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145.しわ寄せ

 ジェリーは人を呼んで、死体を片付けさせた。


 呼ばれてやってきた中年男達は死体を見てびっくりして、俺を見て更にびっくりした。

 それでも余計な事を何も言わずに、ジェリーの命令に従って黙々と死体を片付けて立ち去った。


「今の者達は?」

「さすが主君、よくお気づきで」

「ふむ?」

「あの日、俺と一緒に主君に救われた連中ですよ」

「ああ」


 なるほど、それなら俺を見て驚くのもうなずける。


「だから今の糞虫みたいに主君を裏切ることはあり得ねえです」

「ならいい――それよりもうひとつ聞かせろ」

「へい」

「帝国軍が敗走した後、ここでどう立て直していた」


 俺はジェリーにその事を聞いた。

 そもそもの発端が、エイラー・ヌーフが裏切って、帝国の正規軍が大敗北を喫した。

 それが俺の親征につながったのだ。


 報告はもちろん受けている、が、現場の人間からの直接の声も聞いておきたい。

 この前は食料庫の炎上でバタバタしてて聞きそびれた。


 これも、ジェリーの所に来た用事の一つだ。


「へい! ざっくりがいいですかい? それとも詳しく説明した方がいいですかい」

「ははは、ざっくりだとどうなる」

「いつも通り辺境で小競り合いしてたら糞虫が裏切って、それから時間稼ぎの日々ですわ」

「なるほど、ざっくりだ」


 俺は頷き、破顔した。


「食料庫の事も時間稼ぎの延長線上というわけか」

「へい」

「時間稼ぎに成功した理由、自分でどう見ている」

「そりゃ主君の威光――」

「その手の話はいい」

「――へい」


 ジェリーは頷き、赤面した。

 おべっかを俺に止められた事を恥じ入ったようだ。


「理由は……二つ、いや一つ――いや二つか?」

「まとまりきっていないのか? いい、全部話してみろ」

「へい。向こうが土地の人間に嫌われてて、こっちは好かれてる、のが一つ」

「それは大きく変わるのか?」

「普通はそんなには、ですがもうひとつの理由――向こうは皇軍として振る舞っているのも加われば大きく変わってきやす」

「……なるほど、王道は民の協力なくして歩めない、ということか」

「さすが主君」


 俺は小さく頷いた。

 単なる蛮族とか反乱だというのなら気ままにやっていればいい。

 しかしエイラーは皇帝と自称した。


 皇帝を名乗る以上統治は当然のように必要。

 そして統治は民の協力が必要――もっとあけすけにいえば民の歓心を買う必要がある。


 皇帝を名乗っているのに、民は敵対勢力(ジェリー)に協力的という時点で両手両足縛られているようなものだ。


「……ジェリー」

「へい」

「帝国が失地を回復したら、一年間の租税を免除すると噂を流しておけ」

「それはいいんですが……実際にやるんですかい?」

「ああ」

「大丈夫なんで? その……これ的な意味で」


 ジェリーは親指と人差し指で輪っかを作る、古典的なジェスチャーをした。


「問題ない、エイラーを破れればその資産を没収できる」

「それはそうですが……そういうのって戦功の褒賞につかうのが普通じゃ?」

「今回は余がいる。余が目立った戦功をあげておけば抑えられる」

「はあ……あっ! もしかして主君が今昼行灯を演じているのはーー」

「流れだ。親征という意味では初陣だから、今後の為に戦功はさらうつもりでいたが、金のことはいま思いついた」

「なるほど、さすが主君!」


 ジェリーはまた感心した。


「さて、余はそろそろでる……ミュールのことはどうか?」


 いきなりの暗殺でそれどころじゃなくなって聞き忘れていた事を思い出して、聞いた。


「あっ、へい! 外に準備してます。狭い馬車に押し込めた形になりました」

「わかった」


 俺はジェリーと一緒に、ミュールを閉じ込めていた籠の前、庭の奥から表にむかった。


 曲がりくねった道を通って外にでると、そこにはジェリーの言うとおりの馬車が待っていた。

 馬車が微妙に揺れていて、落ち着かない様子。


 ミュールが中で落ち着かずに暴れているのだろうか、とちょっとおかしくなった。


「さて、余は――」

「ああっ! いた! おーい!」

「うん?」


 思考に割り込んでくるほどの大声とともに、何者かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

 振り向くと、見知った顔がこっちに向かってきていた。


 少年宦官、ルークだった。

 ルークは汗だくでこっちに向かってきている。


 旅の汚れが見える格好で走る少年を、街中の人々はすこし不思議がったが、それ以上の興味を示すことなくほとんどの人間が「なんだろう?」程度の表情で一度見ただけで、それぞれの日常を続けていく。


