表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEAD LINE~悪魔の刻限~  作者: 深井陽介
第二章 咎人のタイムリミット
29/47

その9 首吊り狂想曲

 <9>


 ところで、聞き取り調査に夢中になって、そして予想外の遺体発見に動揺して、忘れていた事がある。このマンション『ニューセンチュリー・ヒルズ』の住所は星奴町だ。事件が起きて駆けつける所轄警察官は、星奴署の人間という事になる。

 まずは、初動捜査を行う機動捜査隊と呼ばれる警察官二名と数人の鑑識課員が、リビングに入って現場の保全と撮影、指紋の採取などの証拠品集めに取り掛かった。ドラマよりもその動きは慎重を期していて、全員が両足と頭にビニール袋のようなものを嵌めて、鑑識が床の上の埃や毛髪を粗方(あらかた)採取してから機動捜査隊の二人が中に入っていた。

 そして、十分ほど遅れて星奴署の刑事が到着した。それが、友永刑事と木嶋の二人だった。交代した機動捜査隊の二人はパトロールに戻ったらしい。

「またお前たちか」木嶋はあからさまに顔をしかめた。「先日の誘拐事件に続き、また事件に首を突っ込んでくるとは……」

「お言葉ですが」わたしは反論したくなった。「今回は第一発見者なので、突っ込むまでもなく事件に大きく関係しています。無下にはできないと思います」

「そんな事は百も承知だ。話を聞かずに追い出すつもりはない」

 裏を返せば、話を聞いたら追い出しても構わないという事だろうか。この雄鶏(おんどり)刑事のやり方は相変わらず気に食わない。

「そういえば、今回は顔ぶれが少し変わっているな」

 木嶋は、さそりと美衣の二人に会うのは初めてのはずだ。友永刑事が紹介した。

「こちらは篠原さそりちゃん。あの……現状我々が調べている十四年前の事件の被害者、篠原龍一の娘です。話を聞く際は慎重になさった方がよろしいかと」

「厄介な者を引き連れやがって……もう一人は?」

「中沢美衣ちゃんです。ちなみに彼女は、先日の事件で土波川に浮かんでいた犯人の車を発見した子です。こちらは性格が性格なので、やはり慎重な対話が求められるかと」

「性格? 被害者の身内でもない子供に気を遣う必要はないだろう」

 木嶋は完全に甘く見ている。美衣の毒舌はまるで(ひょう)のような絶え間ない攻撃だ。

「それにしても、ここ数日の事件に関係する奴が友人にこれほどいるとは……お前ら、後でお(はら)いでもしてきたらどうなんだ?」

「呪われていると言いたいわけですか」美衣は毒舌のスイッチを入れた。「木嶋さん、あなたの事はキキから聞いていますよ。恐ろしいほどに愚鈍で傲慢で、出世レースから脱落した憐れなキャリア警察官」

「なぁにぃ〜?」

 木嶋は睨みつけてきたが、美衣は微塵も動じない。

「あなたこそ呪われているのではありませんか? 出世できなくなる呪いが」

「キサマ、大人を侮辱するな!」

「生憎ですが、わたしは大人である事が侮蔑を禁じる理由になるとは、これっぽっちも思っていません。第一、馬鹿にされるだけの失態を演じる方に非があるとは、露ほども思いませんか? 学習できない大人は白眼視されても文句は言えませんよ」

 どこまでも予想通り、事実を的確に突く隙のない暴言に、木嶋はぐうの音も出ない。美衣の毒舌は相手に怒る余地さえ与えないのだ。かなり度胸がいるだろうけど。

 ところで、美衣と同じくらい度胸の据わった人がもう一人。

「与太話はどうでもいいですから、聴取するなら早くやったらどうですか」

「これが与太話だと?」木嶋がキキに噛みついた。「刑事としてのプライドが傷つけられたんだぞ。黙って見過ごす事などできるか!」

「いいじゃないですか。所轄の一刑事のプライドなんて、安っぽくて元々傷つきやすくできているんですから」

「お前に俺の苦労が分かってたまるか!」

「ええ、分からないのでこの話は終わりにしましょう。続きをどうぞ」

 相変わらず中学生に振り回されてばかりの、情けない大人たちである。泥沼に陥る前に自分たちのペースを確保したいのか、友永刑事がわたしに尋ねた。

「えっと……とりあえず、遺体を発見した経緯について、時系列順に話してくれるかな」

「ああ、はい。事の始まりは、篠原さんの勤めていた会社での調査で……」

 わたしは、会社で容疑者三人のうち二人と会い、里村が自宅にいる事を聞き、その足でこのマンションまできた事、里村との話の中で朝沼の名前が出て、会ってみようかという里村の提案に乗ってここにきた事、などを話した。一部ぼかしたけれど。

