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122.歌姫との逢瀬

 俺は青年を見つめ、少し考えた。


「……わかった。その話は貴重だ、他の誰にもいうな」

「もちろん! 誰にもいいません」

「お前はこのままオスカーの屋敷に戻って、普段通りに働け」

「分かりました! 注意深く色々――」

「いや、それはいい」


 俺は青年の言葉を遮った。


「え?」

「意識して何かを探ろうとしなくていい」

「し、しかし。それでは――」

「いうことを聞け」

「――は、はい……」


 俺が強めに言うと、青年は渋々ながら引き下がった。

 もっと役に立ちたいのになんでさせてくれない……そんな、不満がはっきりと表情に出ていた。


「これをみろ」


 俺は指輪からフワワを召喚し、俺オリジナルの紋章を青年との間の空中に作りあげた。


「これは……?」

「よく見て、覚えろ」

「え? は、はい……」


 青年はじっとそれを見つめた。

 紋章だが、普段使っている物と一部かえている。

 この青年にだけ見せている紋様にした。


「覚えたか?」

「は、はい」

「よし」


 俺は頷き、フワワを引っ込ませた。


「お前が必要になったら、さっきの紋様の何かを持った人間を接触させる。あれを見たら俺の代理だと思え」

「はい!」


 青年の眉が開いた。

 自分が必要とされている、と理解して一気にテンションが上がった感じだ。


「重ねていう、意識して行動するな。オスカーは賢い」


 俺は真顔で、まっすぐ青年を見つめながらいった。


「意識して探ろうとすれば必ず露見する。だから意識するな。オスカーの屋敷で真面目に働いてるのが一番俺の役に立つ」

「分かりました! 真面目に働きます!」

「よし」


 俺は頷き、懐に手を入れた――が。

 思いとどまって何もしないで、手を出してもと通りにもどした。


「今日はここまでだ、俺と会っているのが分かるとよくない」

「分かりました!」


 青年はそう言って、姿勢を低くしたまま、店から出て行った。

 その後ろ姿を見送った。


 予想外にもほどがある。

 いや、元からそうなのかもしれない。


 ドッソの件は、ゾーイを助ける為にやった。

 水害の後のイナゴのような商人連中から保護するために、俺がドッゾの土地をあらかた買い取った。


 その時でさえ、ディランに感謝されていた。

 十三親王だった頃の家令をしてくれていた初老の男、ディラン。

 そのディランも、ドッソのあたりの出身だった。


 それと似たようなことが、また起きたというだけ――と、言えなくもない。


「良いことはしておくもんだ」


 俺はふっと笑い、テーブルの上にある酒肴に手を伸ばした。


「ノア様」


 しっとりとした声が俺の名前を呼んだ。

 顔をあげると、いつの間にか歌が終わったのか、アリーチェがテーブルの側にやってきていた。


「いつの間に……まあ座れ」

「はい、失礼します」


 アリーチェはそう言い、俺の横に座った。


「一つ聞いてもいいでしょうか、ノア様」


 店の中だからということで、アリーチェは気を使って、俺のことを「ノア様」と呼ぶ。

 とはいえ、その気遣いは実は意味を成していない。


 この店の常連客はほぼ全員が知っている、アリーチェのパトロンをやっている俺は、元十三親王で帝国の皇帝だということを。


 この店で気を使って「ノア様」呼びはじつは意味がない。

