その14 真実への声
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門間工業大学のキャンパスを後にして、わたし達は福沢の車へと戻る。時刻はすでに六時を回っていた。辺りはすっかり夕闇に包まれている。
行きと同じ布陣、つまりキキが助手席でそれ以外の三人が後部座席に座る。福沢はまだエンジンをかけない。キキも同様だが、考えをまとめたいようだ。意外にこの二人もいいコンビである。
「……予想外に収穫があったな」
福沢はハンドルに両腕を曲げて載せ、顎をうずめながら言った。
「あなたの予想なんて知りませんけどね」
「辛辣だねぇ、君も」
「朝沼さんがここを訪ねていたこと、あなたはさっき知ったみたいですね。カラーボックスの裏にあった秘密の空間のことも」
キキが秘密の空間と口にすると、どことなくファンタジックな雰囲気を纏っているように聞こえる。本人にその意識はないけど。
「あなたがわたし達に見せたかったのは、あの名簿だけですね? でも、朝沼さんが篠原さん達と同じサークルにいたことくらい、あなたの口から話す事もできたのでは?」
「そりゃあ、な。だが、突然現れた見ず知らずのフリーライターに、いきなりそんな事を言われたとして、果たして君たちは頭から信用できたかな」
「もしかして、わたし達が自発的に確認する手間を省いたのですか」
「あの建物を見れば、事前のすり替えなど不可能だと分かるだろう? 記者として、正確な情報を慎重に提供したつもりだったのだが」
「面倒な事をしますね」
本当に回りくどい事をしたものだ。記者としての慎重な性格によるものだろうが、連れまわされる人の身にもなってほしい。
「しかし、面倒なだけあって収穫はあっただろう? 朝沼はここを訪ねる前に、あのカラーボックスの仕掛けを知っていた。しかも、俺の所に来たタレコミと同じ内容の、手紙を受け取って間もない頃、もっと言えばその時の住居から引っ越した直後だ」
「会って話をしたいと思った矢先に姿を消したのなら、福沢さんはその手紙を見ていないんですよね?」
「ああ。手紙の内容に、例の廃屋を篠原龍一が所有していた事実が書かれている事は、間違いないと考えていいだろう。だが、それ以外にまだ何かが書かれていた可能性も否定できない。もちろん確証はないし、本人亡き今となっては確かめようもない」
「もしくは、その手紙をきっかけに、何らかの形で思い出した事なのかも……やっぱり、あの仕掛けの中に隠されていた物が、事件と深く関わっているのかな」
「さあな」福沢はシートに寄り掛かった。「ただ、これだけは言える。朝沼は、知り過ぎたから死ぬことになったんだ。お前たちも、情報収集は限度を持ってやれよ。十年ちょっとしか生きていない体なんて、まだ失うだけの価値はないぜ」
「ご忠告どうも」
福沢のシニカルな言い草も、キキが相手では空振りに終わってしまう。基本的に本能で動いているキキは、正面から受け止めるべきでないと感じたみたいだ。
自らを皮肉るように鼻で笑うと、福沢はようやくエンジンをかけた。
「で、どうする? 今日はここで切り上げるか?」
「いえ、もう一ヶ所行きたいところがあります。連れて行ってください」
「遠慮がないな。情報収集も限度を持ってやれと言ったばかりなのに。で、どこだ?」
結局連れて行くのかよ。こいつもキキの事は無条件で信用しているのか。会ってまだ一時間ほどしか経っていないはずなのに。
「問題の廃屋を管理していた不動産屋に、会って話を聞きたいんです。福沢さんなら上手く話をつけられますよね」
「まあ、すでに一度会っているからな。しかし、君の直感はなかなか侮れない。君たちを送り届けた後で、俺が一人で行こうと思っていたところなんだよ」
「では、すでにアポは取っているんですね」
「さっきの発明同好会もそうだが、君たちを連れて行くことは当初の予定になかったんだからな。しかも夜も遅い。あまり長く連れまわすと、親御さんたちに睨まれそうで恐い」
