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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

チート回収者

作者: 言乃葉


 ドーモ、チート=サン。チートスレイヤー、デス。チート回収すべし、慈悲はない。

 煮詰まっていた時期にそんなフレーズと共に脳に飛来した話です。例によって突発的な短編です。

 うん、個人的な感情が含まれている事は否定しないヨ。ハイクを詠め!





 《資源管理者》より警告。リソースの残量が25%を下回り、資源枯渇警報を発令する。

 《総合管理者》警報を受理。現在の資源増加量では枯渇分を賄えないと判断。速やかな対策を講ずるよう要請。

 《資源管理者》要請を受諾。対策として資源の回収を提案。資源の回収のために回収者の派遣の許可を要請。

 《総合管理者》提案を受諾。回収者の派遣を承認。回収者の派遣のため各世界へのゲートを開通するよう要請。

 《門扉管理者》要請を受理。《資源管理者》より提出された資源回収最適座標へのゲートを開通させる。

 《資源管理者》回収者を選定。……回収人員リストより選定……選定完了。選定資料を《総合管理者》へ提出。

 《総合管理者》資料を受理。回収者人員に問題無しと判断。回収者の能力使用許可――全承認。資源回収こそ最優先事項と判断。

 《門扉管理者》より報告。ゲート開通完了。回収者の受け入れ体勢完了。

 《総合管理者》了解。資源回収任務を開始せよ。

 《資源管理者》了解。回収者へ通達。任務開始せよ。



 ○case10085・チーレム○



 その夜は彼にとってまさに人生の絶頂といえる一時だ。込み上げる愛おしさと膨れあがる期待感、体中で感じる快楽と法悦は期待以上だ。こんな気持ちの良い経験は『前世』含めて今までに無く、未知であることすら心地よいものだった。

 彼はこの世界の生まれではあったが、『前世』の記憶というがある生まれ変わりを経験した人物になる。そこでの記憶は酷く退屈で閉塞的な毎日の繰り返しだった。自宅と職場の往復だけで日々が過ぎていき、死んだ原因も面白くもなんともない交通事故だった。

 だが、この世界に生まれ変わってからは違う。生まれ変わる時に対面した『神』から貰った能力に加えて、『前世』での知識経験もそれなりに役に立った。幼少期から頭角を現していき、この世界で立身出世していく感覚は得も言えない快感だった。

 その立身出世の成果が今、目の前にある。


「マスター、どうしたの? ぼうっとして」

「お加減が優れない、という訳ではなさそうですが、何か存念でも?」

「ああ、大丈夫だよミーア、アリア。ただ、ここまでの事を振り返っていただけさ」

「色々あったもんね、ご主人様とあっちこっち行ったり、戦ったり」

「わたくしとしては、一箇所に腰を落ち着けた現状が気に入っていますが、以前のような放浪も振り返って見れば悪くありませんでしたね」

「シュネー、リリア、君達のお陰でここまでこれた。本当に感謝しているよ」

「むーっ! ミリは? ねえミリは?」

「ああ、ミリにも充分感謝をしているさ、ありがとう」

「えへへっ」


 自身が建造を命じた王城の奥、適度に香が焚かれた快適な空間で彼は五人のうら若い女性達に囲まれていた。彼女達は彼がこの地域一帯の国を治める王となるまでの過程で出会い、交流を深め、時には対立し和解し、ついには愛を交わし合うまでになった彼にとっては愛おしい女性達だ。

 この国での法では五人とも彼の后となり、そこに序列は無く平等に愛する誓いを彼は立てている。彼が元居た日本では重婚など認められていないが、この世界ではその辺りは問題無く、さらには彼は法を敷く国王である。世継ぎの問題でも妻は多くいた方が周囲には喜ばれる。

 ここ最近は隣国絡みでの戦争に巻き込まれ国の危機であったが、今はそれを脱して戦勝国になり国全体がお祭りムードになっていた。彼としても久々にゆっくり出来る時間が出来、今宵は五人の妻と夜を共にするところだった。

 五人の妻達は今や一糸纏わぬ姿で、それぞれに趣の異なる魅力を持った肢体を惜しげもなく彼の前にさらしている。彼の方でも準備は万端、前世では不摂生と運動不足とストレスからくる肥満体だったが、今世では鍛え上げられた男性的魅力溢れる肉体を持っており、五人の妻を相手取って長く熱い夜を過ごせるだろう。