「なるほど、大体状況は分かったよ。里村さん、今の話の通りで間違いないですね?」

「あ、はい……」里村も廊下で待っていた。「篠原さんの娘が来たというので、部屋に入れて話をしたんです。それより前はどうなのか知りませんが……」

「まあ、これは参考程度に訊いているだけなので、厳密じゃなくてもいいですけど」

 友永刑事は手帳を閉じて、まだキキと美衣を睨んでいる木嶋に顔を向けた。

「木嶋さん、とりあえずここからどんな方針で進めますか?」

 木嶋はやけに自信満々な素振りで、フンと鼻を鳴らした。

「この事件は、殺人と見て捜査を進める」

「……え?」友永刑事は表情を固まらせた。

「一見するとこの状況は自殺に思えるが、この俺の目はごまかせない」

 この雄鶏刑事は、何ゆえ突然演説を始めたのだ。まるでここが我が独擅場(どくせんじょう)とでも言わんばかりに、大仰(おおぎょう)に手を広げたりして格好つけた物言いで、周囲を困惑させている。

「被害者のそばには、踏み台に使われたと思われる椅子がある。しかしこれは、遺体から一メートル近くも離れている。この位置ではロープの輪に首をかけることさえ難しい」

「あの、木嶋さん……」友永刑事が戸惑いながら言った。

「踏み込んだ時に後方へ動いただけかもしれない、と言いたいんだろう? それくらいは言われなくても分かる。だが、被害者の足の高さは椅子の高さとほぼ同じだ。それなら踏み切るまでもなく、ただ椅子から降りるだけで事足りるはずだ。それでも、椅子をどんなに離してもせいぜい五十センチがいい所だ。踏み切った時の反動や、吊った体が揺れた時に足をぶつけたのなら、水平に動かず倒れるはずだ」

「いや、ですから……」

「つまり真相はこうだ。犯人はロープを電灯の傘に結わえ付ける時に椅子を使い、その後に、あらかじめ絞殺しておいた被害者をロープの輪にぶら下げた。だがその時、邪魔になるから少し離していた椅子を、被害者の足元に近づけなかったんだ」

「…………」友永刑事は言葉が出せなかった。

「そう、これは間違いなく、殺人事件なのだよ!」

 自信に満ちた表情で、木嶋はわたし達に向かって指を向けた。けれども、誰も驚く素振りを見せなかった。美衣などはむしろ、呆れて物も言えないようだ。

「……おい、なんでリアクションの一つもしない」

「木嶋さん、その話でしたら先ほど、キキちゃん達から全部聞きましたよ」

 わたしとキキと美衣は、揃って頷いた。木嶋は頬を引きつらせた。

「な、なにぃ……!」

「その後で機捜から部屋の状況を聞いて、僕も腑に落ちました」

「よもや、自分一人だけが辿り着けたと思っていたとは言いませんよね?」と、美衣。

「多分、鑑識さんも全員気づいていたと思いますよ」と、キキ。

「本当に、スカスカのプライドをひけらかした所で、恥をかくのがオチでしょうに」

 美衣は肩をすくめながら、追い打ちをかける一言を発した。

 中学生から散々に言われて、しかも周りにいる鑑識課員からは白い目で見られて、木嶋は完全に立場を無くしていた。まあ、どう見ても自分のせいだけど。

「それで……」友永刑事はフォローを諦めた。「鑑識の話ですと、死亡推定時刻は今から大体二時間ほど前だと思われます。つまり四時頃ですね。その辺りに、里村さんは何をしていましたか?」

