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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第一章 長く長い誘拐の軌跡
4/47

その4 お屋敷にて

 <4>


 みかんの家がどういう所なのか、実を言えばわたしはよく知らない。

 家族構成について直接訊いた事は一度もなく、せいぜい本人の話の端々で聞いた、二人の妹と家政婦の存在が分かっているだけだ。父親が健在だという事は知っているが、仕事が忙しいためかほとんど話題に上らない。先程わたしが前代未聞のチェイスを繰り広げた舞台である、土波川の向こうの絵笛(えふえ)地区に広大な敷地を持っていて、三か月に一回の頻度でミニパーティーを庭で開いているという。

 友達という割に知っていることは少ないが、これだけでも、みかんの家が俗に言うお金持ちである事はよく分かるはずだ。家政婦とか、庭でパーティーとか。

 わたしも分かっていたはずなのだけど、こうして巨大な鉄柵の門を目の前にして、予想以上の規模の富豪ぶりに絶句するしかなかった。というか、敷地の端からこの門扉(もんぴ)まで、自動車を走らせて五秒ほどかかったみたいですけど。これはあさひの計測による。

「うぅむ……」腕時計を見ながら眉根を寄せるあさひ。「計算上、敷地の端から門扉までおおよそ六十メートル……つまり庭の幅がそれくらいあるという事か?」

「反対側も同じくらい距離があるよ」

「という事は、百メートル超……? もう訳が分からないよ」

 そう言ってあさひは両手で顔を覆った。予想を超える規模に混乱を来たしているのは、どうやらわたしだけではないようだ。もっとも、例外もいるけど。

「おおーっ、まさに絵にかいたような大金持ちのお屋敷! こういう所でかくれんぼとか鬼ごっことかしたら楽し過ぎるだろうなぁ!」

 発想が庶民的過ぎるぞ、キキよ。門の前で興奮して飛び跳ねている彼女を、わたし達は放置することにした。どうせすぐに追いついてくる。

「以前にみかんから聞いた事があるけど……」歩きながらあさひが言う。「この家は一代目が船舶事業、二代目が自動車産業、三代目がIT事業に投資して、一年に数十億単位を稼いだそうだよ」

「その時代ごとに主流だった事業を展開していったわけね」

「現在は四代目、つまりみかんの父親がIT事業を引き継いでいて、そろそろ次の事業への転換を考え始めているそうよ」

「もしかして、みかんがその後を継いだりするのかな」

「それはどうだろう……みかんは意外と学業成績がいいけど、経営の世界で生きていくには性格が純粋すぎるからね。少しふてぶてしいくらいじゃないと」

 ふてぶてしいみかんなんて全く想像できない……。

 先を行く友永刑事が玄関前に到着するとほぼ同時に、スーツ姿の痩躯(そうく)の女性が扉を開けて外に出てきた。見るからに気が強そうだ。

紀伊(きい)くん、状況は?」

「被害者の父親に事件の経緯を説明した所です。現在までに、犯人からの連絡は来ていません。友永さんの方は?」

「梅宮班の報告だと、非常線に犯人の使っていたワゴン車はかからなかったそうだ。通報を受けて即座に張ったはずなんだが、目撃証言にあった黒いワゴン車を調べても、女の子が隠されている様子は確認できなかったんだ」

「目撃証言? ナンバーは確認されなかったのですか?」

「目撃者も冷静さを失っていて、そこまでは見ていなかったそうだ。以上」

「ほぼ成果なしですね……こちらも同じですけど」

 二人の刑事は部外者に聞かれぬようにひそひそと話しているが、元から耳がいいわたしには筒抜けだった。聞いた途端に申し訳なくなってくる。追跡するのに夢中で、ナンバーを確認するという基本的な事を失念していたのだ。

「あの状況で冷静な判断を下せるほうが珍しいわよ。それに、計画的誘拐ならナンバーの偽造もしている可能性があるし、その場合、目撃していたらナンバーの確認に頼ってしまうかもしれない。結果はあまり変わらなかったと思うよ」

 あさひからフォローを受けたけど、それほど気は晴れなかった。

 一方でキキは、広大な庭の草地で寝転がっていた。時々ごろごろと転がって、体の至る所に草がついてしまっている。やりたい放題だな。

 わたしはひとこと言ってやりたい気分になった。

「キキ、友達が誘拐されたっていうのに緊張感がなさすぎない? ちょっとは心配する素振りくらい見せなさいよ」

「心配してるよ。ものすごく」

 草地に転がって天を仰ぎ見ながら言っても説得力はない。

「だからこそ、わたしはじっとしていることも慌てる事もしたくない。出来るなら、わたしもみかんを助け出すために知恵を絞りたい。そのためには、犯人の読み通りに動いてしまうという展開だけはどうしても避けなければならない」

