第二回
由緒ある家柄だけのことはあり、三条の邸は宏壮なものだった。長く続く塀の前を歩いているうちに、ふと眠気を催してしまうほどである。
「くふぁっ」
麻太智は欠伸を噛み殺した。だがすぐに目元の涙を拭い、衣服を整える。ただでさえ、供も連れず徒歩でやって来るなどという貴族にはあるまじき行動だ。せめて見た目ぐらいは端正にしておかないと、どこぞの馬の骨と侮られて門前払いに合っても文句は言えない。
軽装の身なので通用門の方の扉を叩く。
しかしなかなか応答が返らない。何度か繰り返して叩き、それもだんだんと力を強くしていったすえに、ようやく細く扉が開いた。
「どちら様で?」
下男が顔を覗かせて、麻太智に警戒するような視線を向けた。麻太智は軽く頭を下げた。
「近衛大将、荒城麻太智と申す。顕成様の御見舞にまかりこした。お目通りを願いたい」
「ご厚情かたじけない。しかし主はただ今どなたともお会いになれませぬ。お引き取りを」
「な……ちょっと待たんか」
目の前で閉ざされそうになった扉を、麻太智は腕ずくで押し返した。下男の分際で無礼な、などと地位を笠に着るつもりはないが、身分姓名を明らかにした自分に対し、余りにぞんざいな対応だった。
「ぐっ、まだ何か、ご用で?」
下男は必死に扉を閉めようとしてくる。麻太智はむしろ相手が怪我をしないよう手加減しつつ、改めて取次を求めた。
「顕成様がそれほどお加減が悪いというのなら是非もない。ならば代わりに顕光殿にお会いしたい。話があるのだ」
「残念、ながら、顕光様は、ご多忙の、ゆえにっ」
麻太智を追い出そうと、下男は懸命に力を振り絞る。
ここに至って麻太智は怒るよりも不審に思った。なぜここまで頑なに来訪を拒否するのかが分らない。ただ理由はともあれ、おそらくは主の命を忠実に守ろうとしているだけの相手に、余り苦労を掛けさせるのも気の毒だ。
「そうか。では仕方ない。また出直すとしよう。その旨、顕光殿にお伝え願えるか」
麻太智が力を緩めると、下男はあからさまにほっとした顔をした。
「承りました。必ずお伝えしましょう」
「頼む」
扉から手を離して背を向ける。さてこのあとはどうしたものか、と麻太智は一歩を踏み出した。
「荒城殿!」