 ないが、その心遣いに指摘するのも無粋だから、そのままにした。


「なんだ、聞きたいことって」

「さきほど、ノア様はあの男の人にご褒美をあげようとしていたのではないですか?」

「ああ、そのことか」


 俺は話に夢中になって気づかなかったが、歌が終わって俺の近くに来ていたアリーチェはよく見えていたようだ。


 そう、あの青年とのやり取りの最後、俺は懐に手を入れた。

 1000リィーン位を与えてねぎらう――というのが俺のいつもやることだ。


 付き合いの長いアリーチェはそれをよく知っていて、だからこそ何もあげなかった事を不思議がったようだ。


「あれが俺の屋敷の使用人とか、関係性が遠い所の人間ならそれでもいいが、オスカーの屋敷の使用人だ」


 一呼吸間をあけて、更に続ける。


「あの格好を見ると、下級の雑務だけをしている使用人だ。そうなると月にもらっている給金は――そうだな、オスカーの屋敷なら15から20リィーンはあるだろうな」


 オスカーの事はよく知っている。

 彼は温和な性格で知られていて、また使用人にも優しい部類の親王だ。

 帝都において、成人男性の平均月収が10リィーン位だ。

 オスカーはその倍位を出していたはずだ。


 とは言え、それでも月20リィーンだ。

 そんな人間に褒美で1000リィーンなんて渡そうものなら――。


「人間、いきなり大金を持ったら噂の的になるだろ? どんなに隠してても」

「そう、ですね」


 アリーチェは微苦笑して頷いた。

 彼女には身に覚えがある。


 かつて俺に見いだされた頃も、シンデレラガールということで帝都中にその噂が掛けめぐったものだ。


「褒美くらいいくらでもやれる、が、それで目をつけられたらあの男の為にならない」

「そうだったんですね……すごいです、ご褒美をあげるのにもそんなに色々考えなきゃいけない事があるなんて」


 俺はふっと微笑んだ。


「ああ、普段からいろいろ考えているぞ」

「他にも考えている事があるのですか?」

「ああ。相手がまずしければまずしいほど、まずは褒美を、と考えている」

「そうなのですか?」

「例えばだ……アリーチェ、今、お前が10リィーンのチップをもらったとして、そのチップをどう使う?」

「え? チップ、10リィーン、ですか?」

「ああ」


 頷く俺。

 アリーチェは戸惑いつつも、考える仕草をした。

 ものすごく悩んだ結果。


「たぶん……使わない、かもしれません。今すぐ買わなければならない物はないのですから」

「じゃあ、例えば俺と出会った頃に、臨時で10リィーンが手に入ったら?」

「出会った頃ですか? それは……お母さんの薬代に」

「そういうことだ」


 俺は更にもう一度、今度ははっきりと頷いた。

 アリーチェはきょとんとした。

 俺の「そういうことだ」がどういう事なのかよく理解できていないという様子だ。


「ある程度金を持っていたら、何か収入があってもすぐに使おうとは思わない。しかし貧しければ貧しいほどすぐにその金を使う。しかも、市井の生活に密着した使い方だ。昔のお前なら薬代、貧しい大家族ならたらふく食ったり冬越しの衣類を揃えたり。そうだろ?」

「はい」

「そうする事で金が回る。貧しい人間に10リィーン与えればそのものはそのまま使って、その10リィーンを受け取った人間もまた10リィーンを使う。更に受け取った人間も――その褒美の金で商売がぐるぐる回って、俺が与えた以上の効果を生み出す」

