08F ダンジョン生活二日目
《【報告】ダンジョン領域内で侵入者を殺害し、魔力を回収しました》
《【報告】時間経過によって、土地から魔力を徴収しました》
《【報告】時間経過によって、領域内の生物から魔力を徴収しました》
《【報告】魔物たちの維持に魔力を消費しました》
《【報告】配下の魔物のレベルアップを確認しました》
「……なんじゃこりゃ?」
翌日、早速設置したログハウスの中で俺が目を覚ました途端、何故か頭の中で大量のインフォメーションが鳴り響いた。つか、うっせぇ。
市販の目覚まし時計だって、もう少しは慎ましさがあるだろう。
ギシッと軋む音を立てながらベッドの上で起き上がり、俺は一つ欠伸を零す。まだボンヤリと霞む目蓋を擦りつつ、まずは管理画面を呼び出して人工音声の履歴を確認する。
侵入者撃退の報告については……まあ大方の予想通りと言うべきか、鹿や鳥辺りの元々森にすんでいた野生動物についてのものだった。
『亜空間型』のダンジョンはともかくとして、他の三つの形式は廃墟なり山地なり天然の洞窟なりと、元々ある自然の地形を利用してダンジョンを作成することが多い。俺の場合は森だな。
当然、そこには元から暮らしている動物なり人なりがいるわけだが、別に彼らは強制的に領域内から排除されたり、俺の支配下に置かれる訳ではない。
ダンジョンに組み込まれるのは、あくまで地形だけ。ダンジョンを設置した時点で領域内に存在していた個体は、そのままその場にとどまり続けるのだ。
今回に関しては俺が眠っている間に、ダンジョン内に放っておいた魔物たちが野生動物を狩っていたのだろう。
魔物たちの体調維持に消費された魔力に関しては、完全に無くすこともできないだろうから割愛。
減らす努力はするべきだろうが、配下の魔物を増やせば増やすだけ、維持費は多くなると考えるべきだ。
俺が気になっているのは、残りの三つ。
まずは上から順番に、詳細を確認していくことにした。
「えーっと、『ダンジョンは支配領域の面積に比例して、時間経過と共に土地から魔力を徴収します』?」
…………。
……どうして神様は、こんな重要なことを最初に教えてくれなかったんだ。
思わずその場で項垂れてしまいそうになる。これを事前に知っていれば、もう少しポイントの使い道だって考える人も出てきただろうに。
主に特異個体狙いで召喚しまくってた人とか、召喚しまくってた人とか、しまくってた人とか。彼らは泣いていいと思う。
前から薄々感じていたが、俺たちの真の敵は説明不足なチュートリアルなのではないだろうか?
いや、確かに事前に魔力を得る方法は一つじゃないと教えられていたが。
だとしても、こんな重要な説明を抜かすとか、何を考えているんだと担当者を問い詰めたくなるのは仕方のないことだろう。
二つ目のインフォメーションも同様で、ダンジョン内に侵入した生物は俺の許可した相手を除き、時間経過とともに魔力を徴収されるようだ。
これは相手が強ければ強いほど、時間当たりの徴収量も増えていくみたいである。
この様子だと、考え方によってはわざと侵入者を殺さず、細く長く魔力を搾り取る手段だって視野に入ってくるな。
はよ……ヘルプ機能の実装はよ…………。
負の思念を垂れ流しにしてしまいそうになってから、俺はため息を一つ吐いて思考を切り替える。
色々と愚痴を吐きたくはなるが、これらの方法が効率の面で『生物の殺害』より劣っていることは確かなようだ。
現在、俺のダンジョンはクレビュート森林の奥地を中心に、おおよそ総面積の四分の一ほどを支配領域として取り込んでいる。
その段階で、時間経過による土地からの魔力徴収量は127ポイント。生物からは306ポイント。
対して、侵入者の撃退で得た魔力は665ポイント。前者の二つとでは大きな差があった。
即効性という点では、やはり侵入者は殺してしまう方が手っ取り早いみたいである。
「魔物の体調維持に消費された魔力は……111ポイントか。差し引きでは977ポイントのプラスだな」
これで手持ちの魔力は、合計で2202ポイントになるわけだけど……。
少し悩んでから、俺は残っている魔力のほぼ全てである2000ポイントでダンジョンの領域を拡張させた。
塵も積もれば山となる。毎回の量は少なくとも、定期的に魔力を得られるというのは非常に大きな利点だ。
ただし、これは近隣の住人にダンジョンを発見されやすくなるというデメリットも抱えている。当然、見つかれば俺を殺しに大勢の刺客がやって来るだろう。
それらすべてを撃退できれば儲けものだが、もしかすればダンジョンの防衛能力を超えた戦力が差し向けられるかもわからない。
危険を承知で実利をとるか、リスクを避けて安全をとるか。これはそういった話だ。
《【要求承認】魔力を消費し、ダンジョンの領域を拡張しました》
管理メニューで確定操作を行うと同時に、別の画面で広げている近辺地図に塗られていた赤い区画が広がる。
これでおおよそ、森林の半分弱程度が俺の管理下に入ったわけか。
出来れば早いうちに、全域をダンジョンに組み込みこんでおきたいものだな……と考えつつ、俺は長いこと同じ姿勢をとっていたゆえ、凝り固まっていた肩をほぐすように回す。
……と、丁度その時。
「うにゅ……ますたー?」
「ん? 起きたのか?」
ふと、ベッドの上に腰かけていた俺のすぐ傍から、鈴を転がすような幼い声が聞こえてきた。
俺が顔をそちらへと向けると、そこにはポッコリと小さく山になっている毛布の膨らみが。
