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124.ヘンリーとオスカー

 昼下がり、オスカー邸。

 オスカーが庭園で花壇の観賞をしている所に、一人の使用人が小走りでやってきて、耳打ちした。


「それは珍しい。すぐにお通ししろ」

「はい!」


 少しおどろいたオスカー。

 使用人にそう言うと、使用人は駆け出して、来た道を引き返していった。


 数分後、今度はヘンリーを連れて再び戻ってきた。

 オスカーは人の良さげな笑みを浮かべながら、両手を広げてヘンリーに向かっていった。


「これは珍しい、兄上が我が家に来てくれたのは何年ぶりだろうか」

「そんなにご無沙汰してたか?」

「それはもう! 前回来てくれたときはまだ――」


 オスカーは半歩体をずらし、ヘンリーに背後の花壇を見せるようにして。


「この花壇は無かった頃だからね」

「そうか。いや、良い酒が手に入ったから、せっかくだからお裾分けしておこうと思ってな」


 ヘンリーはそう言って、右手を挙げた。

 その手の中には縄につながれた、古びた壺があった。

 壺自体も開口部の封も古びていて、一目で年季の入った貴重な酒だという事がわかる。


「それは素晴らしい、では早速一席設けさせよう」


 オスカーはそう言って、ヘンリーを案内してきた使用人を側に呼び寄せて、耳打ちした。

 オスカーが一言なにか言う度に使用人は頷き、そして見えない所で指を折って命令をしっかり覚え込んでいた。


「すぐにだ、わかったな」

「はい!」

「では、行け」

「ああ、これも持っていけ。割ったら尻蹴っ飛ばすからな」


 命令を受けて立ち去ろうとする使用人に、ヘンリーは冗談とともに酒の入った壺を押しつけた。


 使用人は大慌てでそれを受け取って、壺を割らないように慎重に立ち去った。


 それを見送った後、ヘンリーとオスカー――兄弟は再び向き合う。


「さて兄上、準備が出来るまでしばらく散歩しないか」

「そうだな。そういえばお前の庭に立派な『夫婦木』があるという噂を聞いたのだが、それを是非一度見てみたいな」

「ははは、兄上も冗談が上手い。うちの夫婦木なんて数合わせですよ」


 オスカーはそう言いつつも、差しだした手の平を上向きにして、「どうぞ」ってジェスチャーをしつつ、ヘンリーを案内するように先導した。


 夫婦木というのは、園芸でよく作られる作品の一つだ。


 隣り合ってうえた二本の木を小さい頃から毎日少しずつ曲げて、二本が螺旋のように絡み合って成長させていくものだ。

 絡み合って成長していくため時代によって様々な名前がつけられたが、ここ数十年は「夫婦」木という呼び名が主流になっている。


 時間も労力もかかるため、貴族が財力と余裕を誇示するために作らせ、保有する事がトレンドになっている。


「ほう!」


 少し歩くと、二人は一対の夫婦木の前にやってきた。


「これは素晴らしい」


 ヘンリーは声を大にして称賛した。


「そんな事ないですよ兄上」

「いやいや、夫婦木の出来ももちろんいいが、ここに至るまでの過程が素晴らしい」

「過程ですか?」

「ああ、庭のだ。道中は木々の間から部分的に少しずつ開示していきながらも、全体を想像出来ないもどかしさを持たせつつの全体像。この演出はオスカー、お前の案だな」

「あはは、参ったね。そこまでお見通しだと、自慢のしがいがない」


 オスカーはそう言って苦笑いしつつも、悪い気はしないような感じだった。


 兄弟二人は肩を並べて、夫婦木の前にやってきて、足を止めた。


「やはりお前は上手いな」

「何の事ですか?」

「この夫婦木にしたって(、、、、)だ。俺だったらこれをどーんと、庭の見えやすい所に置いておくもんだが、お前はそうしないでこうして庭の深くに取っておくものな」

「それは違うと思うな。こっちこそ、兄上の豪胆さが羨ましいといつも思っている。この夫婦木にしたって、どこか間違っているんじゃないかって思ってるからこそ、自信が持てなくてこうして隠しているんだ」

