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「医者には、ストレスではないかと言われたよ」
「というと、はっきりした原因もないわけですね?」
「このところ残業もしなかったし。調子が狂った。慣れない事もしたし」
チラリと鈴木を見た洸は、「どうせアラキから聞いて知っているんだろうけど、見合いのことね」と付け加えた。
「いかがでした? お断りになるとは聞きましたが」
「うん。まぁね」
「お断りになる理由は?」
「なんだろう?」と首を傾げた洸は、ふと思いついたように鈴木を振り返った。
「君はさ、どうして結婚決めたの?」
「え?それを聞きますか。うーん。彼女が好きで、ずっと一緒に生きていきたいと思ったからですかね」
「よくもぬけぬけと。まだそんな見えない理由を言うのか、君は」
みるみる眉間に皺が寄り、表情が険しくなった上司を見て、クックックと鈴木が笑う。
「正直に言ったんですけどね。もしかして常務は一度もないんですか?」
「なにが?」
「誰かを好きになったこととか。もしかして初恋もまだ?」
「甘くみてもらっては困るな。僕がそんな安売りをするわけないだろう」
「それは失礼しました」
笑いながら、キリキリと睨む上司を見るうちに鈴木はふと思った。
――もしかすると彼は、誰よりも情熱的な恋をするのではないだろうか?それがどんな女性なのかは、全く想像できないが。
考えてみれば、西園寺洸の女性の好みは、ずっと謎のままである。
見た目や性格が良いことは当然だろう。だが、どんな風に良ければ彼のお眼鏡にかなうのか。
青扇学園には百花繚乱とばかりに多才な女性が揃っていた。洸の親友でもありファッションモデルでもある蘭々は、鈴木の初恋の人でもある。
彼の周りにはかわいい系から一見冷ややかに見える美人まで、あらゆる女性がいた。言い方は悪いが、彼がその気になれば選び放題だったのである。
なのに洸はどんな女の子を前にしても、同じ微笑みを浮かべるだけでいつだって淡々としていた。
心を動かされた素振りさえ見せたことはない。
「なんだかとても楽しみです。常務がどんな方と結婚されるのか」
自然とそう語った通り、鈴木は本心からそう思った。
偽者の相手とはいえ今回のお見合いが不調に終わったと聞いた時、やはりという思いとは裏腹に、心の半分ではこのまま順調に運んでほしいとも思っていたのである。恋愛ではなくそういう形での結婚は、西園寺家にとっても会社にとっても大きな意義がある。
――ただし。
彼にとってそれが幸せかどうかは、わからないが。
「僕も楽しみだよ」
まるで他人事のようにそう答えた洸は、フッと口元を歪めて大きく手を伸ばした。
「すっかり体がなまったな。寝込んだのはたった一日なのに」
『大丈夫ですか?』
ふと思い出す飛香の心配そうな顔。
『私を迎えに来てくれる貴公子は5歳上までと決まっているんです。残念!』
やはり病み上がりのせいなのか、脳裏に浮かぶ飛香を笑い飛ばす元気は出てこなかった。
その後、洸の体調は不安を残すことなく無事に回復した。
鈴木は注意深く洸の様子を伺っていたが、彼は精力的に仕事をこなし食欲も問題ないようにみえる。
今日も、打ち合わせを兼ねての昼食だったが箸は進んでいるようだった。
だが、やはりどこかおかしい。
なんとなくだが、日を追うごとに寡黙になっていくように感じるのだ。
鈴木は少し心配になってきた。
「大丈夫ですか? 無理はなさらないでください」
「ん? 全然無理はしてないよ」
「ならいいのですが……」
健康に問題がないとすれば、精神的なものだろうかと鈴木は内心首を傾げた。
普段から基本的には陽気で泰然自若としている彼だ。
仕事でどんなに追い詰められても、動揺をみせることはないし、ちょっとやそっとで気に病むようなことはないはずなのだ。
――何かあったのだろうか。
今も窓辺に立ち外を見下ろしているが、その背中に力はない。
心配になり、書類を持つ手をテーブルの上に置いたその時、電話が鳴った。
受付からである。
「はい西園寺常務室です」
『藤原碧斗さまから西園寺常務にお電話です。お忙しいようなら回さなくていいとのことですが』
「わかりました。こちらで対応します」
鈴木は一旦電話を保留にした。
「碧斗から電話のようです。とりあえず私がでますか?」
「いやいいよ、僕が出る」
碧斗からの電話は、すぐ近くにいるのだが時間があるなら寄ってもいいか、ということだった。
『忙しいだろうけど、万が一にも空いていればと思ってね』
作らなければならない書類やらがあるが、それは今日中に終わらせればいい仕事だ。今、三十分や一時間の時間を使ったところで何の問題もない。
「大丈夫。上がって珈琲でも飲んでいって」