 いざ、めくるめく夜へ――というところで『そいつ』は一切の前触れもなく唐突極まりなく場に登場した。


 王城の奥、王の寝室の扉が爆発した。いや、より正確には爆発したかのような勢いで吹き飛ばされた。彼と五人の妻達の耳には扉が吹き飛ばされる轟音が聞こえ、肌には勢い良く吹き飛んだ重厚な扉が壁に突き刺さる風圧を感じる。

 五人の妻の中で騎士団に所属している一人が素早く戦闘態勢になって、王である彼の前に立つ。鎧どころか服さえ着ていない身だが彼を守る盾たらんと動く。彼の方でも戦闘力のない妻を守るために動き、自分の背後に妻達を隠し守る姿勢になった。

 もしや先の戦争で恨みを持った勢力が暗殺者でも送り込んできたのか。充分に考えられることであり、王城の警備をすり抜けてここまで辿り着いている以上油断できない相手だとも考えた。

 そんな彼と妻達の考えを知ってか知らずか、扉を吹き飛ばした当人は何の気負いもなくスタスタと王の寝室に入ってきた。


 まず『そいつ』は女性だった。いや、年の頃十代前半の外見からすると少女といっても良いだろう。彼の妻の中でも最年少より少し下程度だ。

 セミロングの黒髪を後ろでまとめているが、ポニーテールと呼ぶほどに色気は感じさせない。今が夜にも関わらずラップ型のサングラスをかけているため人相は今一つ不明だが、顔立ちからすると整っている。肌の色はモンゴロイド系に見られるもので、彼には馴染んだものだ。

 細身の体を包む衣装は、女性用のスーツである。上衣のジャケットも下に着ているシャツ、ネクタイ、下に穿いているスラックス、履いている革靴、手にはめている革手袋も黒一色に統一されている。この国どころか、この世界ではサングラスを含めてお目にかかれない異色の装束だ。

 十代前半に見える幼い風貌とは合わない衣装なのにどこかしっくりとくる印象が彼女にはあった。そして彼は直感して前世に関わる人間だと理解した。だが、そんな事よりも彼にはショックを覚える出来事があった。


(な、なぜだ!? なんでコイツがやって来る『未来が視え』なかったんだ!? それに射程圏内なのに『心の声』も聞こえない。なぜだ?)


 未来を視とおす千里眼の力と対面する人の心を聴く力、これが転生する際に『神』から貰ったチート能力だ。

 この二つの能力のお陰で前世ではうだつの上がらない社畜予備軍だった彼が、一国の王となって五人の美姫から慕われるまでになったのだ。

 未来を視て最適解の解答を先取りして国を運営、前世の技術法律で優れた部分を採用し、心読むことで人心を掌握、人の機微を誰よりも感じ取ってカリスマを構築していき、対立する外敵には優れた技術で増した国力と読心によるカンニングに等しい外交で戦ってきた。

 転生してからこれまで、そしてこれからも頼りになるはずのチート能力。それが目の前の少女には通用していない。未来のヴィジョンが全く見えず、心の声が一切聞こえない事態なんて彼とって初めての経験だ。

 そのショックで固まっていた彼に代わり、彼を守る位置にいる后の一人、王が団長を兼任している騎士団に所属している妻が誰何の声を上げた。


「何者か! ここが王の寝所と知っての狼藉か! そこを動くな、すぐに近衛に突き出してやる」

「何者か、の質問に回答します。私は資源回収部門に所属している回収者、序列最下位、個体名千葉菜々美です」

「は?」


 妻の誰何にその少女は感情が抜けた硬質な声で答えて、胸ポケットから手帳を出し彼らに見えるよう提示した。手帳は同時に身分証らしく、顔写真と所属が書かれているが妻達には何が何やら上手く理解出来ない。

 唯一彼だけは前世の記憶で何をしているのか理解できたが、なぜこんな事があるのか分からず、未だにショックが抜けきらない。

 そのショックが抜けていない彼に対し、千葉と名乗る少女は顔を向けた。サングラス越しでも視線を向けられたと分かるほど強い意思がそこにあった。


「現世名エドワード・アルバート・パトリック・ジョージ・アンドリュー、前世名佐藤大輔を目視で確認。対象者に通告します。貴方が保有しているチート能力『未来視』及び『読心聴』を回収に来ました。契約事項十の三に基づき、資源枯渇時における強制能力回収を執行いたします」

「え? え? 何だって?」

「通告の復唱は不要と判断します。執行開始」

「は?」


 感情の無い声でほとんど一方的に告げられる言葉は、ショックで固まっていた彼の頭に入りきらなかった。なんで前世の名前を知っているのか、何で誰にも言った事がない未来視や読心を知っているのか。千葉という少女は全く答えず彼のいる方へと歩み寄り始めた。

