150.狂犬のお膳立て
「そういえば、次の年にはいなかったな? その年に金を使いすぎたのか?」
「う、ううん。その……次の年おじいちゃんが死んじゃったから」
「ああ、そういうことか」
俺は彼女の話を聞き、頷いて納得した。
喪中でそれどころじゃなかったというわけだ。
もちろんそれを禁止する法律どころか、不文律さえもない。
ただ、一家の重鎮である事実上の当主が亡くなったときに大金を払って名誉を取りに行く、なんてことが普通は出来ないというだけの話だ。
さすがにその次の年のことは思い出せなかった。
エトナに聞いた「次の年」は何となく覚えてたからエトナの事を気に掛けていたが、その「更に次の年」はさすがに意識すらでていっていた。
消去法で思い出す限りいなかったはずだから、あれ以降は名誉騎士の制度を利用しなかったということだろう。
「その……陛下はどうして? 私はてっきり、陛下は軍の中にいるもんだって」
「お前の推測は正しい、余は放蕩を演じていた。それで実際相手がどう思っているのか知りたくて密偵のまねごとをしているのだ」
「お、お一人でですか?」
驚くエトナ。
俺はちらっと横に――、俺とエトナが話し始めた後に気を利かせてすこし距離を取ったルークの方をちらっと見た。
エトナの口ぶりだと、ルークの事はまったく眼中にない様子だ。
「潜入だから、一人の方が身軽でいい。それに、出来る事ならエイラーの評価も自分の耳で聞いておきたい」
「ええっ!? あんなやつ、必要ないですよ。無能だし調子に乗るし」
「だが帝国軍に一度勝った」
「え?」
「む?」
「知らないんですか?」
「何をだ?」
「帝国軍を打ち破ったのはライドって人なんだけど」
「ライド・メメドーか?」
「はい」
「その男がどうした」
「嫁の墓に突っ込まれましたよ」
「突っ込――殉葬か!?」
これにはさすがに驚いた。
エトナが「知らなかったの?」的な顔をしてたから俺はますます驚いた。
「殉葬の話は聞いていたが。いや、いくらなんでもそんな馬鹿なことを……」
「えっと、陛下はあいつを高く評価しすぎですよ。理由、聞いたら呆れますよ」
「なんだ? 理由は?」
「嫁さんの墓に突っ込――じゃなくて、殉葬するのに、ちゃんと大物をいれてやらないと嫁さんを思う自分の本気度が伝わらない。とかって理由ですよ?」
「…………」
俺は唖然とした。
まさかまさかの展開だった。
「……」
本当なのか? と聞こうとする衝動に駆られた。
エトナに聞いてもはっきりしないと思った。
俺はルークの方を向いた。
「ルーク」
「は、はい!」
「今すぐヘンリーの所に戻れ。ライド・メメドーっていう男の現状を全力で探らせろ」
「は、はい!」
ルークは身を翻して、バタバタと駆け出した。
状況をどれくらい認識しているのか、あるいは俺の口調だけで判断しているのか。
ルークは真顔になって、ほとんど全力で駆け出した。
「よく知らせてくれたエトナ、礼を言う」
「う、ううん! お役に立てたんなら」
「悪いがここで別れる」
「戻るんですか?」
「いや、このまま予定通り州都に潜入する」
「州都……え? まさかエイラーの所に?」
「せっかくここまで来たんだ、実際どうなってるのか自分の目で見ておきたい」
別の意味でエイラーという男が気になりだした――とは、思ったが言わないことにした。
「危険です」
「問題ない」
俺が一人で動いている限りは問題ない。
姿を隠すだけならいくらでも出来るからな。
ミュールがいるけど……そこだけがちょっと問題だろう。
「……あの、わ、私も行きます」
「ん?」
「州都の中を案内します。情報収集ですよね、効率的に出来る場所、知ってます」
「ふむ」
俺は小さく頷き、考えた。
潜入脱出は問題なくこなせても、どこに行けば効率的に情報を集められるのかは分からない。
その分、現地の人間がガイドをしてくれるのなら有難いわけだ。
俺は少し考えて、そういうことならエトナに案内してもらおうか、と、頼むために口を開きかけた次の瞬間。
「ん?」
ふと、村の中から言い争うような声が聞こえてきた。
声の方を向くと、エトナも遅れてそれに気づいたのか、同じように村の奥の方に振り向いた。
「なんだろう」
「お嬢さま! お逃げください!」
