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11F 可憐なる絶望

 



「――なあ、何だか変じゃないか?」


 ふと、同行していた仲間の声に俺――ロレンツォは顔をあげる。

 そこには妙な顔をしている友人の顔があり、普段の俺なら存分にからかってやったのだろう……が、奇遇にも彼が口にしたことは俺自身も考え始めていたことだった。


「ああ、そうだな。今日の森は静かすぎる」


 ここはよく効くと有名な薬の産地として、ちょっとした名所であるデュニオスの街の南に位置するクレビュート森林。貴重な薬草が多数自生しており、長年にわたって街に薬の材料を提供している重要な土地だ。

 それゆえ、この森は代々の街の領主が管理しており、俺たちのような許可を与えられた専門の採集職人以外は、立ち入りを禁止されている場所でもある。


 許可証を持たない者が出入りしていることが判明すれば、すぐさま衛兵たちが飛んできて牢屋にぶち込まれる。

 許可証を与えられた俺たちだって、勝手に薬草を採ってこれば免許の剥奪は免れないだろう。

 他の街の奴らからすれば、たかが森に入ったくらいの罰としては重すぎるらしいが、逆に言えばそれだけこの街がこの森を重視しているということだ。


 そうなれば当然、採集職人になるためには厳しい試験に受からなきゃならねぇ。

 薬草の知識に詳しいだけではダメで、森に生息している野生の獣たちから身を守るため、ある程度は身体を鍛える必要も出てくる。

 デュニオスの街に限ればだが、つまり採集職人とは限られた奴しかなれないエリートで、住民全員の憧れの職業なのだ。


 しかし、そんな俺たちが足を踏み入れた今日の森は、この前よりも幾分か不穏な空気が充満しているように感じる。


「ここまで奥に来てるのに、いつもならウッザイくらいに突っかかって来る獣どもの姿を見ねぇな」


 どうやらこの疑念は、俺たち二人以外も共有していたようだ。別の採集職人の言葉に全員が頷く。

 どうにもこの土地の動物たちは、他と比べて気性が荒くていけねぇ。体格だって大きいし、その分危険度も上がる。

 随分と昔に学者が地質調査に来た時には、土地に魔力が溜まりやすいからとか言ってたっけか。


 あいつらの話は無駄に長くてややこしいから面倒だが、何でも大昔――それこそ神話の時代には、ここに巨大な魔窟があった可能性があるらしい。

 つっても、魔窟くらいは俺だって知ってる。無限にモンスターっつー化け物を生み出す危険地帯で、俺たちの爺さんの世代にも世界中で見つかったそうだ。


 その時は大陸全土が荒れ果てたようだが、既に今までに発見されたすべての魔窟は潰されている。生き残っているモンスターだってそう多くはねぇ。

 俺も当時の恐ろしさを伝える話を聞くことがあるが、そりゃ大変だったんだなと頷くばかりだ。


「つっても、鬱陶しい畜生どもが出てこないだけで、それだって俺たちにはありがたいくらいなんだけどな」


 そう、そうなのだ。また別の採集職人の言葉に、俺は低く唸りながら顎を擦った。

 別に俺たちに被害があったわけじゃねぇ。ただ単に獣たちが出てこねぇだけで、それだって偶々なのかもしれない。

 むしろ、いつもはこれほどまで奥地に踏み込めないわけで、それを考えれば今まで諦めざるを得なかった、新たな薬草の群生地を見つけられる可能性がある。


 進むべきか、ここで引くべきか。おそらくはこの場の全員が悩んでいることだろう。


 ちっ、面倒くせぇ。大体、俺は頭を使うのは苦手なんだよ。

 仲間内で意見が割れた時、これまでなら多数決で方針を決めるんだが……。


 俺が視線を向けた先では、この道数十年の大先輩であるクルト爺さんが眉根にシワを寄せた顔を立っている。

 どうにも今日の爺さんはおかしい。なんつーか、心ここに非ずっつーのか? 考え事に耽ってる様子だ。


 普段が寡黙だが頼りになるだけに、この変化には仲間全員が戸惑ってるみたいだった。


「――この感覚…………この空気……まさか…………」

「あん? なんか言ったか、爺さんよ?」


 と、その時。