「えっ、僕が疑われているんですか?」

「当たり前です」友永刑事は眉根を寄せた。「あなただって被害者である朝沼数美さんの知人なのですから。考えうる限り全ての人のアリバイを調べる必要があります」

「そ、そうですね……」

 さっきまでわたし達に向かって尊大とも取れる態度を取っていた里村は、まるで別人みたいに萎縮(いしゅく)していた。友永刑事はそれほど威圧感がないが、それでも警察を相手に偉ぶる事はためらわれるのだろう。

「四時頃か……多分、一人で部屋にいましたね」

「となると、その事を証明してくれる人はいないわけですね」

「でも、犯人ならわたし達を現場に連れて行こうとは言い出さないと思いますけど」

 キキは背中を向けながら言った。

「そういえばもみじちゃんはそう言っていたな……」

「まあ、普通ならそうするというだけですから、それだけじゃ、犯人じゃないとは言い切れませんけどね」

「きみ……僕が無実だと言いたいの? それとも犯人扱いしたいの?」と、里村。

「わたしは事実を言っただけですよ。正直、あなたの事はどうでもいいです」

「どうでも……」

 里村は明らかに悲しそうな表情を浮かべた。多分、無実を信じたり犯人扱いしたりされるよりも、関心がないと直截(ちょくせつ)に言われる方がダメージも大きいだろう。

「それにしても、犯人は相当な腕力の持ち主だと想定できるな」

 木嶋の考えに友永刑事も同意して頷いた。

「ですね……電灯の傘はそれほど強度がありません。ロープを結わえ付けて静かにぶら下がるだけなら持ち堪えるでしょうが、遺体の首にロープをかけて、滑車の要領で吊るし上げるのはまず無理でしょう」

「となると、あらかじめロープを結わえ付けた後で、遺体を持ち上げて吊るしたということになる。女性とはいえ、人間一人を持ち上げるには相当な腕力が必要なはずだ」

「犯人は男性の可能性が高いですね……」

 真剣に議論を展開しているつもりだろうけれど、白熱しているとはいいがたい。警察が犯人の絞り込みを中心に考えを巡らせるのは、至極当然の事だと言えるからだ。

「この部屋の鍵を持っていたのは?」

「鍵は二本ありますが、両方ともこの部屋の箪笥の上にありました。このマンションはオートロックではなく、鍵は複製不可能です」

「不可能じゃなく、極めて困難というべきですね」と、美衣。「実際にそれを作製する技術が存在する以上、複製が不可能だと断じることはできません」

「そんな揚げ足を取るような事を……」友永刑事は渋面を浮かべたが、すぐに木嶋へ向き直った。「ただ、この部屋は施錠されていませんでした」

「なに? それを先に言ってくれ……では、誰でも出入りできたということか?」

「いえ、一階のエントランスは、訪問する相手の部屋番号を入り口前のテンキーで入力して、相手がインターホン脇のボタンを押さないと、外から自動ドアは開かない仕組みになっています。その際に」友永刑事は壁のインターホンを指差した。「あの画面に訪問者の顔が映る仕組みになっています」

「その映像は記録されていないのか?」

「残念ながら、インターホン自体には記録されません。その代わり、エントランスには防犯カメラが設置されていて、出入りする人は確実に映っていると」

「よし、犯行があった午後四時のあたりに出入りした奴をチェックしろ!」

「はい」

 木嶋の指令と友永刑事の応答には、明らかに温度差があった。理由は単純で、友永刑事が木嶋の事をあまり信頼していないからだ。

 その後、友永刑事は一階の管理人室でカメラの映像を確認して、その時間に外部から来訪した人間は男性一人だと報告した。映像データとともに男性の写真を持って、友永刑事はだいたい十分ほどで戻ってきた。

