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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
運命の糸のゆくえ
19/57

妹がほしい10

 

「洸さん、これは何ですか? 食べられるんですよね」

「ん? ああ、麩だよ。かわいいけど飾りじゃないから食べて大丈夫。ねぇ飛香、行きたいところはない?」


「いえ、もう充分です。本当に楽しかったです。ありがとうございました」

「あはは。なに言ってんの。それじゃあもう一日が終わったみたいじゃないか」


「ええ、でも」


 洸さん、疲れているんじゃ? と飛香が言えば、洸はこのまま帰ろうかと思った。

 既に疲れは吹き飛んでいるし帰りたいわけじゃないが、なんとなくだ。

 でも飛香は、そうは言わない。


「私、少し疲れました」と、軽いため息をつく。


 でも、洸の目にはそんな風には見えない。

 百パーセントの遠慮がそこにある。


「本当に? でも飛香、大丈夫だよ、車を呼んだから。車の中で休めばいい。どこかない? 行きたいところ」


 俯いて、唇を噛みながら少し悩んだ飛香は、遠慮がちに口を開いた。


「――それじゃ。あの、海がみたいです」


 平安の都にいた頃は、一度も見たことがなかった海。

 この時代に来て、一度だけ兄に連れて行ってもらって見に行ったことがあるが、どこまでも続く水平線の景色と、潮の香りを忘れられないでいる。


「わかった」


 洸は、シャツのポケットから小さな紙袋を取りだした。

「はい。あげる」

「え?」


 それは、博物館でアラキを見送ったあと、目に留まった売店で買ったストラップだ。組紐でできている。

 日中、飛香は組み紐や刺繍などの手芸をしていると聞いていたことを思い出して選んだものだった。


「さっきね、ロビーの売店で買ったんだ」


 紫系の色で丸く編まれたチャームは中に鈴が入っている。

「紫苑色」とつぶやいた飛香は、ストラップを両手で握りしめ弾けたように「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべた。


 その笑顔を見ながら、洸はそっとスマートホンを取り出し、車に待機しているはずの高藤にメッセージを送った。


『お疲れ。三十分後、僕がいる店に来て。海を見に行きたい。途中、飛香の靴が買える店に寄ってほしい』


 この店は玄関で靴を脱ぐ。

 その時、飛香のかかとが赤くなっていた。疲れているとは思わなかったが、そのことだけは気になっていた。




 その夜、飛香はいつものように日記を書こうとして机に向かい、今日一日を振り返った。


 日記を書くことは平安の都にいた頃からの習慣であるが、今は、ここに戻ってくるかもしれない"本物の飛香"へ向けての報告になっている。


『今日は楽しかった』

 小筆を取り、するするとその一行を書いた。


 ――西園寺洸さんは、光源氏のように多くの若い女性にとって特別な人なんだと思う。

 そう思いながら、一旦筆を置いた。


 一緒に歩いていると本当によくわかる。

 女性たちはみんな彼を見ていた。瞳を輝かせ頬を染めて、時には囁きあいながら名残惜しそうにすれ違っていく。

 見た目が素敵なだけじゃない。

 ――とても優しい人だ。


 再び筆を取った飛香は、思い返すままに書いた。


『人の波が押し寄せる交差点。戸惑う私の手を引いて、洸さんは道をつくるように一歩先を歩いてくれました。

 混み合う電車の中では、私が押しつぶされないように体を寄せて空間を作ってくれて、私が足を踏んでしまった時は笑って許してくれました。

 本当は怖くて仕方がなかった人混みも、そんな彼のお蔭で安心していられました。

 なのに、鈍感な私は全く気づいていなかったのです。洸さんが私のせいで疲れていたことに。

 気づいたのは、先に行くように言われてロビーで別れた後。

 ふと振り返ると、彼は項垂れて肩を落として座っていました。あんな風に疲れている洸さんを見たのは初めてで』


 そこまで書くと、そのことに気づいたときの辛さを思い出し、筆を持つ手が止まる。


 ――ごめんなさい。洸さん。

 色々と気を遣わせてばかりで。本当にごめんなさい。


 少しの間ぼんやりとして、気を取り直しまた筆を取った。

 今日は、書き留めておかなければいけないことが沢山ある。博物館でのこと。靴擦れに気づいた洸が、楽に歩ける靴を買ってくれたこと。車で移動して向かった海のこと。水平線が見渡せるカフェに行ったことなど。

 時間をかけてゆっくりと記した。


 途中、読み返しながらあらためて思う。


 ――退屈だっただろうな。

 気の利いた話もできず世話ばかりかかる私なんかとふたりきりで。


 申し訳なさでいっぱいになりながらため息をついた飛香は、最後にこう記した。


『西園寺洸さんはとても素敵な人だ。

 ただ、彼は勘がいい人なのでそれだけが心配です。本当はもっと距離をおいた関係のままがよかったのですが、やはり西園寺邸にお世話になる以上、接点が増えるのは仕方ないようです。

 お世話になってばかりで心苦しいですが、このお屋敷にいる間だけ甘えさせていただこうと思います。そう心に決めてしまえば、まるでこの世界にもうひとりの兄ができたようでとてもうれしいです』


 日記を書き終えて大きく腕を伸ばした飛香は、窓辺に向かった。

 少しだけ開けたカーテンの隙間から夜空を見上げれば、あの日と同じような丸い月が浮かんでいる。


 明るい月を見つめているうちに、忘れもしない『荘園の君』の顔がぼんやりと浮かんでは、消えた。


 ――洸さんは須和の君ではなく、頭中将だった。


 西園寺洸は顔も声もよく似ているだけでなく、太陽のような存在感を放っているところまで、頭中将そのままだ。


 ――時は流れても、運命は変わらないのだろうか。

 だとしたら、自分はなんのためにこの時代に来たのだろう?


 ここにいるはずの"本物の飛香"は、どうしてここを捨てたのだろう。


 ――もしかして?


 荘園の君に似たあの人が誰なのかまだわからないが、少なくとも兄の碧斗と近い関係知人であることは間違いがない。

 もしかすると、あの人が"飛香の日記"に出てくる『彼』なのだろうか?


 日記によれば、それは"飛香"が高校生の時のことだ。

 図書館の帰りで遅くなり、暗い路地で不良に絡まれたところを助けてくれた男の子がいた。


『ありがとうございます。大丈夫ですか?』

『ああ。暗い路地はひとりで歩かないほうがいい』

 一人で三人の不良を倒してしまうほど喧嘩が強くて、背の高いとても素敵な人だったという。

 兄の同級生たちが写る写真の中にその彼を見つけ、『彼』の名前を知ったと日記には書いてあったのに、何故か肝心なその名前は書いていなかった。


 飛香の日記に登場する男性は、家族を除いてはその『彼』だけである。

 たまに告白をされたり、交際を申し込まれることはあったようだが、それらについていい印象を受ける書き込みはない。


 あの日パーティ会場で見た時は『荘園の君』?と驚いたが、"飛香の日記"のことまでは気がまわらなかった。

 もし運命が変わらないのであれば。

 ――"飛香"も私と同じ人に恋をしたの?

 だとしたら。

 それは、悲しい恋に違いなかった。

 二度と戻ってこれないかもしれないのに、ここで生きる道を捨てたのだから。


『朱鳥は、生きる時代を間違えてしまったのかもしれない。あと千年』平安の都で兄の蒼絃はそう言った。


 ――兄君、同じ運命でもここに来た意味があるのですか?

 それとも運命は変えられるのですか?

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