「あっ……」

「と、いうわけだ」

「すごいですノア様……そのお話初めて聞きましたけど、やっぱりすごいです」


 俺はふっと微笑んだ。

 これも、歴史から学んだ事だ。


 アリーチェにわざわざ話す事ではないが、パーウォー帝国の末期頃に、国庫を――国の収支を黒字化させなければ、という風潮があった。

 理由はいくつかあるのだが、一番大きいところは国が無駄な公共事業を行い、民間に金をばらまいているのがけしからん、というものだ。


 しかし歴史は後から、それが間違っていたと断じることになる。


 当時は官民一体となって公共事業を無駄だと断じ、浪費だとした。

 しかし、浪費だと言われている支出だろうが、その金は虚空へと消え去ったわけではない。


 公共事業に用いた金は、使われた人夫に支払われる。

 必要以上に稼いでもため込むしかない金持ちと違って、庶民――人夫というのは9割方、金が入ったらすぐさまに使ってしまう人種だ。

 それらはまず、飲食や歓楽に使われる。

 酒を浴びるほど飲んで、女をかったり。

 そして飲食店などに使われた金は、仕入れの代金として――商人を経由して農家に流れる。


 農家はもっと金が入れば使う人種だ。


 まとまった金が出来たから嫁をもらう、という話は枚挙に暇がない。

 そうじゃなくても、家を補修したり、冬のために綿をたっぷり使った衣類を揃えたりと、いくらでも使い道がある。


 それがなくなった。

 公共事業という大元を絶ったため、金の流れがはっきりと減ってしまった。

 その結果、庶民は貧しくなり、税収が落ち込む。


 ここでパーウォー帝国は更に悪手として、増税に踏み切ったが――それはまあ、別の話。


 たとえ国の財政が厳しくても、「お金を持ったらすぐ使っちゃってしまう層」にまくのは必要な事だと俺は思った。

 そう、歴史から学んだ。


 まあ、それはアリーチェにいうことではない。


「それよりも今度の話だけど、そろそろ準備も兼ねて宮殿に入ってもらいたい」

「はい」


 アリーチェは静々と頷いた。


「オードリー、俺の妻が会いたいとも言っている」

「皇ご――いえ、えっと、お、奥さんが?」


 アリーチェは驚き、戸惑った。

 俺との付き合いが長い分、「ノア様」と「陛下」の使い分けはスムーズだったが、「皇后」と関わるのはほとんど初めてだったからそうも行かなかったようだ。


「ぷっ」

「ど、どうしたんですか?」

「いやなに、俺よりも俺の妻に緊張したり怯えたりしてそうだなって」

「あっ……」


 アリーチェは恥ずかしそうにうつむいてしまった。

 そして恨めしそうに、上目使いの目線を俺に投げつけてくる。


「すまない、からかいすぎたか」

「う、ううん。あの、いつ……行けばいいんですか?」

「お前の都合がいいときでいい」

「分かりました、マスターにちょっと聞いてきます」


 アリーチェは立ち上がって、少し離れた所で控えている店主のところに向かっていった。


 その時の事だった。


「おら、どけどけい!」

「邪魔だって言ってんだろ!」


 俺の真横――店の入り口から柄の悪い、チンピラっぽい三人組が入ってきた。

 一人が前を歩き、残った二人を引き連れている。

 三人とも、肩を揺らして歩いている。

 物理的に自分を大きく見せたいという、古典的な威嚇行動だ。


「なんだ、満席か?」

「どっかどかせばいいだろ」

「あそこの席とかいいんじゃね?」


 男達はそう言いながら、俺たちがいるテーブルに向かってきた。


 そして先頭のリーダー格っぽい男じゃなくて、後ろにいた手下風の男が俺の前にたった。


「おう、そこの席譲ってくれや」

「大人しく譲ってくれりゃこっちも手荒なまねはしねえ」

「……」


 俺はすこし呆れた。

 宮殿の外で、お忍びで来てるとは言え、ここの店は店主から客にいたるまで全員俺の事を知っている。


 知らないのは一見客くらいのもんだ。


 そして一見なのに、よくもまあ初めて足を踏み入れたアウェーの地でそこまで古典的で陳腐な威嚇行動が出来たもんだ。


「お前ら――」

「待ってマスター」

「アリーチェ? 何故止める。あのままだと――」

「あの方の活躍の場を奪ってどうするの」

「え? いやでも」

「あの程度の男達、あの方には指一本触れる事すら出来ないわ」

「それは……そうなんだろうけど……」


 少し離れた所でアリーチェと店主が何かを言い合っていた。

 何を話してるんだ? とそっちに目を向けていると。


「おい! てめえ話きいてんのか?」

「ん、ああすまん、聞いてなかった」

「――っ! この!」


 俺に無視されたと思ったからか、逆上した男の一人が拳を振り上げた。

 瞬間、俺の脳裏で様々な展開を想定した。


 いくつか想定した中での、その一つを選んだ。


 俺は微かに身じろいだ。

 すると、男の拳が俺の頬をかすめた。


「「「――っ!」」」


 瞬間、店内がざわついた。

 常連客から店の人間にいたるまで、一人残らず青ざめた。


 そうならなかったのは俺と、そして事情を知らないチンピラの三人だけだ。


 事情は知らなくても、空気を読む能力はあったようだ。