わたし達の親に何か言われる事を承知で、こうして連れまわしているというのか。それほどまでにわたし達を巻き込むことに意味があると、福沢は考えているようだ。何か期待している事でもあるのだろうか。
赤信号で止まったところで、福沢は懐からICレコーダーを取り出した。
「これを聴くといい」福沢はレコーダーをキキに差し出した。「午前中に取材した時の音声を録音したものだ」
「これにも何かあるんですか?」キキはそう言って受け取った。
「君の言う通り、俺は朝沼が発明同好会のメンバーだったことを知っていた。だが、容疑者であり同じサークルのメンバーだった、松田と桧山と里村……この三人はなぜか警察に対しても、朝沼とは他人の振りをしていた。詳しく話を聞きたくなるだろう?」
「ちなみに尋ねますけど、福沢さんが朝沼さんの所属していたサークルを知ったのはいつなんですか?」
「あいつが入社したその年だよ」
信号が青になったので、福沢はアクセルを踏んで発進した。
「でも……」キキはすでにイヤホンを耳に当てていた。「これって、今日の午前中に録音したものなんですよね?」
「なぜ今になって尋ねようとしたか、って事だろ? 聞けば分かると思うが、俺はその事実について問いただしたわけじゃない。奴らが素直に口を割るとも思えないからな。それに、十四年前にその事を知った時は、朝沼自身のことについてあまり懐深く突っ込みたくなかったんで、あえて追及しようともしなかったんだよ」
「意外に部下想いの所があるんですね」
「身内を売るような真似をすれば、編集長に怒鳴られる恐れがあったんだよ。週刊誌は自分らの過ちをさらけ出すのが大嫌いだからな」
「ああ、そうですか」
興味を失ったキキはレコーダーの再生スイッチを押した。わたしにも聞かせてほしいと頼むと、キキはあっさりとイヤホンのもう片方を渡してくれた。
イヤホンを通して、二人の人間の会話が脳内で反響した。福沢と、これは松田だ。
『―――――そういうわけで、元同僚である朝沼が殺害されてしまった事は、私も大変遺憾に思っております。ついては、真相究明のために私も協力を惜しまないと決意した次第です。この事は、警察にもまだ知らせていないのですが……』
『そうですか……ええ、数美ちゃんのことは大学の時から可愛がっていましたから、私もちょっと混乱しています。まして、あなたは同僚で、最初に見つけた人でもあるわけですから……』
ここでキキはポーズボタンを押す。わたしも手元にあったら確実に押していた。
「福沢さん、遺体の第一発見者を装ったわけですか」
「同情や憐れみを誘うのは、記者が情報を引き出すためのテクの一つさ」
釈然としない……そんな嘘、調べればすぐに分かるのではないだろうか?
「この事件は新聞でもごく小さな扱いだったし、第一発見者の素性に関して詳細に書いている記事は、どの媒体でもなかった事は確認済みだ。何より、松田も桧山も、俺の話を聞いて初めて事件の事を知ったと言っていて、俺とも会うのは初めてだから、疑いを持つことはまずないだろうな。まあ、犯人だったらそうもいかないだろうが……」
確かにその二人の中に犯人がいる可能性だってあるけど、それを分かっていて大胆な接触に踏み切るとは、こいつもかなりのギャンブラーである。
まあいい。わたしが目配せをして、キキは再び再生スイッチを押す。
『一応、朝沼の携帯の電話帳に載っている名前の人に、会って話を聞いているところなんですが……最近、朝沼と連絡は取っていましたか』
『いえ……連絡を取り合わなくなってから久しいですね。職場も違うし、会って話す事さえも滅多にありませんから』
『では、朝沼が殺害される動機についても……』
『はい、全く心当たりはありません。雑誌の記者ともなれば、色々な所で恨みを買っていても不思議ではありませんけど、あの子はどちらかといえば、人の心が分かる子でしたからね……殺されるほどの恨みを買うとはちょっと信じられませんね』
『まあ確かに、私とはその点で正反対の性格でしたよ、彼女は。では、お時間を取らせてすみませんでした。これで失礼します』
ここで音声は途切れた。福沢が自分で録音を止めたようだ。
