13F 災禍の種が芽吹く時
いやいやいや。
なにしてくれとんねん……と、俺は額に手を当てる。
正面へと視線を向けると、そこにはログハウスの床に直接正座しているステラの姿があり、彼女は怯えるような表情で俺を見上げてきた。
力なく萎んだ尻尾に、へにゃりと垂れ下がった耳。心なしか普段よりも色褪せているように見える毛並みに、俺は思わず全力で慰めてモフモフを堪能したくなったのをグッと堪える。
よく考えろ、俺。
今のステラは召喚当時とは違い、外見年齢で言えば十五から六歳ほど。つまりはまだ若いが、立派な女性と表現しても良い年頃なわけだ。
加えて、その恰好もあまりいただけない。
彼女は四肢を変化させられることに加えて、見た目よりも動きやすさなどの機能性を重視するのか、今着ているのは肩を大きく露出させたキャミソールに、太ももの半ばまでしかないデニムのショートパンツ。
ぶっちゃけ、薄着の上に肌色面積が多くて大変目の保養になりますありがとうございました。
なお、念を入れて俺の名誉のために釈明しておくが、これは俺が無理やり着せているわけではない。とりあえず適当にいくつか購入した中から、ステラ本人が選んだのだ。
正直目のやり場に困るので、その上から丈の長い外套を着るように勧めたのは内緒である。
とにかく、そのような相手を撫でまわしたり抱きしめたりしたら、両手が後ろに回ってしまうことは確定だろう。
この世界に警察は存在しないとか、そんなことは免罪符にならないのだ。セクハラ・パワハラ、ダメ絶対。
信じられるか? こんな可愛らしい少女が、あの筋肉ダルマな男たちを紙切れか何かのように屠ったんだぜ?
改めて、ここはファンタジーな異世界なんだなぁ……と認識しつつ、俺は目の前の床で縮こまっているステラに話しかけた。
「……うん、まあ。ステラの言い分はわかったよ。確かに、侵入者を殺して魔力を回収することは、俺にとって重要なことだよね」
「えっと……それなら――」
「でもさ、それを今回、俺が一言でも命令したっけ?」
多少厳しい口調になっていることは自覚しつつ、そう俺はステラを問い詰める。
途端、僅かばかり顔を持ち上げた直した彼女が再び俯くが、この辺りの線引きはハッキリさせておかなければならない。
ステラが俺の事を考えて行動を起こしたことについては、始めっから疑ってなどいないのだ。
問題は、俺の指揮権を離れて独自に動いた事実そのもの。せめて事前に許可を求めてくれば、俺も制止するなり何なりと対応できたものを。ホウレンソウは社会人の基本だよ?
おそらくこれは、俺と彼女の間にある認識の違いが引き起こした不幸な事故だ。
ステラにとって、侵入者とは『排除すべき敵』でしかない。だから躊躇いなく抹殺しようとするし、単純に考えればそれも間違いではないだろう。
けれど俺にとって、侵入者は『利用すべき相手』なのだ。
極論、ダンジョン内を我が物顔で闊歩されようと、俺に害がなければ放置してもいい。利益を搾り取れるならなお良い。
今回、彼女はダンジョンに侵入した五人を皆殺しにした。
その結果、住民が戻ってこなかった北の街は、やがてこの森に異変が起きつつあることを察知するだろう。それはとても面白くない。
最悪、街を治める領主の私兵やら衛兵やら、他にも大勢の人間が押し寄せてくることになるだろう。
また、わざわざ全員を始末せずとも、一人くらいは生かしたまま捕らえても良かった。街の防衛戦力やその他もろもろなど、聞き出したい情報はいくつもあるのだ。
やはりダンジョンに篭っていると、世情に疎くなって仕方がない。別に最初から、十分なだけの異世界の常識を得ていたわけじゃないけどさ。
結論として、彼女の行動はあまりにも稚拙で拙速すぎた。
はぁ~ぁ……と、俺はため息を吐きながら、傍にあった木製の丸椅子を引っ張って腰を下ろす。
それにステラはビクリと大袈裟に思えるほど大きく肩を震わせ、目尻に涙を溜め始めたのだが……そんなに怖いかな、今の俺。
現状はあまりよくない。と言うか、はっきり言えば悪い。
このまま何の手も打たなければ、坂を転がり落ちるように悪化していくだろう。放置している内に状況が好転するのに期待するなど、それこそ冗談でしかない。
まあ、だから、つまり、要するにだ。
今、俺が真っ先に行わなければならないのは――
俺は一度目蓋を閉じ、ゆっくりと息を吸ってから口を開いた。
「――ありがとな、ステラ」
「…………ふぇ?」
その言葉に、ステラが呆気にとられたように目を見開く。同時にやや間抜けな声が小さな唇から零れ、ちょっと今の反応は可愛かったな、などと場違いにも思ってしまう。
「あ、あの……御主人様? 今のは、その……何と仰られたのでしょうか?」
「うん、聞こえなかった? だから『ありがとな』って」
「……………………はぇ?」
俺が軽く笑いながら同じ言葉を繰り返すと、再び彼女からは可愛らしい呟きが漏れた。
ふむ、今度はスクショに収められたな。重畳重畳。
そうして俺が満足げに頷いていると、やや間を開けてからステラは恐る恐ると言った調子で尋ねてくる。
「えっと、その……私は今まで、叱責を受けていると思っていたのですか……」
「まあ、それも間違ってはいないんだけどさ」
確かに、ステラの独断専行は状況を悪化させた原因でもある。その点で、俺は彼女を庇うつもりはないし、実際に叱ってもいた。
けれど、決してそれだけで終わらせてもいけない。ステラの判断は、突き詰めれば『俺のため』というただ一点に収束されるのだから。
間違いは正さなければならない。
しかし、忠義には報いるべきだ。
勘違いしてはいけない。俺は彼女たちの雇用主であり上司でもあるが、その立場に甘えて好き勝手な命令を重ねては、やがて愛想をつかされるかもしれないのだから。
どんな強大な大国でも、臣民の離反から起こる内部分裂の末路は悲惨だぞ?
