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DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第二章 咎人のタイムリミット
32/47

その12 福沢という男

 <12>


 わたし達は、眉根を寄せて無言で立ち尽くすしかなかった。

 福沢は車を降りて公園に足を踏み入れ、堂々とわたし達の目の前に歩み寄る。スタジャン姿のラフな恰好なのに、その身のこなしに隙はなかった。幾度となく剣道の強豪を相手にしてきたわたしの目には、相当に修羅場をくぐり抜けた猛者として映っていた。

「きちんと挨拶をするのは初めてだな。俺は週刊文明の福沢大だ」

「元、ですよね」

 キキはちょこんと首をかしげた。得体のしれない大人の男を相手に、キキも相当に胆の据わった奴だ。あるいは相手をそれほど危険視していないのか。

 福沢はわずかに目を見開いたが、すぐに真顔でふっと息を吐いた。

「……そこまで信頼を得ているのか」

「はい?」

「君たち、十四年前の篠原龍一殺害事件を調べているんだろう?」

 素直に答えるべきとは思えない。悪い人であるとは限らないが、何かを企んでいる事は間違いない。この人は腹心(ふくしん)を隠すつもりがさらさら無いのだ。知らない事が多すぎるわたし達が、対等に渡り合える相手ではない。多少危険でも、駆け引きに持ち込むべきだ。

 しかし、そんな普通の考え方を絶対にしない奴が一人いる。

「そうですけど。それが何か?」

 キキはあっけらかんと答えた。うん、あんたなら言うと思ったよ。

 福沢は小馬鹿にしたように口元を緩めながら、ふう、と息を吐いて言った。

「君たちは、そこにいる篠原龍一の忘れ形見の友人なんだろう?」

 福沢の視線がさそりに向いた時、さそりは肩をびくっとさせた。いたいけな少女を怖がらせるような真似は慎んでほしいものだ。

「だが、君たちがどれほど粘っても所詮は中学生の女の子だ。警察が十年以上かけても辿り着けなかった真実を、君たちが掴める保証はどこにもないというのに、単純に友人からの頼みごとを引き受けて捜査の真似事とは、無責任が過ぎないかと思ってね」

「そんな無意味な指摘をするためだけに、わたし達に声をかけたと?」

 一歩も引かないキキの姿勢を見て、福沢は眉をひそめた。

「あなたは一つ勘違いをしていますよ。わたし達がさそりのお父さんの事件を調べているのは、さそりに頼まれたからじゃありません」

「え?」福沢は目を丸くした。

「さそりのお父さんが何者かに殺されて、その犯人が捕まっていない……その事を知って放置できなくなったからです」

 キキは真っすぐに福沢を見つめ、福沢もキキを見つめ返していた。

「……なおのことたちが悪いな」

「それに、同じ事はあなたもしているんでしょう?」

「ん……?」福沢は目を細めた。

「後ろめたいことがある人は、派手に動き回ったりなんかしません。あなたは職業の本分を果たそうとしているだけ……ですよね?」

 すると、福沢はまた口元を緩めた。

「子供が少ない経験でよく言い切れるものだな」

「子供の感性って意外と馬鹿にできませんよ。色々知り過ぎた大人よりも、正鵠(せいこく)を射た指摘をするものです。物事を単純に捉えられる人間の方が、本質を見抜けるものですよ」