「……十四年前の事件については、本当に何一つ聞きませんでしたね」と、キキ。
「じわじわと攻めていって、いつの間にか核心に入り込んでいる、そんな形に持ち込みたいだけだよ。これが俺のやり方さ。いいから続きを聞いておきな」
キキは、致し方がないとでも言わんばかりに軽くため息をつき、レコーダーを操作して次の音声ファイルを再生した。次は桧山だ。
『―――――本当だ、ちゃんと載っている』
どうやら福沢の話を聞いて、新聞の記事を確認したらしい。
『やはりご存じじゃありませんでしたか。朝沼が週刊文明に勤めている事は?』
『それなら、ずいぶん前に里村から聞いた事があります。あ、里村というのは、私の大学時代の後輩で、今は同じ会社の専務なんですが……』
『その話は結構。彼女の携帯の電話帳に、あなたの名前があったのですが、どのようなご関係で?』
『関係と言っても、大学のサークルの仲間という以上には……もう何年も会ってないが、殺されたなんてちょっと信じがたいな』
『何年も会われていないのなら、殺害される心当たりについても……』
『ちょっと思い当たりませんね。里村なら同い年で仲もいいだろうし、確か、同じマンションに住んでいるはずだから、そっちに訊いてみたらどうですかね』
『里村か……確かにマンションの郵便受けでも、その名前を見たような記憶があります。とはいえ、同じマンションにいるなら自然と事件のことも耳に入っているでしょう。確かに収穫は得られそうです。では、どうもお時間を取らせました』
ここでまた福沢によって録音は止められた。聞いていて思うのだが、福沢の取材はかなり淡白なものに終始している。記事の内容や言い回しに配慮がない、そんな福沢の性格が如実に反映されているように感じられた。それにしても。
「……見事な立ち回りですね。役者になれるんじゃありませんか」
わたしは皮肉を込めて言ってみたが、福沢は冷笑と共に返した。
「役者は詐欺師になれるが、詐欺師は役者になれないさ」
婉曲に「そのつもりはない」と言ったのだ。役者に失礼な気もするが。
キキはここまで聞いて、無言で考えを巡らせていた。大回転で思考を働かせている時のキキも見慣れているので、表情を見ればそのくらいの事は分かるのだ。
「……どう思った?」
福沢はキキに尋ねた。予想通りの答えを期待しているかのように。
「あのマンション……『ニューセンチュリー・ヒルズ』を調べたくなりましたね」
「そう言うだろうと思ったよ。だけど、さすがにそこまでは世話してやれないからな」
「こっちから願い下げです」
「冷たいねぇ」福沢は不愉快そうに笑う。「こっちがどれだけ積極的に情報提供をしていると思っているんだ」
「だから嫌なんですよ」
その言葉が発せられた途端、福沢は車を停めた。赤信号の交差点だ。
福沢はキキをじっと見ているが、キキは見返さなかった。
「あなたがわたし達に見せた手掛かりは、あなたが偶然に手に入れたものでしょう。今日新たに得られたものもそう。だけど、わたし達が手掛かりを得たのは、全てが偶然というわけじゃない。いくつかは、あなたが意図して見つけさせたものです」
「…………」
「どうしてそこまでお膳立てしようとするんです? わたし達への信頼だけじゃ、全く説明になりませんよ」
福沢はその問いに答えず、信号が青になったので車を発進させた。
「……不動産屋が見えてきた。この話はここまでにしよう。時間も惜しい」
然るべき瞬間が来るまで、答える気はないようだ。誰にでも、他人に言えない秘密というものがある。キキの問いかけは、その秘密に触れるものなのかもしれない。キキも無理を押し通して尋ねようとはしなかった。
問題の木造家屋を管理しているのは、蔦谷不動産の星奴町支部だった。事前にアポを取っていたという福沢がわたし達を連れて訪ねた時、職員は表情を固めていた。一人で来るという話だったからだ。
「いいんですか、福沢さん。こんな時間に女子中学生を連れまわして」
「この俺が警察に尻尾を掴ませるような真似をするはずもないでしょう」
