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12F だからこその渇望、それゆえの忠誠心

 

 ……グロ注意(予防線)

 

 



 ――私たちは、無から生まれた。


 ゆえに私たちには何もないし、回想すべき記憶すら持ち合わせていない。

 真っ白な核に、魔力から作られた器。それが私たちを構成するすべてで、それ以外のモノなんて必要のない無駄でしかないから。


 どこまでも空虚でがらんどうで空っぽ……それが、魔物(わたしたち)という存在だ。


 ただ一つ、そんな私たちの誕生と同時に芽生えた至極にして最上の使命は、『創造主(マスター)の命に従う』こと。

 と言うより、それはもはや本能に近いだろう。

 彼らのおかげで、私たちは生まれることができた。彼らが望んでくれたから、私たちは存在している。


 私たちに感じるための心を与えてくれたのは彼らだ。

 私たちに自由に動くための肉体を与えてくれたのも彼らだ。

 私たちに生きるための目的を与えてくれたのすら彼らだ。


 なればこそ、私たちは彼らに忠誠を誓う。

 何も持ち合わせていないゆえに、それは私たちにとって当然の帰結で、論ずる以前の話でもあった。


 彼らの役に立つ。それこそが、私たちの生き甲斐なのだから。


 同時に、この隙間だらけで穴まみれで歪すぎる存在に、唯の一滴でもいい。慈悲をください。

 たった一言でも、言葉が欲しい。言葉にせずとも、態度に表して欲しい。態度に出さずとも、せめて胸の内では思っていて欲しい。


 私たちに、『生きていても良いのだ』という証をください。


 これこそが、私たちが根底に抱える渇望。満たされたい欲求。

 欠片でも構いません。私たちの事を、必要だと感じてください。縋らせてください。


 そして、何の因果か運命のイタズラか……特に私は、私たちの中でも御主人様(マスター)に近い姿を与えられて生まれてきた。


 二本ずつの手足に、つるりと毛のない肌と顔。複雑に鳴くための喉と口に、御主人様(マスター)の声を聴き、姿を目にするための耳と瞳。

 同種(なかま)のはずの魔物(かれら)とも、全く違う姿形。

 多少の差異こそあれ、概ね人間とそっくりに生まれ落ちた私を、御主人様(マスター)は驚きつつも優しく迎え入れてくれた。


 まずは服を着せてくれて、次に声をかけてくれた。恐る恐る頭を撫でてくれて、ややあって抱きしめてくれた。同じ食事を与えてくれたし、一緒のベッドで寝てもくれた。


 最後に――私に、ステラという名前を与えてくれた。


 きっと御主人様(マスター)にとって、これらは深く考えた結果の振る舞いではなく、すべて『なんとなく』の行動なのだろう。

 けれどその一つ一つが、私にとってどれほど嬉しかったことか。きっと御主人様(マスター)は理解していない。


 同じ群れの中でさえ異端となった私に、身内として接してくれた。

 たったそれだけが、しかしそれこそが、私たちが心底求めて止まない事なのだから。


 だからこそ、この身体、この魂、この身の毛の一本、血の一滴に至るまで、私は御主人様(マスター)へと捧げる。御主人様(マスター)の敵を噛み砕くためだけの牙であり続ける。

