10.初めてのお宝
「ご主人様、何を考えていらっしゃるのですか?」
「ん? ああ、ゾーイか」
顔を上げると、よく知っているメイドが配膳ワゴンのそばで、何故か心配そうな顔で俺を見つめていた。
ここ最近、彼女と顔を合わせる事が多くなった。
彼女の故郷、水害に遭った村を丸ごと買ったあと、少しでも恩返しをしたいって申し出があって、それで屋敷での仕事を増やしてやった。
恩義を感じているからか、よく働いて細かい気遣いも出来る様になった。身の回りの世話をやらせる分には悪くない。
今も、屋敷の広間で考えごとをしている俺のそばに侍って、色々と世話をしている。
「今度の騎士選抜の選考官になったのは聞いてるな? それをどういうやり方でやった方がいいのかって考えていたんだ」
「なるほど!」
「騎士選抜の事は知っているか?」
「はい! 私達庶民の唯一の登竜門、腕に覚えのある人は皆それを目指して日々鍛錬してますよ」
「だろうな。まあ、それでどういうやり方をしたらいいのかって思ってな。……お前の村にも挑戦者がいるのか?」
「はい、私の村からは毎年一人」
「そうか。まあ今年は俺が予選を取り払ったから。いくらでも来て良いぞ」
「……はい」
ゾーイの曖昧な返事が気になった。
「どうした」
「申し訳ありません!」
「気分を害したとかじゃない。それより今何を思った、言え」
「たいした事じゃないんです。うちの村から一人なのは予選とかじゃなくて、都までの旅費と、あと滞在費のせいです」
「うん?」
「都は、物価が高いです。村の皆がカンパしてようやくその一人分の滞在費がまかなえます。ですから……」
そう言って、複雑そうな表情をした。
なるほど、そういうことか。
「……それって多いのか? 村が金を集めて一人を送り出すのって」
「はい。それで村の期待を背負って出てくるのですから、皆すごく真剣に――」
「よし、だったらそれを取っ払おう」
「――えっ?」
ゾーイはきょとんとした。
「取っ払おうとは、何をですか?」
「旅費と滞在費だ。出来るだけ多くから選びたいのにそんな事で才能を逃しちゃたまらん。よし、希望者には都にいる間の衣食住を全部俺がもとう」
「そ、そんな事ができるのですか?」
「出来る」
俺ははっきりと言い放った。
「今度の騎士選抜は俺が責任者だ。俺が金を出すだけの話だ、今この瞬間で決められる」
「そうではなく……それは、ものすごくお金が掛かります……」
「だれか」
俺の呼びかけに、男の使用人が入ってきた。
俺はそいつに、都に今ある空き家の数を調べて来いと命じた。
空き家を片っ端から買いあさってそれで足りるのならよし、足りないのなら新しく寮みたいなものを建てるまでだ。
それと食べ物だ、人数次第では、村か小規模な街を一つまかなう分を調達する必要がある。
十三親王邸と付き合いのある穀物商人はどこだっけなと、記憶の中を探る。
「ご主人様……すごいです……」
頭をフル回転させる俺の横で、ゾーイは逆に、ポカーンとしていた。
☆
穀物商人のところに行った後の帰り道。
騎士選抜の期間中は安定した量を供給してくれるという言質を取った後、俺は満足して帰路についていた。
都の大通りは今日も様々な人間が行き交っている。
この中にも才能はいるのか? そう思うと、一人一人捕まえて話を聞いてみたくなってきた。
ふと、通行人達が次々と立ちどまって、左右に割れた。
それで出来た道の向こうから、一台の馬車が。
通行人を止めて優先的に道を使う馬車、それにあの紋様は――。
「ノアじゃないか」
馬車が俺の横にくるとそのまま止まった。
馬のいななきがやんだ後、馬車の中から一人の青年が顔を出した。
「兄上」
俺はその場で軽く一礼した。
オスカー・アララート。
陛下の八番目の子供で、俺の兄だ。
もちろん同じく親王。通行人が道を譲ったのはそのせいだ。
親王の中でもっとも善人と言われているオスカーは、優しい顔のまま話しかけてきた。
「こんな所で何をしているんだ?」
「ちょっとぶらぶらしていました。兄上は?」
「コバルト通りに行くところだよ。そうだ、ノアも一緒にどうだ?」
「……分かりました、ご一緒します」
別に断る理由もないから、俺は誘いに応じた。
御者がさっそく馬車に乗せるための踏み台を下ろしたから、それを使って馬車に乗り、オスカーの向かいに座った。
俺が乗った直後、御者は慣れた手綱捌きで馬車を再び動き出させた。
「聞いたよ、今度の騎士選抜、ノアになったんだってね」
「早耳ですね兄上」
「陛下がしきりに君のことをほめていた。あんなに嬉しそうにしてる陛下、何年ぶりだろうか」
「そうなのですか?」
「うん、少なくともノアが産まれてからは初めてだ」
「なるほど」
オスカーと騎士選抜について話す。
オスカーに早耳だとはいったけど、陛下ほどじゃないようだ。
騎士選抜の話は知っているが、俺が早速都へ上る者の衣食住を保障するために動いてる事までは知らないようだ。
まあ、陛下のあれが異常すぎたとも言える。
しばらくして、馬車は別の大通りの入り口にやってきた。
「ここから先は歩きだよ」
「馬車はよろしいのですか?」
「ここは自分の足を使って宝探しを楽しむところだからね」
オスカーは無邪気に笑った。
