第四回
邸内は奇妙な静けさに満ちていた。主が病に伏しているのだ。陽気に浮かれ騒いでいるはずもないが、息苦しさすら覚えるというのはやはり尋常ではない。まるで家の者が皆見えない何かに脅えているかのようだ。
しかし従妹とは違って麻太智に見鬼の能などはない。不穏な気配は感じるものの、それが単に住人の不安によって生まれたものか、それとも他の原因があるのかは判別できない。
「荒城殿、先程は色々と失礼いたしました。さぞかしご不快になられたでしょう。平にご容赦を願います」
館に入ってすぐの座敷で二人は向かい合っていた。口を付けていない湯呑み茶碗をおもむろに脇に除け、顕光は麻太智へと両手を付いた。
「まさかおいでくださるとは思っておりませんでしたので……何事も行き届かず」
「いえ、別に気にしておりません。顕光殿もそう畏まらず。根が粗野な武人なもので、堅苦しいのは苦手です」
相手の緊張をほぐせればという計算も入っていたが、基本的には本音だった。顕光は今日会ってから初めて目許を緩めた。だが残念ながら麻太智は茶飲み話を楽しみに来たわけではない。
「それで、お父君のご容態は。中納言様に聞いたところでは、余り思わしくないということでしたが……」
「はい。何と申し上げたものか」
傍目にも顕光の心が沈むのが分った。いよいよ危ないということなのかもしれないが、それならかえってもう少し邸内が慌ただしくなりそうなものだとも麻太智は思う。
「無論、差し障りがあるのならあえてお話しなさらずとも構いません」
「世人を憚るのは確かです。しかし荒城殿には隠しても始まりません。恐縮ではありますが、どうぞこのあと直に父を見舞ってはいただけませんか」
「しかし顕成様は誰ともお会いになれないと、先程」
単純に聞いた話と矛盾するので疑問に思ったのだが、顕光は麻太智が別のことを気にしていると解釈したらしい。
「ああ、近くに寄ったからといって伝染るような病ではありませんので、ご懸念なきよう。ただ些か意識が混濁しているようで、荒城殿に失礼な言動を為すやもしれません。どうか病人のたわ言と聞き流していただければと」
「成程。承知しました」
つまりそれが直江中納言の言っていた「婿」云々のことに違いない。
これでこの邸を訪れたそもそもの目的は達した。噂はいずれ消えるだろうし、急ぎ対処すべきことは何もない。
この時の麻太智はそう思っていた。