「だがそれなら、間違ったことにはならない。切り札は勝機を見計らって出せば負けはない。出さなければそれはそれで負けない」

「負けはないかも知れないけど、勝ちもないよ。何事もまずはチャレンジしてみなければ結果もそもそもついてこないって反省することが多いよ」


 ヘンリーとオスカー。

 兄弟の二人は同じく視線を夫婦木に向けながら、上滑りのやり取りをかわしていた。

 剣術でいえばフェイントの掛け合いだ。


 どちらも小刻みなフェイントを掛け合いながら、片方は切り出すタイミングを、片方はそれを待ち構えている。


 どちらも、はっきりと理解していた。


 ヘンリーは自分の来意と真意がほぼ伝わったと確信し、オスカーも向こうがこんな毒にも薬にもならない庭園の話をしに来たのではないという事を理解した。


「……」

「……」


 会話が途切れて、二人の間に沈黙が流れる。

 風が二人の間を吹き抜けていき、夫婦木の側でつむじ風を作った。


「今日来たのはな」


 程なくして、ヘンリーが先に口を開いた。

 このあたりは二人の性格の違いがはっきりと出た。

 オスカーは「待てる」性格だが、ヘンリーは「待てない」性格だ。


「うん」

「お前の率直な意見を聞きたい」

「意見?」

「先帝は何回も親征した。後半にあたる数回は、アルバートをのぞいて、お前までの親王を随行させた」

「そうだったね。アルバートは当時の皇太子だったから最後まで随行せず、そして私が最後に随行した親王だったね」

「互いに一回は親征に随行している。その経験を踏まえた上で聞きたい。今回の親征をどう思う?」

「鎧袖一触」


 オスカーはほとんど表情を変えずに、即答で言い切った。


「辺境の蛮族が跳梁を繰り返しているけど所詮その程度、いつもの鎮圧戦になると思う。何より」

「何より?」

「……陛下は本当に凄いお方だ」


 少し躊躇いがちに、オスカーは更に続ける。


「初めての親征、しかも偉大な父の後を受け継いだ男。普通なら多少なりとも『良いところを見せたい』と気張るものなのに、軍の指揮はすべて兄上に一任した。そんなの普通じゃ考えられない」

「陛下は幼い頃からとことん合理的だったから」

「人間は危難に陥っているときこそ本質が見えるという。すごいよ、陛下は」


 そう話すオスカーは、表情が微かに強ばっていたが、すぐに持ち直して。


「というわけで、親征とはいうが、実質兄上が指揮する鎮圧戦だよ。勝って当たり前の戦だ。まあ、兄上が良いところを見せようとする、という機会が無いわけでもないけど」


 オスカーは肩をすくめておどけてみたが、ヘンリーは乗らなかった。


「そうか……、勝って当たり前か」


 独りごちるかのようにつぶやくヘンリー。


 当事者の二人は、互いに肩が触れあうほどの近くにいながらも、本心を出さずの会話を続けていた。


 オスカーが帝位に未練がある。

 ヘンリーはノアに忠誠を誓っている。


 ノアの親征は最大の隙になり得る。


 ヘンリーはそれを探りに来た。

 オスカーも探られている事を承知している。


 その上で、互いに触れるか触れないかの、微妙な距離感での会話を繰り広げている。


「……オスカー、お前は陛下をどう見ている」

「……兄上のその質問の意図はなんだ?」


 オスカーは警戒した。

 微かに顔を強ばらせて聞き返した。


 元々警戒していたところに、ヘンリーは更に一歩踏み込んできた――とオスカーは感じたのだ。


 が、ヘンリーはなんでもない事のように微笑んだ。


「人は危難の時にこそ本質が見えると言ったのはお前だろう」

「……むっ」

「陛下の本質、お前はどう見た?」

「……」


 オスカーは黙り込んだ。

 さっきまでとは少し違う。


 警戒ではなく、しっかり答えるための言葉を選んでいる――その為の沈黙だ。


 沈黙し、熟考しているオスカーを、ヘンリーは邪魔せずにひたすらまった。

 そうして待つことしばし、オスカーはやはり言葉を選びつつ、慎重に口を開いた。


「誤解を恐れずに言うのなら」

「ああ」


 頷くヘンリー。

 ここだけの話にする――と言外に告げる表情をしている。


「陛下は、およそ人らしくない」

「ほう?」

「兄上も落ち着いて考えて欲しい、陛下の『欲』はどこにある?」

「…………難しい質問をする」


 虚を突かれたヘンリー。

 少し考えたあと、彼は苦い表情をした。


「それがもう答えなのさ。陛下には、およそ男――いや人間にあるはずの欲らしい欲がほとんど見当たらない。それは今に始まった事ではない、幼少の頃からそうだ。それは兄上の方が私よりも熟知しているはずだろ?」

「そうだな……正直、最初は生意気な子供に思えた、その次は大人びた子供だと思った、その先は――」

「――論ずる言葉が見つからない」


 オスカーが言い、ヘンリーがはっきりと頷いた。

 それは、二人の間で共通する感想だった。


 皮肉にも、この日ずっと探り探りの会話をしていた二人が初めて心を一つにしたのが、ノアに対する評価だった。


「兄上も聞いたことがあるはずだが、陛下が時折口にしているこんな言葉がある」

「ん?」

「やせ我慢は、貴族の特権だ。と」

「ああ」


 頷くヘンリー。

 確かにその言葉を幾度となくノアの口から聞いたことがある。

 ノアが貴族の事を語るときによく使う表現だ。


「言いたいことは分かる。貴族とは本来そういうものである、という原則論だ。そして原則論を貫き通そうとすれば、当然それはやせ我慢という形になる。それはいいんだ。でも、陛下はそれを――」

「特権、と言った」


 今度はヘンリーが言葉を引き継ぎ、オスカーが静かに頷いた。

 そこにはさっきまでの手探り感は跡形もなく、兄弟の心が一つになったような、そんな感じがする情景になった。


「貴族はやせ我慢するものだ、までならまあ言えるだろうが、特権だ、というのは」

「そう、私達なら、普通なら。でも、陛下はそれが言える。しかもなんら無理することなく」


 オスカーはそこで一旦言葉を切り、深呼吸して、真顔でヘンリーを見つめてまとめた(、、、、)


