第五回
顕成の伏す部屋は邸の最も奥まった場所にあった。風も通らなければ陽の光も当たらぬが、重病人の体にはかえってそれらは障ると考えれば、あながち異なことでもない。
顕光に続いて麻太智も入室する。入れ替わりに看護に付いていた召使は出て行った。顕光が人払いを指示したのだ。
「父上、荒城殿がおいでくださいました」
顕光が枕元に膝をつき、その横に麻太智も座す。
顕成の具合はかなり悪いようだ。頬の肉がすっかり削げ落ち、肌は木の皮のように瑞々しさを欠いている。ごく微かな息の音がなければ、既に身罷っているのだと見違えかねない。
もはや満足な受け答えはおろか、我が子が話し掛けていることさえ定かに分らぬのではないか。麻太智は心中ひそかに嘆息した。
顕成はうっすらと目を開けた。ゆるゆると顔が横を向き、まず娘を視野に入れ、次いで麻太智の方へと移る。
「婿殿!」
途端、瞳が爛々と光って、布団の中から伸びてきた手が麻太智の手首を捉えた。あたかも仕掛け罠のごとく、ぎりぎりと締め付ける。
「一体どこで何をしておった、ああ、いやそんなことはどうでもよいのだ、務めさえ果たしてくれるのなら文句は言わぬ、さあさあ早く儂の血を継ぐ跡取りの顔を見せてくれ、今すぐ顕光と子作りに取り掛かるのだ!」
「ち、父上!? いきなり何を言われるのです!?」
顔を真っ赤にした顕光が悲鳴を上げる。病人の豹変に呆気に取られ、麻太智は応じる術が思いつかない。しかも顕成の力は驚くほどに強く、ちょっとやそっとでは振りほどけそうになかった。
「ぼさっとするな、床ならばここにあるではないか、いざ始めよ!」
あろうことか顕成は布団から起き上がり、自分が今まで寝ていた場所へ麻太智を突き飛ばした。さらに続けて己が娘まで投げ倒し、麻太智は自分の上に落ちてきた顕光を受け止める破目になった。