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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第二章 咎人のタイムリミット
41/47

その21 守護

 <21>


 さそりを乗せた救急車が、わたし達の前から遠ざかっていく。無事に病院へ搬送された事を確認してから、という事なので、搬送後にわたしに連絡するよう救急隊の人にお願いしておいた。だけど……わたしの気は晴れない。

「キキのやつ、何一つ説明しないまま切るし」

「なんだ、そんなことで機嫌を損ねていたのか。もみじも気が短いな」

 あさひは何でもない事のように言う。確かに、特に怒りを覚えるほどの言動ではないのかもしれないが、こっちはただいいように使われているだけに思えて癪に障るのだ。

 一方の福沢は、相変わらず何を考えているか読み取れない無表情で、遠ざかる救急車のランプを眺めて佇んでいる。この人にも色々訊きたい事はある。

「福沢さん、ちょっとよろしいですか」

「いいよ。そろそろ来ると思っていた」

 何もかもお見通しと言わんばかりの態度が、妙に鼻につく。

「あなたはどうやってさそりの居場所を突き止めたんですか? 最初からこの山の中のどこかにいるって分かっていて、ここに来たように思えたのですが」

「まあ、もっともな疑問だろうな」福沢はフンと鼻を鳴らす。「俺は最初、言った通りにカプセルホテルでネットサーフィンをしていたんだ。朝沼の一件で動きを封じたはずの俺が未だに動いているとなれば、犯人が必ず何らかの行動に出ると思ってな。そうしたら、午後五時を回った辺りに、星奴中央病院の前で女の子が誘拐されたというツイッターのコメントを見つけたんだ」

 そういえば、みかんの家政婦の須藤さんは、病院の公衆電話から通報したはずだ。その様子を見れば、待合室にいた人の誰かが、ネット上にその出来事を書いて投稿したとしても不思議じゃない。

「それで、気になってあの娘さんの家に電話してみたら、思った通り、娘さんを誘拐したという犯人からの連絡があったと知ったんだ」

 星子さんの所に、犯人からの連絡があったのか。それは初耳だ。

「俺も犯人の予想はついていたから、その人物の自宅に向かったんだ。そうしたらそいつは、タクシーで帰宅してから自分の車でどこかに出掛けるという、見るからに奇妙な行動をとっていたんだ」

「確かにそれは不可解ですね……」

「恐らく、誘拐の際にレンタカーを使ったんだろうと俺は考えた。車の特徴を覚えられても辿り着けないようにするために……レンタカー会社から帰る際にタクシーを使い、用が済んだのでその後は自分の車を使った、そんなところだろうと」

 本当に頭のよく回る人だ。というか、犯罪者の心理を知り尽くしているというべきか。

「それで、近い所から順にレンタカーの業者に確認して回って、ついさっき戻って来た車がある所を探したんだ。タクシーで帰宅した時刻は覚えていたから、自宅との距離を考慮して、戻って来た時刻を逆算した上で尋ねたから、割と早く見つかったよ。白のワンボックスを借りていたらしく、それを見せてもらってメーターを確認したんだ」

「どのくらいの距離を走ったか、調べるためですね」と、あさひ。

「ああ。しかもタイヤの側面には、真新しい土の跡があった。メーターに記録されている距離で往復できて、かつ土壌が剥き出しになっている場所なんて限られている。その時点ですでに場所の候補は絞れていたよ」

 さすが、警察をも恐れさせる敏腕週刊誌記者……考え方が違うな。

「そういうわけで、俺もレンタカーを借りてその会社から道筋を辿ったんだ」

「あれ、そういえば今日はレンタカーでしたね。昨日の車はどうしたんですか?」

「……壊された」

「はあ?」わたしは頓狂な声を上げてしまう。

「娘さんが誘拐された事を確認してすぐに出ようと思ったら、ホテルの近くに停めていた俺の車が、なぜかエンジンがかからなくてね……調べてみたら、ボンネットの中のエンジン機構に亀裂が入っていた。信じたくないが、多分オノを入れたな」

「オノで車のエンジン装置を破壊するって……豪快な嫌がらせですね」

「そのうえ、死角になっている側のタイヤだけ、同じようにオノか何かでパンクさせていやがった。正直、ここまでするのは犯人しかいないと思ったよ。どうやって居場所を突き止めたのかは知らないが、こうなると匿名で警察に居場所を知らせている可能性もあったから、そのまま車は放置して逃げたんだ」

 どのみち使い物にならなくなっていたから、放置せざるを得なかったのでは……。

「じゃあ、学校の前にいたのは?」

「君たちはどうやらそこでトランクに乗り込んだらしいが、学校に来ていたのなら多分君たちと同じ考えだ。俺自身、娘さんが病院に来ているなんて知らなかった。でも犯人は病院で彼女を拉致した。学校を出たところから尾行していたと考えたんだ」

「ええ、確かに同じですね。病院に行くことを知っていたのはわたし達だけです」

「やはりな……。で、近くで防犯カメラの映像を見せてもらったんだ。娘さんが出てきたタイミングで、路駐していた車が動き出していた。残念ながら運転席の様子は見えなかったが、これで確信できたよ。あとは、バス路線も考慮して地図上で候補を絞り、メーターを確認しながらその場所を探したんだ。で、ここに辿り着いたというわけだ」

