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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
初恋は叶わぬもの
37/57

 

「飛香さんはいつから西園寺家に?」

「今日から」


「えっ、それは、随分早いですね」

 早退するとか言い出すのだろうか?と想像し、いやいやまさかと軽く心の中で笑ってみた鈴木だったが――。


「常務、今日の昼食はどうしましょう? K社との打ち合わせは一時半からですし」

「お昼家に帰ろうと思うんだ。ちょっと忘れ物があってね」


 ――え?

 冗談のように予想が当たり、心の中で絶句する。


 忘れ物とは一体何なんですか? と聞きたい気持ちを飲みこんだ。


「ではご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか、そのままK社に向かいましょう」

「ああ、そうだね。そうしよう」


 こうなっては、見張るくらいの覚悟でいなければいけないかもしれないと、鈴木は気を引き締めた。

 とにかく彼にはこれからも先頭を切って先に進んでもらわなければならない。もちろん全力でフォローはしていくが、それにも限界がある。先日彼が体調を崩したように、心配なのは彼の恋が、彼自身を内から蝕む毒にもなりうるといういうことだ。


 そんなことを思い悩みながら、鈴木はチラリと上司を見た。

 彼は何食わぬ顔で書類に目を落としていたが、ふいに顔をあげた。


「このデータ、変じゃない?」

「はい?」


 洸がペン先で指したグラフを見た鈴木は息を飲んだ。


「――すみません。気づきませんでした」


「どうかしたの? 珍しいね、君がミスするなんて」

 返す言葉がないとはこのことだろう。


「すぐに修正します」

 眩暈がする思いで、鈴木は常務室を出た。



 お昼の西園寺邸。洸が車を降りるやいなや、玄関の扉が開き飛香が飛び出してきた。


「お帰りなさいませ」

 少し恥ずかしそうに頬を染め、キュと唇を噛む飛香の服装は――。


「おぉー、可愛いですね。メイド服ですか」


 鈴木はつい、同じようなエプロンをつけた自分の恋人を思い浮かべ、笑みを浮かべた。だがお昼休みとはいえ勤務中である。慌てて口元を引き締めた。


 飛香は純白の襟と袖口の濃いグレーのワンピースに白いエプロンを着けている。色は落ち着いているがその姿は可愛らしい。


 ――ん?

 服はいいとして、ツインテールにまとめた髪の可愛らしさは、どうなんだろう? メイドといよりも、もはやメイドカフェのウェイトレスではないか? そう思いながら隣を振り返った鈴木は目を見開いた。


 洸は、飛香を見つめたまま固まっている。

「常務?」


 何も言わない洸から目をそらし、飛香はシュンと俯いた。その刹那、ツインテールがクルンと揺れる。


「やっぱり似合わないですよね……」

「いや、いいんじゃないか?うさぎ。よく似合ってる似合ってる、可愛い可愛い」

 早口でまくしたてながら、洸は飛香の肩をトントンと叩き、抱えるようにして邸の中へ入っていく。


「飛香、午前中は何をしていたの?」

「アラキさんに教えてもらいながら、伝票の入力をしていました」


「へえ、僕の部屋の掃除はしないの?」

「入ってもいいのですか? もしよろしければ明日は私がさせて頂きます」


「うんうん、そうして。奥の仕事部屋以外は、自由に出入りして構わないからね」

「はい!」


 見上げる飛香を愛おしそうに見つめ下ろす洸は、そのまま彼女の唇にキスでも落としそうだ。


 ――誰かうそだと言ってくれ……。


 目の前で繰り広げられる光景は、どう受け止めたらいいのだろう?


 ポツンと玄関に残された鈴木に、アラキが笑いをこらえるようにして囁いた。


「わたしが洸さまにしてあげれることは、せいぜいここまでです」

「これから毎日、昼は帰ると言い出しそうで怖いです」


「そうかもしれませんね。休暇を餌に、なんとかがんばってください」

「――飴と鞭、ですか」


「なにしろ今までずっと仕事一筋でしたから。私はよかったなと、ある意味ホッとしています」

 前を歩くふたりを見つめながら、アラキがしみじみと言った。


 ――え?


「若には、どこまでも幸せであってほしいですからね」


 誰がその言葉を否定できるだろう。

 その言葉が鈴木の胸にグサリと刺さった。


 彼が恋に落ちたら見物だと笑っても、それは有り得ないと確信した冗談に過ぎなかった。

 西園寺洸は、どこまでも冷静な司令官のままでいなければならず、恋など鼻で笑うくらいが丁度いいと、それが本音だったのではないか。


 もしかすると自分は、どこかで彼を信じきれていなかったのかもしれない。どんな状況にあっても、彼が己の幸せのために他をないがしろにすることなど、あるはずがないのに。

 ――自分は恋人と過ごす安らかな時間を手に入れておきながら、秘書として失格だな。

「洸さまは、自分の幸せについて無関心が過ぎます。気をつけていないと、孤独の沼に沈んでしまうかもしれません。常に愛情をもって包み込んでくれる心温かな優しい女性が必要です」


「――そうですね、常務には弱さを知った上で強くあって頂きたいです」

「あはは。その通り、少なくとも女性の一人も愛せないようでは話になりません」

 そう言って、アラキは楽しそうに笑った。


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