 爺さんが何事かを恐れるような表情で小さく呟いたようで、よく聞き取れなかった俺は思わず大声で聞き返す。


「あ? 今、何か聞こえなかっ――」


 それと同時に、仲間内の誰かが訝しげな声をあげた。





 その、直後。





 俺たちの間を、一陣の風が駆け抜けた。


 かろうじて視界に映ったのは、煌めくような銀色の光だ。

 まるで夜空に浮かぶ星のような輝きに、綺麗だな、なんて呑気に考えつつも自然と視線で追ってしまう。


 その先に立っていたのは、たった一人の少女。どこから出てきたのか、先程まではこの場にいなかったはずの人間だ。


 歳は十代半ばくらいか? 街ではギリギリ成人扱いを受けるくらいの体躯で、俺らと比べりゃかなり小さい。

 少女はその背格好に似合わないブカブカのコートを羽織っており、目深に被ったフードからは銀色の長髪が覗いている。

 下半分しか顔は見えないが、多分かなり可愛らしい顔立ちなんだろう。もう五年も歳をとってりゃ、俺も口説きにかかってたかもしれん。


 ……いや、違う。そうじゃない。


 どうしてこの森に、俺ら以外の人間がいるのだ。

 どこをどう考えても、この少女は俺らと同じ採集職人ではないだろう。つまり規則を破ってこの場所にいるわけで、見つけた以上は取り押さえなければならない。


 多少の疑問はあれど、このような出会いを少々残念に思いながら、俺は少女に声をかけようとして――


 ドサリっ――と、何か重い物が倒れる音を聞いた。


 思わずそちらへと顔を向けてみれば、そこに倒れていたのは先程声を上げかけていた仲間の一人だった。

 俺は突然のことに、おいおい何やってるんだよ、と彼に笑いかけようとして……気づいた。いや、この場合は気づいてしまった、と言うべきか。


 そいつの首から上が、無くなっていることに。


「……はぁ?」


 思わず、間の抜けた声が漏れる。

 だって、その光景があまりにも現実感が薄かったもんだから。

 一瞬、たった一瞬なのだ。目を外していた僅かな隙に、数年来の仲間がすぐ隣で死んでいるなんて、誰が考えられるだろうか。


 視界に映し出されたのは、力づくで引きちぎられたような無残な傷口。

 ドバドバと冗談のように流れ出る真っ赤な血は、時と共に地面を際限なく汚していて。

 仕留めた動物を解体する際に嗅ぎ慣れた生臭い臭いが、風に運ばれて俺の鼻孔を直撃してきた。


 俺も、仲間たちも、誰一人として動けない。

 あまりにも唐突すぎる事態に、思考が空転していた。


 やがて、ポンと。

 丸めた布切れか何かのような気軽さで、俺たちの視線の先に消えた仲間の頭部が投げ込まれる。

 その顔は呆気にとられた表情で固まっており、最後まで何が起こったのかを理解していなかったのだろう。


 ドッと嫌な汗が背筋を伝った。毛穴がガバリと開き、鳥肌が全身に浮かび上がる。


 見たくない。だが、直視しなければならない。

 俺は錆びついた蝶番のような動きで、不格好に仲間の頭部が飛んできた先へと顔を向ける。


 そこでは先程の少女が、血に濡れた手でコートのフードを外すところだった。

 露わになったのは、想像に違わない可憐な顔。そしてその頭部から生えた、狼のような耳だった。


 その瞬間、小さくクルト爺さんが「モンスター……」と呟くのが聞こえたが、その意味を考えるほどの余裕は、既に俺には残されていなかった。


 なんだコレは。なんだコイツは。

 大の大人のくせして、情けないことに足が動かない。どうしようもなく身体の芯が震えて止まらない。


 見据えられる。その縦に細長く割れた琥珀色(アンバー)の瞳が、俺たちを順番に見渡していく。

 そして――ニッコリとソイツは笑った。子供のような純真さと無邪気さで、捕食者の微笑みを俺たちに向ける。


「あなた達全員、御主人様(マスター)の糧になればいい。御主人様(マスター)の聖域を犯す者は、誰であろうと私が許さない」



 

 

 ……グロ注意(いや、遅いよ)

 

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