「笑いながら言う事じゃないですよ……」
職員の男性は不満そうな態度を隠していなかった。知り合いとはいうものの、ろくな付き合いを経た知り合いではないらしい。
「十四年前の契約書類ね……僕がここに配属されて間もない頃だけど、記録にないもので僕が覚えている事なんてそう多くないですよ」
「人の記憶なんて最初から当てにしていないから、安心していいですよ」
「どう安心しろというんですか。ほら、これが例のボロ家屋の賃貸記録ですよ」
職員は分厚いファイルを、無造作にテーブルの上に放った。十四年も前の資料がよく残っていたものだ。不動産屋の管理下にある間は、古い資料でも処分できないのだろうか。少し気になったので尋ねてみた。
「いや……資料の管理は個人情報保護法で厳密に決められているけど、亡くなった人の名義の契約書類は保護の対象にならないから、必要に応じてシュレッダーにかけるなどして処分する事はできるんだ。この物件の場合、つい最近まで別の人が買い取っていたから、まだ契約書類を処分する事ができないでいたんだ。どうせ不人気物件だしね」
まあ確かに……あの廃屋に人が住むのはまずもって無理だろうし、誰も住みつきたいとは思わないだろう。住みつくのは野生動物くらいだ。
「なるほど、かつて所有していた篠原氏が亡くなった後、契約書類を処分する間もなく別の人が買い取ったおかげで、十四年もの間、処分されなかったわけですか……」
「ねえ、きみ……なんで福沢さんじゃなく君が椅子に座って読んでいるの?」
職員が持ってきた契約書類のファイルを読んでいたのはキキだった。福沢が何も言わず横から見ているという事は、彼が座って見るように勧めたのだろう。
「でも、篠原氏は借りたんじゃなく買い取ったんですよね。篠原氏が手放した後もここの管理下にあったのはどうしてです?」
「二束三文の物件でも、他社に転売をさせるわけにいかないから、新たにうちが買い戻したんだよ。篠原って人が亡くなった後はずっと行政が管理していたからね。まあ、家屋はともかく土地は普通に使えたから、行政の判断で家屋だけ取り壊して土地だけ買い戻す事も出来たんだけど……」
「別の誰かがあの家屋と土地を買い取りたいと申し出てきたので、仕方なく家屋ごと買い取ることにしたわけですね。行政から買い戻すための金額よりも高い買い取り金額を提示されたから」
「えっ」職員は表情を歪めた。「な、なんでその事を……」
「図星でしたか。いえ、少し勘を働かせてみただけですよ。土地だけなら買い戻すのにより低い金額で済むはずなのにそうしなかったのは、家屋も買い戻す事による損失分を埋められる当てがあるからじゃないかと思ったもので……」
さすがはキキだ。契約書の内容もろくに理解できていないだろうが、それでも話の端々から手掛かりを拾って的確に直感を働かせる、閃きの妙技。相変わらず見事だ。慣れていない人間はこれを見るだけで我を見失ってしまう。
「な、何者なんですか、この女の子は……」
「俺が知りたいくらいですよ」
キキの閃きの鋭さは認めていても、やはり福沢はキキの多くを知らないみたいだ。わたしですら時々分からなくなる事があるのだから、当然といえば当然だ。
「最近まで買い取っていた人というのは、この人ですね」キキが書類のあるページを見て言った。「田中広治……どこにでもありそうな名前。つまり偽名っぽい」
キキよ、全国の田中広治さんに謝りなさい。
「偽名で買い取れるものなんですか?」わたしは尋ねた。
「住居として使うなら、行政に転居届を出すから偽名だと無理だけど、住居としての申請を行わなければ身分証明は行われないんだ。まあ、滅多にいないけどね」
その滅多にない事をやった人が、この田中広治なる人かもしれないわけか。もちろん本名である可能性もあるけれど。
「でも、この田中さんも三か月ほど前に物件を手放したし、見てみたら手入れしている様子もなかったから、行政の許可を得て取り壊そうと思っているんだ。今後は土地だけを売っていくことになる」
