01.貴族転生
自分が新しい命に転生したと、すぐには気づけなかった。
見あげた天井は知らない天井だったけど、視界の隅っこに見えているステータスは実家のような安心感がある、いつもの光景だったから。
まだ少し寝たりない、二度寝するために灯りから目を逸らそうと寝返りを打とうとしたが、何故か動かなかった。
寝返りが打てない、そもそも手足が動かない。
「あー……」
それどころか声もまともに出ない。
どうしたんだ一体、なんで動けないんだ。
唯一動かせるのが目だけらしく、左に右にきょろきょろした。
すると、気づく。
――――――――――――
名前:なし
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E
力 F 風 F
体力 F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F
運 F
――――――――――――
レベルが何故か1に戻っているし、名前も「なし」になっている。
それに「∞」ってなんだ? そこにあるのはレベルの上限で、俺のはお世辞にも高いとは言えないけど、毎日見続けてきたから「8」ではないことは間違いない。
おかしい、何かがおかしい。
一体、何が起きてるっていうんだ。
――っ!
いきなり上から顔をのぞき込まれた。
見たことのない、めちゃくちゃ綺麗な女の人だ。
その女の人が俺を見つめる、優しい目で見つめて――いや見守っている。
表情から滲み出る母性。全てを許し慈しむような表情。
……母さん?
何故かそう思ってしまった。
いや,俺のおふくろは横に広くて、会う度にやかましくウザいことを言うババアだ。
こんな綺麗で優しそうな人にそんな事を思ったら失礼だ。
女の人はますます優しく目を細めて、俺のおでこを撫でてくれた。
やっぱり……母さん。
訳が分からない、でもやっぱりそう思ってしまう。
優しい手つきに撫でられているとすごく安心する。
こんなの、今まで感じたことのないことだ。
このまま身を任せて、眠ってしまいたい――と思ったその時。
ガタン、と音を立てて、離れた所でドアが開く音と、複数人の足音が聞こえた。
「陛下!」
陛下?
綺麗な女の人がびっくりして音の方を見たが、その呼び名に俺はもっとびっくりした。
「よい、そのままにしておれ」
威厳のある声の後に、足音がこっちに近づいてきた。
女の人と入れ替わりに、今度は髪が真っ白な、六十は確実に超えているじいさんが顔をのぞき込んできた。
「ふむ、いい顔だ。目もとにお前の面影がある」
「ありがとうございます。わたくしには、口元が陛下そっくりに見えます」
「そうか。うむ。お前が言うのだからその通りなのだろうな」
え? 面影とか、そっくりとか……。
なに、俺がこのじいさんと若い女の人の子供だってのか?
ここで体が少し動けるようになった、顔の横に腕を持って来れた。
視界に入ったのはぷにぷにした赤ん坊の腕だった。
これが……俺?
俺は赤ん坊になっている?
なぜ?
「それよりも陛下、この子に名前を」
「うむ、それならもう決めてきた。この子はノア」
「まあ……素敵な名前」
じいさんが宣言した直後、視界の隅っこにあるステータスが変化した。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E
力 F 風 F
体力 F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F
運 F
――――――――――――
さっきまで「なし」だった名前が「ノア・アララート」に変わっている。
これが俺の名前? さっきまで本当に名前がなかった?
産まれたばかりの赤ん坊……だったから?
「陛下」
じいさんの更に向こうから、若い、落ち着いた男の声が聞こえてきた。
「ノア様の身分なのですが」
「無粋な事をいうな。余の子だ、親王にきまっておろう」
「ありがとうございます!」
じいさんの言葉を聞いて、女の人が声を震わせるほど感動した。
複雑な事情……あったりするのかな。
ってかそれよりも!
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E
力 F 風 F
体力 F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F
運 F
――――――――――――
俺のステータスにまたしても変化が起きた。
名前の下、空欄だった肩書きの所が「アララート帝国十三親王」に変わった。
ちょっと前まで、ここで目覚めるまでは「村の青年」だったのに、ものすごい変わり様だ。
というか、本当に俺が?
親王って言えば、皇帝の実の息子の称号、皇族の中の皇族。
それが……俺?
「クルーズ」
「はい」
「ノアの適性は?」
「お生まれになった直後の診断では、水がEと、もっとも適性があるとお見受け致しました」
「水か。候補は?」
「水の一族が多く住むアルメリアという地がございます。ノア親王の良き守護者になるかと」
「うむ、ではノアの封地はそこだ。万事滞りなくすすめよ」
「御意」
三回目になると驚きも薄れる――というのが普通だが、そんな事はまったくなかった。
むしろ今までで一番びっくりした。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 E+S
力 F 風 F
体力 F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F
運 F
――――――――――――
能力の水属性のところが、「E」から「E+S」になった。
こんなのはじめて見た。
「+」ってなんだ? こんなのあるのか?
いやない。
俺は芝居を見るのが好きだ。
特に英雄の事績をモデルにした芝居が一番好きだ。
実在する英雄達のステータスを眺めながらみる芝居は最高だ。
今まで見てきたどんな英雄でも、こんなステータスはなかった。
なぜ? どうして?
そんな俺がパニックになっている横で、話は更に進む。
「これで一段落だな? 余にこの子の能力を見せよ」
「御意」
若い男が応じて、俺の頭の上に手が伸びてきて、その手が放った光が俺を包んだ。
直後、俺の体の上にステータスが浮かび上がる。
ステータスを、他人にも見えるようにする魔法だ。
それが現れた途端、俺も、じいさんも、女の人も、若い男も。
部屋の中にいる全員が一斉に息を飲んだ。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
アララート帝国十三親王
性別:男
レベル:1/∞
HP F 火 F
MP F 水 SS
力 F 風 F
体力 F 地 F
知性 F 光 F
精神 F 闇 F
速さ F
器用 F
運 F
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「おおお! これが余の子か」
「うそ……生まれた時よりも、すごい……」
「既に覚醒したというのかノア様は、この幼さで?」
全員が、「SS」という「強さ」にびっくりしているのに対し、俺は違った。
「+」がない事に俺は驚いた。
俺が見える、本人だけが見えるステータスの水の所は「E+S」、だけど魔法をつかって、誰でも見えるように出したステータスは「SS」。
俺だけが見える真実。
そう、俺だけが。
大人達が驚き、喜んでいる中。
俺はもっと、俺だけの「+」について考えた。