「ああ、まさに今の君がそうだ」福沢は前髪を掻き上げた。「常識を弁えないたちの悪い子供ほど、核心を突いた物言いをしてくる。厄介極まりない」

 なんだろう。福沢はキキの、変化球の如き反論を楽しんでいないだろうか。

「やめよう。これ以上の言い合いは時間の無駄だ。それより、篠原龍一の娘さん」

 さそりは明らかに距離を置こうとしていたが、そんなさそりに福沢は軽く頭を下げた。ポカンとするさそり。

「先日は驚かせてすまなかった。非礼をお詫びする」

「は、はあ……」

「ただ、俺もフリーライターだから、飯の種はどうしても必要になる。気になるネタがあればとことん突き詰めていくのが俺の性分なのでね」

「その点はわたし達と利害が一致していますね」

 すかさずキキは仲間意識につけ込もうとしている。節操なく味方を増やすのか。

「どこが一致している」福沢は反駁に及んだ。「俺は飯のためだが、お前たちは友人と好奇心のためだろうが。レベルが違う」

「友達はご飯と同じくらい大事にするべきですよ」

「はあ、本当に厄介極まりない」福沢は嘆息をついた。

「こいつと対等にやり合うのは仲のいい友人でも至難の業なんですよ」

 わたしはキキを指差しながら言った。言われた本人はむくれていた。

「まあ、厄介である事は承知で、君たちに頼みたい事がある」

「頼みたい事?」

「これから少し付き合ってほしい。君たちの調査の手助けになるかもしれない事だ」

 誰も言葉を返さなかった。胡散(うさん)臭い、誰もがそう感じたようだ。

「あの……福沢大には気を付けろと警察に言われたばかりなのですが」

「やはり俺の事を聞いていたか。さっきの電話、相手は警察だろう? 君たちが警察からある程度の信頼を得ている事は知っている」

 なるほど、キキに向かって言った「そこまで信頼を得ていたのか」とは、自分がすでに出版社を退社している事を警察から聞いたと思ったからだ。実際そうだけど。

「それと、警察が俺を朝沼数美殺しの犯人と疑っている事も知っている」

「えっ?」

 わたしは驚いて声を上げた。自覚がありながら、警察と繋がりのあるわたし達に接触を図ったというのか。

「その事件はすでに新聞で小規模ながら報じられている。記述されていた死亡時刻の辺りに俺がマンションへ来たのは、純然たる事実だからな」

「でも犯人ではないというんですか?」

「警察がどんな手掛かりを掴んでいるのかまだ知らないが、少なくともそれだけで俺が犯人だというのは、いささか強引が過ぎると思うぞ」

「だったら、何の目的であのマンションに行ったというんです?」

「……ライターは全部の情報を包み隠さず話すわけじゃない」

 要するに、往訪の目的について説明する気はないという事だ。しかし、最初から説明を必要としなかった奴もいる。

「話さなくても何となく分かりますよ。福沢さんは朝沼さんに会うつもりだったんですよね」

 図星を突かれたように、わずかに表情を歪めた福沢。

「……なぜそう思った?」

「あなたがあのマンションのエントランスを通る時、テンキーで部屋番号を入力しましたよね。その時、訪問相手の部屋のインターホンのディスプレイには、訪問者の姿が映されます。そして相手がボタンを押さないと自動ドアは開きません。わたし達が来た時、あなたは里村さんの部屋の前にいましたが、彼の部屋を訪問するつもりだったとは考えられません。里村さんにエントランスを開けてもらった、その事自体が彼の、朝沼さん殺害時のアリバイになるはずだからです」