「……ごめん、あんたが何を言いたいのかさっぱり分からない」

「おかしいと思わない? 誘拐犯は、わたし達の目の前でみかんを拉致した……普通、誘拐するならターゲットが一人になるタイミングを狙うはずでしょ?」

「知らないよ。誘拐したいなんて思った事ないもの」

「考えてみて。周りに人がいる状況で拉致したら、当然すぐに警察へ通報されるでしょ。どこへ連れて行くとしても、犯人としては逃走の時間を稼ぎたいはず。警察が早い段階で動き出せば、それだけ逃走にかける時間的余裕を失ってしまう。それに、周囲の人間が犯人のどんな特徴を目撃してしまうか分からないから、警察に足をすくわれる確率を跳ね上げてしまう。人のいる所で誘拐するメリットが犯人にはないんだよ」

 そう言われれば、確かに……誘拐犯の心理など知りたくもないと思っていたが、キキの説明は論理的で納得しやすかった。いや納得したくないけど。

「でも犯人は、みかんがわたし達と一緒に帰っている所を狙った……時間をかけてみかんが一人になる瞬間を待つことは出来なかった。そのせいで、わざわざネコを使ってみかんをわたし達から引き離すという無謀な手段に出ることになった……」

「確かに、いま考えてみれば、ネコの罠が必要だったとは思えないわね」と、あさひ。

「なりふり構っていられないほど切迫した状況にあったのか、それとも、何を目撃されたとしても警察に捕まらない自信があるのか……いずれにしても、犯人の意図が読めない以上は、情報を慎重に集めないと。犯人の思い通りに事を進めれば、みかんの身に危険が及ぶかもしれないわけだし……」

 そうか、犯人が何か凶悪な事を考えている可能性も、今の時点では否定できないのだ。あるいは警察の行動も全てお見通しという事だって……。キキは、あえて警察と違う視点で調べる事で、犯人の目的に迫ろうと考えているのだ。

 だけど、その事と庭で寝転がる事が繋がるとは到底思えないのだが。

「君たち、早くこっちに来なさい」友永刑事が言った。「聴取を見学するのは構わないけれど、うろうろしたら他の捜査員に睨まれるから、なるべく僕たちと一緒にいてくれ」

 お気遣い、どうもありがとうございます。わたしは、庭中を走り回りたいと言い出すキキの腕を掴んで引っ張りながら、あさひと一緒に友永刑事について行った。

 屋敷の奥にあるという応接間に全員が揃っているが、その応接間に真っ直ぐ繋がっている廊下も結構長い。外見で推し量れる以上に広いお屋敷らしい。

「ところで、あの三人は一体……?」

 紀伊という女性刑事が、友永刑事に耳打ちした。

「誘拐された少女の友人であり、かつ事件の目撃者だ」

「目撃者、ですか……通報者が中学生くらいの女の子だとは聞いていましたが、三人もいたのですか。で、どうしてここに?」

「友達が誘拐されて黙って指をくわえて待っているだけなど耐えられない、だと」

「随分と胆の据わった子供達ですね……それで警察官について行くなんて。というか、友永さんも人が良すぎますよ」

「余計な事は言わなくてよろしい」

 部下の女性刑事にも色々言われているなぁ、この人。

 それにしても……気のせいだろうか、この二人の距離感がやけに近いような。というより、紀伊刑事が距離を近づけているような。わたしはこの手の話に(さと)い方だとは思っていないけれど、何となくこの二人の関係性は読み取れた気がした。

 紀伊刑事には悪いが、あまりお似合いに見えない。

 応接間に入ると、広い室内で数人の捜査員らしき人達が、慌ただしく動き回っていた。部屋の中央のテーブルの上には、固定電話と、それに多数のコードで接続されたいくつもの機械が所狭しと並んでいた。あれが、いわゆる逆探知装置というやつか。

 わたしがそう呟くと、友永刑事が言いにくそうに口を開いた。

「それが違うんだよなぁ……あれは電話での会話を録音するだけの装置なんだよ」

「え、録音? 逆探知は?」

「今の電話機は全てデジタル信号を使っていて、通話の記録は電話交換機に自動的に残るようになっているんだよ。その記録の開示をするには、電話の所有者に許可を取った上で、電話会社に令状を見せてから取り寄せてもらうことになっているんだ。二十年くらい前まで交換機はアナログだったけど、その時にも電話機の周りに装置を繋いで逆探知をするなんて事はなかったし、かなり時間もかかったからね」

