ウォズアニック記念人工生命研究所
親愛なる君達へ
地球の様子はどうだろう? 草花は歌いひつじは山野を駆け巡っているだろうか。でも安心して欲しい。この文を読み終わる頃には君達はすっかり元気になっているよ。
202X年
ニューヨーク州ロングアイランドの中部、ニューヨーク市から65マイル東にあるサフォーク郡のとある町に彼の姿はあった。ここには世界でも有数なウォズニアック記念人工生命研究所がある。マーティン・ウィリアムズは今年からMITで教授を務めているのだが、今日は大学の活動の一環として研究所の視察に来ていた。彼の友人ヴェルディ・アッテンボローが所長を務めている。
「ヴェルディ、今日はよろしく」
「3年ぶりの再開ってところだな、マーティン。ところでフィーとは上手くやってるのか?」
「まあ、ぼちぼちかな」
フィーとはフィオナ・ウィリアムズ、つまりマーティンの妻のことである。彼らは今年で結婚24年を迎える予定であるが、度重なる"戦争"のため今年も油断は許されない。
「君が私の忠告を聞いていれば...」
「はいはい、その話はもう聞き飽きたよ。同じ話ばかりだと女はすぐ離れていくぞ」
「君も昔から変わらないな」
「お互い様」
「ところで...」
「ハハハ...」
マーティンとヴェルディは大学時代からの友人で、18歳の春に大学の寮で同じ部屋になってからもう35年来の付き合いになる。もっとも、ヴェルディは飛び級していて17歳の春であったが。彼らが旧交を温めていると、ヴェルディが突然思い出したように話し始めた。
「そういえば、先日から話題になっているチリの感染症だが、政府は今日非常事態宣言を出したそうだ」
「そのニュースなら来る途中に見たよ。ワクチンの精製が難航しているらしいな」
「ああ、どうやらそのようだね。私が聞いたところによると、どうやら奇妙な...」
ここでヴェルディは一旦考える素振りを見せたあと、時計をちらりと見て再び口を開いた。
「おや、そろそろ時間だな。では研究所を案内するとしよう。」
ヴェルディが責任者を務めるウォズアニック記念人工生命研究所は、地下5階から地上10階まである巨大な研究施設である。民間の研究機関であるとは言え、政府機関からの受託研究も盛んに行われており政府から多額の予算が割り当てられている。
「おはようございます、アッテンボロー所長、ウィリアムズ教授。目的のフロアは?」
「やあべレ、地下2階に行ってくれ」
「今日も勤勉だな、べレ」
べレは巨大な研究所の全システムを管理しているプログラム群のなかで最上位のプログラムである。他にもこの研究所には数個の下層プログラムが存在している。下層プログラムにはべレのプログラムの一部が移植されていて、すべてのプログラムはべレの制限を受ける。下層プログラムどうしの衝突にはべレが対応して、その都度下層プログラムのコードが書き換えられている。このシステム構想の論文「親プログラムと子プログラム:DNA型遺伝プログラム」を発表した張本人がマーティンである。マーティンは今日、べレとその下層プログラムのシステムの様子を視察するためにこの研究所を訪れていた。