「そうか、実際には里村さん、自分にはアリバイがないと言っていたから……」

「福沢さんの訪問相手は里村さんじゃない。別の部屋。知り合いの部屋を訪ねたのなら、それは朝沼さんである可能性が一番高いですからね」

「ほう……」福沢は感心したように呟いた。

「でもさ、朝沼さんが殺された時刻に朝沼さんの部屋を訪ねていたなら、この人が犯人である可能性はかなり高いよね?」

 殺人犯を目の前にして冷静でいられるか、わたしには分からないのだが。

「そうでもないと思うよ。この人は自分が警察に疑われていると分かっている。もしこの人が犯人なら、捕まる前に遠くへ逃げるはずだよ」

「ああ、それもそうか」

 やはり冷静になりきれていないな、わたしは。

「もちろん、逃げることを後回しにしてでもやりたい事がある、そういう例外もあるだろうけどね」

 キキはあくまで慎重に考えを進めるスタンスだ。

「ふうん……」福沢は顎を撫でた。「やはり君には期待できそうだ。賭けてみるのも悪くないかもしれないな」

「勝手に賭けの対象にしないで下さい」

「俺は仕事そのものがギャンブルだから、他のギャンブルに興味はない。来たまえ。君たちが友人のために真実を希求せんとしているなら、俺の持っている情報は欲しいだろう」

 そう言って福沢は先に歩き出した。まだ信用するには程遠いが、ついて行くことで見えてくるものもあるかもしれない。

「もっとも、俺だってライターの端くれだ。全部の情報を話すわけじゃない。だが、少なくとも君たちの調査の手助けになる程度の情報提供は約束しよう」

「約束はいりません」

 キキはそう言って、福沢の車のボンネットに手をついた。

「わたし達の質問に、可能な限り答えて下されば結構です」

「……混乱させる情報はいらないという事か。さすがに慎重だな」

「早速ですがお尋ねします」キキは真っすぐに言い放った。「あなたは、十四年前の事件の何を知っているんですか?」

 福沢は運転席のドアを開けたまま、無言でキキを見つめ返した。キキが遠回しに、福沢が話そうとすることに一種の制限を与えた事に、彼が気づいていないはずはない。隠し事はできても嘘は許されない、言外にそうした忠告を与えられて、福沢はそれでもキキを巻き込もうとするだろうか。

 やがて福沢は、表情を変えることなくシートに腰かけた。

「乗りなさい。道々話そうじゃないか」

 キキは満足そうに微笑んだ。駆け引きは有利に進められたようだ。


 エンジンがかけられ、福沢の運転する車が発進する。キキは助手席、残りのわたし達三人は後部座席に座っている。キキは福沢から、あるだけ情報を引き出すつもりでいる。だから助手席を陣取ったのは本人の意思だ。

 住宅街を抜けて大きな道路に出たところで、福沢は口を開いた。

「君たちは警察から色々聞いているから、もしかしたら知っているかもしれないが……最初に『ホーム・セミコンダクター』を取材していたのは朝沼だ」

「わたし達が聞いたのは」キキは前方を見ながら言う。「週刊文明の女性記者が篠原氏に招き入れられる形で取材をしていたという事実です。名前については、当時の警察も踏み込んで調べなかったみたいですよ」

「そうか。まあ、それだけ知っていれば、朝沼に目をつけるのは簡単か」

「会社の関係者が揃って、朝沼さんが事件の日に本社ビルに来ていないと証言したから、警察も事件との関連を疑わなかったようですよ。その辺はどうなんです?」

「残念ながら俺も、朝沼があの日にどんな行動をしていたかは知らん。デスクっていうのは編集責任者だから、班のメンバーの取材内容には口を出さない。俺が責任を持つのは記事の内容と表現だけだ」

 その割には、各方面から記事の内容と表現に配慮が足りないと指摘されているが。この人に言わせれば、一線さえ越えなければ問題にならないという事だろう。

「でも、いくら取材内容に口出ししないといっても、一切干渉しないわけでもないんでしょう?」と、あさひ。「どんな取材をする予定なのか、聞いていますよね」

「もちろんだとも。表向きは、業績が急成長している会社へのインタビューだ。半導体業界は、あの頃から軒並み業績不振に陥っていたのに、『ホーム・セミコンダクター』は的確な販売戦略で堅実に売り上げを伸ばしていた、数少ない企業だからな」

 いやいや、この辺で待ったをかけたい。今、聞き捨てならない一言があったよね。

「表向きは、ですか……?」

「そう。実際には、『ホーム・セミコンダクター』で少し前から起きていた、横領事件を密かに調べていたんだ。ずっと後になってから、本人に聞いた事だがね」

「それは妙な話ですね」キキは言った。

「妙って?」

「急成長の裏側で起きていた、表沙汰になっていない横領事件。週刊誌ならむしろそっちの方に飛びつきそうじゃない? なんで隠す必要があったのかな」

 うぅむ……偏見のようにも思えるけど、多分キキの分析は正しいんだろうな。

「君の言う通りだ」福沢も否定しなかった。「俺だったら、間違いなく取材対象として横領事件を採用する。朝沼もそれくらいは知っているから、編集長が誌面に載せるとしたらそちらだと分かっていたはずだ。だのに、採用される確率の高いネタを明かさず、名目として別のネタを提示していた……俺も不思議に思っていたよ」

