119.皇帝の私欲
「……何の事だ」
「はは、いいぞ、そうこうなくっちゃ」
インドラは上機嫌な笑顔で、俺の肩を叩いた。
「ちょっとカマをかけられた程度でボロをだしてたんじゃ皇帝なんて務まらねえよな」
「……」
俺は微苦笑した。
インドラのあけすけな物言いはいやではないが、直前にピンポイントに撃ち抜いてきていただけに、今はちょっとキツかった。
「あいつもな、あんなにガキをこさえてなきゃ問題もなかったんだろうが」
「……ふう」
この一言で、インドラの言葉がまったくのカマカケじゃないって分かって、俺は白旗の意味合いも込めて、小さくため息をついた。
それを見てインドラはニコッと笑った。
「そう思うだろ?」
「……余からは、なんとも」
「父親の悪口は聞きたくねえか? でも俺はあいつの叔父だから、説教くらいはいいだろ」
「……」
俺はますます苦笑いした。
やっぱりあけすけすぎるインドラ。
ここに誰かがいたら――オスカーのような人間がいたら、また激怒しているところだ。
ん? オスカーがいたら?
頭の中で何かが引っかかった。
が、それを熟考する暇を、インドラは与えてくれなかった。
インドラは更に続けた。
「アルバート、それにギルバート。この二人のおイタはもちろんあいつが居座りすぎたのが主因だろうが、子供が多すぎて、弟達の中で自分達よりも有能なのが多すぎたのも原因だ。そうだろ?」
「……そうかもしれない」
「アルバート、ギルバート、ヘンリー、オスカー――そしてボウズ。後世じゃ『五王奪嫡』とか書かれていそうだな」
「あまり嬉しくない書かれ方だ」
「その玉座を巡る争いが今でも続いている。ボウズが即位してからもだ。それでボウズが子供の数を減らそうって思うのも無理はねえ。当事者だしな」
俺はまたため息をついた。
ここまで深く「えぐってくる」のはここしばらく無かった事だから、自然とため息も増えてしまう。
「余は先帝に遠くおよばない。その先帝でさえ御せなかったお家騒動、起きる前に抑制できるのならそれに越したことはない」
「理由は分かる、とがめもしねえ」
「そうなのか?」
「オイラはただ、オードリーの事を上手くやってくれりゃそれでいい」
「分かった。約束しよう」
俺がいうと、インドラは満足したように、上機嫌に肩をパンパン叩いてきた。
「それでこそ男だ。ボウズが『善処する』とか抜かしてきたらどついてやるところだ」
「一応皇帝なんですけどね」
「がはは、お前のオヤジのケツを蹴っ飛ばしてやったこともあるんだ、今更だろ」
「今更ですね」
俺は少し困ったが、インドラと笑い合った。
正直、インドラのような性格の人間はありがたい。
皇帝というのは孤独だ。
父上もそう言ってたし、俺も徐々にそれを感じつつある。
まわりの人間は気を使うか「らしさ」を求めてくるかのどっちかで、正直息がつまることは少なくない。
だから、インドラのような肩書きをまったく気にしない相手はすごく貴重だ。
「なあボウズよ、男同士の話しようぜ」
「男同士の?」
俺は首をかしげた。
今更なんだ、って不思議がった。
「ボウズが子供を増やさねえ理由は分かる、政治的な配慮だ。納得もする。オイラもボウズの立場ならそうするかも知れねえからな」
そこで言葉を言ったん区切って、一転、まったく違う事を言い出した。
「だがよ、ボウズも男だろ。女抱いてなさ過ぎなんじゃねえのか?」
「はあ……そうでしょうか」
曖昧に返事をする俺。
さっきからところどころ曖昧だが、いよいよ完全に口調が崩れ、インドラと出会った頃の賢親王の頃に戻ってしまっていた。
「少ねえよ。じゃあ聞くが、ボウズはこれまでに何人の女を抱いた」
「それは……」
「三人だろ?」
「何故それを――ああいや、わかるんでしたね」
聞き返そう――と思ったが途中でやめた。
皇帝の夜の事情は全て記録されている。
いつどこで誰を抱いたのか、全て宦官を通して内務省が記録している。
皇帝は孤独なのとともに、私事――プライバシーというものがまったくない。
もちろんそれは庶民には公開されない機密ではあるが、皇后の祖父かつ「雷」の称号をもつ親王ともなれば簡単にその情報を入手出来る。
「ボウズのオヤジもおいらも、というかボウズの兄弟全てがそれなりに女を抱いてる。ボウズよりかはな。歴史を辿ってもボウズのはびっくりするくらい少ねえ」