もう青年という年齢なのに、子供のような笑顔がよく似合う人だ。
俺たちは馬車を降りて、目の前にあるコバルト通りに入る。
コバルト通りとは、骨董商が密集している場所だ。
店を構えているのもいれば、露店を出している者もいる。
帝国中の骨董品は全てここに集まってくるのだが、同時に偽物も多く集まる。
まさしく玉石混淆のこの小さな町で、自分の目を使って本物のお宝を探し出すのが、貴族のたしなみとされている。
「ノアはここに来たことは?」
「話はよく聞きます。実際に来たのは初めてです」
「そうか」
「結構お金が掛かると聞きますので」
「そうでもないぞ、一万リィーンでも持ってくればとりあえずは事足りる、本物の掘り出し物を見つけても手付け金としては足りる」
「なるほど」
都の成人男性が一月に稼ぐ金が平均で十リィーンだ。
一万というのは決して小さい額じゃないが、本物のお宝と出会うとそれくらいは必要だ。
俺はオスカーと一緒に歩いて回った。
店に入って掘り出し物とやらを見たり、露店にでて陳列されてるものを眺めたり。
「絵画とかもあるのですね」
「ああ。まあ、絵は大抵が偽物だがな」
答えるオスカーは、ここに来た時ほどの熱意はなくなっていた。
お宝を見つけられないでいるせいで、テンションがはっきりと下がってきてるのが見て取れる。
まあ、そうポンポンお宝が見つかる訳でもないだろうけどな。
俺はそう思いながら、露店に並んでるものを適当に持ち上げて、まじまじと眺めたりした。
骨董品とか美術品とか良くわからない。
傾向としては、ちゃんと店を構えてる所の方がなんとなくいいものがあって、露店の方がガラクタばかりに見える。
それも先入観かもしれないが。
そんな事を思いながら、俺は露店から一冊の本を手にとった。
分厚いカバーの、かなり古い本だ。
「――っ!」
瞬間、手が止まった。
「どうしたんだいノア」
「……これ、いくら?」
「三リィーンだよ」
ポケットから言われた額を取り出して、店主に渡す。
そしてそれをまじまじと見る。
「どうしたんだいノア、そんな怖い顔でそれを見つめたりして」
「……」
「それがどうした……って、ちょっと見せてノア」
オスカーは何か思い出したかのように、俺の手首を掴んで、古い本をまじまじとみた。
この行動に、逆に俺が「どうした」となった。
「兄上?」
「これは……ああ、間違いない。ノア、これはお宝だよ」
「お宝?」
「ああ。これは大魔術師アンドレアの魔術書だよ。しかも原典だね」
「……」
「よくこれがお宝だって分かったね。すごいじゃないかノア」
オスカーに微笑み返して、俺は再び古い本――魔術書に視線を落とした。
これがお宝だとは知らなかった、俺はこれを手に取った途端あるものが変わったのが見えただけだ。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E+SS
力 F+F 風 F+F
体力 F+F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F+F
運 F+F
――――――――――――
俺のステータスだ。
いつも視界の隅っこにあるそれが動いた。
風の所に「+」がついた。
間違いなくこれのせい、だから三リィーンを払って手に入れた。
歩きながら魔術書を眺める、オスカーは横でまだ言っていた。
「どうやらかなり後期に書かれたものだね。内容にもよるけど、一千リィーンはくだらないだろうね。いやあ、すごいな、初めてのコバルト通りで本物を、しかも露店の中から探し当てるとは」
「……感じる」
「え? 何を」
俺は立ち止まった。
本をもったままレヴィアタンを突き立てる。
「ノア!?」
驚くオスカー、それを無視してレヴィアタンを突き立てる。
レヴィアタンから教えてもらった。
魔道書をもってステータスが上がったのが不思議だった。
俺の能力の「+」は人間を配下にした時だけだ。
それを不思議がっていると、レヴィアタンから、魔道書の中に魂が封じ込められていると教えられた。
その魂を一目見ようと、レヴィアタンに言われた通り剣を本に突きつけた。
すると――本から黒い影が出てきた。
出てきた影は人の形をしていたが、目に瞳孔がなくて真っ白、体の周りからも物々しいオーラが立ち上っている。
「まさか! 本人の魂を封じ込めた禁書!? 逃げろノア! そいつは風を極めた――」
オスカーが言い終えるよりも前に俺が動いた。
俺を動かしたのは、狂犬で忠犬のレヴィアタンだ。
レヴィアタンはそいつが現われた直後に、今までで最大級の敵意を向けた。
だから俺は即動いた、魔剣を一閃、出てきた男の首を斬りおとすなり、返す刀でレヴィアタンの必殺技、あの水柱をぶっ放した。
放物線を描く首と、魔道書にくっついていた胴体。
水柱はそれをまとめてぶっ飛ばした。
ステータスから「+」が消えた。
もったいないが、レヴィアタンの敵意は実質警告だったから、こうした方がいいと思った。
「そういえばさっき兄上は何かを叫んでいらっしゃったけどあれは――兄上?」
気づけば、オスカーは俺を見てあんぐりと口を開きっぱなしで、ポカーンとしていた。
「どうしましたか兄上」
「お前……いつの間にそんなに強くなったんだ?」
兄上は、本気で驚いていた。