「偶発的なスクープに見せかけて、記者としての株を上げようとしたとか?」

 キキもあくどい事をさらっと口に出すな……。

「それはないな」福沢は即座に否定した。「あいつは当時、入社三年目の新人だ。海千山千のやり手じゃあるまいし、そんな計算高い奴じゃない」

「朝沼さんの事をよく理解していらっしゃるようで」

 わたしは皮肉交じりに言ってみたが、この猛者には通じなかった。

「そりゃあ、十年も職場で顔を合わせていれば、分かることも多々あるさ」

「福沢さんはどう考えたんです? 朝沼さんの行動の真意を」と、キキ。

「あくまで俺の勝手な見立てだが……あいつは、篠原龍一に頼まれて、横領事件の内部調査の手伝いをしていたんじゃないかな」

「調査の手伝い?」さそりが訊き返した。

「会社の内部調査といっても、手心を加えてばかりでは実情を暴けない。しかし、どれほど人数が関与しているか分からない状況では、たとえ調査メンバーを非公開としていても、当事者は社員や幹部の接触に対して慎重になってしまい、思うように情報が集められなくなる恐れもある」

「それで、これも秘密裡に外部の人間に、企業の実態調査の名目で社員からそれとなく話を聞き出してもらおう、そう考えたのではないかと」

「さすがに君は勘がいいな」福沢はちらっとキキを見た。「若い女性記者なら取材力も高が知れていると、当事者は油断して隙を見せる可能性もある。出版社の上司からも正式に許可を得ているとなれば、名目上の取材内容を疑われる事もない。真の目的を隠していたと上司に知られても、調査の末に掴んだ事実を独占して記事にすることを確約すると言っておけば、出版社側は確実に折れるだろうし朝沼も無傷で済む。双方にとってもメリットが大きいやり方といえるだろう」

「それを篠原氏が提案したんですか? 朝沼さんに?」と、わたし。

「俺はそうじゃないかと思っている。朝沼が思いついたところで、会社側が朝沼の取材力に信を置かなければ無意味だからな」

 確かにその通りだ。さすが、二十八歳の若さで部長に昇格するほどの実績を持つだけのことはある。篠原氏はそれくらい聡明な人なのだろう。

「だけど、結果的にその目論見は(つい)えましたね」

 キキの発言に、福沢はため息を漏らした。

「その通り。横領事件が解明される前に篠原氏は殺害され、警察が出動し、内部調査は事実上取りやめとなった。横領事件の疑いが警察の知る所となったからな。まあ、それでも一年ほど調査チームは継続したみたいだが」

「しかも、朝沼さんが担当していたはずの会社への接触は、いつの間にかあなたがやっていましたね。どうして朝沼さんは調査を続行しなかったのでしょう」

 それはわたしも気になっていた。大学の先輩が殺された事にショックを受けて、取材の継続に消極的になったのか。気持ちとしては理解できなくもないが、少なくとも週刊誌の記者がそれを理由に手を引く事はないだろう。いくら新人でも。

「俺は朝沼から、『ホーム・セミコンダクター』の取材を委託されたんだ。事件が起きて間もない辺りに。なんで取材をやめたのかは俺も知らない」

 力強く主張しているという事は、隠しているわけではないようだ。

「おかしいとは思わなかったのですか?」

「思ったよ。その時から明らかに、朝沼の様子は変だったからな。篠原氏の遺体が発見されたというニュースを、編集部のテレビで全員が見ている時、朝沼はショックを受けていたというより、混乱、あるいは怯えのような表情を浮かべていた」

「混乱、怯え……気にかかる態度ですね。決定的におかしいとは言い切れませんが」

「俺もそう思ったから、その時は深く突っ込まなかったよ。ひょっとしたら、自分の調査に何か大きな問題でもあったのかもしれないという、自責の念からかもしれないからな」

「その辺は上司として知っておくべきでは?」と、わたし。

「さっきも言ったように、デスクが責任を担うのは記事の作成段階からだ。同じ班の中にあっても繋がりは希薄だといってもいい。元より、多種多様な人間を相手にする仕事ゆえに、取材方法にマニュアルなんてものは存在しないから、適切な手段は先輩の仕事を見て盗め、というのが暗黙のルールだよ。つまり何をするにしても自己責任なのさ」

