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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
初恋は叶わぬもの
42/57

13

 

「飛香。おはよう」

 ひらひらと手を振ると、飛香は満面の笑みを返す。


「おはようございます!」

 今日はもうこれだけで万事上手くいく、そう思わせる天使の笑顔だった。


 飛香に頼むのに丁度いい仕事がある。書斎の一角にある雑誌やカタログ。それらに貼った付箋が見える。付箋を貼ったページだけを電子化してまとめたいと常々思っていた。


 スキャナーの使い方を説明してその作業をしてもらおう。そう思い立ったのだ。

 コンコンと扉をノックして飛香がここに来るまでは。


「失礼します」

 今日の髪型はツインテールではない。両サイドの髪を後ろにまとめてリボンを付けている。


 艶々の額がなんともいえず可愛くて、目の前まで来た時にはつい……。


「飛香、キスして」

 そう言っていた。


「洸さん、それセクハラです」


「誰がそんないらない言葉を教えたんだ」


 飛香は頬を膨らませ、眉をひそめてジーっと睨む。


「はいはい、冗談です。仕事はあれね」

 睨む飛香の頭をポンポンと軽く叩き、積み上げた雑誌を指差しながら洸は、デスクに軽く腰を掛けた。


「飛香、仕事の説明の前に聞いて」


「はい?」


 洸は、真顔でジッと飛香を見つめ少し間をおいた。今から言うことはおふざけではないと、わかってもらうために。


「僕はお見合いをしたけど、あの時は飛香への自分の気持ちに気づいていなかったんだ。まず、それをわかってほしい」


 飛香は目を丸くする。


「飛香、僕は君が好きだ。今後僕はもうお見合いをすることはない。結婚するなら、君がいいから。いや、君しか考えられない」


「ど、どうしたんですか?」


「どうもしないよ。告白してるの」


「――でも」


「すぐに返事がほしいとは言わない。考えてみて。碧斗にも僕から話をしなきゃいけないし。もちろんご両親にもきちんとね。返事はそれからでいい」


 何かを言おうとして口を開けたものの、声を出せずにいる飛香に、念を押すように洸が言った。


「百人一首で、何が好きか聞いたよね? 今なら答えられるよ」

 ほんの少し飛香の瞳が輝いた。その輝きが消えないことを願いながら、洸はその歌を詠む。


「『あひ見ての 後の心に くらぶれば、昔はものを 思はざりけり』

 今の僕は、そんな気分だ」


 そう言って、にっこりと微笑んだ。


「さあ、話はおしまい。仕事の説明をするから、来て」


「あ、は、はい」



「失礼します」

 扉を閉じると、飛香は高鳴る胸に手を当ててため息をつく。


 ――どうしよう。

 トボトボと向かった先は、邸の奥。台所の隣にある管理用の事務室だ。


 扉は空いている。


 アラキは電話をしていた。受話器を片手に「はい。わかりました」と話しながら、飛香に振り向き口の端で微笑みかけた。

 壁側に並ぶのは、監視カメラ小さなモニターの数々、様々な書類が並ぶキャビネットや棚の備品。

 アラキの邪魔にならないように音を立てずそっと座った席は、アラキが飛香のために用意してくれた。机の上にはパソコンがあり、その脇には入力を任されている伝票などがある。


 間もなくアラキは電話を切った。


「何か頼まれましたか?」

「はい。スキャナーを使ってのお仕事を頼まれました」


「そうですか。では今日の仕事はそちらを優先してください」

「はい」と答える飛香には戸惑いの影がある。


 アラキはそれに敏感な反応を示し、隣の椅子を引く。

「とりあえず、お茶にしましょう」

 アラキはテーブルの上にあるポットからカップにコーヒーを注ぐ。まだ淹れて間もないコーヒーからは芳醇な香りが立ち上った。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


「どうしました? 交際でも申し込まれましたか」


 何を言わずとも大きく見開いた飛香の瞳が、その取りだと答えた。

 交際どころか、結婚したいと言われたのだから動揺は隠しきれるものではない。

 実はアラキが受けていた今の電話は、洸からの内線電話だった。今から藤原碧斗に会いに行くという内容の話だった。短い電話なので多くの説明はなかったが、飛香と結婚を前提に交際したいと言いにいくとだけ、洸は短く言った。



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