135.演技する主従
炎上する方角を一斉に振り向き、見つめる俺達。
ジェリーをのぞく、その場にいる男達全員が絶句していた。
これにはさすがに驚いた。
「陛下!」
「うむ」
俺が頷くと、ヘンリーはそのまま身を翻して「誰か!」と叫びながら大股で立ち去っていった。
「舐めてもらっちゃこまるぜ、っていうかあんな盛大に燃えてたらまちがいないって分かるだろうに」
「そういうな、ああするのもヘンリーの仕事だ」
「そういうもんですかねえ」
「お前だって、部下からの報告を鵜呑みになんてしないだろう?」
「そりゃそっか」
俺にそう言われて、ジェリーは納得した。
「しかし、よくそれをつかめたな。独立させてる糧秣庫――いやあの規模は集積地レベルか。そんなのは相手にとっても機密中の機密だろうに」
「そんなもん簡単ですよ」
ジェリーは得意げな顔で、口角をにやりと持ち上げていた。
「ほう」
「例えばこの娘っ子たち、こいつらは冗談とかそういうのまったく無しに、家のもんが快く俺の所に送り出してくれた子だ」
「ふむ、なるほど?」
それが今の話とどう繋がるのか、ととりあえず相づちを打ちながら先を促した。
「どんなにものを隠そうとしたって、土地の人間にはバレバレってもんだ。俺はあの糞虫どもとちがって、普段から土地の人間と仲良くしてるからな」
なるほど、と得心した。
「それで教えてもらえたのか」
「そう、俺が調べるまでもなく、土地の人間が持ち込んでくれるんだよ。糞虫どもはふんぞり返ってるだけだからよ。なんだっけ……えっと……エ、エラ?」
「エイラー・ヌーフか」
「そう、そいつ!」
ジェリーはビシッと俺を指さした。
そして今度ははっとして自分で気づいて、慌てて指を引っ込めて笑ってごまかした。
「たしか主君の父親の大叔父、だっけ?」
「うむ。豪親王の傍流、れっきとした皇族だ。ちなみに続柄は先帝の大叔父だが、実年齢は余とさほど変わりない」
貴族は自然と「大家族」になるのと、政略結婚をいろんな組み合わせでやるから、自然に遠縁だと続柄と年齢が比例しなくなってくるものだ。
「主君にゃ悪いけど、あんなのが民間、辺境にいたんじゃ皇族の名声下げるだけだぜ」
「そこまでひどいのか? 帝国軍を打ち破ったのだから、それなりに英雄視されているのではないか?」
「主君はあのクソを過大評価しすぎですわ。あいつのクソさは……土地の人間が進んで機密をおしえてくれるくれえですぜ」
「ふむ……そうか」
俺は頷き、ジェリーが連れてきた少女達をみた。
ジェリーのさきほどの言葉を思い出す。
例えこの子達を俺が見初めなくても、ジェリーはここまで来た、という事の対価として家族を優遇すると約束した。
それがもし本当で、かつ、そういうようなスタンスで普段から土地の人間と接していて、そしてそれがエイラー・ヌーフと対照的であるのなら。
慕われて情報が勝手に入ってくるというのもうなずける話だ。
「しかし、それでは金がかかるのではないか? 普段から『仲良く』するのは」
「そりゃ主君の教えがあったからですよ」
「余の?」
「へい! まあ俺も運がわるくて、直接教えをもらったわけじゃなくて又聞きなんですがね」
「ふむ?」
なんの事だ? と首をかしげる俺。
すると、ジェリーは目を閉じ、朗々とした感じで読みあげるようにいった。
「分け与えるのを嫌がるのは三流の貴族。義務をやせ我慢でやり通すのが二流の貴族。やせ我慢とも思わず、当たり前にやってのけるのが一流の貴族――」
それを最後まで言い切ってから、目を開けて再び俺を見つめる。
「って、いってたのを伝え聞いたんで」
「なるほど、確かに余はそれを言ったことがある」
先人の言葉で、俺は金科玉条だと思って守っているものだ。
だから厳密に言えば俺の言葉というわけではないのだが――そこは指摘しないで「だから?」という目でジェリーを見て先を促した。
「それをその通りにしたら上手くいった感じでさぁ」
「ふむ、ならばついでだ、一つ言葉をやろう」
「――っ! はっ! 心して拝聴致します」
ジェリーは表情を変えて、その場で跪いて、深々と頭を下げた。
「当たり前にやってのけた先で、報われると感じる事は少ないだろう。だが」
「……」
「1000人に施して、その中から1人でも何かが返ってきたらそれで黒字、大成功だ。――お前のようにな」