 釈然としない……上手い事を言って責任を逃れているだけとも取れるような。

「まあ、取材対象を死に至らしめたとしても、立証なんてまず不可能だから、その程度でやめるとか言い出せば、所詮それだけの人材だったと受け止められるのが関の山だ。政治家とか企業の重役と違って、責任を追及されても辞任するという選択が初めからないのがこの仕事だからな」

「どっちにしても世間は得心がいかないでしょうね」

「世間の関心なんて一年も経てば薄れるものさ。忘れないのは当事者だけだが、犯人が捕まればその恨みも霞んでしまう。もっとも、捕まらなければ話は別だが……」

 この場に被害者の身内がいる事を意識したうえで福沢は言った。気遣いをする素振りなど微塵もない。しかし、あからさまに踏みにじることもしない。

「朝沼さんの取材の目的は、委託された時に聞いたんですか?」と、キキ。

「いや、まずは自分の足で調べることにしたよ。この仕事で先入観は厳禁だ、他人からの伝聞は話半分に留めるのが俺のやり方なのでね。朝沼から詳細を聞いたのは、取材の途中で横領事件の存在を知った時だよ。こっちはすでに警察が調べ回っていたおかげで、至る所に警察の手がかかっていたから、関係者に訊いてもなかなか口を割ってくれなくてね」

「それで朝沼さんに事情を聞いたってわけですか」

「ああ。もちろん最低限の裏は取っておいたが」

「殺人事件の取材も、朝沼さんから頼まれて?」

「明言はされなかったが、『ホーム・セミコンダクター』と篠原氏に関する全ての事件の調査を、俺に代わってほしいと言われた。殺人の方も調べるのは自然だろう?」

 その委託の約束自体、朝沼が亡くなった以上は証人がいない事になるが。

「もう一つ」キキは人差し指を立てた。「朝沼さんから取材の全権を委託されたはずのあなたが、何一つ解決していない段階で取材を打ち切ったのはどうしてです? 事件発生からわずか三か月……世間の関心は薄れたかもしれませんが、それでも誌面で堂々と打ち切りを宣言するのは、どうも腑に落ちません」

 それは最初から、あさひが記事のコピーを持ってきた時から気になっていた。警察は公式な捜査を打ち切ったとはいえ、それでも所轄署が現在でも情報を求めている状況だ。週刊誌記者が同じことをするとは限らないが、福沢の場合は止め方が極端なのだ。

 福沢はこれに関してのみ、返答に詰まったようだった。

「……俺の調査にも限界があった、そういう事にしておいてくれないか」

「……分かりました」

 答えにくい事まで尋ねる必要はない、キキはそう考えたようだ。この点、他人の事情に土足で踏み込んでくる週刊誌記者と明確に異なっている。

「では話を変えましょう。八年というタイミングで週刊誌記者をやめたのなら、その時点であなたは十四年前の事件の調査をしていないと思われます。しかし、事件から十四年経った今、あなたはなぜか当時の関係者に接触しています。これは再調査と見て構わないでしょうか?」

「ああ……」

「なぜ今ごろになって再調査に及んだのです?」

「そりゃあ気になるだろうなぁ」

 福沢は少しおどけて言った後、即座に微笑を消した。

「俺の所にタレコミ電話があったんだよ。今年の六月の終わり頃に……遺体が発見された現場であるあの家屋を、事件の一か月前に篠原龍一が土地ごと買い取っていたと」

 なんだって? 全員が自分の耳を疑った。事件時にあの廃屋を所有していたのは、被害者である篠原龍一自身だったというのか。

「幸い、俺も仕事柄、不動産屋に知り合いは大勢いてね、手を回して昔の契約書を調べてもらったら、事実だと判明したよ。もちろん、俺が取材した限りでは、そんな話は全く耳に入っていない。恐らくは警察も辿り着けていないだろう」

