第八回
「兄様がよその女と乳繰り合って、さらにその父君とも睦んで、などという話を聞いて何を思えというのです?」
捻じ曲がった解釈にも程がある。
「一体何を聞いていたのだ。おかしな妄想に取り憑かれているのはお前も同じか?」
憮然とする麻太智に、晴花はさらなる嫌がらせを繰り出す。
「それで祝言はいつなのです。寿ぎの印に、破れ鏡ぐらいはお贈りしますわよ」
「それは呪詛というのだ」
さすがに麻太智の機嫌も斜めになる。晴花の軽口はいつものことだが、恩ある老人の惨い姿を実際に見ているだけに、笑って済ます気にもなれない。
まして晴花は人の世で最高の巫たる蒼の君なのだ。冗談でも呪い言などされてはたまらない。
「晴花様、お戯れもほどほどになさいませ。麻太智様は顕成様の身を真剣に案じておられるのですから」
傍らに控えていた清乃が控えめに割って入った。君の一の側仕えだけのことはあり、常は従順で忠実ながら、必要とあらば主人を諌めることもためらわない立派な女だ。麻太智は強い味方を得た思いで従妹を咎める。
「全くだ。ふざけている場合ではなかろうが」
「もう、またそうやって二人して妾をいじめる。ですが真面目な話、男装を嗜む顕光殿と女装を好む兄様なら、お似合いかもしれませんわね。共寝の際にはやはり兄様が下になるのですか?」
「誰が好きこのんでこんな格好などするものか。無論、顕光殿と情を交わしたこともない。そんなことより何か思い当たる節はないのか? 俺には全く分らんが、例えば禁域の気が乱れているとかいったようなことは?」
「そうですね、少し前に不浄な雄の獣が入り込んだことを別とすれば、これといって」
麻太智のことである。蒼の宮で君の住まう側は男子禁制のため、こうして直接言葉を交わすためには、麻太智は女装をしたうえで人目のない禁域を抜けて来ねばならない。
晴花は幾らか真面目な調子を作った。
「今さら前の左府に呪詛を仕掛けて得をする人がいるとは思えませんし、かといってこの泊瀬の都は悪しきものが安々と侵せるような場所ではありません。顕成殿には気の毒ですが、単に病が脳にまで及んだだけのことではありませんか?」
「違うな。錯乱しただけであれ程の力は出せん」
麻太智は断じた。経験に裏打ちされた、武人としての勘である。
「兄様がそう言われるなら、そうなのでしょうけど……」
「悪しきものが入れないというのなら、誰かが運び入れたということでしょうか?」
清乃がふと思いついたように口にする。