「この人物が、午後四時三分にマンションに入ってきた人です。映像の中で、テンキーを押してから中に入る様子が確認できました」

「間違いなくこいつだな」

 木嶋はすでに確信した素振りだが、どうも不安になる。存在を知って間もないけれど、この男の知見に信憑性があると考えていいのだろうか……。

 ところで、写真は友永刑事が持っていた。つまり扱いは彼の自由。友永刑事はわたし達にも写真を見せてきた。

「どうかな、この人物に見覚えはあるかい?」

「友永、何の躊躇もなくガキに見せるなよ」

 すでに友永刑事の中で、木嶋は恐れるに足る存在ではないらしい。まあ、キキや美衣にあれだけ振り回されたら、頭を下げることが馬鹿馬鹿しくなってくるだろう。

 そんなことより。わたしはこの写真の男性に見覚えがある。

「キキ、この人って……」

「うん、間違いない。あの記者さんだよ」

「記者さんだって?」友永刑事が尋ねた。

「はい。友永刑事もよくご存じの、週刊文明の福沢大ですよ」

「福沢! こいつが?」

「おい、週刊文明の福沢って言ったら……」と、木嶋。

「ええ、我々が目下(もっか)調べている十四年前の事件で、色々執拗に調べまわっていたあの雑誌記者ですよ」

 十四年前の篠原龍一殺害事件、その時の情報は星奴署の強行犯捜査係の全員が耳に入れている。当然木嶋も知っているはずだ。他の人と同様、名前だけなら……。

「あれ?」友永刑事は思い出したように顔を上げた。「週刊文明と言ったら……」

 箪笥の上の収納ケースを開けて、その中から名刺ケースを取り出した。朝沼数美の名刺に何か書かれていたのだろうか。

「やっぱりそうだ……木嶋さん、被害者の朝沼も、週刊文明に勤務しています」

「つまり、被害者とこの男は同僚ということか」

「死亡時刻に出版社の同僚が現れ、そしてその人物は姿を消している……怪しいですね」

「よしっ」木嶋は指を鳴らした。かすれ気味だけど。「この福沢大という男に容疑を絞って行方を追うぞ。まずは週刊文明編集部がある文芸明治書房に直行だ!」

 木嶋は先に駆け出していく。猪突猛進というか、相変わらず短絡的だ。確証もないうちに他の可能性を吟味することなく結論を先走る……反省のない大人だ。

 友永刑事はついて行かなかった。

「まいったな……こんな時間だし、君たちも家まで送らないといけないのに」

 そう、すでに時刻は六時半になっていた。今から歩いて帰るのは少しきつい。

「木嶋って人はその事を命令しないのかな」

「そもそも存在を記憶してすらいないんじゃないか?」と、美衣。「見るからに唐変木(とうへんぼく)()れ者だし、いてもいなくても変わらないと思っているんだろう」

「あの人、明らかに美衣の嫌いなタイプだよね。わたしもだけど」

「わたしは基本的に、誰かを嫌いになることはあるが、好きになることはない。よってタイプなどというものは持ち合わせていない」

 さよかい。美衣のある種偏向的な趣味嗜好は、今に始まったことじゃない。

 木嶋が戻ってきた。友永刑事がついて来ていないことにようやく気づいたようだ。

「おい友永、何をしている! さっさと来ないか」

「僕はこの子たちを家に送り届けないといけません。ここには僕たちしかいませんし」

「むっ……それもそうか。送り届けたらすぐに合流しろよ」

 そう言ってさっさと出て行った。美衣の推測通り、本当に存在を忘れているようだ。

「すみません、ちょっとよけてください」

 救急隊がそう言って、二人がかりで担架を持って近づいてきた。朝沼の遺体を病院へ搬送するようだ。担架が通過したとき、里村は苦悶の表情を浮かべた。最近はそれほど会っていないとはいえ、大学で同級生だった人が亡くなって、少なからずショックを受けているみたいだ。

 鑑識もその多くが撤収していて、リビングの中は静まり返っていた。天井灯からぶら下がった輪のついたロープが、墓標のように残されているだけだ。これもそのうち外されることだろう。

 そのロープを見ている時だった。わたしは、自分の体に異変を感じた。頭の奥にズキズキする痛みが急激に襲い、手で押さえると今度は平衡感覚が薄れてふらついた。

「もっちゃん!」

 キキは慌てた様子で、倒れそうになるわたしを支えた。

「あ、ごめん、キキ……」言葉を発するのが少し辛い。

「大丈夫……?」

 さっきまでは大丈夫じゃなかった。でも、友人の姿を見ているうちに、少しずつ痛みも朦朧(もうろう)とした感覚も消えていった。何だったのだろう……さすがに疲れたのかな。