「そういう意味で、陛下は人らしくないと思う」


 そこで話が一周した。

 ヘンリーは頷いた。

 最初はどういう意味なのかと思ったが、道筋立てて説明されると納得するしかない、と正直に思った。


「そうだな……」

「一方で、陛下には人の感情が分かる。法を何よりも重んじるのに、人の感情もはっきりと理解しておられる。一番象徴的なのがギルバードの暗殺計画が発覚したときだ」

「あの時に何かしたか?」


 ヘンリーははっきりと首をかしげた。


「ギルバードが先帝の暗殺を企てた、それを陛下が暴いた。皇帝の暗殺は斬胴刑一択――その時の陛下も法務大臣としてそう答えた」

「ああ、実に陛下らしい」

「同時に、実行前の発覚だから、未遂とも取れると言った。その場合斬胴刑は免れないが、執行猶予がつくと先帝に進言した」

「……ふむ?」


 ヘンリーは首をかしげた。

 またピンと来ていない様子だ。


 オスカーはフッと微笑んだ。


「無理もない、その辺りは法の専門家でもなければたどりつかない発想。私もある日、別の事を調べてそこから連想した事だよ」


 オスカーはそう言いながら、真顔に切り替えた。


「執行猶予がつけば、いつ執行するのかは陛下の一存になる」

「……ああっ!」


 ヘンリーはハッとした。

 オスカーはにこりと微笑んだ。

 自分も理解したときはそうだった、と言わんばかりの表情だ。


「そして帝国法には、いつまでに絶対執行しなければ、というのは定められていない。つまり陛下がその気になれば」

「……生涯飼い殺しに出来る」

「そう。明日できる事は今日はしない。何かの時にこの言葉を聞いてピンと来たんだ。それで帝国法を隅から隅まで調べて、これがわかった」

「そうか……ギルバードはあんなのでも息子は息子。しかも長男」

「まともな親なら躊躇する。さらに先帝はギルバードにわずかながらの負い目がある」

「長男なのに、側室の子だからという理由で皇太子にはしなかった」

「そう。それらの条件が揃ったとき、兄上、あなたには執行が出来るか?」

「……わからん」

「ああ、私もだ。当然父上もそうだ。暗殺が発覚しても我が子、しかも負い目がある。陛下はきっとそこまで考慮して、執行猶予という可能性を提示した。ただ法に厳しいだけの人間にはそんな答えは出ない」

「そうだな」


 はっきりと頷くヘンリー。

 彼もオスカーもそうだ。


 今や壮年から中年にさしかかっていて、息子を持つ身となった。

 だからこそ、「父親」として息子をどうこうする、ということがあの頃に比べてより実感出来るようになった。


 自分がその立場になったときに執行できるか分からない――いや。

 きっと、出来ないだろう。


「もちろんきっかけの言葉はさっきのあれだけど、はっきりと理解できたのは子供が出来たから、というのが大きい」

「ああ」

「だから……陛下はすごいよ。あの時は子供はおろか、正室さえも迎えていなかったからね」

「そうだな」

「だから難しい。自分には人らしい欲はないのに、人の情はよく理解できる。そんな陛下の本質は」

「……」


 ヘンリーは

 オスカーの言うことに深く同感した。


「だから――およそ人らしくない」


 三度、オスカーは同じ言葉を口にする。

 人らしくない。


 ここまで来ると、もはやそうとしか思えないくらい、その評論がしっくりきていた


「人らしくないというのなら何になるのだろうな」

「強いていえば……神かな」


 オスカーは肩をすくめておどけてみた。


「笑えん冗談だな」

「でも理想的な神の姿だろ」

「それでも笑えん」


 ヘンリーは苦笑いした、言いだした当の本人であるオスカーももう一度肩をすくめて笑った。


 苦笑いしながら、ヘンリーは密かに感心していた。

 ヘンリーが「探り」に来たのはオスカーも分かっている。

 ヘンリー自身そこまで隠していない。


 オスカーが未だに玉座を狙っているのは公然の秘密だ。


 それを、親征に先だってヘンリーが色々と探りにきた。


 それをオスカーが見事にかわした。

 最初は「人とは思えない」で空気が凍りついたが、その理由を「神にしか思えないから」にした。


 こうなるともう、本気でも冗談でも、「神だと思う」で逃げられてしまう。

 オスカーの方が一枚上手だったという事になる。


(やはり人材だ……これで陛下に忠誠さえ誓えるのなら……)


 任務は失敗、しかし改めてオスカーという人材の能力を再確認したヘンリーは、心の中で密かに残念がったのだった。


ここまで如何でしたか。


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●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

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なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
[一言] >『良いところを見せたい』と記憶もの 記憶ものってどういう意味だ?なんかの誤字? >もはや層としか思えないくらい 何度も評する以上、厚い層になってそうよね
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