 この人も知恵をフル稼働させてさそりの居場所を突き止めたわけか。わたしも少しなめていたようだ、この福沢というライターを……。

「でも、それから土に埋められていたさそりを見つけるのにも、それほど時間を要しませんでしたよね?」

「ああ……これを持たせていたからな」

 そう言って福沢は、懐からあるものを取り出した。見覚えのある物だ。

「それ……昨日さそりにあげたお守りですか」

「あっ、まさか……!」

 何かに気づいたらしいあさひがお守りをひったくると、巾着の口を広げて、中身を取り出した。どう見ても霊験あらたかとは思えない、指先に納まりそうな黒く四角い塊。

「GPSだ……なんか前にも見たぞ、この展開」

「つい先週にも見たよね。粉々にされたけど」

 今さらその事を蒸し返す気はない。それより、これはどういう事なのか。わたしとあさひは(いぶか)る視線をじっと福沢に向けた。当の本人は飄然としているけど。

「小さな物だから、半径百メートル以内でしか感知できなくてね。大体の居場所を突き止めないと使えなかったんだ。まあ、土壌が剥き出しになっている所にいた以上、生き埋めにされている可能性も否定できなかったからシャベルも持ってきたけど、どうやらそれで正解だったみたいだな」

 この人は大型のスコップをシャベルと呼ぶみたいだ。いや、そうじゃなくて。

「しかし、お守りに見せかけたGPSを女子中学生に持たせるって……」

「結果はともかくとして、その行動はちょっと世間的にまずいというか……」

「おいおい」福沢はまだ余裕をもっていた。「俺が下心を持って娘さんにGPSを渡したと疑っているなら、それはお門違いだぞ。車が破壊された事例を見るまでもなく、俺の仕事は常に危険と隣り合わせだ。だから仲間だけに事情を話して、俺が行方不明とかになったらこのGPSを頼りに見つけてほしいと頼んであるのさ。だから、これが俺にとってお守りでありマストアイテムであるというのは事実だし、持っている事によるいい効果は保証できる。何も嘘はついていないぞ」

 すました顔で屁理屈をこきやがって……やる事がキキとそっくりだな。

「君たちが一昨日、『ホーム・セミコンダクター』に潜入した手段は調べていたから、犯人がアクションを起こす相手としては、あの娘さんが一番の候補だと思ったんだ。だから万が一のことを考えてこいつを渡したんだよ。まさか、こんなに早く使う時が来るとは思わなかったけどな……」

「だったら事情くらい話してもいいじゃないですか」

「万が一を考えてGPSを渡すって事は、犯人が娘さんに危害を加える可能性を残しておくって事だろう? ありていに言えば(おとり)として使おうとしたんだ。話せるわけがない」

 あっけらかんと何を言っているのだ、こいつは。悪びれることなく自分のしたことを打ち明けるのは、ある意味で一番たちが悪い。

「もっとも、囮作戦はあまり効かなかったみたいだ。結局、俺が睨んでいる人物が拉致したという証拠は、どこにもなかったし……」

 福沢が残念そうに呟いたその時、わたしの携帯にメールの着信が入った。誰だろうと思って見てみると、功輔だった。そういえば、今日の因縁の試合の結果をメールで知らせるとか言っていたな。勝った時だけ、とも言っていた気がするけど。

 何もこのタイミングで送って来なくても……と思いながらも、割と幼馴染みへの義理もあるわたしはメールを開いた。一行目には『見事、勝利してやったぜ』とあった。偉そうな態度だな、あいつ。

 しかし、その後の文章に注意を引かれた。

「マジか……」

「どうした? 友人に恋人ができたとかそんな話か?」

 明らかに興味なさそうなあさひに、わたしは携帯の画面を見せた。直後、あさひの表情は驚愕の色が増していった。

「マジか……」

「何かあったのかい?」福沢は少し興味があるようだ。

「福沢さん、証拠が出てきましたよ」

「え?」

「わたしの幼馴染みの男子が、今日、偶然にも門間第一中学校でサッカーの試合をしていて、その前に、校門近くで路駐していた怪しげなワンボックスカーを見つけたので、念のために写真を撮ったそうです。そして、話のタネにと思ってわたしに見せてきました」

「思ってもみない形で幸運が降りかかってきたな……運転手の顔は?」

「前方から撮影したのではっきりと写っています。車のナンバーも」

 おかげでわたしも犯人が誰なのかを知った。意外ではなかったけれど、この人が犯人だとは思っていなかったから、少しは驚いた。犯人じゃないと思っていたわけでもないが。

「この少年のファインプレーに感謝しないといけないな。そうだ、この事は早く、あのご友人に伝えた方がいい。今頃、警察署にいるんだろう」

「ああ、キキですね。知らせればかなり大助かりでしょう」

 というかこの人は、何が何でもわたし達を名前で呼ばないつもりなのか。

「彼女は多分、刑事から色々事情を聞かれている最中だろうから、メールで知らせた方がいい。写真もちゃんと添付したうえでな。じゃあ、ちょっとついて来てくれ」

 そう言って福沢は先に歩き出した。

「ついて来てって……星奴署に行くんじゃないんですか?」

「いや、その前に寄る所がある。人手が多いと助かるのだが」

「わたしら、助手的役回りですか」

 あさひは何やら不満そうだが、この人が動くからには何かありそうだとわたしは直感した。いつの間にかわたしも、福沢に少しは信を置くようになったらしい。

 そしてわたし達は、福沢について行った先で、またしても驚くべきものを発見することになる。同じように、仲間による予想外のアシストを受けて……。

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