 まわりの空気が一変して、まるで何かとてつもなく恐ろしいものを見ているような表情になっていることに、三人も気づいた。


「な、なんだよ……」


 それは、はっきりとした反発よりも恐ろしく感じただろう。

 全員がまるで、世界の終わりかのような、そんな顔をしたからだ。

 さすがに様子がおかしいと気づいた三人は、その異様な空気にたじろいだ。


 俺は頬に手を触れた。


 微かに血が出ていた。

 程度で言えば、紙の端で切れた程度のかすり傷だが、それでも俺の顔に傷がついて、血が出たことには違い無い。


「陛下! だ、大丈夫ですか!?」


 アリーチェが血相を変えて俺に駆け寄ってきた。


「「「へいか?」」」


 アリーチェの言葉に、三人はきょとんとする。

 言葉の意味さえもまだ理解できてないようだ。


 とりあえず――止めとくか。


「大丈夫だ」


 アリーチェにそう言って、立ち上がった。

 そして三人の方に向き直った。


「な、なんだよ」

「これで正当防衛になるな」


 俺は自分の頬を指さしながら言い放った。


「――っ! 馬鹿にして!」


 男の一人、先陣を切って俺に殴ってきたチンピラがもう一度拳を振り上げた。

 怒りが不可解を振り切ったようだ。


 二度目も当たってやる義理はなかった。

 俺はそいつの拳をさっと避けて、手首に手を触れた。


 そして――はずす。

 ゴキッ! という音とともに、男の手首の関節がはずれた。


「ぎゃああああ!」

「なっ、なにぃ!」

「てめえ!」


 関節をはずされた男は手首と肘の間を掴んで、絶叫して膝から崩れ落ちた。


 俺は残った二人に近づいていった。

 そいつらはいきり立って、反撃した。

 さっきの男と同じように拳を握って、無造作に殴り掛かってきた。


 俺はルティーヤーから覚えた体術で、二人の手首もはずしてやった。

 まったく同じ動きで、三人ともまったく同じようにして右の手首の関節をはずした。


 電光石火の動きで手首をはずされた三人、その場にうずくまって呻きだした。


 すると、リーダーらしき男がうずくまりながらも、額に脂汗を浮かべながら俺を睨んできた。


「てめ……こんなことして、ただですむとおもうなよ」

「ただですむぞ」

「なにぃ!?」

「帝国法では、先に攻撃を受けた方は相応の反撃をする事が認められている。俺はお前達に殴られて血がでた、それで拳が使えないように関節をはずした。9割9分適法だと認められる」

「そんなの関係ねえ! こんなことしやがって、絶対に――」

「……」


 いうべき事は言い終えた、後は言葉じゃない方でトドメをさしとくことにした。

 俺は口を閉ざし、力を解放し、背後に紋章を顕現させた。


「「「は、ははー!」」」


 その瞬間、店の中にいる人間全員が俺に跪いた。

 リヴァイアサンの力の応用、威嚇のやり方を調整し、相手に「恐怖」ではなく、「目の前の人は皇帝」だというのを心に直接すり込ませる技だ。


 それをやると、全員が一斉に跪いた。


 客達はそれだけだった。

 が、俺に殴り掛かってきた男達は、跪きながら、がくがくと震えだした。


 俺は少し、威嚇を弱めてやった。

 すると、男達は「ひいぃぃ!」と、金縛りが解けたかの如く這って逃げ出した。


 男達がいなくなった後、場はシーンとなった。


「――っ、陛下!!」


 威嚇から真っ先に我に返ったのは付き合いが長く、深いアリーチェだった。

 彼女にしたところで、威嚇が残っているのか、さっきまでと呼び方が違っていた。


 アリーチェは俺に駆け寄って、俺の頬に手を伸ばして、しかし途中で手を止めてあわあわした。


「す、少しお待ちください、いま拭くものを――」

「いや、必要ない」


 アリーチェを止めて、俺は懐から小瓶を取り出した。

 瓶の中の液体――ポーションを指にたらし、頬の傷に塗った。


 すると――。


「き、傷が……」


 驚き、絶句するアリーチェ。

 ポーションを実際に見るのは初めてだったか?


「これは……」

()が作った、かすり傷程度なら見ての通りすぐに治る」

「陛下が!? す、すごい……」


 俺はフッと笑い、ポーションの瓶を懐にしまった。

 ポーションを使った光景、そして説明がその場にいる客全員の目と耳に届いて、客らは全員平伏したまま歓声を上げた。


ここまで如何でしたか。


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●感謝御礼

「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

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なろう時代から強く応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
今の財務次官、香川が実家らしいが、それに大臣、なんとか誰だったかの子に読ませたい 国の赤字は国民の黒字、国の資産減らしてどうすんだよ、日本潰すのか。
ポーション、軍事的にも諸々と極秘事項じゃなかったんでしたっけ? 劇場で発表しちゃぁ…
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