02F 第589番コア
「――なるほど、わからん」
空中に厚みのないディスプレイのような形で投射されているのは、『世界を滅ぼすダンジョンの作り方』と題された手引書。
その中身をすべて読み終えてから、俺こと【第589番コア】はポツリと呟いた。
我ながら随分と味気ない名前だとは思うが、それ以外に自身を表す名称を持っていないのだからしょうがない。
生前には、俺にもまっとうな名があったのだろう。自分が人間であったことは理解できているが、それ以上踏み込んだことになると途端に霞がかかったように思い出せなかった。
多分、それほど歳は取っていなかった……ような気はする。
記憶ではなく、知識として俺の中に蓄えられていた情報の中には、ゲームや漫画やアニメなど、いわゆる若者向けの娯楽ばかりが列挙されていたからだ。
これで実はいい年した中年でした、となれば精神的に結構キツイ。いや、別にそんな趣味の人を差別しているわけではないが。
うん、個性大事。オタク文化は国の宝だよ。
……いや、ともかく。
馬鹿馬鹿しくはあるが、どうやら本当に俺は一度死に、ダンジョンコアとして生まれ変わっているらしい。
なんだろう、上手く言葉にできない不思議な感覚だ。
記憶喪失に陥った人もこのような思いなのだろうか。足元がおぼつかないような、フワフワとした気分である。
「さて……しかし、これからどうしたものやら」
どうにも、俺には独り言を呟く癖でもあったのだろうか。
そう零しながら改めて周囲を見渡してみれば、ここは天井も、床も、壁も、何もかもが真っ白に染め上げられている空間だった。
広さとしては、大体六畳くらいだろうか。これで家具が揃っていれば、十分に一人暮らしが出来そうなスペースはある。
出入り口も窓も見当たらないが、どこからか光を取り込んでいるだろう。もしくは、壁面自体が発光しているのか。
存外に明るい空間内で、俺は腕を組みながら今後の方針を考える。
「ひとまず、来世が昆虫未満っていうのは遠慮したいなぁ」
これは俺だけではなく、全知的生命体の総意であろう。誰が好き好んで微生物に生まれ変わりたいと願うだろうか。
現在、俺が置かれている状況から察するに、先程の手引書に記載されていたことは事実だと考えるべきだ。
その前提を元に昆虫未満の来世を回避するならば、ダンジョンを作って世界を一つ住人ごと滅ぼさなければならないのだが……。
「……意外に忌避感がないな」
まだ思考が現実に追い付いていないだけなのかもしれないが、人殺しに対する嫌悪感をあまり覚えない。
何と言うか少し不謹慎だが、例えるならスーパーでパックに包装された生肉や魚の切り身を見ても、誰も可哀想だとは思わないだろう。
あくまで他人事。彼らは俺たちにとっての糧でしかない。
目の前で人が惨たらしく死のうとも、「あっ、そう」とばかりに、一つフィルターを挟んだ出来事のように冷淡な対応をとれるはずだ。
「まあ、これについては素直にありがたいか。いざダンジョンを作っても、殺せませんでしたじゃ話にならないし」
強制的な倫理観の変質については賛否両論あろうが、どちらかと言えば俺は賛成の立場だ。
だってこの世界の住人の中には、武力でダンジョンを攻略できる連中もいるようだし。俺たちは略奪者ではあるが、決して強者ではないのだ。
「それじゃあ次は……『管理画面オープン』」
《【要求承認】管理画面を表示します》
俺はダンジョンコアとして転生した際に植え付けられた、ダンジョン管理に関する知識を思い出す。
さらにその中でも、ダンジョンの管理に関係する項目――管理画面の表示方法を引き出しながら、カギとなる合言葉を呟いた。
途端、人間味を感じさせない滑らかな人工音声が脳内で告げられ、目の前にディスプレイが表示される。
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名称:【未定/第589番コア】
形式:未定
系統:魔獣種
属性:風・土
蓄積魔力:10000P
迷宮順位:1000位
獲得称号:なし
◇メニュー
・構造変更 New!
・魔物召喚 New!
・物品購入 New!
・交流板 New!
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・
・
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「……もろゲーム画面じゃないですかーヤダー」
思わず棒読みで呟いてしまった。
だって仕方がないんだ。実は内心でドキドキしながら管理画面を開いてみた結果が、まさかの見慣れたゲーム画面に酷似していたのだから。
いやまあ、万人に理解しやすい表示という意味では、これがもっとも適していたのだろう。
どんな分野であれ、効率を突き詰めていけば自然と他と似通った形状形式になると聞いたことがある。
馴染みのある表示の方が、俺もありがたい……のだけど。
ちょっとだけガッカリしたのは内緒だ。
「とにかく、だ。色々と気になる欄はあるけど、まずこの場合は情報収集が鉄板か?」
俺はメニューの下に並んだいくつかの項目から【交流板】を選び、新たに仮想ディスプレイを表示させた。