 だから――


「あなた達全員、御主人様(マスター)の糧になればいい。御主人様(マスター)の聖域を犯す者は、誰であろうと私が許さない」


 不届きにも御主人様(マスター)のダンジョンに土足で踏み込んだ輩に向け、私は微笑みを浮かべながら宣言する。

 あなた達みたいなのでも、死ねば御主人様(マスター)の役に立てるのだから。むしろこの上ない名誉だろうと、内心で付け加えながら。


 この場に充満しだした血液の芳醇な香りに、自然と心臓の鼓動が高まるのが分かる。

 こればかりは姿形が違えど、私も魔物という事なのだろう。

 身体のあちこちが騒めくのを感じ取りながら、私は『やり過ぎて』しまわないように心掛けながら、『軽く』地を蹴った。


 途端、撃ち出されるように私の身体は加速し、瞬きする間もなく獲物の一人との距離を詰める。

 恐怖に歪んだ顔は私の影すら捉えられておらず、未だに私が元居た場所を眺めている様子は、いっそ滑稽ですらあった。


 そんな男の首に片手を添え、そのまま私は『優しく』力を込めながら腕を振るう。

 結果、まるで小枝を折るよりも呆気なく男の首の骨は砕け、それだけに飽き足らず、衝撃に耐えきれなくなった頸部が弾け飛んだ。

 千切れて宙を舞う頭部に、その後を追うように間欠泉の如く傷口から血が噴き出す。


 その光景を眺め、ああ、失敗しちゃったか……と、私は内心でため息をついた。

 戦う以上は仕方がないし、自業自得だとは言え、御主人様(マスター)から頂いた外套が返り血で赤く染まっていくのを見るのは辛い。


 まだ幼かった頃……とは言え数日前の事なのだが、その時と比べて今の私はかなり複雑で論理的な思考ができるようになっていると思う。

 むしろ当時の行動の一々を思い出すと、親愛こそ表現できていたが、御主人様(マスター)への敬意も何もない態度に、顔から火が出そうなほどの羞恥に悶えそうになる。


 いえ、まあ。それも決して、悪い事ばかりではなかったのだけれど。

 成長して身体がある程度大きくなってからは、御主人様(マスター)は最初の時のように気軽に頭を撫でてくれなくなったし、少し距離を取られるようになってしまった。どうしてだろうか。ちょっと悲しい。


 私から催促するのは恐れ多いのだけれど……やっぱり、またギュッて抱きしめられながら一緒のベッドで寝たい。

 あれは御主人様(マスター)の匂いに囲まれるから、凄く安心できる。


 …………とにかく。


 どうにもここ数日の間、急激に身体能力が上がったおかげか、力の調節に苦労するようになった。

 本当は首の骨を折る程度で済ませようと思ったのだが、勢い余って吹き飛ばしてしまったほどだ。


 勿論、強くなること自体に否はない。

 私のモノは御主人様(マスター)のモノ。私が力を付ければ、それだけ御主人様(マスター)を様々な脅威から守れるようになるのだから。

 なにより御主人様(マスター)が望むならば、命すら投げ出すのが私の忠義である。


 そして今もまた一つ、外敵を殺すことで私は強くなっていた。


 命尽きた亡骸から、生前にその者がため込んでいた魔力が放出される。

 その大半はダンジョンと化した土地を通して、ダンジョンコアたる御主人様(マスター)へと回収されていくだろう。


 だが、そのうちの一部は流れを外れ、私の方へと漂ってきていた。私を構成する魔力と混ざり合い、その肉体をより強靭に成長させる。

 これで更に御主人様(マスター)のお役に立てるはず。そう考えれば、胸の奥からジンワリとした温かさが湧き上がってくるほどだ。


 しかし、そんな感慨に水を差すかのように、侵入者の男たちは無粋な声をあげる。


「――っ!? アラァァアンッ!!」

「なんなんだよッ!? 何なんだよこれはぁ!!」


 みっともなく取り乱した大人の喚き声が、私の耳を打つ。

 一人は友人だったのだろう、頭と胴体がお別れした男の名を呼び、もう一人は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでいた。


