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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
アイラブ☆吾が君
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「飛香、仕事はどう?」


「楽しいです!ほんとに。なんていうか働いてお金をもらうっていうことが、すごくうれしくて。私でも出来ることがあるって教えてもらえてアラキさんには本当に感謝してます」


「そっか、よかった。英語の方はどう?家政婦さんに教えてもらってるんでしょ? 嫌にならない?」


「はい。新しいことを覚えるのは楽しいです」


 それは嘘じゃなかった。全てが楽しい。

 何しろ平安の都で、貴族の姫が働くことはとても限られていた。宮中で女官になる他は道がない。こんなふうに働きたいという理由だけで、女性でも仕事をできるということがどれほど幸せなことか。

 でも、飛香はその思いを口にはしなかった。


 兄からは、秘密を打ち明けたと聞かされている。でも、洸は一切そのことを口にはしないし、飛香自身も知らずしらずのうちにその話は避けている。


 それでも話は尽きない。

 ついさっき見た映画の話や、スーパーでの買い物をした時の話。あっという間に時間は過ぎた。


「そろそろ準備しますね。今度は私の番です。洸さんは待っていてください」


「はーい。よろしく」


 洸はキャビネットから雑誌をいくつか取り出してローソファーに腰を下ろす。

 いつの間にか流れている音楽は、明るく穏やかで心地よく耳に響いてくる。


 ――さて。

 飛香は材料を並べて、手順を考える。

 調理してそのままテーブルに出せる鋳物の鍋をいくつか取り出した。

 そうするうちにも自然と顔がほころんでくる。


 飛香は料理が好きだ。

 空調が管理されているお蔭で、暑い真夏だというのに火を使っても熱くはない。更に言うなら、IHクッキングヒーターなので火も無い。調理器具はなんでもあるし食材は選び放題だ。

 平安の都ではこうはいかなかった。そもそも料理をすることはなかったし、貴族の姫が調理場に行くこともない。

 そう思ううち、ふいに朱鳥となって平安の都にいる本当のアスカの姿が脳裏に浮かんだ。

 想像の中で十二単を着ているアスカは、悲しげに俯き、ため息をつく。


 ――後悔しているだろう……。

 自分はいい。不自由な世界から便利で自由な世界に来たのだから、楽しいことばかり。


 ――でもアスカは……。

 トントントントン野菜を切る音がピタリと止まり、重たい気持ちがため息となって、唇からもれた。

 自分でもわかっている。最近何かにつけそんなことを考えてしまうのは、ここにいたいと思う気持ちがどんどん強くなってきたからだ。

 せっかくの洸さんの誕生日に、ため息なんか駄目。そう思いながらふと視線を上げると、洸と目が合った。

 洸は、いつものように底抜けに明るい笑顔で微笑む。

 つられてクスッと笑う。


 ――洸さんは、本当に太陽のような人。


 それからは、余計なことは考えず料理に集中した。

 ローストビーフができあがると、次々と他の料理も完成した。


「あー、いい匂い」


「お待たせしました」


 立ち上がった洸は、出来上がった料理に感嘆の声をあげながら、早速皿を手に取り並べるのを手伝いはじめた。


「陽が落ちるのも、もうすぐだ」


「ふふ、綺麗な夜景、楽しみです」


 洸が出してきたワインは、洸が生まれた年のワインだった。

 暮れなずむ空は、二人で笑い合ってグラスを傾け食事を楽しんでいるうちに濃い闇を迎える。

 眠りから目覚めたように、街の灯りが輝き始めた。


「キレイ」


 吸い寄せられるように席を立ち、ほんのひと時ふたりで窓辺に立ち、夜の街を見つめた。

 鼻腔をくすぐる微かに甘く爽やかな香り。すぐ隣に立っている洸が好きなコロンの香りだ。灯りが揺れる街を見下ろして、その洸の香りに包まれながらふと、このまま時が止まったらいいのにと、ふと思う。

 でもそう思った次の瞬間には強く瞼を閉じ、飛香は疼く心を振り切って、席に戻った。

 アスカに会って話をするまでは、なんとしても気持ちを抑えなければいけない。

 ――この体はまだ、私だけのものじゃないのだから。


「洸さん、本当は今日の映画、退屈だったんでしょう」


「ん? そんなことないよ」


「えー、でも途中ちょっと寝てましたよね」


「あはは、バレた? 暗くなるとつい眠くなっちゃうんだよね」


 他愛もない話を沢山して、散々笑う。おかげで食も進み、飛香が作った料理はいつの間にか全て空になった。

 飛香が後片付けをする横で、洸が紅茶を用意する。

 テーブルの真ん中に置いたのは、バースデーケーキ。

 買い物をしたスーパーの近くで見かけた小さな洋菓子店で、選んだのは洸が好きなブランデーがたっぷりと沁み込んでいるというチョコレートのケーキだ。

 立てたロウソクは3本。1本は10年分だ。


 飛香がハッピーバースデーを歌い、洸がロウソクの炎を吹き消した。

 スマートホンで写真を撮る。

 笑った顔に変な顔。楽しさのあまりつい時間を忘れてしまう。

 ちらりと時計を見ると既に八時を回っていた。


 ――こんな時、お友だちは何時くらいを目安に帰るのだろう?

 飛香は悩んだが、全くわからない。

 とりあえず自分の中で目安を九時にした。今からおおよそ一時間後。

 そう決めたことにはっきりとした理由はないが、その時間を超えてはいけないと、自分の中の何かが信号を出しているような気がしたからだ。


 ふいに洸が部屋のライトを消して、カーテンを開け放った。


 ――え!?


 ガラス越しの夜景を見た飛香は、次の瞬間感動で心が震えた。


 ――なんて綺麗なの!

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