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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
アイラブ☆吾が君
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 一方飛香はその頃。


「お帰りなさい」


 兄の帰りを出迎えたところだった。


「ただいま」


 何しろ兄碧斗は最近とても忙しい。職場である藤凪流本部と自宅とは同じ建物であり、エレベーターを上るだけで帰宅できるが、それでも九時前に帰れることはまれだった。

 食事だけ済ませてまたすぐ本部に戻る。そんな日々がずっと続いている。


「どうした? 辞める話はしたの?」


 飛香から、実は仕事を辞めたいと思っている。そう聞かされたのは昨日のことだった。平安の都に帰ることも含め、それまでの一か月ひとりで考えたいと。


「はい。アラキさんに言ってきました」


「そうか。じゃあどうする? しばらく那須に行ってるか?」


「そうですね」


 すっと瞼を伏せた飛香の目元が、少し腫れているように見える。


「――飛香?」


「あ、ごめんなさい。なんだかちょっと目にゴミが入っちゃって」


 実は帰ってきてからずっと、飛香は部屋にこもって泣いていたのだった。

『ごめんなさい。これから十月までひとりになりたいんです。そのあと連絡します。それまで待ってくれますか?』


 一週間前洸にそう言った時、飛香は居ても立っても居られない心理状況にあった。

 結果的には単なる早とちりだったが、妊娠したかもしれないと思っていたからだ。借り物の体なのにどうしよう、泣いて済む問題じゃないとただただ申し訳なさで押しつぶされそうになっていた。


 それでもあの夜のことを後悔はしたくはなかったし、洸を恨む気持ちは微塵もなかったが、自分のことだけは責め続けた。勘違いだとわかってからも、ずっと。

 本当は西園寺家での仕事を辞めたくはなかった。この先アスカと話し合うまでのひと月の間、洸とふたりきりにはなれなくてもせめて、西園寺邸で彼の温もりを感じていたかった。


 でも、お昼休みに洸が帰って来た時、その笑顔を見て、このままじゃだめだと思った。いつまた自分を見失ってしまうかもしれないと。

 辛さに耐えながら絞るように出した結論は、辞めることだった。

 西園寺邸にいる間はずっと涙を堪えていたこともあって、家に帰った途端たがが外れたように涙が溢れ出たのである。


 ――飛香?


 碧斗は妹とゆっくり話をする時間もなかった。

 碧斗自身の仕事が忙しかったこともある。

 時折、青銅の鏡を通して現代に来ていた蒼絃も、十月の二人のアスカの再会に向けて力を温存する必要があり、ここしばらく碧斗の体に入ってくることはなかった。

 より不思議な力を持つ蒼絃なら、飛香の変化に何か気づいたかもしれない。

 でも碧斗は、飛香がすっかり現代での生活に慣れてきていると安心していたこともあって、気づいてあげることができなかった。

 そんな事情はさておき碧斗は慌てて考えた。


 ――飛香が泣く理由……洸?


「何があったんだ?」


「ご飯の用意、しますね」


「ちょっと待って飛香。話をしよう。ここに座って」

 椅子を引いて座るよう促した。


 涙を拭いながら、ゆっくりと飛香が座る。

 そんな妹を前に、碧斗は高速で記憶を呼び戻した。洸が送ってきたあの日、叱ったこともあって飛香はしゅんとしていたが、落ち込んではいなかった。


 ――まさかと思うが、洸と何かあったのか?

 碧斗はハッとした。


 実は洸以上に恋愛というものに関心のないこの男は、妹の心の動きに気づいていなかった。碧斗にとって、飛香はどこまでも可愛らしい子供のままの妹なのである。


「お前、もしかして……」

 ――あの日、洸と一晩を共にしたということはそういうことなのか?


 そう思って繁々と飛香を見れば、なんとなくだが大人の女性の色香が感じられなくもない。

 あいつとそういうことになったのか?とはさすがに聞く勇気はない。


「好きなのか? 洸のことが」

 そう言葉にするのが精一杯だった。

 果たして飛香は、ゆっくりと頷いた。


「好きです……。でも、平安の都にいるアスカが戻りたいと言ったら私戻らなきゃ……」

 息を呑み、碧斗は絶句した。

 目の前にいる愛すべき妹は、かつて見たこともないほど打ちひしがれている。


 ――どうして今まで気づいてあげられなかったのだろう。

 そんなに悩んでいたのか? 飛香。


 ピンポン。ピンポン。ピンポン。

 立て続けにインターホンを押しまくると、ムッとして碧斗が現れた。


「なんなんだいったい。飛香ならいないぞ」


「お前に話がある」


 溜息をついた碧斗が洸に入るよう促した。


「で、なんだ?」


「お前はわかってるんだろう? わかっていてどうして反対するんだ」


「何を言ってるんだ?」


「しらばっくれるな。平安時代のアスカがどう思っているかなんて、お前ならわかっていて当然じゃないか。なのにどうして十月まで飛香を待たせるんだ。言え、平安時代のアスカは今誰とどうしてる?」

 ツンと横を向いた碧斗を無視して、洸はずかずかと奥へ入っていく。


「洸!」


 向かった先は小さな和室。青銅の鏡がある部屋だ。


「やめろ! 洸」

「どけっ」


 鏡を覆う布を外すと、洸は鏡に向かって叫んだ。


「アオト! 出て来い。そこにいるんだろう!」


「やめろ、無理だ」


 碧斗が呆れたようにため息をつくが、洸はやめない。


「兄だからって、妹を悲しませて許されるのか! お前は知っているんだろう? どうして事実を飛香に教えてあげないんだっ!」


 ため息をつきながら碧斗が言う。


「その事実がお前の希望通りじゃなくてもか?」


 洸は不敵に笑った。


「西園寺洸を舐めるなよ」


「はぁ? どういう意味だ?」


「変わらないってお前も言ったじゃないか。千年前だろうが千年後だろうが、僕は変わらない。西園寺洸の根幹は何も変わらないんだ。わかるか?」

 碧斗が眉をひそめる。


「千年前でも僕が好きだったのは。愛したのは、飛香だってことだよ」


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