「……」
「ボウズ、『真実の愛』って知ってるか?」
「え?」
いきなりの話題転換にちょっと驚いた。
さっきから二転三転どころではない話題の変わりっぷりだ。
俺は少し考えて、二つある心当たりのうち、正解っぽい方で答えた。
「真実の愛……『貴賤愛』の方ですか」
「そうそっちだ。王侯貴族と庶民の『真実の愛』は別もんだ。貴族にとって結婚は義務、自分で決められるものじゃねえ。お前、オードリーの時は名前とかまったく聞かなかったんだって聞かされた時は、なんだなんだ? すごい少年がいたもんだ、って思ったよ」
「義務ですからね」
「ぶっちゃけ、お前が男色趣味だったとしても、オードリーとは結婚して、子供は作った。そうだろ?」
「それが貴族の義務ですからね」
俺は躊躇なく答えた。
そう、それが貴族の義務だ。
貴族は家同士を結びつくための、あるいは政治のための結婚をして、子供を作らなければならない。
インドラのいうとおり、俺が例え男色趣味だろうが、オードリーの事は義務で抱いて、子供を作らなきゃいけない。
親王でもそうだし、皇帝ならなおさらの事だ。
だから、貴族の「結婚」には愛はないとされていて、「真実の愛」は結婚とは違う、身分差の間柄にしかないとされている。
戯曲じゃ定番中の定番で、妻や夫、正式な伴侶の方がむしろ「真実の愛」の邪魔者扱いされている。
「だからオイラはよ、オードリーの事は割り切ってて、よそで愛人とか作るボウズなんかっておもったが、その兆候もまったくないときたもんだ」
「はあ」
「なあ、ボウズはそういうのに興味はねえのか」
「なくはないですが……」
俺はどう答えるべきなのかを困った。
俺も男だ、そういうものがないとは口が裂けても言えない。
肉体的にも今が真っ盛りで、体感じゃ前世よりも強いだろうと感じている。
だから口が裂けても、興味は無いとは言えない。
言えない――のだが。
「先帝から受け継いだ皇帝の責務を果たす事が先だと考えてます」
「珍しい考え方だ」
「そうですか?」
「女だけじゃねえ、ボウズには私欲はねえのか」
「私欲」
またちょっと話が変わった。
「おう」
「そりゃありますよ」
「例えば?」
「例えば……例えば……」
ちょっとどう答えるべきか分からなかった。
自分の私欲は、と考えた時にちょっと思いつかなかったからだ。
「ほらみろ、ないだろ」
「無くはないんですけどね」
俺は二重の意味で微苦笑した。
ないって決めつけられた事と、とっさに答えられなかった自分に。
その二つに苦笑いした。
そんな俺に向かって、インドラはポン、と手を叩いてにやりと笑う。
「よしっ、ならこうしよう」
「え?」
「ボウズが凱旋したら、オイラが遊び方を教えてやる」
「遊び方?」
「そうだ、貴族の遊び方ってやつだ」
「なんか怖いですね」
まったく想像もつかなかった。
インドラの言うことはまったくの的外れでは無かった。
貴族の遊び方なんて、想像してみたが分からなかった。
貴族の義務ならいくらでも答えられるんだが……。
俺は少し考えて、頷いた。
「……わかった」
これも今後に役立つ事なのかも知れない。
俺が知らない「貴族の遊び方」がもし本当にあるのだとすれば、それを知っておくのは悪くないことだ。
……。
「代わりといってはなんだが」
「ふむ?」
なんだなんだ? って顔でインドラが俺を見た。
「余の義弟がそろそろ初陣の歳だったと記憶している」
「義弟? ……ああ、イーサンか? たしかにぼちぼちだな」
「それをアテンドしよう、盛大にな」
俺がそう言うと、インドラが目を見開いて驚いた。
帝国の皇族は、十歳を過ぎたらどこかのタイミングで初陣をこなす事を義務づけられている。
今や完全に人間の管理下にあり、「養殖」されたモンスターの巣で戦ってくるのだ。
それをしっかり勤め上げる事で、一人前の男として認められる。
オードリーの実弟、俺にとっては義弟になるイーサン少年がそれくらいの年齢で、まだ初陣をこなしていない。
普段なら、インドラのような傍系の親王の家の事を、皇帝がわざわざ気にするような事じゃないが、オードリーの実弟だという事で記憶の片隅に残っていた。
それを持ちだして、インドラに提案した。
