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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
運命の糸のゆくえ
20/57

妹がほしい11

 

 人知れず、潤んだ瞳で飛香が月を見上げたその頃。

 同じ月明りに照らされていた洸の部屋の扉を、アラキがノックした。


「お疲れさまでした」

 バスローブ姿でワインを片手に月を見上げていた洸は、「どーいたしまして」と振り返る。


「今夜は月が綺麗ですね」


「ああ、妖しいほどに明るいね。君もどう? 久しぶりに付き合ってよ」


 カーテンを閉じてソファーに移動しながら、洸はグラスを持つ手を上げた。

 キャビネットからグラスを取り出したアラキは、「では少しだけ」と洸の向かいの席に腰を下ろす。


 何を置いてもまずは仕事「どう?向こうは」と切り出してからしばらくの間、洸はニューヨーク帰りのアラキの話を聞くことに専念した。

 一つひとつ、自分が考えていたことや聞いていたこととアラキの話を精査する。ひと通り聞き終わり、自分からも必要な話をするとひと息ついて時計を見た。

 既に十時を回っている。

 今日は昼食をとったあと横浜で海を見て、結局夕食もそのまま外でとった。結局丸まる一日遊んだことになる。


「さて、明日はどうしようかな」と、洸は独り言のようにつぶやいた。

 明日の予定は決まっていない。


『今夜はゆっくり休んで、明日は出かけるにしても午後にしよう』飛香にはそう言ってあるが、どこで何をするかこれから考えなければいけなかった。


「女の子とふたりで一日遊ぶのは、いつ以来ですか?」

「んー? ふたりきりは……ないな。あ、でも蘭々とならあるか」


 蘭々は洸が青扇学園に通っていた十代の頃からの、性別を超えた親友だ。ガールフレンドとは少し違う。

 相変わらずの洸の返事にアラキはクスクス笑い、そしてグラスにワインを注ぎながら穏やかに聞いた。


「どうします? 結婚は。30歳までにというお話でしたが」

「ん?」


『30歳には結婚しようかな』と言っていたのは洸本人だが、アラキはニューヨークにいる洸の父からも言われている。洸の返事次第では、話を進めるようにと。


 洸が30歳と決めた理由は、特にない。

 それくらいの歳がいいだろうと、漠然と思っていただけだ。


 だがーー。

 洸は、「うーん」と、返事ともとれるようなとれないような、気のない唸り声をあげながら瞼を閉じる。

 洸は来月30歳の誕生日を迎える。


「いざとなると、相手が決められないですか?」

「そんなこともないんだけど、30になるという実感がなくてねぇ」


「では、ものは試しで見合いでもしてみます? お任せ頂ければ責任をもって厳選致しますが」


 心を奪われるような恋愛など今後も有り得ないと、断言している洸である。

『結婚はするよ。相手のことはもちろん、愛情をもって大切にするけどね』そう言って憚らない。

 そしてその考えは、今も変わってはいない。

 相手は西園寺家の嫁として、自分の妻としてふさわしい女性ならそれでいいのだ。


「任せる」

「わかりました。ところで明日ですが、ちょうどお願いしたいことがあります。お二人でチャリティオークションに行くというのはどうでしょう」


「あ、もしかして青扇の?」


 この時期毎年、青扇学園の生徒会が主催するチャリティパーティがある。


「はい。まだ無名の若い画家の作品ですが、落として頂きたい絵があります。今回は気兼ねなく学園での開催だそうですし、丁度いいのではありませんか?」

「ふぅーん。しばらく参加していないけど、相変わらずなの?」


 青扇学園のチャリティオークションでは、オークション以外にも卒業生や在校生が持ち寄った物を売るチャリティバザーがある。西園寺家でも毎年一度も使用することがなかったドレスなどの服飾品などを寄付したりしていた。

 それとは別にオークションの参加者は皆、派手に仮装をしてパーティに参加をするという条件があった。

 誰が何を落札したかわからないように、というのが理由だ。調べれば誰なのかはすぐにわかるが、一応表向きはそういうことになっている。


「実はもう、仮装用の衣装もおふたり分用意してあります」

「――僕は一体、何者にされるわけ?」


「それは明日のお楽しみ。まぁ間違いなくお似合いになりますからご安心ください」

 そう言ってアラキはクスクスと笑った。


 洸は軽く眉をひそめてアラキを睨んだが、どんな仮装かはさほど興味がないらしい。それ以上はなにも聞かなかった。


「飛香さん、いいお嬢さんですね」

「ああ、そうだね。いい子には違いない。碧斗が溺愛するのもわかるよ」


「琴と琵琶を弾かれるとか」

「あぁ、あれは凄いね、あの子の舞も人の心を掴むけど、あの琴の音はいい」

「ほぉ、それは楽しみです。あと一週間はいらっしゃるそうですから、聞かせて頂く機会もあるでしょう」


 ――あと一週間?

 そうか、飛香がいるのはあと一週間なのか……。


 そう思ったほんの一瞬、心に冷たい風が吹き抜けたような気がしたが、洸はすぐにその風を振り切った。


「しばらくこっちにいるの?」

「ええ。実を申しますと、私の帰国は予定通りなのです」


「そうなの?」

「今週には奥さまが、ニューヨークに向かわられるはずだったので」

 西園寺家では洸の父が海外にいる間、夫人か執事のアラキのどちらかが同行し、ふたりのどちらかが日本の邸にいることになっている。

「飛香?」

 アラキは返事の代わりに頷いた。

 予定変更の理由は、突発的に飛香が西園寺家に来ることになったからだった。


「お嬢さまの滞在が長くなりそうなら、サワが一足先にニューヨークに行くことになっていますが、いずれにしても奥さまはお嬢さまの滞在を喜んでいらっしゃいます。若い女性が邸にいると華やぐと」


 洸はギロリとアラキを睨む。

 その発言は、早く結婚して若い女を家に入れろという母の催促でもあるからだ。


「アラキ、お前は結婚しないの?」

「いつも言ってるじゃありませんか、私は西園寺家と結婚しましたから。それに洸さまと違って、わたしは恋愛を楽しむタイプですからね」


「よく言うよ」

 その後もふたりは他愛もない話をしながら、グラスを傾けた。

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