「今でも刑事ドラマでは逆探知装置なるものが出ていますけど……」

「あれは完全に放送上の演出だね」

 現実の捜査に立ち会ってみれば、ドラマで抱いた幻想が次々に打ち砕かれるな。

 固定電話と録音装置が置かれたテーブルのそばのソファーには、一人の男性が顔面から血の気の引いた様子で腰かけていた。会った事はないけれど、みかんの父親だろう。名前は鈴本柑二郎(かんじろう)という。

「刑事さん……」柑次郎は友永刑事の来訪に気づいた。「あの……みかんは?」

「残念ですが、現時点で拉致に使用された車は見つかっていません。恐らくまだ星奴町内に留まっていると思われますので、我々も全力を挙げて捜索しています」

「そう、ですか……」

 柑次郎は視線を戻し、俯いて両手で頭を抱えた。

 ここに来るのは失敗だっただろうか。みかんを救い出すための手掛かりを集めるためとはいえ、出来るならこんな光景は見たくなかった。愛娘が何者かに拉致されて、不安と恐怖に苛まれる親の姿なんて……。

 しばらく無言で柑二郎の様子を窺っていると、柑次郎の顔がこちらに向いた。なんでこんな所に中学生が、と感じた事だろう。

「刑事さん、あの子たちは?」

「えっ」友永刑事はわたし達を見て返答に詰まる。「えっと、これは……」

 困惑して冷静に言葉を選べないのは分かるけど、人に向かってこれと呼ぶのはいかがなものか。気に入らなくてわたしはむっとした。考えるまでもなく、この場で出すべき答えは最初から決まっている。

「みかんの友達ですか?」

「ええ、まあ……それと同時に、事件の重要な目撃者でもありますが」

「そうでしたか……」

「それより、いま一度お尋ねしたいのですが、最近、娘さんからストーカーなどの相談を受けた事は? あるいは、娘さんの事を事細かく尋ねてきた人物に心当たりは……」

「うーん……いや、無いですね。みかんにそんな素振りはなかったし、妹たちにも何か話している様子もなかったです」

「では、あなたを恨んでいそうな人間に、心当たりは?」

「私が関知している限りでは、無いですね。会社の業績も堅調で、リストラも事業縮小もここ十年くらい行なっていませんし、金銭トラブルの類いもありません」

「うぅむ……では、最近、怪しい手紙や電話を受け取った事は?」

 一瞬、柑二郎の視線が泳いだように見えた。気のせいだろうか?

「いえ、そういうのもなかったかと……」

「そうですか……」

 友永刑事は手帳を閉じ、紀伊刑事に歩み寄る。

「どうやら、父親への怨恨(えんこん)の線は薄そうだ。木嶋さんに伝えてくれないか」

「分かりました」

「それと、捜査会議は一時間後だから、それまで周辺で聞き込みをする。その(むね)も木嶋さんに伝えてくれ」

「了解です。それで、本庁からの派遣は?」

「僕が出る前に課長が本庁に連絡していたよ。まだどうなるかは分からない」

「今後の進捗具合によっては、本庁が指揮を執ることになるかもしれませんね」

 そう言って紀伊刑事は、携帯を取り出しながら応接間を出て行った。友永刑事の視線はわたし達三人の中学生に向く。

「君たち、僕はこれから外に出るから、後から気づいた事があれば僕の携帯に連絡を」

 友永刑事は名刺を取り出してわたしに差し出した。なぜわたしなのか、考えるまでもない。一番この人の近くに立っていたからだ。

 ……で、会って話を聞いたら何か思いつくかも、という事で同行したのだが、蓋を開けてみれば一度もわたし達へ尋ねられることなく、誰ひとり知り合いのいない場所に置き去りにされる始末。えぇと、わたし達は何のためにここに来たのかな。

 そんなわたしの困惑に気づかず、友永刑事は数人の捜査員を連れて応接間を出た。

「ねえ」キキが口を開いた。「あれ、本気でみかんのお父さんが無関係だと思っているのかな」

「関係あるの?」と、わたし。

「ないって事はないと思うんだよね……どの程度の関係か分からないけど」

 それ以上は何も言わなかった。謎に直面した時にのみ発揮される鋭さ、それがキキにどんな考えをもたらしたのか、今のわたしには少しも分からなかった。

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