 その中で騎士である妻は真っ先に動いた。元より王を守るのが騎士の責務であり誉れ、愛しき夫でもあれば彼女にとっては当然の行いだ。不埒にも王の寝所に入ってきた不逞な輩は実力をもって排除するのだ。


「動くなと言ったはずだ!」

「妨害を確認。排除します」

「ぐはぁっ!」

「っ! アリア!」


 徒手空拳でも無類の強さを見せるはずの妻だった。例え武器がなくとも少女一人取り押さえるなど造作もなく、魔法使いが相手でも接近戦に持ち込めば勝ち目が充分にあるほどの使い手だ。

 そのはずなのに、少女が腕を一振りさせただけで妻の体は吹き飛ばされ壁に打ちつけられた。幸いにして壁に掛けていた大熊の毛皮がクッションになったお陰で大事にはならなかったが、気絶したらしく動く気配はない。

 吹き飛んだ妻の名を呼んで、そちらに気を取られている間にも千葉という少女はスタスタと彼に近付き距離を縮めた。元よりあまり広い部屋を好まない彼の寝所であるため両者の距離はあっという間に縮まる。


「何が目的だ! 回収と言ったが、『神』の関係者かお前は!?」

「通達の復唱は不要と判断します。回収、開始」

「う、ぐう!」


 心が読めないせいで普段にはない落ち着きのなさで喚く彼を無視し、千葉は革手袋に包まれた手で彼の頭を鷲掴みにした。アイアンクロ―のごとく頭を掴まれる彼は当然抵抗するつもりだったが、不思議なことに手足が一切動かず、身じろぎすら出来ない。

 幸いにしてアイアンクロ―といっても形だけで痛くも何ともないが、視界を千葉の手の平が覆っている間に彼の体には大きな変化が起こっていた。

 体の内側から形のない『何か』が抜けていくような感触が彼を襲う。嘔吐感とも脱力感とも異なる名状しがたい感覚が全身に回り、同時に悟った。能力が奪われたのだと。


「回収完了」


 時間にして十秒にも満たなかっただろう。だが、彼にとってはやけに長く感じられた時間を経て千葉の手が彼の視界から去った。同時に懸命に動かそうと頑張っても動かなかった体は嘘のように自由を取り戻した。

 彼の頭から手を放した千葉は、後は一切の興味を失ったようでさっさと部屋を出て行こうとする。ここでようやく彼は本来の知性を取り戻し、何が我が身に起こったか遅まきながら理解した。理解して焦り、大慌てで千葉の後ろに追いすがった。


「ま、待ってくれ! 能力を返してくれ! 能力が無ければ俺は、この王国は立ち行かなくなる!」

「我々の任務は資源たるチート能力の回収です。よって回収選定地の事情は当方に関知するところではありません――任務完了、帰還します」

「待ってくれ!」


 彼が千葉の肩を掴もうと手を伸ばしても空を切り、ダークスーツ姿の少女の姿は幻のように消え去った。転移の魔法に似ている消え方だったが王城には転移封じが施されているし、さらには魔力の痕跡も無く術式の名残さえ無い。魔法が存在するこの世界から見ても尋常ではない消え方をしたのだ。

 何より、と彼は千葉に掴まれた部分に手を触れて頭を抑えた。あの名状しがたい感触はもうない。だが深刻な事態が彼の身には起こっており、それを彼は理解してしまった。


(未来が視えない。あんなに視えていた王国の未来のヴィジョンが、俺の未来が)


 彼が『神』から貰ったチート能力『未来視』の能力が全く働かない。この世界に生まれ、物心ついた頃より頼りにしていたヴィジョンが視えないのだ。この能力があったからこそ幾度も危機を回避して、思い描く未来への最短距離を走って来られた。それが今は無い。あの千葉という少女に奪われたのだ。

 彼は急速に不安に駆られ始める。未来が視えない、この先に何があるのか分からない、暗闇を手探りで歩くようなものだ。前世では当たり前の事、ただ昔に戻っただけと言えればどれだけ楽だろうか。今世でずっとあったものが唐突に無くなってしまった不安は彼の中で一秒ごとに増していく。

 そして喪失したのは『未来視』だけではない。


「マスター、大丈夫?」

「ご主人様、ご無事ですか!」

「申し訳ありません陛下、我が身が及ばぬばかりに」

「アリアは大した事なかったみたい。あなたは平気?」

「だいじょうぶ?」

「……聞こえない……聞こえない――ヒッ!」


 彼を心配して五人の美姫が彼の回りに集まってきた。けれど彼の脳裏に聞こえるべき、彼女達の心の声が聞こえてこない。常ならば軽く意識を傾けるだけで人の心が聴こえる『読心聴』の能力も奪われてしまった。それを否応なく理解させられた。