「十四年前にもあんな感じだったが、その田中って人がなぜか買い取っていたおかげで、潰されずに済んだわけか。だが今やその命運も尽き果てて……どうした?」
福沢がちらっとキキに目をやると、キキは顎に手を当てて考え込んでいた。
何か思いついた事でもあるのだろうか。わたしはキキの背後から契約書の内容を見ようと思ったが、見慣れない単語が多すぎて無理だと悟った。キキは、この書類ではなく会話の中からヒントを得たようだ。
「もしかして……いや、さすがにそれはありえないよね……」
「何がありえないって?」
「ひゃっ」
よほど夢中になっていたのか、キキはわたしの声に驚いて上ずった声を上げた。
「あー、びっくりした。いや、何でもないよ。意味のない思いつきだから」
キキはそう言って笑って否定するが、果たしてこいつの神懸かり的な勘が、意味のない思いつきで終わることなどあるのだろうか。
「それより、十四年前にあの廃屋を買い取ったのは、本当に篠原氏本人で間違いないんですか?」
「そうだよね」さそりが反応した。「もし別の人がお父さんの名前を勝手に使っていたとしたら……実際に偽名を使っていた人もいたわけだし」
「いやいや、まだ偽名だと決まったわけじゃないから」
わたしは一応釘を刺しておいたけど、そんなに偽名に見えるか、田中広治。
「一応、『ホーム・セミコンダクター』に取材に行った時に貰った写真を、こいつに見せて確認してもらったが、多分この人だろうとしか言わなかったな」
「当たり前だろう」職員は福沢に食いかかった。「十四年も前の事だぞ。はっきりと本人だと断言する方がむしろおかしいじゃないか」
「ま、その通りだな」
福沢は軽く受け流して肩をすくめた。なるほど敵を作りやすいわけだ。
「あれ……?」
キキがまた、何かに気づいたように呟いた。再び背後から覗き込んでみるが、十四年前の契約書類、篠原龍一氏の直筆のサインが入っているページだ。一見して何の変哲もないように思えるが……。
「どうしたの、キキ?」
「このサイン……汚れも滲みもないよね。すごく綺麗だ」
「それがどうかしたの?」
キキは答えなかった。「あの、この書類、写真撮ってもいいですか?」
「それはダメだよ」職員は即時に却下した。「亡くなった人の名義とはいえ、これはうちが責任もって管理しているんだから。許せるのは閲覧までだよ。持ち出しも複写も禁止」
「駄目かぁ」キキは椅子の背もたれに寄り掛かって天井を仰いだ。「仕方ない。頭の中に留めるだけにしておこう。後で話をして、警察が調べてくれればいいんだし」
こんな事がさらりと言える中学生なんて、日本国内にまずいないだろうな。
「あ、警察といえば、今日の昼過ぎに所轄署の刑事さんが来ましたよ」
「えっ?」
職員の人のセリフに、その場にいた全員が反応した。福沢も同様だ。所轄署の刑事、という事は、星奴署に勤務している警官という事だ。
「どういう事だ?」福沢が尋ねた。
「こっちもよく分からないんだ。刑事さんも詳しい事情は話してくれなかったし。ただ、篠原って人が例のボロ家屋を買い取っていた事が事実かどうか、それを確かめに来たと言っていたよ。だからこの契約書類も見せたし……」
この言葉を聞いて、キキと福沢は同時に瞠目し、息をのんだ。そして、互いに同じ考えである事を確認するかのように、目を合わせた。
「あれ? そういえばあの刑事さん達が、福沢って言っていたような気がするけど……あれってお前の事か?」
「ああ……多分」福沢はバツが悪そうに視線を逸らした。
「警察に尻尾を掴ませるようなヘマはしないんじゃなかったのかよ」
現時点では尻尾を掴ませていないわけだから、福沢の言った事に間違いはないが、星奴署の刑事たちが福沢に容疑を向けている事は事実だった。
ふとキキを見ると、何かを確信したかのように満足げな笑みを浮かべていた。いや、間違いなく何らかの確信を得たのだ。果てしなく広がって見える謎という名の闇、そこに風穴を空けるような閃きを、キキは手中に収めたのだ。
キキに対する期待が膨らんでいく。同時にわたしは、また親友との間に、計り知れない距離を感じてしまうのであった。