さらに今回の一件があろうとなかろうと、長期的に見れば俺が取るべき方針は変わらないのだ。
「元々さ、俺は綺麗な結末なんて望んでないんだよ。どんな小奇麗な理屈を並べても、俺たちは『悪役』なんだから」
この世界の住民にとって俺たちダンジョンコアとは、つまるところ『吐き気を催す邪悪』だ。
どれほどの言葉で飾ろうと、俺たちがやっているのは『どうも、異世界から来た神の使徒です。自分たちの来世のために滅んでください』なんて自分本位な破壊行動なんだから。
街一つが敵に回る? それがどうした。
そもそも俺たちの最終目標は、世界を滅ぼすことなんだから。こちとら敵認定なんてとうの昔に終わってるんだよ。覚悟を決める時間なんて、ここ数日の間にいくらでもあった。
今更、俺が人類の敵に回ることに抵抗を覚えるとでも?
「だから気にするな……とまでは流石に言わないけど、次からは気を付けて欲しいかな。ある程度、予定が狂ったことは事実だし」
なんて、最後にそう格好つけつつ締めくくる。やっぱり、俺にこんな役回りは似合わないだろうな、と肩を竦めながら。
けれども、それを随分と大仰に受け取ってしまった者もいたらしい。
ステラは何かを堪えるように唇を噛み締め、ギュッと服の裾を握り締める。その拳は細かく震え、ジンワリと滲むだけに留まっていた涙は、ついに決壊してポロポロと零れ始めた。
「ま、御主人様……ますたぁっ!」
「お、おうっ!?」
気づけば俺はステラに抱き着かれ、床の上に押し倒されていた。座っていた椅子が派手な音を立てて倒れるが、それに気を回す余裕などない。
背を打った痛みに顔を微かに顰めつつも、それをおくびにも出さないように注意を払いながら、彼女の最上級の絹にも劣らぬ手触りの髪を撫で梳かす。
やはり、いくら外側が育とうと、中身の方の成長はまだ追い付いていないのだろう。
子供のように泣きじゃくりながら、俺の胸に顔を押し付けるステラに、俺はクスリと小さく口端を持ち上げるのだった。
……うん、でもね。
それは逆に言えば、外側はしっかり育ってると言うことで、つまり彼女が力強く俺を抱きしめる度、オニャノコの柔らかい身体の感触がダイレクトに伝わって来るってことなんだよなぁ。
いや、口にはしないけどね。せっかくいい話風にまとまりかけた雰囲気がぶち壊れるし。
あと、本音を明かせばもう少しこの役得な感触を味わっていたい。
呆れたければ呆れればいい。男とは馬鹿な生き物なのである。
とは言え、いつまでも頭の中でお祭り騒ぎをしているわけにはいかない。
現状、俺が保有する戦力では余程の豪運に恵まれなければ、街一つを落とすことなんてできやしないのだから。
限られた時間制限の中で、どれだけ軍備を整えられるか……まぁ、普通に厳しいよなぁ。引き下がる気も毛頭ないけどさ。
幸いにも、と言うべきか。ここ数日重点的に育てていたことに加え、先程の侵入者たちを倒したおかげで、ステラがようやくレベル限界に達したようだ。
同時に流れたインフォメーションによれば、『進化条件』とやらも満たしているみたいである。詳しいことは調べてみなければわからないが、少なくとも今よりも弱くなることはあるまい。
後は……そうだな。魔力には余裕ができたし、少し本腰を入れて狙ってみてもいいかもしれない。
ステラに続く、特異個体の魔物を……ね。