 これまでずっと能力によって周囲の人間の心の内側を探り、巧妙に立ち回ることで地位を向上させてきた。この五人の妻達もその能力によって上手く愛を育んだ結果になる。能力が無くなるということは、もう周囲の人間の本心が分からないということ。それが彼には激しく不安だ。

 不安が激増していく中で、彼の視界に映る五人の美姫達が急に恐ろしい怪物に思えてきた。何を考えているか分からない、どうやって接すれば良いか分からない、どう立ち回れば良いかさっぱりだ。

 不安は恐怖になり、恐怖はかさを増して恐慌へと変質する。恐怖に駆られた彼は、いつも枕元に置いていた愛剣を手に取って抜き放った。


「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!」


 この後、この王国は十年とせずに滅亡してしまい歴史の海に沈んでしまった。滅亡の原因は国王の発狂と歴史書には記されているが、詳しいことは不明のままだった。



 ○case21334・チート勇者○



「いよいよ明日が決戦か……ここまで、長かったような短かったような。不思議な気分だ」

「実際には三年くらいだし、長い方じゃないかしら? あんなに弱かったタクが今じゃ王国一の勇士になるんだもの」

「む、昔の話はやめてくれよ。それを言いだしたらケイナだってポンコツ魔法使いだったじゃないか」

「う、やめて……昔の話はお互いに恥ずかしくなるわ」

「でもたまには悪くないと思うようになったな。ここまで来てしまった身になるとさ」

「……そうね」


 大きな天幕の中、一組の男女が一夜を過ごしていた。二人は熱い夜を過ごした後、その余韻に浸るように肌を寄せ合い語り合っていた。

 二人はこの世界を支配せんと目論む『魔王』と魔王が率いる軍勢に立ち向かう『勇者』だ。彼ら二人に加えて王国の騎士、聖教会の司祭、盗賊ギルドの盗賊の五人で魔王を倒す旅をこれまで繰り広げてきたのだ。

 旅路は長く険しかった。道を阻む数多くの魔物、峻険な山々、広大な湖、年中荒れ狂う海、強大な力を持った魔王直属の幹部、勇者一行はこれら全てを乗り越え打倒して、魔王の居城まで目と鼻の先にまで来ていた。

 タクと呼ばれた男の言うように明日は魔王城へ突入する決戦の日、きっと今まで以上に激しい戦いが予想されるし、死ぬことだってあり得る。この不安が男と女を結びつけ、前から意識し合っていた二人は夜を共にした。


 ここまで来るのに三年、その思い出は男にとって感慨深く当時は恥ずかしかった記憶も今となっては良い思い出だ。

 この男『タク』は、『神』によってこちらの世界に飛ばされ、人間達の国で行われていた『勇者召喚』の場に現れた地球の一般男子だった。

 最初は異世界の常識さえままならず周囲を困惑させ、勇者として召喚されたにも関わらず戦いの素人で失望させたりしていたタク。だが、神から貰ったチート能力『能力成長率激増』と『全技能保有』を活かせるようになると瞬く間に強者の仲間入りを果たした。

 戦えば戦うほど強くなる『能力成長率激増』のお陰で少しの努力で大幅な成長が出来たし、『全技能保有』で最初からあらゆる技術を持っていた彼は行く先々でこの技術を使って窮地を脱してきた。

 そうして成長していったタクは、十代半ばの少年から二十歳前の逞しい青年へと変わった。タクは不意に隣で身を寄せ合っている女性ケイナに目を向ける。一緒に旅をしている彼女も最初は十回に四回は詠唱を間違えるうっかりな魔法使いだったが、今では王国でも並ぶ物なき大魔法使いだ。同い年で薄い胸板を盗賊ギルドからやって来た女盗賊にからかわれていた彼女も、今やすっかり女性らしい身体になっていた。

 三年という歳月はケイナが言ったように思ったより長い時間だったかもしれない。タクはそう思った。


「ねえ、この戦いが終わったらタクはどうするの? 地球に帰っちゃうの?」

「いいや、そのつもりはないよケイナがいるし。そうだな、王様辺りから報償とか出るだろうしそれを元手に何か始めてみるか」

「魔王を倒したら報償どころか貴族に叙せられるわよ。王国内のどこかの領地を貰っても不思議じゃないわよ」

「オレが貴族? 似合わないだろうな。ケイナはどうしたい?」

「私は貴方のそばに居られるならどっちでも」

「そ、そうか……うん、まあ頑張る」

「うん、頑張ろう」


 未来を語り合い明日の決戦への不安を打ち消していく男女。このまま嵐の前の静けさのごとく静かな夜が過ぎていくと思われた時、『そいつ』はやって来た。

 突如天幕の外から聞こえた獣の咆吼。それに二人の男女は素早く反応してそれぞれの得物を手に取って警戒態勢をとる。いや、良く聞くと獣吠える声ではなく仲間の一人である王国の騎士の叫び声だと分かった。

