりついた。
「……まるで王宮だな」
俺はすこし呆れた。
州都イトスギの庁舎は、前情報とはかなり違う見た目になっていた。
一言でいえば宮殿。
そんな感じの建物になっていた。
ところどころ突貫工事の痕跡が見えるから、エイラーが無理を押してやらせたのだろうな、と思った。
リヴァイアサンに意識そらしをやらせつつ、宮殿化した庁舎に足を踏み入れる。
「はあ……かったるいなあ。暇だし」
「いいだろ暇なのは。それともなんだ? お前も前線に出たいのか?」
庁舎の入り口にいる、番兵をしている兵士二人が私語を交わしていたから、立ち止まって何を話しているのかに耳をかたむけた。
「前線の方がマシだろ」
「そうか?」
「そうだよ。だって皇帝が好き放題やってる軍だぜ、どう考えても戦功立て放題じゃねえか」
「まあなあ」
「それをこんなところで……ここまでせめてこられるはずないのに門番もないだろうが」
「今からでも行きたいって隊長に直訴してみるか?」
「そうしてみるかぁ」
「……」
ぼやきに近い内容を最後まで聞いてから、俺は口を閉ざしたままその場を離れた。
その後も何人、何組もの兵士と遭遇した。
大抵はだらけていて、中には集まって賭博したり酒を飲んだり、挙げ句の果てには女官と野合しているようなのもいた。
規律があってないようなものになっているのはさすがに驚いた。
正直、意識逸らしがなくても簡単に潜入できるんじゃないか? とおもった。
「……流石にそれは」
俺は首を振って、頭に浮かんできた馬鹿な考えを振り払った。
口に出した言葉通り、流石にそれはないだろう、と思った。
でも、やっぱりいけるかもしれないと思った。
空を見上げる、夕暮れだったのが、西日が完全に落ちて空が暗くなっていた。
まわりもすっかり暗くなっている。
「……」
明かりは――まだ付かない。
ぽつりぽつりとついているが、つくペースが遅い。
今なら意識逸らし無しでも大丈夫なのかと思った。
「……リヴァイアサン」
『承知』
リヴァイアサンは俺の要請に応じて、意識そらしを切った。
危険だとは思った。
だけど行けるのでは? という気持ちが徐々に徐々に増してきたからだ。
俺は意識そらしを切って、ただの忍び足で進んでいった。
突貫工事で改築された宮殿だが、構造はそこまで変わらない
俺はエイラーが居るであろう部屋に向かって行く。
途中で兵士が居た、が。
その兵士は槍を杖代わりにして、立ったまま船を漕いでいた。
その兵士をの前を悠然と通り過ぎた。
「……」
呆れた、大分呆れた。
エイラーは皇帝を名乗った。
となればここは向こうにとって王城、警備が一番厳重であって然るべき場所だ。
なのに、こんなにあっさり侵入出来ている。
これならヘンリーの言うような暗殺が出来るのではないかと思った。
「……馬鹿な」
再び頭に浮かんできたものを振り払った。
やがて、エイラーが居る部屋の前にやってきた。
門番は居た、流石に居た。
意識そらしを使って中に入ろうと思ったが。
「おい、交代だぞ」
「おー」
遠くから別の兵士が声を掛けた後、扉の前の兵士は立ち去った。
「…………おいおい」
俺は更に呆れた。
番兵の交代、それは警備をしている場所でやるのが普通だ。
そうじゃなければ警備の空白地帯に空白時間が生じてしまうことになるから、そういう交代が基本だ。
なのに、そうはならなかった。
一応遠くから足音は聞こえてくるが、ハッとした俺が扉の中に入る程度には距離が離れていて、着くまでに時間が掛った。
中に入ると――部屋の中は酒臭かった。
めちゃくちゃ酒臭かった。
見ると、巨大なベッドがあり、一人の男が二人の女を左右に抱きかかえて寝そべっていた。
近づくと三人から強い酒の匂いがぷーんと鼻の奥を刺激してきた。
こっちはある意味驚かなかった。
俺が演技して見せたのと同じように、トップにいる権力者が酒色に耽っていることはなんの驚きもない。
これで外の警備が強ければ何一つ違和感を覚えなかっただろう。
が、そうはならなかった。
『主よ』
「どうした」
『外の新しい門番、あくびをして今にも寝入りそうだ』
リヴァイアサンの報告に……潜入してから何回目かとなる呆れが頭に浮かび上がってきた。
そして、三度。
暗殺という言葉が脳裏をよぎった。
「…………」
俺は近づき、リヴァイアサンを抜いて、エイラーの前に立った。
最後に残っていた心の枷を振り切って、リヴァイアサンを突き出す。
リヴァイアサンはエイラーの胸を、心臓を貫いた。
エイラーは一瞬目を見開いたが、声を上げることも出来ずにそのまま絶命した。
俺は窓を開き、庭に飛び出した。
そして一路、だらけきった警備のなか、リヴァイアサンの意識そらしを殆ど使うことなく、庁舎を脱出して街中に戻った。
「……できた」
俺は唖然となった。
まさか、こんなに簡単にいくとは微塵も思っていなかったから、呆気にとられて言葉も出なかった。
『主は』
何を思ったのかリヴァイアサンが口を開く。
「ん?」
『主は、人間を高く評価しすぎた』
「……ヘンリーとニールにも言われたな、それ」
『無能な人間でも高く評価したから、こうなる』
「……」
リヴァイアサンにそう言われて、複雑な気分になった。
たしかに評価しすぎたのかな、と。
あれこれ仕掛けていた、用意してきたことを思って、苦笑いがでてしまうのだった。
ここで第7章終了です
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