妹がほしい16
それから屋内に移動して琴を聞き、図書館に寄ったりしつつ充分に楽しんだところで洸が振り返った。
「どう? 他に見たいところはある?」
「うーん。特には」
「じゃ、そろそろ帰ろうか」と、二人は連れ立ってメイン会場である講堂に戻った。
講堂にも、そこかしこに休憩スペースが設けてある。その一角に、平安装束のグループがいた。須王燎と鈴木のふたりと、彼らの婚約者である。
「ちょっと挨拶してくるね。どうする? 挨拶するだけだけど飛香も一緒に行く? バザーでも見てる?」
今度はさっきのように顔を隠す垂れ布はない。荘園の君に瓜二つの彼も、既に目元を隠してはいないようだった。
動揺しない自信はない。本当は行きたくなかったが、いい大人なのに避けてばかりもいられないだろうとも思う。
「一緒に行きます」
そう言って飛香は、ニッコリと微笑んだ。
今、彼らは男性ふたりと女性ふたりで、別れて座っている。
自分はまっすぐ彼女たちのところに行けばいい。そう心に決めた。
「仁は?」
「オークションの後、帰ったよ」
「お前たちはどうしたんだ、暇なのか?」
「そっくりお返しするよ」
洸と燎のそんなやり取りを聞きながら、鈴木がクスクスと笑う。
飛香は彼らに向かって軽く頭を下げると、二人の女性が座っている方に行って挨拶をした。
「こんにちは。いま西園寺さまのお屋敷にご厄介になっている藤原飛香と言います」
「どうぞどうぞ」と二人は間を開け、飛香に座るように促した。
それぞれ簡単な自己紹介をすると、
「今、スマートホンのおすすめのアプリ話をしていたんですよ」と、須王の婚約者が言った。
「え? どんなアプリですか? 教えてください!」
「私が今気に入っているのは、天気予報と一緒におすすめの服装が出てくるこれと……」
「うわ、便利ですね」
飛香はすぐに話に夢中になり、不安にさせる荘園の君のことは忘れることができた。
飛香の楽しそうな笑顔にホッとした洸は、ようやくゆったりと足を組んでくつろぐ姿勢をみせた。
「彼は、飛香さんを不良から助けたことがあるそうですよ」
「そうなの?」
「まぁな、あの子が中学の頃かな。名前は聞かなかったし碧斗の妹だとは知らなかった。あの子は忘れてるかもしれないけど、間違いなく彼女だよ」
「ふぅーん」
「それにしても、あの子には随分親切じゃないか。お前にしては珍しく」
「飛香は碧斗に純粋培養されて、飛び抜けて純粋無垢な子なんだよ。預かっている間は兄になって、世間の汚れから守ってあげないといけないからね」
「へえー、そりゃご苦労さまなことだな。せいぜい光源氏にならないように気をつけろよ。碧斗に殺させるぞ」
ニヤリと燎が笑う。
「失礼な奴だな。僕はロリコンじゃない」
ふたりのそんな会話を、鈴木はただクスクス笑いながら聞いていたが、と同時に警備員に目配せをしていた。
洸たちの写真を撮ろうとしている人を見つけたら、ただちに止めるよう警備員に伝えてある。目元を隠した写真が後に公式に公開されるからと、学園からも注意をされているはずだったが、隙あらば西園寺洸たちの写真を撮ろうとしている学生やら客が後を立たなかった。
洸にしろ須王燎にしろ、連れの女性にしてもまるで平安絵巻から抜け出したように見事なる仮装である。
あまりに見応えがあるために気持ちがわからないでもないが、プライベートが晒されるのは気持ちのいいものではないし、どんな尾ひれがつくとも限らない。
警備員が止めに入ったところで実際どれだけの効果があるのかわからないが、うやむやにせず、いけないことだと警告することこそが大切だった。
実は今日のパーティのことで西園寺家の執事アラキに連絡をとった時、極秘で洸が見合いをするという話を聞いている鈴木は、いつにも増して神経質になっている。
――それにしても。
鈴木は、チラリと洸を見た。
――本当に見合いをして、結婚をするつもりなのだろうか?