「ボウズがセッティングしてくれるのかい」
「ああ、盛大に。1――いや2000人くらいだせそうか?」
「…………はは」
しばらく俺を見つめたあと、インドラは吹きだした。
そして、また肩を叩いてくる。
とても楽しげに叩いてきた。
「すごいなボウズ、そうやってオイラも使うつもりかい」
「余はまだ何もいってない」
「いつの間にか皇帝に戻ってやがる」
インドラはますます楽しげに笑った。
「もとから皇帝だ」
「そうだったな」
「とは言え人間でもある。祖父が孫の初陣を近くで見守りたい気持ちなら、人情的にも叶えなければなと思っている」
「はは、いいぜ。オイラが直々に3000くらい率いて見守ってやる」
「……」
俺はインドラを見つめ、軽くあごを引いた。
初陣は大抵、帝都の近くで行うもの。
インドラが「見守る」というのなら、それも当然帝都の近くにいる。
そしてインドラは「3000人」率いてくるといった。
つまり――。
俺がいない間、俺に味方してくれる兵士3000を、帝都の近くに伏せておくことができるということだ。
それは有難い。
今は少しでも兵力が欲しい。
本来なら、皇帝が親征してもこんなことを思い悩む必要はない。
先帝――父上も何度も親征をしたが、記録に残っている限り俺がしたような事はまったくしてなかった。
名君だった父上はどうしたのか、それが知りたくて、参考にしたくて色々調べたがほとんど何も出てこなかったことに肩透かしを食らった。
色々考えたが、すぐに分かった。
父上には「政敵」がいなかったからだ。
三男として産まれた父上だが、他の兄弟はほとんどが夭折した。
次男――つまり父上の兄に当る人物がいたが、それでも病弱で、父上が即位したときにはもう病気で片目が失明している。
つまり帝位を争える人間がいなかったということだ。
それに対して、父上の子供、男子で夭折しなかっただけでも十人を超す。
全員が五体満足だ。
更に、これが一番大きな理由だが。
人間は、良くも悪くも前例主義だ。
前例がなければ思いつきもしないが、あると一気に選択の俎上に上がってしまう。
この十数年だけで、二回も帝位簒奪の動きがあった。
かつての第一親王ギルバートと、皇太子・第二親王のアルバートだ。
どれもなるべく秘密裏にと処理されたが、知っている者は知っている。
それが帝位に近しい人間――親王ならなおさら全て知っている。
つまりこの時代だと、帝位簒奪が選択肢の一つとして上がってしまうということだ。
結果、俺は父上とは違って、親征時に謀反・簒奪の事を気に掛けねばならなくなった。
だから今は、少しでも良いから兵力が欲しい。
味方になる兵力が。
俺はインドラを見た。
破天荒で、磊落不羈で評判の雷親王。
この雷親王は俺の事を気に入ってくれている。
そのうえ縁戚だ。
インドラの孫娘は俺の正室、皇后オードリーだ。
理屈でも、感情でも。
インドラはこっちの味方だと思って問題ない相手だろう。
俺は小さく頷いて、インドラを改めてまっすぐ見つめた。
「頼まれてくれるか」
「いいのか?」
「む?」
俺はきょとんとなった。
インドラが聞き返してきた事が予想外だったからだ。
話がここまで進んで、今更「いいのか?」って聞き返してくるなんて思っていなかった。
「どういう意味だ?」
「オイラは構わねえが、それは『刺激的すぎ』やしねえか」
「……メッセージは十二分に伝わるはずだ」
俺は四阿の外、空を見上げた。
インドラのいいたいことは分かった。
念押しの確認、というわけだ。
インドラは破天荒な親王として知られている、そのせいで毀誉褒貶の激しい人物だ。
だが間違いなく、インドラは有能な人間だ。そうでなければ「雷」の一字を皇帝から賜ることはあり得ない。
今回の事、俺とオスカーの間の事は完全に把握していると見ていいようだ。
「なだめた、摂政王にもしてやった。メッセージは充分に伝わっているはずだ。そのままでいてくれるのなら重用する、でなければありとあらゆる準備が動く。って」
「それで思いとどまっても、不満を抱えたままになるんじゃあねえのか」
インドラがそう言い、俺はインドラの方をみた。
「法とは、行動を規制し罰する物だ」
「んん? なんの話だ急に」