しばらくはモゾモゾと蠢いていたものの、やがて出口を見つけたのだろう。ピョコリと、その下から可愛らしい顔が飛び出てくる。
勿論、それは俺が召喚したウェアウルフの少女のものに他ならなかった。
さて。
どうして俺と同じベッドから彼女が出てくるのかと聞かれれば、それは当然、昨晩は彼女と俺が一緒に寝ていたからだ。
だってベッドは一つしか買ってないし。二つも買うのは魔力がもったいないし。
かと言って、人間に近い容姿の彼女を他の魔物と同じように外で暮らさせるのは、気が咎めるってものじゃない。
結果として、俺と一緒のベッドを使うことになったのだ。
勘違いして欲しくないのは、別に俺は俗に言う変態紳士などではなく、正真正銘の清く正しい立派な紳士だという事である。
当然、俺は彼女に手を出していないし、性的に興奮したりなどという事は断じてない。ロリコン死すべき慈悲はない。
あれだ、あくまで彼女は抱き枕代わりでしかなかったのだ。
多少、柔らかくて、あったかくて、モフモフとした抜群の毛並みを堪能していようと、俺にとっては少し上等な抱き枕でしかない。ないったらない。
俺が胸の内で熱心な自己弁護を繰り返していると、ウェアウルフの少女は眠たげに細められた半眼を丸めた手で擦り、ふわぁ……っ、と小さな口を開けて欠伸を零す。
――――可愛い。
「ぉはよぅござぃましゅ、ますたー……」
「ああ、おはよう…………って、うん?」
ショボショボと瞬きをしながら頭を下げる彼女に俺も挨拶を返すが、途中で引っ掛かりを覚えて首を傾げる。
あれ? 彼女って、こんなに上手に喋れたっけ?
いや、まあ。前から話せることは理解してたけど、『ますたぁ』としか口にしてなかったよな? まだまだ流暢とは言えないだろうけど、滑舌も良くなっているように聞こえる。
よくよく観察してみれば、僅かながらに身体も大きくなっている気がする。あくまで一、二歳程度の違いだろうけど。
はて、これは一体どういうことだ?
思わず首を傾げる俺だったが、そこで今朝方に鳴り響いた最後のインフォメーションを思い出す。
確かあの時は、『配下の魔物のレベルアップを確認しました』などと聞こえてこなかったか?
そこまで考えに至った俺は、即座にメニューを操作して魔物管理から彼女の能力画面を探し出す。
最初は野生動物を狩っていた他の魔物が成長したのだと思っていたし、実際に何体かはレベルアップの報告が来ていたのだが……。
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個体名称:未定
種族:ウェアウルフ幼体(モデル・ヴィントヴォルフ)
Lv:5/35
所持スキル:
【未成熟Lv9】【身体能力強化Lv2】【嗅覚強化Lv2】
【爪牙Lv1】【疾走Lv2】【風魔法Lv1】
【咆哮Lv1】【威圧Lv1】【暗視Lv1】
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やはりと言うか、予想通りレベルアップしている……が。
「…………何故?」
眉をひそめながら、俺は呟いた。
夜間の内に野生動物を狩っていたであろう、他の面々が成長するのは理解できる。
しかし、彼女はそれに参加していなかったはずだし、そもそもそれらの面々と比べても成長が著しすぎる。四つも一気にレベルが上がるとか、どうなってるんだ?
腑に落ちない思いを味わっていた俺だが、その原因はすぐに判明した。
幾つか変化していたスキルの内、唯一レベルが下がっていた【未成熟】に意識を集中させると、新たに詳細な説明が別枠で浮かび上がる。
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名称:【未成熟】
区分:受動発動
備考:
主に幼体の魔物が持つスキル。
全能力値に大幅な制限がかかるが、経験を積んで成長するにつれて段階的に解除されていく。
またその間、取得経験値が大幅に上昇する。
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「……つまり簡単に言って、今のこの子は成長期だと?」
まだ寝ぼけているのだろう、危なっかしく円を描くように頭を揺らしている少女を支えるように抱き寄せながら、俺は視線を天井に向けながら考える。
思い出しているのは、昨日の彼女とヴィントヴォルフがじゃれ合う光景だ。
召喚したヴィントヴォルフが十分に成長しきった成体である事は、スキル欄に【未成熟】の文字がないことからも確定的だ。
しかしその時点で、彼女はヴィントヴォルフとほぼ同程度の身体能力を有していたように思える。それも、スキルによって能力値が制限されながらも……だ。
ゾクリ……と、鳥肌が立つ。
もしもこの少女が完全に成長しきった時、一体どれほどの戦力となるのだろうか。
おそらくは僅かな恐れが滲んだ、しかしそれ以上に大きな期待を宿しているであろう目で、俺は彼女の無垢な顔を見つめる。
――もしかしたら、俺は思っていた以上に幸運なのかもしれない。
「くぅ~、ますたー」
まるで子犬のような少女だ。
そう改めて考えながら、俺は頬を擦り付けるようにして寄り掛かって来る少女の頭を撫でた。
同時に、それは今後の大まかな方針が決定した瞬間でもある。
「レベルを上げよう。一日でも早く、この子を成体に育て上げるんだ」
それがきっと、俺が生き残るための最善手なのだろうから。
誰にともなく宣言しなから、俺は興奮からジットリと汗が滲んだ拳を握り締めるのだった。