 何事にも動じない寡黙な騎士の彼が獣めいた叫び声を出すとは尋常な事ではない。二人は手早く身支度を整えて得物を構えながら外へと出た。


「よっ、お二人さん。お熱い夜を過ごしているとこ悪いけど、どうもただ事じゃないみたいでね」

「ああ、それはいいさ。それよりアデルは?」

「声がした方向からしてあっちだな。魔王城も近いし番をしていたんだけどな」

「まさか……」

「ああ、愉快な想像じゃないけどね」


 外を出てすぐに隣の天幕から仲間の女盗賊と司祭が出てきて同じく周囲を警戒する。見張り役をしていた騎士アデルの姿は見当たらない。やはり何かあったようだ。一同警戒しているとケイナが「誰か来る」と言って魔法行使用の杖を構えた。

 方向は騎士アデルの叫び声が聞こえた方向と同じ。一同は警戒して各々の得物を構える。足音が聞こえ、人影が見えて、天幕の外で焚かれた焚き火が程なくその人物を照らす。

 ダークスーツにサングラス、黒い革靴に革手袋と黒一色の装いをした少女が闇の向こうから姿を現した。文明度では地球の近世ぐらいのこの世界では見かける事のない異様な装束の女の子。その登場に一同は軽く驚かされるが、なかでもタクは地球で見かけるスーツとサングラスに一同の中でも一番驚いていた。

 驚く一同を別に、少女の視線はタク一人だけに向いている。サングラス越しでも分かる強い視線にタクは強い不安に襲われた。


「回収対象者・沢田巧を目視で確認。対象者に通告します。貴方が保有しているチート能力『能力成長率激増』及び『全技能保有』を契約事項十の三に基づき回収します」

「は? え、どうゆうことだ? いや、お前は何者だ?」

「資源回収部門所属、回収者序列最下位、個体名千葉菜々美です。これより回収を執行いたします」


 サングラスをしていても分かる幼い風貌に似合わない温度を感じさせない声。それに一同が戸惑っている間に千葉と名乗った少女は一歩彼らに、正確にはタクの方へと歩み出した。

 タクは自身にチート能力をくれた神の関係者らしいと分かり戸惑ったままだが、それとは関係のない他のメンバー達はすぐに立ち直り各々の武器を構え直した。

 戸惑いから空白じみた空気は、一瞬で剣呑な空気になった。けれど中心人物であるはずの千葉は全く動じた様子もなく二歩三歩と歩みを続けた。


「一つ聞かせろ。アンタ、ここに来るまでに騎士に出会っているはずだ。そいつはどうした?」

「回収任務の障害になると判断し、処理しました」

「しょ、処理? 何をしたんだよ」

「任務を妨害されないよう無力化、両手足を打撃で破壊しました。生命活動に影響はなく、そちらの回復技能保有者の手当てがあれば手足は回復します」

「ハッ、ご丁寧だこと」


 近付いてくる千葉に女盗賊が騎士の安否を訊く。意外にも殺してはいないが、手足を壊された騎士にしてみると堪ったものではないだろう。実は騎士に気がある女盗賊も怒りのゲージが溜まる。

 話している間も千葉の歩みは止まらず、お互いの距離はすぐに縮まっていく。両者の距離が残り十歩となった時に高まっていた緊張が弾けた。


「ウインドカッター!」


 魔法使いのケイナが杖を振るって魔法を行使、その場に突風が巻き起こって風の魔法で編まれた不可視の刃が千葉に襲いかかった。彼女が最速で唱えられる魔法の一つで、熟達した敵が相手でも必ず先手を取れる自信が彼女にはあった。

 千葉はそんな風の魔法を腕の一振りでかき消す。これには勇者達一同驚かされた。確かに下位の攻撃魔法ではあったが、行使したのは大陸でも指折りの魔法使いに成長したケイナだ。そう簡単にかき消されるほど彼女の魔法は安くない。だというのに千葉という少女はあっさりとやってしまった。