「うん、大丈夫。少しふらついただけだから」

「君たちも疲れたんじゃないかな」友永刑事が言った。「さあ、もう行くよ」

 気を遣わせてしまうのは、個人的に申し訳ないと思えてくる。他人を心配させるのは、わたしの好むところではないからだ。

 そしていつしか、わたしはこの痛みの事を忘れてしまった。まるで、最初からそのつもりであったみたいに、綺麗さっぱりと……。


 わたしとキキと美衣は星奴町だけど、さそりだけは門間町なので、先にさそりを送り届けることになった。その車中でのことである。

「あの、一つ気になることがあるんですけど……」キキは友永刑事に尋ねた。

「君はあらゆることが気になっているよね。で、何だい?」

「十四年前にさそりのお父さんは、普段は遠ざけていた週刊文明の女性記者を招いていたという話がありましたよね。その女性記者ってもしかして……」

「殺された朝沼数美かもしれないってことだろう? 報告書に名前はなかったけど、篠原龍一の知人だという話だけは伝わっている」

「里村さんと同級生だったなら、篠原氏も朝沼さんの存在は知っていたはずです」

「だとしたら、可能性は高いな……もっとも、事件当日には会ってなかったけれど」

「でもこのタイミングで殺された。やっぱり何か関係があるのかも……なんて、どのタイミングですか、って話だけど」

 キキはおどけて言った。人が殺されているのに笑っている場合か。

 でもキキの言う通り、朝沼が殺害されたのは篠原氏の事件から十四年も経った後だ。別に十四年前の事件捜査が本格的になったわけでもなく、もし関係していても、いま殺さなければいけない理由があるとは考えにくい。

 あるいは、わたし達や警察のあずかり知らぬところで、事件に関する何かが動いているとでもいうのだろうか。

「そういえば、昼頃に高村警部から連絡があってね、十四年前の事件を担当した本庁の警察官が、会って話をしてもいいと言ってきたそうだよ」

「あれ、それって高村警部の事じゃないんですか?」と、わたし。

「聞いてみたら、警部がかつて教育係を務めていた部下だと分かったよ。事件について色々相談を受けていたから、同様に悔やむ気持ちもあったそうだ」

 そういう事だったのか。紀伊刑事が聞いたという高村警部の発言は、そうした意味を持っていたのだ。

「よぉし、これでまた情報が手に入るぞ!」

 人間の死体を見たばかりだというのに、切り替えの早い奴だ。もしくは遺体を見ても気分を害しなかったのか?

「それで、いつ会ってくれるんです?」

「明後日ならいいそうだよ。先日強盗犯を捕まえて、その残務処理があるらしいから」

「なるほど、今は強盗犯捜査を専門にしているわけか……」と、美衣。「それにしても、会ったこともない中学生を相手によく話が通りましたね」

「高村警部はその辺、よく言えば柔軟だからね。キキちゃんには前に話したけど、高村警部は元から君の事を知っていたみたいだし。あの人が太鼓判を押せば、それを疑う前提で聞き入れる人は、少なくとも本庁の中にはいないだろうね」

「その高村って人も、キキと比肩(ひけん)するくらいの奇人変人ですね」

「……それは否定しない」

「えっ、わたしってそこまで奇人変人かな」

 どうやら本人は自覚していなかったらしい。さすがの天然だ。

 すると、助手席に腰かけていたさそりが、友永刑事に尋ねた。

「刑事さん……その担当刑事って、ひょっとして蛭崎(ひるざき)って名前じゃありませんか?」

「知っているのかい?」正解という代わりに答えた。「でも、事件の時に君はまだ生まれていなかったよね……」

「お母さんから聞いたんです。お父さんの事件が行き詰ってからも、幾度となくうちに来て、様子見がてら釈明をしていったって。十年くらい続いたみたいだって聞きました」

「そうか……この事件は、誰にとっても心残りだったようだな」

 心残り。篠原氏が殺害されたことで、心に傷を負った人は何人もいる。苦しい思いを抱えたままでいる人もいる。十四年という時間は、癒すどころか深い傷跡を残すことになったのかもしれない。

 多分、どれほど奇跡的な解決に及んでも、時間が生み出した呪縛から逃れることはできない。それさえも解き放てる都合のいい奇跡を、わたしは期待する気になれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