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107.為政者がすべき事

 宿に泊って三日経った昼過ぎ、部屋で前の日の政務文書に目を通していると、ドアがノックされた。


「ペイユか、入れ」


 顔を上げずに、ノックの音と気配で判断した。

 果たしてノックしたのはペイユで、彼女は入室して、俺に静々と一礼した。


「ご主人様、お客さまがお見えです」

「ふむ、誰だ?」

「第八親王殿下の家人って名乗ってます」

「わかった、通せ」

「はい」


 ペイユはもう一礼して、入ってきた時と同じ雰囲気のまま退出した。

 俺はそのまま政務を続けた。

 詳しい返事が必要なものだったから、頭の中で一度文章をまとめてから書き込んでいく。


 ノックが再びされた。


「入れ」


 許可をすると、ペイユの時よりも更に恭しい感じでドアが開かれた。

 入ってきた者が入り口近くで跪いたのが気配で分かった。


「リオ・レオ、天顔を拝し恐悦至極に存じます」

「うむ」


 俺は頷きつつも、途中だった書き物を続けた。

 細かい指示が必要だったから、全部書き切るまで五分近くかかった。

 ペンを置いて、更に内容のチェックに二分くらいかかった。


 指示の内容が問題ないと判断してから、ペンを置き顔を上げる。


 リオ・レオと名乗った男が頭を下げたままだった。

 肩で息をしてて、汗だくだ。

 見るからに急いできたのが分かる。


「立って良い。急いできたのか?」

「はっ。オスカー様のご命令で、『急行』で参りました」

「なるほど」


 急行、というのは急ぐ度合いの事だ。

 命令や文書を届ける時、その重要度によって急ぎ方が変わる。

 大まかには「急行」と「特急」の二種類がある。


 急行というのはそこそこに急ぐもの。

 馬を乗り継いで早く届けようとするものだが、その際馬を使いつぶしても構わない、というレベルの急ぎ方だ。


 特急は急行よりも更にワンランク上だ。

 この場合、馬に乗る人間の生死さえも問わない、とにかく急げというレベルだ。

 人間の生死も問わないのだから、同じ文書を持った人馬を同時に三組送り出して、どれか一組が生きて届ければいい、というものだ。


 滅多に使わないが、その上に「超特急」という、緊急の軍報の時くらいにしか使わない物がある。


 オスカーは自分の家人、さらには急行でよこしてくれた。


「落ち着いて話そうか。ペイユ、リオに椅子を」


 部屋の外にむかって呼びかけると、ペイユが椅子を一脚持ってきて、リオのそばに置いた。


 リオはすぐには座らず、その場でもう一度跪いて、


「ありがたき幸せ」


 といってから、立ち上がって、尻を半分にして遠慮がちに座った。

 これも作法の一つだから、とやかくは言わなかった。


「さて、オスカーはなんと言っている」

「はっ。財務大臣としては賛成ではあります、との仰せでした」

「反対する立場もあるということか」

「さすが陛下、ご明察でございます」


 リオは座ったまま軽く一揖した。


「一親王としては手放しに賛成できない、との仰せです」

「理由は?」

「両替税は施行してから100年以上、慣例となっていて、利権も多く絡む。それを取り上げてしまうと各地の代官、および引退した大臣の反発度合いが予想できない、と」

「引退した大臣? ……ああ」

「……さすがでございます」


 リオは神妙な顔で頭を下げた。


 オスカーの言うとおり、そこは確かに危惧するところだ。

 親王の家人の他にも、宰相級の大臣が騎士選抜の選考官になって、子飼いを増やすことがある。

 俺がシャーリーを選んだのと同じようにだ。


 そしてその子飼いを代官として出すこともままあること。

 そしてその子飼いらは、慣例として自分を選出した大臣に上納金を差し出すことが多い。


 その上納金がどこから来ているのか――大半が両替税である。


 そして大臣らの多くが、どこかの親王の家人である。

 皇后オードリーの実家、雷親王も、家人から三人くらい宰相を排出している。


 つまり、両替税を取り上げると言う話になると、必然的に引退した大臣らを敵に回し、さらにはその背後にいる親王を敵に回しかねない。


 オスカーが財務大臣としては賛成だが、親王――皇族としては手放しにはいかないと回答をよこしてきたのはそういう理由だ。


「……オスカーが預けた言葉はそれだけか?」

「え?」

「オスカーの事だ、今の話を聞いた余がどういうのかも予想はついているのだろう?」

「……さすが陛下、このリオ・レオ、心から感服致してございます」


 リオはそう言って、一度椅子から立ち上がって、跪いて俺に深々と頭を下げた。

 そしてまた立ち上がって、椅子に座り直して、俺を真っ直ぐ見つめる。


