第六回
「あ、荒城殿!? 違うのです、これは父が無理矢理に、私はそんなふしだらな女ではなく、で、ですが誤解なさらないでください、決して嫌というわけではなくっ」
「分っております。少し落ち着かれよ」
顕光が混乱の極みといった様子でしがみつく。麻太智は手つきこそ優しくしながらも、顕光を冷静沈着に引き剥がすと一人で立ち上がった。
「ああ、荒城殿……」
布団の上に置き去りになった顕光が切なげに手を伸ばす。幾許かの情を覚えぬでもなかったものの、とりあえず構っている場合ではない。
顕成は禍々しさを湛えた面で麻太智を睨む。
「おのれ、ひとたびは我が娘をたぶらかし手篭めにしておきながら、今さら逃げようというつもりか。そうはさせんぞ。そなたは三条の家に入るのだ。さすれば西園寺とて恐るるに足りん。ぬしを通じて蒼の君をも手中に収め、儂が天下を支配するのだ!」
頭は確かか、などと改めて問うのも馬鹿らしかった。顕成は明らかに己を失っている。
――いや、というより憑かれているのか。
麻太智は相手を慎重に見定めつつ手刀を作った。甚だ気は進まないが、今の顕成を鎮めるには昏倒でもさせるより他なさそうだ。
「荒城ぃ、顕光を抱かんかぁ!」
顕成が両手を前に突き出して掴みかかる。麻太智は身をずらしてかわしざま、手刀を振り上げた。
「ふぁ……」
だが振り下ろすことはなかった。顕成の口から欠伸のような声が洩れ、膝ががくりと崩れ落ち、上体が前に倒れ込む。麻太智は即座に攻撃を中断して、力の脱けた身を支えた。常軌を逸した精気は跡形もなく失せている。