112.旅行気分の皇帝
「陛下……」
「ん? なんだヘンリー、難しい顔をして」
直前まで俺を褒めたたえていたはずのヘンリーが、うってかわって難しい顔をしてきた。
「陛下不在の際の留守なのですが……」
「……ああ」
俺は小さく頷いた。
ヘンリーは直接その名を口にしなかったが、オスカーの事だった。
オスカーが今でも帝位を狙っているのは半ば公然の秘密で、当然ヘンリーもその事を知っている。
もともと、先帝たる父上が重用していた親王は、俺とヘンリーとオスカーの三人だ。
それは、俺達三人が親王の中でもっとも能力があるからの登用だ。
父上が俺に帝位を譲位した後も、俺はヘンリーとオスカーをそのまま重用した。
一つは、父上の悲願を成就させるため。
最終的に俺が皇帝のまま、ヘンリーとオスカーと手を取り合って治世を長らえる――というのがもっとも父上の歴史的評価を上げることになる。
……歴史は勝者が作るものだから、その気になればいかようにもできるのだが。
もう一つは――純粋に人は宝という話だ。
父上がヘンリーとオスカーを重用したのはわかる。
父上の息子の中で、存命しているのは20人弱。
その中で飛び抜けて優秀なのがこの二人だ。
であれば、俺自身としてもヘンリーとオスカーの二人を重用したい。
したいのだが……オスカーの野心が延々と続くのが課題だ。
「恐れながら、私と陛下が同時に不在となれば――」
「みなまで言わなくてもよい」
「はっ」
俺は顎を摘まんで考えた。
留守をしている間に、いかにオスカーが変な気を起こさない方法を考える。
当然、オスカーにそのまま言うわけにはいかない。
オスカーは財務大臣として上手くやっている、欠かすことの出来ない重臣だ。
そして、野心があることを少なくとも表に出したことはない。
直接何かをするのは不可能だし意味がない。
ならば――。
「……留守役はセムにする」
「セム!? 皇太子殿下を!?」
ヘンリーは驚愕した。
当然である。
セムとは俺の第一子で、
「恐れながら、殿下は未だよちよち歩きの赤子でございます」
「そうだ。だから補佐をつける」
「補佐……」
「名目は……そうだな、摂政王がいいだろう」
「摂政王……」
その言葉を舌の上でころがすかのように、じっくりと吟味をするヘンリー。
「そうだ、摂政王だ。王位の中ではおそらくもっとも位が高かろう」
「はい、状況次第では皇帝すら上回る地位でございます」
「政務も権力もそうだが、場合によっては幼い皇帝の教育係も兼ねているからな」
「地位を与えてほだす……と」
「そうだな、信頼している、という意味でもある。そこまでやれば、例えその気になっても少しは思いとどまるだろう」
「……御意」
「もうひとつ手を打っておこうか」
「どのような?」
「シリアスに称号を与えておこう。そうだな……『忠』親王なんてどうだ」
「忠親王……」
「ヘンリーの事を信用してはいるが」
言いかけ、フッと笑い、おどけるように肩をすくめて見せた。
「余の兄弟の内、絶対に叛逆を考えないのが誰かと問われると――」
「なるほど、シリアスですな」
俺の言葉を引き継ぐような形で、ヘンリーも楽しげに笑った。
第六親王、シリアス・アララート。
先帝の息子、俺の兄弟の中でもっとも実直な男。
その実直さは頑固さですらあり、融通の利かない男でもある。
シリアスにとって、叛逆とか簒奪とかは一切あり得ない、考えることすらあり得ないほどのものだ。
その結果、シリアスはおそらく帝国で一番皇帝に「忠」実な男になる。
そのシリアスを忠親王にして、それとなくオスカーにプレッシャーをかける。
「称号付きの親王であれば、政治的にも対抗できますな」
「そういうことだ」
「さすが陛下でございます」
「……ヘンリー。皇帝親衛軍は今どれくらいある?」
「は? なぜそれを……いえ」
不思議に思って脊髄反射レベルで聞き返してきたヘンリーだったが、すぐにそれをやめて、俺の質問に答えるべく記憶を探り始めた。
「すぐに動かせるとなると、おそらくは3万」
「ふむ」
「親征に従軍させますか? 帝都ががら空きになりますが」
「がら空きがいいのだ」
「……なるほど」
ヘンリーは俺の意図を「半分」読めたようだ。
そうだ、皇帝親衛軍を帝都から出して、万が一にもオスカーに使われないようにする。
「では親征に――」
「いや、ジェシカのところに送ってやれ」
「妃殿下の?」
またまた驚くヘンリー。
今の驚きはさっき以上のものだった。
「失礼ながら、妃殿下には兵の増派は必要が無い状態。それよりも陛下の周りに侍らし、御身の安全を守らせた方が」
「増援がいらないのは理解している、そこじゃない」
「では?」
「半公開でジェシカに命令をだす。帝国が危機に陥ったとき、皇帝親衛軍を率いて危機を排除せよ、と」
「……なるほど!!」
十秒ほどの間が空いて、ヘンリーは目を見開くほどの勢いで理解し、納得したようだ。
「それで半公開なのですな」
「そういうことだ。刃の先はヌーフ某とやらではない、賢い男がおのずとそれを理解してくれよう」
そう、オスカーほど賢く有能なら、親衛軍の矛先が反乱ではなく帝都の自分に向けられたものだとすぐに気づくだろう。
「さすがは陛下。政治と軍事を高レベルで融合させた名采配。深く感服致しました」
「いずれ……こういうのが不必要になってくれれば助かるのだがな」
褒められたが、俺は「それをしなきゃいけない」という状況に苦笑したのだった。
☆
出征の実務的な準備はすべてヘンリーに任せて、俺は街に出た。