「思っているだけでは法に触れる事はない。極論、誰かが心の中で皇帝たる余を八つ裂きにしたいと思おうが、行動――いや、言葉や態度に出さなければそれは罪にならない」
「ほう」
「オスカーにしてもそうだ。思いとどまってくれれば、心の中でどう思おうが問題じゃない」
一呼吸開けて、俺は更に続ける。
「今までの事で二つ分かったことがある」
「なんだ?」
「オスカーは財務省にはなくてはならない人材なのと、帝位を狙っていても帝国のためにならしっかりその能力を発揮して働くということだ」
「毒だろうと、死なない程度なら飲んでやる、ってわけかい」
俺は小さく頷いた。
インドラのたとえはそこそこ的確だ。
今のオスカーは確かに「毒」だ。
だけど、その毒はごちそうの中に混ざっていて、分けることが出来ない。
だったら……覚悟して飲むしかない。
「すごいなボウズ……そこまで達観してるのか」
俺はふっと笑った。
「もちろん毒がない方がいいに決まっているがな」
「だったらのまなきゃいい」
「でもオスカーは帝国には必要な人材だ」
「その点じゃ、お前とあのボウズは考え方が一致してるのか」
インドラにいわれて、俺はちょっと驚いたが、すぐに納得して受け入れた。
確かにそうだ。
帝国のため、というくくり方なら、俺とオスカーは向いている方向が一致している。
だから、もし――。
「最初からオスカーに帝位がいっていれば、問題はなかったはずだ。余が譲位できないのは、父上の『見る目』を守りたいと思っているからだ」
いつだったか、父上と話していた事を思い出した。
名君と呼ばれた皇帝でも、十人中九人は晩節を汚している、と父上は話した。
俺に譲位したことが間違いだった事にならないためにも、オスカーに譲位をするわけには行かない、反乱を起こさせるわけにもいかない。
綱渡りのような日々が、またまた続きそうだ。
そう思いながら、もしも、の話をしたんだが。
「はは、そりゃどうだろうな」
「え?」
「オスカーに帝位がいってれば、今度はヘンリーが異心をおこしてるだろうよ」
「……」
俺は、言い返すことができなかった。
「まあ、たらればの話をしても始まらねえ」
インドラはパンパンと俺の肩をたたいて、すっくと立ち上がった。
「こっちのことは任せろ」
「頼んだ」
インドラはにやりと笑って、身を翻して立ち去った。
橋を渡っていく最中に背中を向けたまま手をヒラヒラ振るその後ろ姿は、頼もしさを感じさせてくれた。
「……」
インドラの後ろ姿を見て、俺は少し考えた。
さっき、話の最中で覚えた引っかかりをだ。
インドラとの会話の最中だったから後回しにしたが、それを改めて考えた。
「……譲れないもの、か」
オスカーの事だ。
彼は何においても、皇帝は絶対的な者でなくてはならない、と考えている節がある。
「そうなると矛盾する」
俺は冷めた茶に口をつけながら独りごちた。
ホントに皇帝が絶対的なものだと考えていたら、帝位の簒奪という発想が出るのはおかしい。
――とはならないのが、人間の人間たるゆえんだろう。
人間というのは、自分がどれだけこだわっていて、譲れないものだとしても、大なり小なり「例外」があるものだ。
徹頭徹尾原理原則を遵守出来る人間なんて人間らしくない。
だから俺は更に考えた。
オスカーにとって、原則「皇帝が絶対」なのは間違いない。
問題はそこに、どこまでの「例外」が認められるかだ。
「……第一宰相をよべ」
俺は宦官を呼んで、そう伝えた。
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名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:17+1/∞
HP C+B 火 E+S+S
MP D+C 水 C+SSS
力 C+S 風 E+C
体力 D+C 地 E+C
知性 D+A 光 E+B
精神 E+B 闇 E+B
速さ E+B
器用 E+B
運 D+C
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視界の隅に、自分のステータスがうつっていた。
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