141.黄金の牛
帝国はモンスターを「管理」している。
その「管理」のおかげで、今の帝国民にとって、モンスターというのは猛獣よりすこし手ごわい存在だ、としか見ていない。
獣があって、すこし怖いのが猛獣で、更にすこし手ごわいのがモンスター――別名魔獣と呼ばれる存在だ。
猛獣よりやや手ごわいレベルにまで管理したおかげで、帝国内の脅威が減って、属国や蛮族の支配領域よりもすこしだけ平和になっている。
その管理ついでに、皇族の初陣に利用する事もある。
帝国は戦士の国だ、皇族にも戦う力が求められる。
そこで管理し飼い慣らしたモンスターを使い、それを討伐する事を初陣にすることで、帝国の皇族は常に戦士であり続けると民衆にアピールするというわけだ。
しかしそれ以上の「活用」はない。
皇族の初陣以外ではモンスターは隔離され、ただただ飼い殺しにされたままだ。
「……むぅ」
「どうしたんで?」
「よく考えたらモンスターの事をなにもしらなかった」
「そりゃあまあそうですわ。庶民なんて、死ぬまでにモンスターを見たことがないヤツが九割とかそういうレベルの話だから」
「そうだな……」
それはジェリーのいうとおりだ。
帝国が長年モンスターを管理してるから、一般庶民は滅多に目にする事はない。
実際、ノアも初陣までモンスターを見たことはない。
「そうだ、丁度一匹捕まえてるからみていきますかい?」
「ほう? 捕まえてるのか」
「ちょっと前に現れたんでとっ捕まえたけど、いま糞虫どもとの戦争中だから、輸送する暇もなくてほっておいてたんだ」
「なるほど。……うむ、見せてもらおうか」
「おっしゃ! じゃあこっちへ」
ジェリーはそう言って、部屋の入り口に向かって歩き出した。
俺はその後ろについていった。
廊下でジェリーの部下の姿がちらほらと見えた。
中には俺の顔を知っている人間もいるかも知れないから、俺は気配誘導を強めにして、全員がジェリーに意識がいくようにした。
これはただ「姿を消す」よりも簡単だ。
ジェリーはここの主だ。そのジェリーに意識がいくのは当然のこと。
俺とジェリーが前後にならんで廊下を歩いているのを多くの人間は目撃したが、全員が「将軍と誰かが歩いてた、誰かって誰? だれだっけ……」という状態になるだろう。
そうしたままジェリーの後ろについていき、一旦建物をでて、ぐるりと敷地を大きく回りこんで、裏庭のような所にきた。
すると、ガッシャン、ガッシャン! と、鉄の柵が大きな力で揺さぶられ、ぶつかり合っているような音が聞こえてきた。
「これがそうなのか?」
「へい」
ジェリーは前を向いたまま答えた。
ちなみに意識誘導は切っていない。
ヘンリーとかにいったように、この技はあくまで意識の誘導だ。
俺はその場にいるし、見えるし、声も聞こえる。
声を出したりかけたりするともちろん相手に伝わる。
会話は普通にできるのだ。
更に少し歩いて、手入れもされていない、寂れた庭――とも言えない空き地のようなところにやってきた。
そこに巨大な鉄の檻が一つあって、中に大型犬ほどの大きさの、ウサギのフォルムをしたモンスターがいた。
ぱっとみた感じではウサギっぽいが、目が赤々としていて、牙はどんな肉食獣よりも鋭い全部が犬歯のようなものだ。
しかもそれだけじゃなかった。
俺とジェリー――人間が現れたのに反応したのか、モンスターは檻の中で総毛立って威嚇してきた。
逆立てた毛はまるでヤマアラシのように、一本一本が鋭く、剣山の如く鈍色の輝きを放っていた。
「モンスターだな」
「へい。野生でしたからね、捕まえるのに結構苦労しましたわ。本当はこのまま飢え死にさせちまおうかっておもったんですが、捕まえたモンスターはちゃんと牧場に輸送するのが決まりだからこうやって飼ってるんですわ。いまこいつを悠長に運んでる暇はないから」
「なるほど」
俺は少し近づいた。
「主君! そいつはやべえ――」
「問題ない」
俺は手をふってジェリーを止めた。
確かに、猛獣を越える魔獣って感じのモンスターで、威圧感も相当のものだったが、俺にはその威圧感も、本来感じるべき恐怖心もなかった。
見た目は物々しいが、リヴァイアサンやバハムートに比べればかわいいもんだ。
あいつらと付き合っているとこの程度の恐怖はまったく恐怖にはならない。
俺はそのまま近づいた。
「リヴァイアサン、翻訳できるか?」
『むろん』
頭の中に直接リヴァイアサンの声が届いた。
そしてその直後に、暴れてるウサギのうなり声が意味のある言葉になって俺の脳裏に響く。
『ニク! ニクニクニクニクニクゥゥゥゥゥゥ!!』
「なるほど」
「なにか分かったんですかい?」
「いや、ニクしか言ってないな。肉のことか? この調子だと言葉は分かるがまともな意思疎通は無理そうだ」
「はええ……すげえよ主君」
「ん?」
振り向き、背後で舌を巻いてるジェリーをみた。
「そいつ、つかまるまで村の半分くらいの人間を食い殺してるんですわ。捕まえさせた兵も何人か」
「なるほど。食い殺すってのは文字通り……?」
「へい、肉を貪ってました。まあ、他のモンスターに比べりゃある意味健全ですがね」
「はは」
俺はクスッと笑った。
健全、というジェリーの言い方がおかしかった。
が、分からなくはない。
理由無しに暴れて人間を殺して回るのならともかく、「食う」ために襲って実際に胃袋に収めているのなら、生き物としては極めて健全な振る舞いだ。
もちろん、食われちゃたまらないので阻止はするが。
「しかし……主君のいうとおりだわな。肉っていってるのが分かれば俺にもわかるわ」
ジェリーはそういい、牙を剥き出しにしてガッシャンガッシャンと鉄檻に体当たりしてるウサギをさめた目でみた。
「こりゃ無理ですわな」
「そうだな。しかし……惜しい」
「へ? なにがですかい?」
「モンスターも、もし意思の疎通ができたら宝の山だっただろうな、って」
「宝の山?」
「人は宝……余はずっと宝を探している。お前もそうだ、そして捨て置かれていた女たちの中から宝探しをしていた」
「すごいって思います。主君が女でも才能あれば重用するってのは聞いてましたから」
「モンスターは女以上に『活用されていない』」
「あー……そう思うと主君からしたら確かに惜しいですわな」
ジェリーは俺の言葉に納得した。
「まあでも、魔獣って呼ばれてる位だからな」
「獣……全ての獣に慕われる存在」
「へ、なんですかいそれ」
「歴史を調べてた時にな、そういう存在がいることを見たことがある」
「へえ……」
歴史というより神話の域だが、そういう存在があった。
その「全ての獣に慕われる存在」がなにか分かればなあ……と口惜しく思った。
しかたない、ここは諦めよう――と、思ったその時。
目の前の景色が一変した。
荒れ果てた裏庭から一変して、光がみちた空間に変わる。
「ここは……」
戸惑っていると、果てのない地平線の向こうから何かが走ってきた。
「……あれは!」
更に驚く俺。
走ってきたのは、大昔に見た、あの黄金の牛だった。