 けれどここで終わらないのが勇者達だ。むしろここからが本番ともいえる。ケイナの魔法はあくまでも先制のジャブ、目眩ましだ。


「とった!」


 風の魔法で舞い上がった土煙に乗じて女盗賊は千葉の背後に回り込んでいた。彼女は仲間の司祭から補助魔法を受けていて、敏捷さを跳ね上げている。元から身軽で素早い彼女が魔法の助けを借りれば、影すら無くなる疾走が可能になる。

 手に持った短剣も業物だ。希少な魔法鉱石を削りだして作られた刃は、硬いワイバーンの鱗でも紙のように切り裂く。狙うのは千葉の手首。風の魔法を腕で振り払った直後の無防備なところを狙う。

 命までは取らない。けれど気に入っていた騎士が酷い目に遭ったのなら報復は必要だ。手首を切り落とすぐらいはやらせてもらう。

 そこまで考えていた女盗賊だったが、直後に腹部に強い衝撃を受けてその場から吹き飛ばされた。彼女は悲鳴を上げることも出来ずに宙をとび、地面に叩きつけられた。


「な!? くそっ」


 離れた位置にいる司祭には何が起こったか見えた。蹴りだ。女盗賊が後ろから強襲しようとした瞬間、どうやって察知したのか千葉は後ろに視線を向けることなく強烈な後ろ蹴りを繰り出した。それが女盗賊の腹にヒットして吹き飛ばされたのだ。

 さらに良くない事に地面に倒れた女盗賊はピクリとも動かない。気絶したのか、それとも重症で動けないのか、司祭はすぐにでも手当てに駆けつけたい衝動にかられる。

 でも駄目だ。まだタクの攻撃が残っている。そしてこれで決着がつく。


「ケイナ!」

「ええ! サンダーストーム――圧縮、掌握、付与! 受け取って、タク」

「おう! うおぉぉぉ、サンダーブレード!」


 青白い紫電が強力な力の奔流になって千葉へと殺到する。これが魔法使いケイナと勇者タク二人の連携で繰り出される魔法剣だ。

 強力な攻撃魔法を完全制御して剣に付与するケイナの卓越した魔法技能と、付与された魔法を暴走させることなく御して迷い無く剣を振るうタクの頭抜けた剣の才覚があって成立する技法であり、二人の絆を形にしたものでもある。

 今までタク達の前に立ち塞がってきた幾人もの難敵を打ち倒してきた必殺技だ。それだけに二人はこの技に絶対の自信を置いており、それを見守る司祭も決まれば決定打になると思っていた。

 握る剣にまばゆい雷が宿った。タクが千葉へと間合いを詰める。ここまでの旅路で仲間の騎士から指導を受けたタクの剣技は達人の域に入っており、十歩の距離を一足でゼロにする歩法も身につけていた。


「はあぁぁっ! くらえ!」


 上段から打ち落とされる剣。例え軌道が読めたとしても回避を許さない速さ、防御を許さない攻撃力がそこに込められていた。タクもケイナも司祭も決まったと確信する一撃だ。

 だというのに結果は違っていた。


「え――な、なん……だと……」

「対象を捕捉。回収、開始」

「ぐおぉぉ」


 強力な紫電を帯びた必殺剣。それを千葉は左手一本であっさりと受け止めてしまった。

 女盗賊が使っている短剣よりも貴重で武器の材料としては最高峰のアダマンタイトで作られたタクの剣は、歴代の伝説の剣に並ぶ名剣だ。さらにそこに魔法剣として込められた雷の威力、タク自身の剣の技量も相まって無双の強さを誇っていたはずだ。

 それをあっさりと受け止められショックに陥る間もなく、タクの頭を千葉の右手が鷲掴みにした。千葉の右手に捕まるなり、タクは全身から力が抜けていく強烈な虚脱感に襲われる。

 力が無くなっていく。頭ではなく、直感で理解するタク。なのに体は千葉に捕まった途端指一本動かせなくなっている。


「回収完了。任務完了、帰還します」

「ぐはっ」


 時間にして数秒、しかしタクには長く感じた時間が過ぎて唐突に手を放される。そして千葉と名乗った少女は、用は済んだとばかりにさっさとタクから距離をとって姿を消した。転移魔法に似た技法、けれど魔力の痕跡は無く、魔法を見慣れたタクであっても唐突としか言えない消え方だった。

 けれど千葉が消えた事よりも深刻な事態にタクは直面していた。両手に握る剣が急に重く感じるようになり、着ている鎧も動かしにくくなった。それはまるでこの世界に来たばかりの非力だった時を思い出させた。

 タクは知らなかった。自分のスキル『能力成長率激増』は自分の身体能力を向上させるものではなく、もう一つのスキル『全技能保有』を成長させるものだったのだと。そのスキルが無くなった以上、タクは地球の一般的な青年と変わらない身体能力、技能しか無かった。

