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アイラブ☆吾が君  作者: 白亜凛
運命の糸のゆくえ
11/57

妹がほしい 2


「お帰りなさいませ」

「ただいま」


 出迎えたのは、洸が生まれる前から西園寺家にいる住みこみのメイド、サワだ。

 洸が手にしたビジネスバッグを受け取ろうとサワが手を伸ばしたが、洸は「大丈夫」と受け流した。


「洸さま、私が年寄りだからと遠慮なさったでしょう」

「そんなことはないよ。自分のことは自分でが、うちの家訓じゃないか」


 見た目も体力もまだまだ若々しいが、サワは今年還暦を迎えた。怪しむように片方の眉をピクリとあげたが、本当の理由はどうあれ自分が仕える御曹司の心根の優しさに満足し、サワはニッコリと目を細める。


「今日はお客さまだけでなく、久しぶりに洸さまもご一緒されるとあって、倉井も張り切っておりましたよ」

 倉井とはこの家に通う料理人である。彼は自身の店も持っているが、今は第一線を退いて、ここでのんびりと働くことを楽しんでいる。


「洸さまから早く帰れるとお電話があったこと、奥さまもたいそう喜ばれてました」

「そう」

 気のない返事をしながら廊下を進むと、明るい笑い声が扉の向こうから聞こえてきた。


「僕がいなくても随分と楽しそうだけどね」

 皮肉めいた洸の物言いには慣れている。サワは、少し大げさなくらいに大きく目を見開いた。


「あらまあ焼きもちですか? それが洸さま、とても感じが良くて、可愛いお客さまなんですよ」

「へぇー、サワがそんなに褒めるなんて珍しい」


 このサワというメイドは気性がはっきりしていて、わかりやすい。客をけなすことはないが、少なくとも思ってもいないことは口に出さないのが常だ。わざわざ聞いてもいない感想を言うところをみると、よほど客に好感を持っているのだろう。


「だって、今どき珍しいくらい、純粋なお嬢さんなんですよ」

 サワが扉を軽く叩き「洸さまがお帰りになりました」と声をかけた。

 と、同時に笑い声がピタリと止まる。そして扉が開くと、四つの瞳が洸に向けられた。


「おかえりなさい」と微笑む夫人の斜向かいの席から、頬を染めて立ち上がった若い女性、藤原飛香こと朱鳥が、深々と頭を下げる。

「お世話になります」

 鈴のように軽やかな声だった。


「いらっしゃい。どうぞごゆっくり」


 着替えてきますと断って、洸は扉を閉めた。

「そういえば洸さまは、あのお嬢さまをご存知でしたっけ」

「ああ、彼女の兄とは友人だからね」


 髪が綺麗だとかとても神秘的だとか声も可愛いとか、引き続き藤原飛香を絶賛するサワの話を聞き流しながら、洸は心の中で首を傾げた。


 ――あんな声だったのか?

 パーティ会場で別れ際に少し言葉を交わしたはずが、周りの雑音もあり彼女の声が小さかったこともあるのだろう、よく聞こえなかった。もっと臆病そうで声ももう少し弱々しいと思っていただけに、明るい笑顔と軽やかな声が意外である。

 本当に記憶喪失なのか? と、疑問に思ったりもした。


 シャワーを浴びて楽な部屋着に着替えると、洸は夫人と飛香が待つ大きな長方形のダイニングテーブルを囲む席に着いた。

 洸は夫人の隣、飛香は夫人の正面の席。耳に聞こえるのは配膳される音と小さく流れるクラシック。西園寺家ではそんな風にして静かに食事をする。

 最初こそ緊張しているようだったが、素知らぬ顔でマイペースに食事をする洸の存在に慣れたのか、飛香は一つひとつの料理に瞳を輝かせはじめた。


 感心するように軽く頷きながら、少しずつ口にしてゆっくりと味わう。

 それもそのはずで、倉井シェフの作る食事に慣れている洸から見ても今日の食卓は随分と気合が入っている。どれもこれもが色鮮やかで、皿をキャンパスにした絵画のように美しい。


 飛香には、目の前の料理はどんな味なのか想像もできない。

 何しろ平安の都での食事は、素材の味そのままだった。塩やひしおを付けて食べるものだったので、味が付いた食事はこの時代にきてから経験したのである。


 想像できなくても、ひと度口にしたならばどれもこれもが感動を呼ぶほどに美味しい。

「こんなお料理初めて」

 思わずそんな言葉が漏れた。


「お口に合うかしら?」

「それはもう、とても、とても美味しいです!」


 興奮して張り上げた自分の声の大きさに驚いて恥ずかしそうに俯く飛香を、西園寺夫人が優しい声で包み込む。


「よかったわ。そういえば藤原家の男性陣はシンプルな物しか召し上がらないそうね。お母さまから聞いたことがあるわ」


「はい。そうなんです」


 那須の別荘での藤原家での食事は、見た目も味も、よく言えば素材そのままだった。野菜サラダと味噌汁かスープ、そしてメインは肉か魚を煮るか焼くか。味付けも塩コショウ、もしくは醤油とみりんだけというわかりやすい味の料理ばかり。

 以前は時々凝った物を作ったらしい母も、父や兄がそういったシンプルな物しか箸を出さないので作るのをやめたという。


「我が家の男たちは、夕食はワインを愉しむための食事ね」

 そう聞いた飛香がちらりと洸を見ると、彼は今まさに手にしたワイングラスを口にしてるところだった。

 洸がテーブルにグラスを置くと、ワイングラスをつたって赤い液体が沈んでいく。その様子を何気に見ていた飛香はふと、彼だけが自分たちの料理とは少し違っていることに気づいた。


「この子はね、炭水化物をとらないのよ」

 夫人は少し呆れたようにため息をつき洸を睨んだ。


「うちの兄もです。特に朝と昼は眠くなるからと言って」

「あら、そうなの? 今どきの男子はそういうものなのかしらねぇ。それはそうと飛香ちゃんは何か食事に気をつけていることはあるの?」


「私は何もないです。何を食べても美味しくて、つい食べ過ぎてしまうのが悩みといえば悩みで」

「あらいいのよ、それはそれで健康な証拠なんだから。飛香ちゃんはもう少し太ってもいいくらいよ、お世辞じゃなくてね」


 そんな他愛もないふたりの会話を聞いているのかいないのか、洸はチーズを摘まみつつのんびりとワイングラスを傾けている。自分は全く会話に加わらないと決めているのか、一向に口を挟まなかった。

 でも実は、見るとはなしにひっそりと、飛香を観察していた。

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