10F 初めての『まとも』な侵入者?
そんなこんなで、主にステラのレベルアップを重点的に狙って過ごしている内に、気づけばあっという間に数日が経過していた。
その間に特筆すべき出来事は特に起こらず、強いて言うなら『物品購入』から色々と面白そうなアイテムを買ってみたり、交流板を覗いて他のダンジョンコアたちの様子を確認したり、ゲリラ的にステラのスクショを投下したりして気ままに遊んでいたくらいだろう。
うん、遊んでいたのだ。間違いではない。
なんだろう。思ったよりも日々の生活が充実していて困っています。
おかしいな。あくまで俺の想像上はだけど、ダンジョン暮らしってもうちょっと泥臭かったり、危機的だったり、手に汗握るモノなんじゃないんですかね?
楽しんでいて困ると言うのも妙な表現だが、やはりゲームと類似性の高いシステム関連がいけないのか、イマイチ現実で命のやり取りをしているという感覚が薄いのである。
加えて、地球に存在していた大抵の物は相応の魔力さえ払えば、『物品購入』で手に入れることが出来るので、生活面で不便を感じていないことも大きいのだろう。
ダンジョン運営に役立つアイテムだけではなく、食料品から衣料品、更には娯楽品まで幅広く提供する管理メニューには畏敬の念さえ覚えるほどだ。
これが『食料は自給自足、家や家具も欲しければ自力で何とかしろ』などと言われれば、もう少し真面目に取り組んだのだろうけど。
俺たちを冷遇したいのか優遇したいのか、イマイチよくわからない運営である。
正直、力を入れる方向を全力で間違っているとしか思えない。ヘルプ機能の実装はまだですか?
いや実際、これについては素直に便利で助かってるんだけどさ。
けど、流石に漫画雑誌まで購入リストに並べるのはよくないと思うんだ。世界観が崩れるってもんじゃない。ここって剣と魔法のファンタジー世界だったよね?
とは言え、俺が悠々自適に暮らしている間にも、他の人たちはダンジョンコアとしてまっとうな戦いを繰り広げていたらしい。
交流板には既にいくつかの戦勝報告が上げられており、逆に侵入者たちに倒された者も出始めているようだ。
……そして、ついに俺にもその時はやって来た。
《【警告】危険度の高い侵入者が現れました》
それはダンジョン生活が開始してから、五日目のお昼過ぎのこと。
拠点にしているログハウスにて、昼食にメイドイン・ダンジョンメニューなカップラーメン(醤油味)を啜っていた俺の脳内に、これまでとは違ったインフォメーションが流れたのである。
「むぐっ!? ――チュルチュルっ……ぷはっ! で、侵入者がなんだって?」
慌てて食べかけていた麺を口に押し込んでから、俺は管理画面を呼び出して履歴を辿る。
それによると、ようやく俺のダンジョンにもまともな侵入者がやって来たようなのだ。
そう、『まとも』な侵入者だ。ここ超重要。
つまりは鹿や猪などの野生動物ではなく、れっきとした人間がダンジョン領域内に引っかかったという事である。
俺は興奮と緊張が半々で入り混じった心境で、画面に侵入者の姿を映し出す。ダンジョン内限定とはいえ、こうしてその場から動かず状況を確認できるのはありがたい。
「えーっと、人数は……五人、か。予想通り、方角からして北の街からやって来たみたいだな」
引っ張り出した映像によると、相手は二十代から三十代ほどの若い男が四人と、白髪を伸ばした老人が一人。
全員が背中に弓と矢筒、手には鉈を持ち、腰には大きなずだ袋を下げている。獣の毛皮を加工した上着を着用し、慣れた様子で森を探索するその動きは、まさに熟練の狩人のそれを思わせる。
それから、その、何というか……すごく、ムキムキです。
ヤベェよこいつら、五人ともがそこらのボディービルダーも真っ青な身体をしてやがる。この世界は世紀末が何かなのか?
はち切れんばかりの筋肉が躍動しているのが、分厚い服の上からでもわかってしまうほどなのだ。
そりゃまあ、科学技術が発達している現代の地球と比べれば、身体を動かす機会に恵まれているであろうコチラの住人の方が、肉体面では優れているだろうことは容易に想像がつく。
……つくのだが、流石に老人を含む男全員が、小熊程度なら殴り殺せてしまいそうな体躯の持ち主だとは、どう頑張ったって想定外だろう。
異世界パネェ。ここは修羅の国やったんや。
何やら猛烈な苦情が聞こえてきた気がしたが、画面越しとは言え初めて目にする異世界人の姿に戦慄していた俺には、至極些細な問題だった。
おそらく彼らは、この森に自生している薬草を採集するためにやって来た採集職人の集団なのだろう。
見た目的には全く信用できないが、実際に樹の根元などを重点的に探索している素振りも見せている。時折、摘み取った何らかの植物を、見た目からは想像できないほど繊細な手つきで腰の袋に入れていた。
俺がこの森に拠点を構えてから、今日で既に五日目。
現時点では森全体をダンジョンに組み込めているわけではないが、そろそろ何らかの反応があってもおかしくはないと思っていた頃だ。
「まあ……まだ彼らと矛を交えるつもりはないんだけどな」
呟きながら、俺はそっと画面内の男たちから目を逸らした。
別にこれは、予想外に屈強な男たちに臆したわけではない。世界規模で筋肉ダルマな人ばかりとかナニソレ地獄じゃんとか、怯えているわけではないのだ。
そもそも、俺が北の街の生命線たる薬草の産地――つまりはこの森を押さえている時点で、どうあがこうと俺と彼らはどちらかが潰れるまで戦う運命にある。
俺はこのダンジョンを捨てられるはずがないし、彼らも経済面での重要な基盤である森を手放せるわけがないのだから。
しかし、現時点で俺の陣営の戦力はまだ心もとない。
ここで彼らに手を出せば、森で何らかの異変があったことが街側に伝わってしまう。
そうなれば新たに調査隊が編成されたり何なりと、あまり面白くない事態になるだろう。
幸いにも、というべきか。俺はダンジョンの地形には変更を加えていないので、召喚した魔物たちさえ姿を見せなければ、変に疑われることもあるまい。
そう、これは戦略的な視点による撤退である。今はまだ準備期間であるからにして、敗走などでは断じてない。
「そんなわけで、ステラもこいつらには手を出さないでくれよ?」
俺は顔をあげ、先程までは同じ室内にいたはずのステラへと声をかける。
ここ数日のうちに判明したのだが、彼女は【統率】スキルこそ持っていないが、同じ狼の因子を持つ魔物だからなのだろう。狼型に限れば、ステラは人の言葉を話せない魔物とも会話ができるらしい。
魔物たちとの仲介役として意外な能力を発揮している彼女に、俺は侵入者を襲わないよう命令しようとし――
そこでようやく、ステラの姿がログハウス内のどこにも見当たらない事に気がついたのだった。
返ってくるのは、キィィ……と開けっ放しにされた扉の蝶番が軋む音ばかり。あの特徴的な星屑のような銀色は、欠片たりとも見当たらなかった。
「…………あっれー?」
何故だろう。何か嫌な予感がする。
何やら最近、妙に落ち着きのなかった少女の顔を思い出しつつ、俺はわざとらしく首を傾げた。
そして。
《【報告】ダンジョン領域内で侵入者を殺害し、魔力を回収しました》
《【報告】配下の魔物のレベルアップを確認しました》
「……………………あっれー?」
直後、脳内で鳴り響いた恒例のインフォメーションに、俺は確信を抱きつつも再びわざとらしく首を傾げるのだった。