 そして彼にとって最悪なことにスキルが無くなったタイミングは、彼がケイナから魔法を付与されて魔法剣を使っていた時だった。


「ぐ、ぐおおおおおおおお!」

「た、タク!」

「いかん! 付与された魔法が暴走している! 早く制御するんだ!」


 剣に付与されたままの雷の魔法が制御を離れて暴走した。剣を握っていたタクに高電圧の紫電が襲いかかり身を焼いていく。ケイナが悲鳴を上げてタクを呼び、司祭は早く制御するよう叫ぶが無駄に終わる。

 ほどなく暴走した魔法は周囲一帯を薙ぎ払い、タク達は逃げる間もなく極大の雷の魔法に焼かれて臨終を迎えた。彼らは最期の瞬間に何を思ったか知る者は何処にも居ない。

 後に何とか生きていた王国の騎士が勇者達の惨状を国元に持ち帰ることに成功し、王国が絶望と恐怖に包まれるようになったがそれはすでに千葉の関知するところではなかった。



 ○case■■(ケースナンバー抹消済み)・千葉菜々美○



「つまり転生出来ないのですね?」

「はい。資源不足による転生エネルギーが不足していまして、千葉さんを転生させることは出来ません」

「そして地獄にも天国にも行けないと」

「はい。どちらの世界も人口増加が著しく、受け入れには数万年は順番待ちになるかと」

「天国にも地獄にも、生まれ変わるのも出来ないんですね、私」

「お気の毒ですが、それが現在のここの状態です。千葉さんのような方はもう億単位でいます。ご理解を」

「何をどう理解しろっていうのよ……」


 千葉菜々美という少女は今、あの世とか死後の世界とか呼ばれる座標にいた。そこでお役所めいた場所に通され、お役人めいた人物に先のような説明をされて、お役所めいた対応をされてしまった。

 天国も地獄も人口増加で居場所は無く、生まれ変わるのもエネルギー不足で出来ない。ここに来た死後の魂が出来るのは、天国か地獄に空きが出来るのを何万年も待つこと。

 千葉が振り返ってその場を見渡せば、待ち過ぎて自我を失った魂が漂っているのが分かった。そういった魂はお役人めいた人物達に片付けられてゴミのように消えていった。


「あれは人の魂ですよね。あんなに簡単に片付けて良いんですか?」

「問題ありません。地球には何十億もの人間がいるのですから。むしろ増え過ぎで今のような状態です。我々としては苦々しく思っているくらいです」

「……私もあんな風になるんでしょうか」

「それは分かりません。申し訳ありませんが、我々の業務に一個人の面倒は含まれておりません。天国か地獄へ行きたい場合は、あちらの待機所へどうぞ」


 彼らにしてみると一個の魂がどうこう言おうと関わりのない話だった。むしろここまで対応しているのは面倒見の良い方だ。このお役人めいた存在の言葉を聞いた千葉は、これが天罰なのだろうか? と不意に思った。

 千葉菜々美はつい数時間前に死んでこの世界にやって来た。その死因は自殺、彼女の住んでいた街で一番高いビルの屋上から飛び降りての飛び降り自殺だった。

 自殺の原因は学校でのイジメだ。千葉菜々美は同年代の女子よりも成長が遅く、周囲に比べて身長が何センチも低かった。それを切っ掛けにからかいが始まり、肉体的精神的なイジメに発展するのに時間はかからなかった。

 両親は共働きで家にいないことがほとんど、教師は事なかれ主義で見ない振り、巻き込まれるのを恐れた友人達は離れていき、千葉は孤立した。孤立した心は間もなく崩壊し、誰に相談することも出来なかった彼女は自殺を図った。

 最期の瞬間、逆さに見えた街がやけに眩しく見えたのが印象的で、それが千葉には無性に悔しかった。自分が居なくなっても世界は無関係に回っていくんだと理解させられた。

 もし生まれ変わることが出来たら、もう少しマシに生きてみたい。そう考えたのを最期に千葉菜々美は死んだ。

 けれどまさか、死後の世界であっても居場所が無いとは予想外もいいところだ。


「ですが……ふむ……千葉菜々美さん、貴女はどうしても生まれ変わりたいですか?」

「え? 出来るんですか?」

「今のままでは無理ですが、ある条件を呑んで頂ければあるいは」

「……教えて下さい」

「簡単に言えば我々の業務を遂行する手足、エージェントになって頂きます」

「エージェント」

「ええ、少し説明しますと――」


 何を思ったのか、千葉に転生の条件としてエージェントになるか、と聞いてきたお役人めいた存在。

 説明を聞くと、この世界では死後の魂を転生させるにはエネルギーを必要としている。そのエネルギーを使って魂が望む世界の望む命へと生まれ変わる訳だが、昨今は魂の要求、注文が多く、それに応えている内にあっという間にエネルギーが不足してしまった。現に今は枯渇寸前で、どこかの国で大規模な災害、また別の国で大規模な戦争が重なって起きたためだという。