村の奥から、炊き出しをしていた一人が血相をかえて駆け寄ってきた。
「お嬢さま――ぐわっ!」
駆け寄ってくる男の背後から一本の矢が飛んできて、その背中に突き刺さった。
男はビクンっと体がけいれんすると、そのまま目をかっ開いて、前のめりに倒れてしまった。
直後、村の奥から炊き出しとは別の一団が現われる。
兵士達だった。
帝国軍とよく似た格好をした兵士達だった。
村の奥からぞろぞろとやってくるそれは、村の狭さも相まってどれくらいいるのか分からなかったが。
「五十は超えてるか」
『百と二だ』
心の中でリヴァイアサンが答え合わせをしてくれた。
百か……すこしやっかいだな。
ここはどうするのがベストか――そう思っている内に兵士達はドタドタとやってきて、エトナの前に立った。
「エトナ・アイワーンだな?」
先頭の一人、格好からして隊長らしき男がエトナに確認の質問をした。
「……そうだとしたら?」
剣呑な空気に、エトナは顔を強ばらせて聞き返した。
「一緒に来てもらおう」
「なんで?」
「お前の父親が素直に食糧の提供をしないのがいけないんだ。それでも大事な一人娘が捕まれば、な」
兵士はそう言って、にやりと口角を歪めた。
なるほど、わかりやすいと思った。
エイラー軍は今、略奪によって軍の補給を賄なっている。
当然、民からの略奪だけじゃなくて、商人とか土地の流力者にも協力を言い渡しているだろう。
今の話だと、穀物商であるエトナの父親にもその要請は行ったが、それを拒否されたから、言うことを聞かせるために娘を人質にとりに来たというわけだ。
「卑怯者!」
「何とでも言え――おい!」
隊長が背後の部下に向かって、あごをしゃくる仕草をして見せた。
すると数人の若い兵士が進み出て、武器を構えてエトナに向かっていった。
俺は前に進み出た。
兵士達の手がエトナに伸びる前に、さっと体を入れ替えてエトナの前に庇うように立った。
「陛下! 逃げてください! こいつらの目的は身代金、私は大丈夫ですから!」
エトナは慌てだした。
自分がターゲットにされている時でさえほとんど動揺しなかったのだが、俺が前に出た事で慌てだした。
「へいか?」
俺は答えなかったが、兵士の隊長が反応した。
エトナと俺を交互に見比べる。
さすがにここに皇帝がいるとは夢にも思っていないのか、エトナの言葉についても「どういう意味だ?」位の反応だった。
「しかたないな」
俺は小さくため息をついた。
今は理解できていないが、この情報を持って帰られても困る。
俺は手を突き出し、腕輪の中からリヴァイアサンを召喚した。
針のサイズまで縮小した水の魔剣が、みるみるうちに元の大きさまで戻った。
リヴァイアサンを握って、構える。
そして――踏み出す。
兵士達が反応するよりも早く踏み込んだ。
肉薄しつつ、リヴァイアサンの剣技で兵士達を次々と斬り伏せていく。
リヴァイアサンの刀身が残光を曳きながら、兵士達に血しぶきを上げさせていく。
次々と斬り伏せられていく兵士達。
二十人くらい斬った所で全体が我に返った。
が、戦意は戻ってこなかった。
たった一人に一瞬のうちに二十人も斬られたことで、訳のわからなさと恐怖が支配したのか、ほとんどの兵士は先を争うように逃げ出した。
「悪いが逃がさん。リヴァイアサン」
『御意』
呼びかけたリヴァイアサンが応じた次の瞬間、レヴィアタン時代から度々目にしてきた、ものすごいプレッシャーが兵士達に向けて放たれた。
戦意を無くし、背中を向けて逃げ出そうとする兵士が次々とがくっとなって動きが止まった。
「余計な気をまわす」
俺は微苦笑しながら、動きが止まった兵士達を斬っていく。
リヴァイアサンの力なら、威圧だけで全員を気絶させるのはたやすいものだが、リヴァイアサンはあえて動きを止める程度の威圧に留めておいた。
動きをとめて、俺が「仕上げ」に斬っていく。
100人はいるが、リヴァイアサンの力でただのカカシとかした兵士を次々と斬り伏せていく。
全員斬り倒すのに10分とかからなかった。
あっという間に、兵士は全員が切り伏せられ、屍となった。
そして――。
「す、すごい……」
リヴァイアサンの気遣い通りに、100人を一瞬で斬り伏せた俺を、エトナは感動した目でみつめてきたのだった。