 ルークはそのまま、俺の前に駆け寄ってくる。


「よかった、ここにいた」


 ルークはおれの前で膝に手をつきながら、息を切らせてそんな事をいう。


「あっ! えっと陛――」

「路上だ、そういうのはよせ」

「えっ! あっはい! えっと……じゃあご主人様?」

「うむ」


 ルークの言い換えに俺は頷いた。


「何しに来た」

「はい! その、親の――じゃなくて、ヘンリー様からのお手紙です」

「見せろ」

「はい!」


 ルークは懐から丁寧に封筒を差し出した。

 俺はそれを受け取って、封を切って中身を取り出して、目を通す。


「ふむ、わかった」


 簡潔な文面を最後まで読んだ俺はそれを懐にしまった。


「どうしたんで?」

「安心しろ、状況が変わったとかじゃない。エイラーがカカルカの街に移動したという報告だ」

「カカルカ、すぐそこだな」

「陵墓の視察ついで、ってことらしいな」

「なるほどねえ」

「余はそこに向かう。一度エイラーの顔を見ておきたい」

「護衛しやす」

「いやいい。場合によってはエイラーの寝物語を聞きに行くから、大勢だとかえって邪魔だ」

「そうですかい……わかりやした」

「ルーク、お前はついてこい」

「は、はい!」

「ジェリー。準備(、、)はしておけ」

「へい!」


 フワワの力でもう一度紋章をつくってジェリーに見せてから、俺はルークを連れて、ミュールを乗せた馬車に飛び乗って、街から立ち去った。


     ☆


 馬車の御者台で、俺はルークと肩を並べて座っている。

 まだまだ少年のルークは馬車を御する技術はないから、俺が操縦をしている。


 馬車は道なりに進み、エイラーの勢力圏に。

 エイラーの勢力圏とは言え、もともとエイラーは帝国の王族、つまりここも帝国の領内だったところだ。


 ジェリーに教えられていなければ、どこから勢力圏の境か分からないほど変わり映えしなかった。


 そんな道中だが、ルークはずっと背後――馬車の中にいるミュールの存在と気配を気にして、そわそわしていた。


「あ、あの……」

「なんだ?」

「ほ、本当に噛まないん……ですか?」

「大丈夫だ……ミュール」

「みきっ?」

「ひゃっ!」


 呼ばれたミュールは顔をだして、ルークはひっくり返る位驚いた。

 「ご主人様呼んだ?」的な顔をするミュールはかつての敵意とか邪気とか、そういったものが全く感じられないかわいげのある顔をしていた。


「ペロペロとなめてやれ」

「みきっっ!」


 俺の命令をうけて、ミュールは更に体を乗り出して、ルークの顔をぺろりと舐めた。


 ルークは慌てて、ひっくり返って馬車から落ちそうになったところ、腕を掴んで引き戻してやった。


「どうだ? 大丈夫だっただろ?」

「は、はい……すごいですご主人様、こんな怖いモンスターをいつの間に手懐けてたんですか?」

「ついさっきだ」

「はぁ……すごい……」


 ルークは感心し、命令がなくなればまた大人しくなったミュールと、それを意のままに使役する俺の顔を交互に見比べた。


「……ふむ」


 ふと、俺はまわりの景色に気になるものを見つけた。


「どうしたんですかご主人様」

「……」


 俺は無言で馬車をとめて、御者台から飛び降りて、見つかったものに向かっていく。

 ルークも慌てて、おっかなびっくりな感じで御者台から降りて、俺の後についてきた。

 俺はまばらに生えている樹木の前、小さな林の入り口に立った。


 そして一本の木にそっと触れ、林全体を見回す。


「どうしたんですかご主人様」


 再び聞いてくるルーク。

 俺は振り向き、ルークと視線を合わせてから、あごをしゃくって林の方に視線を向けさせた。


「林……ですか?」

「ああ、木の皮が剥がされているだろ?」

「え? あっ、本当ですね。なんなんですかこれ」

「食べたんだよ」

「食べた……?」

「近くの農民かなんかか? よほど食糧不足でもなければこうはならんぞ」

「あの、ご主人様?」

「うむ?」

「木の皮って……食べられるんですか?」

「非常食にはなる。飢え死にしない程度にだがな」

「どうやって食べるんですか?」

「ふむ」


 俺は昔の知識を頭の奥から引っ張り出した。


「まず生で食べるのは絶対にだめだ。生で食べようものならあたって腹下しで死ぬ」

「そ、そうなんですね」

「樹皮を剥いで、この表の部分をそぎ落として、中の――そうだな、新鮮に見える部分を残す」

「はい」

「それを焼くなり煮るなりして火を通す。薄くスライスして、そぎ落としたこいつで火をつけて炙れば無駄なく使える」

「はぁ……そんな事ができるんですね……」

「土も処理すれば食べられるぞ」

「ええっ!?」

「まあそれも死なない程度の役にしか立たないがな」

「そうなんですね……すごいですご主人様、そんな事も知ってるなんて」


 俺はふっと微笑んだ。


 もう一度林をみた。

 飢饉とかでよく見る光景だ。

 食べるものがなくなって、樹皮まで食い尽くしてしまうこの光景。


 水害(、、)とかでもこうなる。


 大抵の災害はこの樹皮をかじり尽くすまで民は生きられるが、蝗害だけはだめだ。

 イナゴどもは樹皮までかじり尽くしていくから、残るのは土くらいしかない。


 大昔の記憶を思い出して、俺はすこしだけ黄昏れていた。


「あっ、ご主人様!?」

「うん? どうした」

「あそこに村があります。これを食べた人達でしょうか?」


 ルークが指さす先を見た。

 たしかにうっすらと、農村らしきものが見える。


 俺は少し考えた。

 災害はない、あるのは戦争。


 原因は戦争なんだろうが……なにがどうしてこうなったのか。

 それを知りたくて、ルークを連れて村のほうに馬車を向けさせた。

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●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

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なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
[気になる点] イナゴは食べれるがバッタ!!お前はダメだ!!! 幼虫の時に高密度で密集して育つ →遠くまでと別様になる変化が起きる(相変異) →遠くまでとべる成虫(群生相) 大昔ってなんだよそれ。…
[気になる点] 適材適所お肉大好きウサギちゃんに食べさせてあげれば良いのに(証拠隠滅)
[一言] いつも楽しく読ませていただいています。 一点気になったところがありましたので指摘いたします。 蝗害は蝗の害と書きますが、イナゴのことではありません。 トノサマバッタやサバクトビバッタなどが…
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