143.愛情パンチ
俺に頬ずりしてくるウサギに手の平をさしだした。
するとその手の平に頭を押しつけてくようにして、甘えてきた。
もはや凶暴なモンスターではなく、従順な大型犬くらいにしか見えなくなった。
「すげえ……こいつがこんなに……」
驚きが止まらないジェリー。
捕獲したのはジェリーで、その時の事をよく知っているからこそ、目の前の光景との落差が信じられない――という感じだ。
固唾を飲んで、手をおそるおそる差しのべるジェリー。
俺も撫でてみる――って感じで手をのばしたんだが。
「みきーっっ!」
ウサギはいきなり怒りだして、側頭部でジェリーを払いのけた。
ドンッ! って音をたてて弾かれたジェリーの手。
ジェリーはその手をさすった。
「ははは、嫌われてるみたいだな」
「いや……すげえですわ。こいつを捕まえた時の事を考えたら、今のは俺の手食いちぎられててもおかしくねえですもん」
「ああ、なるほど」
俺は小さく頷き、フッと微笑んだ。
ジェリーの言いたいことは分かる。
ウサギはジェリーの事を激しめに拒否したが、それはぺットとか家畜レベルの激しさでしかない。
モンスターの激しさはこんなもんじゃない――といいたいのがよく分かる。
「みきっ!」
ウサギは態度をコロリと変えて、また俺にスリスリしてきた。
それを撫でてやると目を細めて喜んだ。
「はえ……もう別もんだなぁ……そうだ」
「なんだ?」
「そいつ、戦えるんですかい?」
「ああ、出来るはずだ――できるか?」
「みきっ!」
ウサギは俺の問いかけに反応し、くるりと体を反転。
そして檻の開いた扉に首を横にしてかみつき、思いっきりひねった。
すると――扉になっている柵がぐにゃりと歪んだ。
「ほう」
おれは少し驚いた。
扉というものの構造上、しまっている時よりも今のように開いている時の方が力が加えやすく、こわしやすくなるのはわかるが、それでもウサギが楽々鉄の柵をひしゃげさせたのはすこし驚いた。
「こいつぁ……捕獲するときとほぼ同じくらいだ」
「そうなのか?」
「へい……あの時も戦車を何台もこんな感じでぶっ壊してた」
「ふむ」
敵軍に突撃するのが役目だから、曳く馬も曳かれる車体も鉄で堅牢に作られているのが戦車だ。
それをこの鉄柵のようにひしゃげてしまうのならすごいし、ほぼ同じくらいだという感想も分かる。
鉄の柵をもはや戻せない、元通りに閉められないほどに壊してから、ウサギは俺の所に戻ってきて、ちょこんと座って上を向いてきた。
ガラスのような澄み切った目で見つめてきて、「褒めて褒めて」って感じの顔をしている。
俺は手を伸ばしてウサギを撫でた。
ウサギはくすぐったそうに、気持ちよさそうに俺に撫でられた。
「はぇ……」
「さて、お前、名前はあるのか?」
「みききっ」
「ないのか……そうだな」
名前はないようだから、俺はつけてやろうと思い、頭をひねった。
「……ミュール」
「ミキッ?」
「全ての獣に慕われるもの――の、最初の獣だ」
『あはは』
「――みきっ!」
ウサギ改めミュールは嬉しそうに俺に飛びつき、全身で喜びを表すようにじゃれついてきた。
俺が考えてやった名前を気に入ってくれたようだ。
「主君よ」
「なんだ?」
「そいつはそのまま戦場に出せるんですかい?」
「どうだろうな、いまはこんな感じだが、モンスターの気質が完全に抜けたわけでもなさそうだ。余の目が届かないところだと自由に動き回るかも知れない」
「むむむ……そりゃ軍には使えんわ」
「なにかやりようがあるかもしれん」
俺はそういい、考える。
まだミュールがこうなったばかりだから、詳しいことはすべて推測の域を出ない。
この左手の黄金の光含めて。
条件とかもっとよく知りたい、知らなきゃいけないと思った。
「――っ!」
左手に目を向けると、隅のステタースが目に飛び込んできた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:17+1+1/∞
HP C+A 火 E+S+S
MP D+B 水 C+SSS
力 C+SS 風 E+C
体力 D+B 地 E+C
知性 D+S 光 E+S
精神 E+A 闇 E+B
速さ E+A
器用 E+A
運 D+B
―――――――――――
レベルの+の後ろが一つ上がっていた。
俺は少し驚き、ジェリーにもう一度魔法使いを呼べといった。
呼ばれてきた魔法使いにもう一度ステータスを表示させてもらうと、表のレベルも一つあがっていた。
「こ、これは……」
「この子のおかげだな」
俺はそう言い、ミュールを撫でた。
さっきまでのなで方と違うからか、ミュールはきょとんとした顔で俺を見あげてくる。
「はあ……ますますすげえ話だ……」
感嘆するジェリー。
レベルの「+」は前例があるから、喜びはあるが驚きはさほどなかった。
それよりも、と、考える。
ステータスが見える直前にみていた、俺の左手。
ベヒーモスの力が宿ったこの左手は、どういう条件で力を発現させるのかを考えた。
「ベヒーモス、詳細を教えろ」
『はーい』
覚醒したヘビーモスはベヘモトの時とまるで正反対の口調で話し出した。
紅顔の美少年のような声は――まだちょっと慣れない。
『その光はただの媒介、心と心をつなぐための媒介だよ』
「心と?」
『慕われる者と慕う者、繋がっているのは心なんだ』
「なるほど」
それはそうだ、と俺は小さく頷いた。
『心と想いをつなげ、慕うべきもの、慕いたいもの。そういう関係性になったら、あとは向こうから心を開いてくれるんだ』
「ふむ、なるほど?」
そんなのでいいのか――とためらっていると、それまで黙って聞いていたジェリーが口を開き、きいてきた。
「どうしたんで?」
「これの使い方を教えてもらったのだ」
そう言いながら、左手をかざし、黄金色の光を見せた。
「噂の水の魔剣でですかい?」
ジェリーが聞き返してきた。
俺は別の意味で笑った。
かつての皇太子、アルバードから水の魔剣レヴィアタンを下賜されたのは有名な話だ。
同じように先帝陛下からルティーヤーを下賜されたが、あれは「代わり」という意味合いが強く、公式的ではない。
公式にもらった物は水の魔剣レヴィアタンで、それが一番有名だ。
臣下の間でも、レヴィアタンの事だけ知っている者も少なくない。
ジェリーがそのうちの一人だ。
真実を主張する意味はとくにない、俺はそこを受け流して、本題をすすめる。
「要するに、愛を込めて殴れ、そう言われた」
「愛を込めて殴れ?」
「ああ」
「頑固親父の説教ですかい?」
「あれも一つの形かも知れないな」
俺は笑いながら頷き、ジェリーもなるほどと感心した。
かなり乱暴に、そして雑に要約したが、ベヒーモスから言われた事はそれで間違っていないはずだ。
「ってことは、そいつも愛を込めて殴ったからそうなったんで?」
「そういうことになるな」
「信じられないけど、すごい話ですわ……」
そう話すジェリー。
その気持ちはわかる。
俺も部外者としてだったら「なんじゃそりゃ」と思った事だろうな。
それくらい奇妙な話だ。
が。
「みきっ?」
実際にミュールがこうして懐いているし、ベヘモトがベヒーモスになったし、そもそものベヒーモスは全ての獣に「慕われる」ものというし。
やはりそういう解釈しかない、と俺は思ったのだった。