第三回
馴染みのある声に、麻太智は足を止めて振り返った。
通用門が大きく開き、飛び出すようにして現れたのは狩衣を着た若い女である。
「せっかく……お越しいただいたというのに……ご無礼を……致しまして……」
両手を膝に置き、大きく息を切らせている。どうやらここまで走ってきたらしい。
「顕光殿か」
麻太智は無礼にならないよう用心しつつ相手の様子を観察する。頭に冠は乗せておらず、髪の結い上げが乱れて幾筋か頬に垂れている。普段に比べて少しやつれてもいるようだ。目の下が黒ずんでいるところからすると、十分に眠れていないのかもしれない。
「失敬、どうも立て込んでいるようだ。ご家人からもそのように伺いました。そちらの都合の良い時にまた出直すことにします」
麻太智は辞去しようとしたが、顕光は慌てたように引き留める。
「いえ、どうぞお上がりになってください。実はちょうどご相談させていただきたかったところなのです。どうかこの通りです」
深々と低頭する。その後ろでは、先程の下人が苦いような困ったような複雑な表情を浮かべていた。具体的なことは分らないが、なかなかに厄介な状況になっていると察せられた。
「顕光殿、頭を上げてください」
麻太智は意識して語調を和らげた。顕光がすがるような目を向ける。
「もともとこちらが参上したのです。ご迷惑でなければお邪魔させてもらいます」
「ありがとうございます! もう私には頼れる相手があなた様しか……」
瞳を潤ませた顕光は、麻太智に身を預けようとするかのごとく擦り寄ってきた。麻太智はさすがに鼻白む。だが強いてたしなめるまでもなく、触れる寸前で顕光は我に返ったらしい。半ば仰け反るようにして停止した。
「いや、これはその……」
「では顕光殿、案内を頼みます」
狼狽した顕光が赤面するのには気付かない振りをして、麻太智は謹直な表情を作り、一歩距離を取った。