 せっかくいい気分に浸っていたのに……と、私が恨みがましい目で見つめると、彼らの中で一番の年長者であった老人が余計な荷物を捨て、手にしていた鉈を構えて叫ぶ。


「お主ら、今すぐ街に逃げて領主に伝えよ! この森は魔窟と化しておるとっ!」

「……クスっ、逃げられると思ってるの?」


 その者の言い草に、私は軽く笑い声をあげながら口元に手を当てる。

 はたして今更、何を言い出すかと思えば。


 最初に告げた通り、御主人様(マスター)のダンジョンを汚した者たちを許すつもりなど毛頭ない。

 そして、未だに私から逃げ出せるなどと考えているのなら、それこそ業腹と言うもの。


 彼らの淡い希望を手折るように、私はわざと極限まで速度を落として――つまりは歩いて彼らへと近寄る。


「っ! ――ツェェェエエイッ!」


 その姿に僅かに息を飲む気配を発する老人だけど、すぐに裂帛の気合を込めて上段から鉈を振り下ろしてきた。

 そう、それでいい。

 私はあなたの敵で、敵に容赦などしてはいけないのだから。

 敵対する者は最後の一体まで引き裂き、獰猛に食らい尽くし、徹底的に蹂躙し、後顧の憂いとなる前に滅ぼすべきだ。


 けれど、彼らにとって不幸だったのは、そもそも彼らの能力ではどうあがいても、私を倒すどころか足止めさえ不可能だった点だろう。


 脳天へと迷いなく振り下ろされる金属の塊を、私は片腕だけを獣の形態へと変化させて弾く。

 元々、切れ味には期待できない上、振るっているのが多少鍛えているとはいえ唯の老人。

 少しばかり痛かったが、私の腕には傷一つついていない。精々青痣ができるかどうか、と言ったところだろう。


 これがせめてまともな剣であれば、手傷程度は負わせられたかもしれないが。


 私は最後の手向けとばかりに、驚愕に目を見開く老人に微笑む。そして空いていた手で彼の胸を殴りつけると、糸の絡まった人形のように不格好に吹き飛んだ。

 乾いた音と湿っぽい音が混じった異音。加えて腕に伝わった手ごたえからして、あの老人はもう終わりだろう。


「さて、残りはあなた達二人ですか」


 今度は上手く加減できた、と満足げに息を吐きつつ、私は残りの二人の男へと視線を向ける。

 もはや彼らには、抵抗しようという気概すら湧かないのか。腰を抜かしながら化け物を見るような目で私を見つめて来ていたが、それもあながち間違ってはいない。


 事実、人間から見れば私たちは異形の怪物であり、実際に私はそれでも良いとさえ思う。

 だって、それくらいに強ければ、御主人様(マスター)を危険に曝すこともないのだろうから。


 私は最後の締めとばかりに、彼らにも止めを刺そうとし……その直前、既に自身が成長限界(レベルキャップ)に達している事に気がついた。

 どうやら先程の老人は、思っていた以上に魔力を溜め込んでいたらしい。

 これでは目の前の者たちを殺したところで、私自身が魔力を取り込んで成長できない。残念。


 その場合、すべての魔力は御主人様(マスター)に回収されるので、別に問題がないと言えばそうなのだが……。

 私が考え込んでいると、ふと、周囲を取り囲んでいる同胞たちの気配を察知する。


 どうやら彼らも侵入者を排除しに来たのか……あるいは、単純に血の匂いに引き寄せられてきたのかもしれない。


「そう……ね。これ、皆で好きにしていいよ」


 より御主人様(マスター)に安全に過ごしてもらうならば、数を揃えるだけではなく、私以外にも強い個体はいた方がいい。


 私が獲物を譲ったからか、今までは気配だけだった同胞たちが姿を見せ始めた。

 その数は、ゆうに二十は超えているだろう。先頭にいるのは、元々は私と同種であったヴィントヴォルフの二体だ。


 彼らには異端の私と違って、同族たちを纏め上げる力がある。

 単純な力の差で従わせている私よりも、ずっと配下の魔物たちを指揮する能力は高いだろう。


 彼らが最後に確認するように向けてきた視線に、私は簡潔に目だけで返答する。

 途端、周囲を取り囲んでいた同族たちは、一斉に二人の侵入者へと躍りかかった。


 閑静だった森林の中に、男二人の悲鳴と肉を食いちぎって咀嚼する音が重なる。特に意地汚い者の中には、私が仕留めた獲物を貪り始めている者まで出てくる始末だ。


 流石にその光景を最後まで見ている気にはなれず、私はこの場を後にすることにした。

 それは別に、彼らの血生臭い宴が苦手という訳ではない。私だって魔物なのだから、血に酔う性質は持ち合わせている。


 これは単純に、私の中では餌食となっている彼らへの興味がなくなっていただけ。

 正確には、他のことに関心が向いていたというべきか。


 例え姿形が違えども、同種ではなくなろうとも、御主人様(マスター)への忠誠という一点で、私と彼らは志を同じくしている。

 まさかこの期に及んで、情けをかけるような真似はしないだろう。


 血で赤く染まった外套を翻し、私は御主人様(マスター)の下へと駆け出した。当然、既に事態とその結末は把握しているだろうが、だからと言って報告を怠る道理はない。

 はやる心を抑えつつ、私は御主人様(マスター)が拠点としている建物へと急ぐ。


 そしてその間、私の頭を占めていたのは、たった一つの期待だった。


御主人様(マスター)、褒めてくれるかな……?」


 他の同胞たちには、別の形で褒美は与えられている。

 なら私だって、少しくらい美味しい思いをしても、おかしくはない……よね?


 足取りも軽く、私は一秒でも御主人様(マスター)の前に馳せ参じるべく、地を踏みしめるのだった。





《【報告】ダンジョン領域内で侵入者を殺害し、魔力を回収しました》

《【報告】配下の魔物のレベルアップを確認しました》

《【報告】配下の魔物が進化条件を満たしました》



 

 

 なお、このあとメチャクチャ怒られた模様。

 

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