「そんな事があるんですか?」と、あさひ。「警察が、現場となった家屋の所有者を調べないとは思えないのですが」

「あれが普通の民家なら調べるだろう。だが君たちもこの事件を調べているなら、現物を見た事もあるだろう。十四年前もあのくらい荒れていた」

 なるほど、見るからに人が住める状態じゃないから、調べるまでもなく無人の家屋だという事は分かる。不動産屋の手に渡らずに放置されている廃屋の一つ、警察もそう見なしていたから気づかなかったというわけだ。

「さて、被害者が誰にも内緒で、あの小汚い無人の家を買い取ったとなると、色々勘繰りたくなるのが記者の(さが)というものだ。だから、この事件を持ち込んできた朝沼にも、この事を伝えたんだよ。幸い、俺がやめる前に使っていた番号で通じた。そうしたら俺も驚いたよ。朝沼の所にも、手紙で同様のタレコミがあったっていうんだ」

「朝沼さんの元に、手紙で?」

「ああ。それでもう一度調べようと提案したら、いきなり音信不通になって、そのままどこかに引っ越してしまったのさ」

「その引っ越し先って、今のマンションとは違いますよね」

 キキがこう考えたのは、朝沼が今の住居に引っ越したのがつい最近だからだ。三か月以上前のことを“つい最近”と呼ぶ人はまずいない。

「今どき、引っ越しなんてパッとできるものじゃない。以前から準備を進めていたんだろう。その辺の事情を知ろうとは思わなかったよ。だが、引っ越しすることを告げないまま音信不通になるというのは、どう考えても不自然だ」

「それでずっと、朝沼さんの居場所を探していたんですね?」

「業者が個人情報を漏らすわけもないから、自力で都内の至る所を探し回ったよ。まだ週刊文明をやめていないから、都内を出るとは考えづらかったし。だが、やっと辿り着いたと思えば、今度は何者かに殺されていた……自分の運の悪さがつくづく嫌になるよ」

 巡り合わせが悪かったという経験がいくつもあるのだろうか。記者ならそういうことも往々にしてあるのかもしれないが。

「……その話はどうも気になりますね」と、キキ。

「どの話だ?」

「あなたと朝沼さんの元にタレコミがあったという話です」

「俺も同感だ。朝沼ならともかく、俺はしがないフリーライターだ。俺に情報を提供した目的も気になるが、何より、俺が十四年前の事件を調べていた事を知っていなければ、こんな事はしないだろう。つまりタレコミ元は、事件に詳しい人間って事だ。正確な情報を与えている事から見ても、単純なイタズラとは思えない」

「そっか」わたしの中でピースが繋がった。「三か月前にさそりに訊いていた、身近で事件の事を蒸し返してきた人がいないかっていう質問は、そこから来ていたんですね」

「ああ。理由は定かじゃないが、関係者の誰かが情報を広めようとしている。その人物の居場所を探れたら、何か分かる事があるかもしれないと思ってね」

 ここまでだけでも色々な事が判明した。もっとも、全てが事実であるという保証はないのだけど。それでもキキにとっては、閃きを得るのに十分な材料となるだろう。

 そのキキは顎に手を当てて、何かぶつぶつと呟きながら考えていたが、やがて口元を緩めて、福沢に視線を向けて言った。

「なるほど……そういう事ですか」

「ん?」

 一応期待してはいたけれど、キキが気づいたのは恐らく、福沢の言動に関する何らかの事実だろう。閃きのベクトルがいつも同じだとは限らないのだ。

「結局、ごく最近になって朝沼さんの居場所を突き止めたそうですが、どうやって辿り着いたんですか?」

 キキは、イタズラを企んでいる悪ガキのように笑っていた。皮肉を込めている事が相手にも伝わったのか、福沢はまともに取り合おうとしなかった。

「フン……偶然の産物だと思ってくれればいいさ」

「では、そう思う事にします」

「勝手にしたまえ。さあ、着いたぞ」

 話を聞くのに夢中になっていたが、どうやら目的地に到着したらしい。福沢が、わたし達の調査の手助けになるかもしれないと言って連れて来た場所。

 それは、篠原氏や事件の容疑者たちが卒業した、大学のキャンパスだった。

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