「ご明察の通り、オスカー様はこうおっしゃってました。『陛下は様々な慣習に手をつけておられるから、その理由では引かないだろう』と」

「その通りだ」


 最初に手をつけたのは皇女の夫婦関係だ。

 皇女は民間人に降嫁しても、慣習として身分は維持されるから、夫婦であっても主従のような関係性になる。

 夫が妻に会うにもいちいち申請や許可が必要で、それはまともな夫婦関係とは言えないから、俺が皇帝の勅命で廃止してやった。


 帝国のそれこそ初期から続いてきた慣習ではあるが、政務には関係のない夫婦の関係。

 さらには夫――男が抑圧されるという状況に、各世代の親王達が改善には好意的で、最悪でも「好きにしろ」程度の感想だったからスムーズに改革が出来た。


 もともと、皇帝としていくつかの慣習を改革しようと思っていたところに、降って湧いたその話を利用した。

 それによって、オスカーなど一部の親王・大臣らには、俺が慣例に手をつけたがっている皇帝だとしっかり認識された。


 今回もそうだ。

 両替税に手をつけようとした俺を、オスカーは立場から諫めつつも、どうせきかないだろうと予測していた。


「やっぱり人材だよな……」

「はあ、それはどういう?」

「いやなんでもない。話はわかった。オスカーにはすすめるように返事しろ。詳細は余が帰朝してから詰める、と」

「はっ」

「……方向性だけ伝えておく」

「拝聴致します」


 リオは再びたって、俺に跪いた。

 跪いたまま、俺の命令を受ける。


「前提として代官から取り上げる。しかしただ取り上げたんじゃ反発はある。そこで両替税分の金をそうだな――ボーナスという名目で代官に配る」

「……っ」


 リオは驚いて顔を上げた。

 しかしなにも言わなかった。

 皇帝が親王に言付けをする場面、自分はいわば伝書鳩だ。

 そこに自分の意見や言葉を挟むのは不敬罪に当る。

 親王の家人として、リオはそこをよくわきまえているから驚いただけでなにも言わなかった。


「言いたいことはわかる。それじゃ取り上げる意味がないだろうなのと、下手したら赤字になるだろう? ということであろう」

「……」


 リオは無言で頭を下げた。

 おっしゃるとおりでございます――という無言の返答だ。


「雑費もいるから、両替税は一部引き上げる」

「――っ!」

「逸るな、続きがある。私腹を肥やすためではないのだから、一部あげるが全体的には横ばい程度になる。とはいえ、それでも上げるという事に不満を持つ民がでるだろう」


 リオは再び無言で頭を下げた。


「そこでもうひとつ、永久に増税しない、という布告をだす」

「ーーっ!」

「少なくとも余の在位中は永久に両替税を増税しないというものだ」

「……」


 リオの表情がものすごく複雑なものになった。

 驚き3割、困惑7割ってかんじだ。


「何に引っかかっている? 許可するから言って見ろ」

「ありがたき幸せ。なぜ増税しない事を代わりに打ち出すのでしょうか」

「国が民に与える一番大事なものは何かわかるか?」

「えっと、金……いや職……衣食住、でしょうか」

「70点だ、わるくない」

「ありがとうございます!」

「それらをひっくるめて、希望や期待を与えるのだ」

「希望……期待……」

「そうだ、希望や期待を持てるようにするのが国の、為政者の務めだ。金も職も、衣食住すべてが生きるための希望や期待に含まれる」


 一拍おいて、俺は更に続ける。


「永久に増税しないというのもその期待を作る一環だ」

「なるほど……さすが陛下。感服致しました」

「うむ。今の話をオスカーに伝えろ。原文を復唱していい。オスカーならそれで上手く草案を練ってくれよう」

「はっ」


 リオはもう一度頭を下げて、それから退出した。


 出て行ったリオを見送ってから、俺は立ち上がって、窓から外をみた。


 オスカーは有能だ、この話で気づくだろう。

 この話の本質はむしろ民じゃない、役人の体制・体質そのものを変える一発目の策だ。


 私腹を肥やす手段を取り上げた、しかし補填はしてやった。

 それでもなお何かの形で私腹を肥やそうとするのなら今度は許さない、という事だ。


 俺は、オスカーに色々便宜を図っている。

 帝位以外、望むものなら大抵は与えてやれる。


 そこまでやってるのに、それでも帝位を狙ってくるようなら……。


 オスカーはきっと、読み取れるだろう。


「帝位は諦めてくれ、兄上。それは父上の名を汚す」


 窓の外を眺める俺のつぶやきは、誰の耳にも届くことなく、砂漠の烈日に溶けて消えるのだった。


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「GA FES 2025」にて本作『貴族転生、恵まれた生まれから最強の力を得る』のアニメ化が発表されました。

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