迷い無く、一直線にアリーチェの店にやってくる。
表に呼び込みの小男がいて、そいつは精力的に呼び込みをしていたが、俺をみて一瞬ぎょっとした。
ぎょっとしたが、すぐに表情を切り替えて、直前までの呼び込みの威勢が嘘だったかのように黙り込んだ。
黙り込んで、俺を店の中に案内する。
昔からの顔見知りで、平服でも俺の顔を見るだけで誰なのかすぐに分かる。
俺が親王だった頃は周りに「親王様が来てくれた」くらいの勢いで歓待してくれたが、帝位に就いてからはうってかわってこうして控えめに接してくれる。
使い分けが上手いなと思って、男に100リィーンほどのチップを握らせてやった。
男は笑顔になったが、相変わらず何も言わないまま俺を店の中に通した。
アリーチェが歌っていた。
俺は店の中を見回して、隅っこにある席を指した。
目立たない席で、呼び込みの男は俺をそこに案内した。
席に着くと、ほとんど待たずに茶と茶菓子が出てきた。
俺はそれを軽く摘まんで、アリーチェの歌に耳を傾ける。
「……」
また上手くなったな。
アリーチェは俺が初めて見出した人間で、初めてパトロンになった人間でもある。
歌に才能とやる気が十二分にあったが、家の経済状況が芳しくなく、下手をすれば歌そのものを断念せざるをえない状況に追い込まれていた女だ。
才能はあるが環境に恵まれない――そういう人間に手を貸すのが貴族の特権と言える。
俺は彼女の生活費その他、金で片付けられる事を全部片付けて、アリーチェが心置きなく歌える様にした。
それから十年以上が経った。
アリーチェはいま、帝都で一番の歌姫として名をはせている。
皇帝が見出した才能――という経歴が彼女の人気を更に押し上げた。
俺はそんなアリーチェの歌に聴き入った。
歌が終わって、アリーチェが舞台袖に引っ込んだ。
俺は近くにいる別の店員に手招きして、10リィーンほどのチップを握らせた。
「裏に案内しろ」
「はい」
この店員も俺の顔を知っているクチだ。
余計な事を言わずに、俺を案内して舞台の裏に向かう。
こういうことはたまにあるから、俺が舞台裏に向かった事を見た他の客から多少のやっかみが飛んできたが、それ以上の反応はなかった。
舞台裏に入ると、アリーチェに出くわした。
「あっ、陛下……今陛下のところに行こうと思ってました」
「話がある。表は騒がしいからこっちに来た」
「そうなんですか。ではこちらへどうぞ」
案内した男とバトンタッチして、アリーチェは俺をつれて更に奥に入った。
舞台の裏にはいくつか控え室があった。
そのうちの一つ、アリーチェ専用であろう個室に入った。
部屋の中央に丸くそこそこ大きなテーブルセットがあって、俺はそこに座らされた。
座るなり、リヴァイアサンにそれとなく命令を出した。
リヴァイアサンでまわりを監視・威嚇させて、聞き耳を立てられるのを防ぐ。
「何かお飲みになられますか?」
「いやいい。それよりも話がある」
「はい」
アリーチェは静々と、俺の向かいに座った。
よく、この手の店の女は芸といっしょに体も売っているが、アリーチェはそうではない。
あくまで歌を歌っているだけだから、よくいる商売女と違って、俺の横じゃなく向かいに座ってきた。
「ここから先の話は、お前を信用して話す」
「――っ、はい、誓って口外致しません」
アリーチェは驚きつつ、真顔で頷いた。
「お前の時間が欲しい。最長で――一年はかかるかも知れない」
「はい」
アリーチェは即答した。
顔がほんのりと朱にそまった。
「心を込めて務めさせて頂きます。皇后陛下にはどのようにすれば無礼にならないのでしょうか」
「ああ、そういうことじゃない」
「え?」
「順番を間違えたな、一から説明してやろう」
俺はそういって、話を仕切り直した。
「西の方で反乱が起きた。余は皇帝として、兵を率いて親征する」
「……はい」
それと自分に何の関係が――という顔をアリーチェはしたが、それでも「はぁ……」とかそういう反応ではなく、戸惑いつつも「はい」と返事した。
「余の親征は敵側に伝わる。そこで、余は無能な皇帝を演じようと思っている」
「なるほど、それで私を侍らせるのですね」
「そういうことだ。お前は余が見い出した人間、なのに余はいっこうにお前に手をつけない。庶民の間で不思議がられている事を承知している」
「はい……私も、不思議でした」
「これもお前には本当の事を話すが、余が惚れ込んだのはお前の歌だ、色ではない」
「ありがとうございます」
アリーチェは声を震わせて返事をする。
嬉しそうな反応だ。
「それは庶民に言っても大して理解されないから言わないが、今回はそれを利用する」
「……皇后陛下の目が届かないのをいいことに、私を連れて行く――という筋書きですね」
「そういうことだ」
「さすが陛下……きっと相手も騙されましょう」
「そうだと楽だな」
俺は頷いた。
理解が早いアリーチェ。
最初に皇后――オードリーへの気遣いを見せていたから、皇后がらみの話はすぐに理解できたようだ。
「余はこの親征で、お前を侍らせて、酒色におぼれる皇帝を演じるつもりだ。お前の言うとおり、皇后の目から離れたのを幸いに、な」
「わかりました、喜んでご協力します」
「色よい返事助かる。数日中に迎えをよこす」
「はい、皇后様に見つからないようにここで待っていればいいのですね」
「そういうことだ」
俺は小さく頷いた。
「では頼むぞ」
「はい」
ここまで如何でしたか。
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