「お言葉、しかと拝受致しました」
ジェリーはそう言ったきり地面に伏せたまま、感動して小刻みに震えだしたのだった。
☆
ジェリーは「根こそぎ刈り取ってくる」といって、部隊を率いて帰って行った。
連れてきた女の子達はそのまま連れ帰ってもらった。
「放蕩」の相手ならアリーチェがいるし、嘘をつく協力者は少ない方が露見しにくいから、女の子達は連れ帰ってもらった。
一連のバタバタですっかり西日が落ちきって、夜の帳がおりた。
そんな中であっても、山の向こうで起きている糧秣庫の炎上は夜空を爛々と染め上げていた。
「これでかなり戦いやすくなる」
「ええ……にしても……すごい漢でした」
一連の事で、ほとんど口を挟めなかったけど、ずっと側で一部始終を見ていたニールが口を開いた。
「そうだな」
「それを見いだした陛下はやはりすごい」
「1000人のうちの1人だということだ、狙ってしたわけではない」
俺はふっと微笑んだ。
「そうだとしたら……もっとすごいと思う」
「ん?」
「1000人に施して1人でも返ってきたらなんて……それを心に決めていても途中で心が折れるもんです」
俺はなるほどと思った。
それこそ「やせ我慢は二流、当たり前にやって一流」の話だが、いわないでおくことにした。
「それにしても……」
「ん?」
今度はなんだ? とニールを見る。
ニールはジェリーが去っていった方角――今となってはただの暗闇でしかない方角に目を向けていた。
「陛下に目をかけてもらったというのにもったいないな。あの態度をすこしでも改めればもっと出世できただろうに」
「はははは、そんな風に見えたか」
「え?」
きょとんとしたニールはこっち目を向けてきた。
「それは……どういう事ですか?」
「ジェリーのあの態度、あれはわざとだ」
「え?」
「余と同じ、そういう風に演じているのだよ」
「どうしてそうだと?」
「余が一言授けるといったときの事を思い出してみろ」
「一言……たしか跪いて……」
「うむ」
俺は頷き、自分でもあの時のジェリーの振る舞いを思い出していた。
「あの振る舞いに違和感を感じなかったか?」
「違和感? いえ……普通にちゃんとしてたかと」
「そう、ちゃんとしてた。それこそ玉座の前であっても文句のつけようがないような振るまいだった」
俺が言うと、ニールは頷いた。
だから? という表情をした――直後にハッとした。
俺はフッと笑った。
「ありきたりな言葉だが、違和感がないのが違和感だという事だ。ジェリーは直前にヘンリーを怒らせたほどの振る舞いをしている、だのにあの瞬間だけ完璧な礼法に基づいた所作を見せた」
「なぜそんな事を」
「いっただろ? 余と同じ演技であると。ジェリーは今あのキャラクターを演じているということだ。余からの本当のアドバイスにだけは気持ちを誤魔化せなかったようだがな」
「……」
ぽかーんと口をあけ、絶句してしまうニール。
「出来るのに出来ない振りをする。いやその前に自分の出自をも計算に入れての振りだ。影では相当な努力をしただろうな」
「それは評価しすぎでは?」
「本当にそう思うか?」
「……いえ。山賊からそこまでなれるのはすごいと思う」
「そうだな」
俺は頷きつつ、さっきのニールと同じように、ジェリーがさっていった方角を見た。
彼と出会った時の事を思い出した。
あの時はただの山賊の頭目だったのが、今は昼行灯を演じたり、民を籠絡して敵の機密情報を掴んだりする将軍に成長していた。
あの時道を敷いてやって正解だった、と改めて思った。
そして、ジェリーの扱いを改めて考える。
もうしばらく辺境で戦功を積ませるか、あるいは帝都に呼び戻して親衛軍なりを任せるか。
あるいはトゥルハイブ戦線に派遣してジェシカの助けにするか――。
ふと頭の中にオスカーの姿が浮かび上がってきた。
今回は大丈夫だが、この先またオスカーを警戒しなきゃいけない状況もまた出てくるかもしれない。
そういう時、ジェリーのような人間が帝都の近くで、ある程度の軍事権を握っていたほうが都合がいいと思った。
いや、そうだとしてもだ。
親衛軍を任せるためにはもう少し軍功を積んだ方がすんなりいく。
横車を押さない方が、オスカーを刺激せず、警戒させない事になるはずだと思った。
だからそこ、逆に。
ジェリーは今回の戦でもっと重用しようと、俺はおもったのだった。