 ならば、エネルギー不足を解消するにはエネルギーを回収してしまえば良い。転生者のところに赴いて『チート能力』と呼ばれる過剰エネルギーを回収すれば少しは不足分が賄えるだろう。

 その回収任務のエージェントにならないかと千葉は誘われた。


「そのエージェントになると生まれ変われるのですか?」

「ええ、少なくとも優先的に転生できるよう取り計らえます。いかがでしょう?」

「……やります、やらせて下さい」


 こうして千葉菜々美はただの死者から死のエージェントへと変わった。彼女は上の存在が命じるままに様々な世界に赴いて、そこにいる転生者からチート能力を回収していく。能力を回収されて無能力になった転生者とその周辺がどうなろうと関知せず、彼女は回収任務を重ねていくだけだ。

 最初あった戸惑い、悲しみ、同情といった感情は回を重ねるごとに摩耗していき、千を数える時には機械的に任務をするようになっていた。転生者の事情、感情、世情に一切関わらず問答無用で回収する。一応契約上の都合として回収任務の際に転生者に通告はするがそれだけだ。

 当然、転生者の中には抵抗してくる者もいたが、上位の高次存在になった千葉をどうこう出来る者はいなかった。無駄な抵抗をする転生者を前に千葉は粛々と任務を進めていくだけだった。

 傷つかないよう感情を鈍化させて、思い出さないよう記憶を封印して、いつか転生できると信じて千葉菜々美はチート能力を回収していく。それだけが彼女の出来る唯一の方法だと信じて。



 ○case△△(測定不能)・勇者連合○



 【魔術師な勇者】

 オレ達みたいな勇者を狩っている奴がいるらしい


 【錬金術師な勇者】

 え? マジか? オヤジ狩りならぬ勇者狩りかよ


 【剣豪な勇者】

 あ、俺それ見たことある。ダークスーツを着ている女の子だよ


 【剣聖な勇者】

 なに、おにゃのことな!? 詳細はよ!


 【剣豪な勇者】

 こいつは……ほら、この間召喚術師の勇者がいきなり能力無くなったと言ってきたよな? あの原因がその子らしいんだわ


 【錬金術師な勇者】

 ああ、あいつな。能力がなくなったって、半狂乱になってたわ。え、もしかしてその娘、能力を奪っていくのか?


 【剣豪な勇者】

 みたいだぜ。この連絡に使っているチャット能力も無くなっているみたいで、かなりヤバイ存在だと思う


 【剣聖な勇者】

 ワオ、なんてデンジャラスガール。でも一目見てみたいような……あ、あの娘かな? あ、ヤバ――


 【魔術師な勇者】

 お、おい! 大丈夫か? つうか、フリだよな?


 【錬金術師な勇者】

 あいつふざけるなっていうんだ。おーい、さっさと戻って……あれ? こんな人里離れたところに客か? あ、まず――


 【剣豪な勇者】

 おいおい、錬金のまでふざけるなよ。というか、二人のいるところってかなり離れていたよな。


 【魔術師な勇者】

 そこは、転移魔術を使えばどうにかなるかもだけど、転移距離を考えると厳しいな。というかフリだよな、な?


 【剣豪な勇者】

 そうに決まっているだろ、まったく……ん? なんだ、あの娘。あ、いかん。これは……


 【魔術師な勇者】

 おい、どうした。お前までふざけるなよ。こぇぇよ!


 【エージェント・千葉菜々美】

 最後の対象を確認。前世名菊池信久、今世名アーク。あなたの能力『チャットルーム』『魔術の叡智』を回収します。執行開始


 【魔術師な勇者】

 ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!


 【エージェント・千葉菜々美】

 回収完了。任務完了、帰還します



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― 新着の感想 ―
[一言] おお、一発ネタにも関わらず、導入部分とか結構しっかりしてますね! 魔王直前パーティとの戦闘とかも、わりと面白かったです。 どうせなら、第二形態に変態するとか、もう少し派手にやってもバチは当た…
[良い点] 流石に増えすぎた超越者に、”上”も動きますよね。 [一言] 見方の違いで、中々に恐ろしい話に……。 ある意味ホラーになりそうです…。楽しませて頂きました。
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