1
「申し訳ありません。お休みのところ」
「いいえ、こちらこそ。わざわざすみません」
どうぞと迎えるのは鈴木。手土産のワインを渡すのは西園寺家の執事アラキだ。
今日は土曜。
アラキは今しがた約束のレストランに行き、ある女性と御曹司の西園寺洸を引き合わせてきたところだった。
「それで、本当に洸さんは結婚する気なのですか?」
挨拶も早々に話を切り出したのは鈴木だ。
アラキから極秘で洸が見合いをすると聞いたものの、その後の情報が一切無い。洸本人は、お見合いのことなど何も言わないし、そんな素振りすらみせない。
普段の発言通りに考えれば、彼にとって結婚はそれがまるで事務的なことのように大きな意味をなさないはずで、ある日突然結婚が決まったよと報告してきても、なんら不思議はないのかもしれない。
ただし彼がそうする時は、あくまでも政略的な結婚のときだ。
相手がどこの令嬢との縁談かによって今後の事業展開などにも影響があるのは必死で、前もって報告があるはずなのである。
なのに彼は、見合い当日の今日までなんの話も切り出して来なかった。
「そのことで折り入ってお話があります」
アラキは鈴木を見つめ、フッと口角を上げた。
※※※
――楚々とした美人というのは、こんな女性を言うのだろう。
はじめて彼女を見た時、西園寺洸はそう思った。
リボンでウエストを絞ったベージュのワンピースの丈は、膝が隠れるギリギリのライン。細く白い腕の手首には華奢なブレスレット。折れそうなほど細いヒールのパンプスがよく似合う形のいい細い足。
長い首にそって毛先がゆっくりとカールした髪が鎖骨へと流れていく。
優しげな目元と薄いピンクの口紅が似合う唇。
どこにも文句がつけられない。さすがはアラキが選んだ女性だと思った。
『先入観を持たないよう、どちらの令嬢かは秘密のままで』
そうアラキが言った通り、彼女は苗字を名乗らず名前だけを言った。
「綾乃と言います」
「洸です。はじめまして」
そんな風にお見合いは始まった。
「緊張しますね。すみません、私、はじめてのことなので」
「あはは、緊張して当然ですよね。普段はこんな土曜の午後はなにをしてます?」
「農園で昼寝を」
「え?」
彼女はクスッと笑う。
「実は私、日本は久しぶりで。ここ一年ほど、フランスの田舎でのんびりと過ごしていたものですから」
「それはいい」
会話は順調だった。
気づまりもなく、何一つ問題となる陰のようなものすら見えない。
――先にあるものは完璧な家庭か……。
ぼんやりとそんなことを思いながら、洸はチラリと時計を見た。
※※※
一方、鈴木はアラキが言い出す言葉をジッと待っていた。
「今回の洸さまのお見合いですが、本当のお見合いではありません。あくまで結婚の意志を確認するため"だけ"のものです」
「本当のお見合いではない? え? では今日会っている相手の女性は?」
「私の知人のお嬢さんです。女優を目指している子なので上手くやってくれるでしょう。ですので、どこかの令嬢というわけではありません」
予想の斜め上、想定外の話である。
鈴木は息を飲んだ。
「それではもし、彼が結婚をしたいと言ったらどうするんですか?」
「彼女によく似た令嬢がいます。その場合は、家同士の正式なお見合いをすることになるでしょう」
「その、女性の方は大丈夫なのですか? 万が一……」
本当の見合いではないとわかっていても、希望をもってしまうということもあるだろう。なにしろ相手は西園寺洸なのだ。
「ええ、大丈夫です。何しろ彼女が好きなのは、男ではなく女性ですから」
鈴木は声を失ったように唸る。
「――さすがです」
思わず出た言葉に、アラキが楽しそうに破顔した。
「今頃どうしているでしょうね、ふたりは」




